提言「地域包括ケアシステム構築のために求められる歯科保健医療体制」のポイント

1 作成の背景

 我が国の歯科医療提供体制は、国民の健康の重要な基盤となってきたが高齢化に伴い疾病構造は急性期医療から回復期医療へと変化している。そのため、これまでの歯科医療の提供や口腔保健活動に加えて周術期等における口腔機能管理、訪問歯科診療などへの広範な貢献が求められている。医療から介護までの幅広い歯科医療需要に応えるために他の医療関連職と連携して地域 で一貫した包括ケアシステムとしての歯科保健医療体制を構築する必要がある。このような状況を鑑み、日本学術会議歯学委員会および病態系歯学分科会、臨床系歯学分科会では、NPO法人日本口腔科学会の行った歯科保健医療の需要調査をもとに、国民から求められる歯科医療提供体制を確保するため、提言を作成することとした。

2 現状の問題点

  • (1) 口腔機能管理は口腔の専門家である歯科専門職の診断と治療が必須であるが、歯科単独ではできず、病診連携、医科歯科連携、介護・福祉などの多職種と歯科医療との連携といった種々の連携のシステム化が求められている。これらの連携は地域内で情報を共有する地域包括ケアシステムとして構築し、そのシステム内で円滑な歯科医療に関する連携がなされることが望ましいが、そのような地域包括ケアシステムによる歯科医療はまだ整備されていない。
  • (2) 地域の基幹病院と歯科診療所との連携は地域包括ケアシステムの中核をなすが、特に病院に歯科が設置されていない場合は病院内の地域医療連携室などから歯科診療所への連携は行われていないことも多い。病診連携は現状では歯科医師会が中心的な役割を果たしているが、歯科医師会の実状によって各地域での医療連携に格差が生じている。
  • (3) 医科歯科連携については、周術期等における口腔機能管理は医科主導で進められることから医科側の口腔に対する関心の程度に依存している。近年では医科側に周術期等の口腔機能管理の重要性は広く認知されつつあるが、依然として退院後に円滑に歯科医療へとつなげることや要介護状態にある人の口腔機能を回復、維持することへの関心は極めて低く、患者側からの訴えが乏しい場合は必要な歯科処置がなされずに放置されることがある。また、入院中に確認された口腔関連の諸問題について退院後に地域の歯科医療機関へと引き継がれることも少ないのが現状である。
  • (4) 歯科医療との連携は医師のみならず、薬剤師、看護師、社会福祉士、介護士など様々な職種が関与し、特に要介護者などは日常の生活の中で直接的に接する機会が多いのでこれらの多職種との連携は極めて重要である。しかしながら、口腔機能管理の重要性の周知が徹底されていないことも多く、歯科医療機関との連携が活発に行われているとは言い難い。
  • (5) 日本口腔科学会による入院患者への口腔状態に関するアンケート調査で入院 患者の72.2%が何らかの問題を口腔内に抱えていたが、入院期間中には積極的な歯科治療は受けておらず、軟食中心の食事形態で我慢していることが多いことが明らかとなった。入院中の歯科との連携において、医科主治医は主科での治療の遂行のための口腔機能管理に主眼を置き、また栄養サポートチームは摂食量中心で評価する傾向があるため、患者の求めている健全な摂食とは乖離があることも示された。

3 提言

  • (1) 口腔機能の管理は歯科専門職による診断と治療が必須であるが、歯科単独でできることには限りがあり、医療、介護、福祉といった多職種との協働が何より重要である。そのためにはこれまで行われてきた病診連携や医科歯科連携を発展させて地域内で情報を共有する地域包括ケアシステムを構築することが求められている。そのシステム内で円滑に歯科医療との連携を行うために多職種で共有するデータベースを作成し、さらに多職種を統括する機構を設置すべきであろう。診療報酬の点からの支援や教育機関での地域医療連携に関する教育や研修を通した啓発を盛んにして地域包括ケアシステムの強化へつなげることも重要である。これらは厚生労働省を始め地方自治体などの行政の積極的な参画が必須である。
  • (2) 医科病院や福祉施設等の従事者に対し、口腔機能管理や摂食嚥下等の講習や講演を実施するなどし、口腔の専門家が歯科であることについて理解を深めることで、医療従事者が患者の口腔機能の異常を見出し歯科受診につなげることができる取り組みを行う必要がある。
  • (3) 病診連携は病院歯科の利用や歯科がない病院では医療連携担当部署と歯科医師会の連携を密に図り、病院と地域医療機関、あるいは在宅との間で療養の場が円滑に移行できるように病院が後方支援を行う仕組みを作る必要がある。地域全体で効果的な医療提供体制を構築するためには、行政と歯科医師会、そのほかの関連団体とが連携することが必要である。
  • (4) 国民が真に求める歯科保健医療の提供のためには、多くの機関や人が連携して現状の外来での歯科治療中心の歯科医療から幅広い活動へと展開していくことが求められている。そのために、まず口腔機能管理の重要性と口腔の専門家としての歯科専門職による診断と治療計画が不可欠であることを医療者のみならず患者も含めた全ての人に理解してもらうことが必要である。特に周術期等における口腔機能管理は医科主治医の主導により進められることから医科側にその有効性を発信することが非常に重要である。
  • (5) 日本口腔科学会が実施した入院患者への口腔状態に関するアンケート調査によると多くの人が口腔に何らかの問題を抱えており、摂食に影響を与えていることから入院中の栄養摂取に十分配慮して医科診療を支援する必要がある。そして退院後は円滑に地域における歯科医療へ引き継ぎ、さらに多職種によって支援される地域での包括ケアシステムを構築することが望ましい。



     提言全文はこちら(PDF形式:667KB)PDF
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