「未来からの問い」特設HP

 「未来からの問い」は、これから10年後、30年後の世界を予想した上で、現在できる課題を導き出して学術による解決策を探る試みです。この「未来からの問い」は、学術の力で日本の皆さんと緊密に協力しながら明るい未来を拓いていくための道標であり、皆さんと日本学術会議との対話の出発点です。


概要説明

山極壽一

山極壽一(日本学術会議会長(第24期))

山極壽一
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(概要)
 日本学術会議は、1949年の創立以来ほぼすべての分野における学術の課題を共有し、世界や日本の抱える問題について数々の指摘や政策提言を行ってきました。しかし、その発信力は十分ではなく、提言が社会に浸透して政策に着実に反映されるには至っていない現状にあります。これからはあらゆる媒体を通じて発信力を強め、国内外の多様なステークホルダーと対話しながら、豊かな未来を築くためにより具体的な意見や提言を発出していかねばなりません。この「未来からの問い」はその指針として企画し、2002年の「日本の計画―学術により駆動される情報循環社会へ」と2010年の「日本の展望―学術からの提言2010」に基づき、来るべき日本の未来社会を予想して、学術が果たすべき役割を論じたものです。社会との対話を重視する24期(2017~2020)に活動する私たちとしては、なるべく多くの人に読んでいただくことを念頭に、表現をできるだけわかりやすくするように心がけました。
 2002年の「日本の計画」では20世紀の世界の動きを振り返り、世界大戦、科学技術の爆発的発展、人口の急増に特徴づけられる世紀としたうえで、地球の有限性に直面し、それを科学技術による資源・エネルギー利用の拡大を図ることで乗り切ろうとした世紀と見なしています。科学技術は社会に深く浸透し、もはや科学技術なしで社会は成り立たなくなったものの、20世紀末には地球の有限性という危機がより複雑、より大規模、より全面的、より根源的に人類の前に立ち現れるようになったと断じています。それを解決するには、既往の価値観をとらえなおし、「21世紀の人類が歩むべき道」を見出す必要があります。その方策として、適切な情報循環システム構築の必要性を説き、人類の生存基盤の再構築、人間と人間の関係の再構築、人間と科学技術の関係の再構築、知の再構築、といった情報循環のあり方に関する4つの問題群を設定し、22回の委員会で検討した結果を公表しています。
 2010年の「日本の展望」は、この「日本の計画」の問題意識を引き継ぎ、各学問分野別の議論から抽出されてくる提言を縦糸とし、現代社会における様々な課題別の議論から抽出されてくる提言を横糸として、多彩な「学術の織物」に仕立てました。まず、2006年に出した「科学者の行動規範」に基づいて、社会と学術の関りとつなぎ方を論じ、学術が社会と対話しながら平和で持続可能な社会の実現へ向けて協働する必要性を説いています。また、「日本の計画」が提起した4つの問題群について再検討し、21世紀の学術研究の動態と展望を人文・社会科学、生命科学、理学・工学に分けて論じたうえで、21世紀の日本における学術のあり方について、1)学術の総合的発展の中で「科学技術」の推進を位置づける、2)研究に関する基本概念を整理し学術政策のための統計データを早急に整備する、3)総合的学術政策の推進のため人文・社会科学の位置づけを強化する、4)大学における学術研究基盤の回復に向けて明確に舵を切る、5)イノベーション政策を基礎研究とのバランスを確保しつつ推進する、6)若手研究者育成の危機に対応する早急な施策の実施、7)男女共同参画のさらなる推進、8)学術政策における専門家と日本学術会議の役割の強化、という8つの提言を述べています。日本学術会議はまさにこの10年、これらの課題に正面から取り組んできました。内閣府の下に置かれた総合科学技術・イノベーション会議CSTIには会長の私が非常勤議員として参加し、他の会員や連携会員も出席して科学技術政策について意見を述べ、第6期科学技術基本計画の策定にあたっては第5期に「人文科学を除く」となっていた文言を削除して、人文・社会科学の知を大きく取り入れることになっています。最近では若手研究者の環境改善や基礎研究力の向上へ向けて日本学術会議全体の意見をまとめてCSTIに提言するなど、科学技術政策に学術現場の意見を取り入れるように働きかけています。大学の運営基盤の強化へ向けてはCSTIが中心となって2019年の5月に「大学改革を支援する産官学フォーラム」PEAKSが設立され、国公私立の大学長と産業界のトップが顔をそろえて魅力的で国際競争力のある大学づくりと企業からの投資を増やす構想を練っています。こういった産官学間の連携の動きに伴って各省庁や大学で学術政策に貢献する情報の整理が実施されています。学術情報ネットワークSINETなどを用いてこれらの情報を的確に分析することで有効な施策が浮かび上がってくるものと期待されます。
 さて、こういった現況を踏まえ、「未来からの問い」では再び「日本の計画」の展望に立ち返り、10年後、30年後の世界や日本を見据えた学術の役割を構想しました。タイトルから「日本」を外したのは、世界の動きが21世紀の初めよりも速度を増し、20年前には予想できなかった事態が起こっており、世界の動きを視野に入れた展望が不可欠になっているからです。それはグローバルな世界の動きに反するような米国を代表する自国優先主義、政治情勢の悪化による大量の難民、東日本大震災に見られるような大規模な地震、津波、台風、ハリケーンなどの自然災害が頻発し、原子力発電所の崩壊によって広域に放射能汚染が起きるなど、これまで想定しなかったような事態です。温暖化などによる地球環境の悪化や科学技術によるインフラの思わぬ脆弱さが明らかになりました。また、最近の新型コロナウィルスの蔓延で国境閉鎖や人の移動の制限が相次ぎ、急激な経済の停滞に悩まされています。こうした現況をとらえ、私たちはこれまで歩んできた人間の歴史や構築してきた社会のあり方をもう一度見つめなおし、新たな未来の人間社会を模索しなければならなくなったのです。
 そこで、「未来からの問い」では、これから10年後、30年後の世界を予想した上で、現在できる課題を導き出して学術による解決策を探る試みをまとめました。それを踏まえて出てきた各論は、1)多様性と包摂性のある社会、2)持続発展的な社会と多様性、3)文化と持続可能な発展、4)医療の未来社会、5)知識社会と情報、6)国土の利用と資源管理、7)エネルギー・環境の統合的問題、8)日本の学術が、世界の学術に果たす役割、9)日本の学術の展望、の9つです。これらの各論について、会長、副会長、幹事会メンバーに加え、第一~三部の会員や連携会員を若干名加えた委員会で何度も審議して執筆を分担し、各種委員会にも執筆をお願いしてまとめました。また、「コロナ後」の世界の未来を考え、わかり易く紹介する対談「新型コロナウィルス後の世界」の対談集を特別章としてまとめました。
 日本学術会議は社会に向けて開かれた学術の組織です。この「未来からの問い」は学術の力で日本の皆さんと緊密に協力しながら明るい未来を拓いていくための道標です。ぜひ、多くの方に読んでいただき、研究者が何を考えているか、どういった未来を構想しているかを知っていただきたいと願っています。