「未来からの問い」特設HP / トピック2 AIと生命科学がもたらすユートピアとディストピア

AIと生命科学がもたらすユートピアとディストピア



医療とAIが融合した未来社会

石川冬木

石川冬木(京都大学大学院生命科学研究科教授)

石川冬木
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(概要)
 未曾有の少子高齢社会を迎える我が国において、元気に自立して生活できる健康寿命を延ばすためには、加齢性疾患に有効な治療法開発という医学的要請だけではなく、数多い高齢者を数少ない若年者が介護できる社会の実現が必要です。「未来からの問い」の第4章では、我が国を代表する研究者が少子高齢社会における健康戦略の処方箋を執筆されました。ケアサイエンスは人間が持つ互いに助け合うという本能的な性質について学問横断的な理解を深め、それに基づくさまざまなケアモデルの構築を提唱します。2019年に保険収載された癌ゲノム医療は、近い将来、さまざまな加齢性疾患を対象とするでしょう。さらに、AIの医学・健康科学への応用は、高額な医薬品開発・医療の地域格差の解消に貢献すると期待されています。



AIにできることできないこと

山口高平

山口高平(慶應義塾大学理工学部管理工学科・理工学研究科教授)

山口高平
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(概要)
 本講演では、2010年頃より始まった第3次AIブームを支えるディープラーニング(DL)を中心に解説し、AIにできること・できないことをまとめます。DL、画像認識系のCNN、自然言語処理系のBERT、画像・動画・ニュースなどのメディア生成系のGANに分かれます。CNNは、現在、100層にも及ぶSeNetの社会実装が進み、不良品検査や医療画像診断では、人を超える性能を発揮するケースがあります。2018年10月に提案されたBERTはすでに改良が進み、GLUEという文章理解テストでは、多くのBERT改良版が一般人の理解能力を超えました。5年程前に提案されたGeneratorとDiscriminatorという2種類のDLを競わせて性能を向上させるGANも多くの改良版が提案されていますが、Deepfake画像・動画・ニュースが問題となり、Deepfake検出の研究も進んでいます。一方、2011年、クイズ人工知能ワトソンを発展させ、クラス言葉間の意味関係を記述したナレッジグラフを活用して、討論するAIであるProject Debater の研究が進められ、全米ディベート地区チャンピオンに勝利できるようになりました。以上の事から、視認能力、表層的文章理解力、特定テーマの討論力については、人を超えるAIが出てきましたが、知覚レベルと知識レベルの統合がまだ不十分であり、レベル1(直感)とレベル2(熟考)を統合したAIの研究が期待されます。



ビフォアコロナvsアフターコロナ

土井美和子

土井美和子(国立研究開発法人情報通信研究機構監事、奈良先端科学技術大学院大学理事)

はじめに
「トピック2 AIと生命科学がもたらすユートピアとディストピア」のコメンテータを仰せつかったものです。日本学術会議の特設HP上ではCOVID-19感染症発生以前の社会環境を前提とした「未来からの問い」が掲載されています。それに対し、COVID-19感染症発生後の社会環境にも注目してコメントをさせていただきます。

ビフォアコロナ
 COVID-19感染症対策以前は、我々が前提としていたのはSociety5.0の世界でした。つまりIoT(Internet of Things)で全ての人とモノがつながり、様々な知識や情報が共有され、今までにない新たな価値を生み出すことを目指していました。情報空間での購買データや製造データが世界中を駆けめぐり、それらのデータに基づき物理空間で多くの製品が製造・流通され、人の手元に届けられていました。またモノだけでなく人々も仕事や観光にグローバルに移動していました。つまりSociety5.0 では情報空間での大量のデータに呼応した物理空間での人とモノの流れが保障され、データと人物流のバランスが保たれていました。人のコミュニケーションも、個人距離から社会距離まで、情報空間内・物理空間内で、あるいは情報物理空間を自由に往来することで成立していました。

アフターコロナ
 COVID-19 感染症対策(Social Distancing)により、物理空間での人とモノの流れが制約され、購買・勤労・教育などの活動が一気に情報空間に移行しました。情報空間での爆発的なデータ発生に対し、本来呼応すべき物理空間での製造・物流などを支えられず、データと人物流のバランスが一気に崩れています。物理空間での人の活動を代替するために、ロボットやエージェントなどのサイバネティックアバタの活用、その遠隔操作などによる情報空間での雇用の創出が重要と考えます。サイバネティックアバタの操作および訓練などのために、情報空間に、物理空間からのリアルタイムデータに基づき、情報物理双方向のモデルを作成し、物理空間の人とモノのレベルから社会システムまでの種々の階層にてデータを蓄積・検証し、情報物理空間の双方向性を維持しておく必要があります。
 研究開発においても、実験の自動化やデータ、AI 駆動の新たな研究システムやそのための情報基盤の充実・強化、データ利活用のルール整備などが次期科学技術基本計画に向けて検討されています。今後はサイバネティックアバタをフィールドワークにも広げていくことで、定常時の効率向上にもつながります。
- 参考資料:知識集約型の価値創造に向けた科学技術イノベーション政策の展開 -
 また、人のコミュニケーションも、物理空間から一気に情報空間に移行しています。しかし、情報空間に移行できず、情報空間・物理空間双方にて個人距離で交流が難しい場合には、多くのストレスを生み出しています。逆に在宅勤務の長期化など家庭内で密接距離でのストレスから虐待なども心配されています。今後遠隔教育や遠隔ディケア、遠隔医療などの充実や、ストレス発生の予兆やストレス軽減の適切な介入を可能とするための、人のインタラクションのモデルの研究開発も行う必要があります。これらは定常時にも障がい者や歩行弱者も含めたインクルーシブサービスにもつながります。

COVID-19感染の終息を願って