代表派遣会議出席報告

会議概要

  1. 名 称
    (和文)第3回国際ヒトゲノム編集サミット
    (英文)Third International Summit on Human Genome Editing

    < 主催:UK Royal Society, UK Academy of Medical Sciences, US National Academies of Sciences and Medicine, and The World Academy of Science >

  2. 会 期
    2023年3月6日~8日(3日間)
  3. 会議出席者
    石井哲也(連携会員、北海道大学教授・筆者)※オンライン参加
  4. 会議開催地
    フランシスクリック研究所:ロンドン(英国)
  5. 参加状況
    主催発表参加者数:現地500人、オンライン1600人 うち、日本人は少なくとも4人(筆者、加藤和人大阪大学教授、林克彦大阪大学教授、斎藤通紀京都大学教授)
  6. 会議内容
    • 日程及び会議の主な議題
      • 3月6日
         1)主催者あいさつ、第1回サミット2015と第2回サミット2018の回顧
         2)2018年のゲノム編集児スキャンダル後の中国における規制対応
         3)ヒトゲノム編集の期待と恐怖
         4)数百万人もの患者がいる鎌状赤血球症についてのケーススタディー
      • 3月7日
         5)研究テーマ決定における市民社会の役割
         6)体細胞ゲノム編集治療の臨床研究
         7)治療に資するゲノム編集技術の現状と臨床応用における障壁
         8)体細胞ゲノム編集治療のアクセスを向上させる規制および政策アプローチ
      • 3月8日
         9)市民社会とヒトゲノム編集:公衆関与における役割と挑戦と課題
         10)子に遺伝するヒトゲノム編集を行う切実な理由はあるか
         11)配偶子ゲノム編集の科学技術の現状
         12)胚ゲノム編集の科学技術の現状
         13)ヒトゲノム編集の研究政策と倫理原則をいかに施行するか
         14)組織委員会の結びの言葉
    • 会議における審議内容・成果

      1)2015年に開催されたサミットにて、体細胞ゲノム編集の患者治療の可能性を確認した一方、生殖細胞系列ゲノム編集を使い、全身の細胞が遺伝子改変された子を生み出す懸念が指摘された。懸念は現実となり、2018年のサミットで中国の研究者がゲノム編集児を誕生させたことが明らかとなり、世界的問題となった。第3回となる今回のサミットは生殖細胞系列ゲノム編集の規制対応や、体細胞ゲノム編集の臨床応用状況、医療イノベーションへ向けた諸課題を議論する。

      2)2018年以降、中国では、二度とゲノム編集児のスキャンダルを起こさぬよう刑法や民法の改正、生物医学分野の新規制の制定状況が報告された。

      3)体細胞ゲノム編集の治療開発は進展しているが、従来からある、遺伝子組換えを利用した遺伝子治療の患者アクセスに不公平な状況があり、ゲノム編集治療にも同様の懸念が指摘された。また、中国のゲノム編集関連の規制は民間クリニックなどへの効力など課題があると指摘された。

      4)ほぼ黒人にしかみられない鎌形赤血球症に焦点を当て、遺伝子治療開発の教訓を活かした、ゲノム編集治療の臨床試験の進行を確認し、実際に臨床試験に参加した患者の体験を聞くとともに、医療が行き届いていない患者を対象とした治療開発の課題について医師、科学者、生命倫理学者が考察した。

      5)ゲノム編集の研究テーマ決定において、患者団体、研究機関、医療機関に属さない活動家やDIY実験者、そして様々な文化信条のグループが果たしうる役割を議論した。

      6)体細胞ゲノム編集治療の臨床研究の現状を確認し、ゲノム編集の酵素送達法、次世代型CRISPR技術を使ったCAR-T細胞療法、宿主免疫系に拒絶されない移植細胞の遺伝子改変を考察し、またアクセス難と高い薬価など将来の問題を議論した。

      7)ゲノム編集の臨床応用上の障壁、具体的には出生前の体細胞ゲノム編集治療法、心および筋疾患のCRISPRによる遺伝子修復治療、エピゲノム編集による遺伝子サイレンシング治療、N=1の遺伝子疾患のCRISPR治療を簡便にデサインするシステム、そして診断、治療剤製造、および遺伝子疾患治療の能力を増大させる方策について発表された。

      8)体細胞ゲノム編集治療の世界的な規制の状況を眺めた、倫理的考察を行い、治療アクセスを向上させる一つの方策として低中所得国でin vivo体細胞ゲノム編集治療を優先開発する提案など、政策アプローチなどが議論された。

      9)欧州、米国、オーストラリア、インドで展開されている公衆関与の、ゲノム編集の適切な利用や統治に向けた取り組みが紹介され、市民に現状をどう伝え、いかに議論を広め、コンセンサスペーパーにつなげていくか課題が議論された。

      10)生殖細胞系列ゲノム編集の安全性が仮に確保されたという状況では遺伝子変異が原因となる不妊や、遺伝子疾患をもって生まれる将来の子の“治療”が説得力ありそうな理由にみえる。“治療”とみなす妥当性や社会的価値をめぐり、見解が異なる識者が討論した。

      11)配偶子をゲノム編集する利点と欠点を考察した後、培養系における卵子の分化誘導研究、そしてオスマウスの皮膚細胞からiPS細胞を経由して卵子を誘導、健康そうな子が誕生した研究成果が披露された。卵子誘導研究は斎藤通紀京都大学教授から、オスマウスの細胞から個体を生み出す研究は林克彦大阪大学教授から報告され、後者はBBCやNatureなどが報じた。

      12)中国ですでにゲノム編集児が誕生しているが、ヒト胚のゲノム編集では目的外の染色体欠失など異常が起きることが報告された。一方、胚ゲノム編集の研究から疾患モデルのサルが作出され、ヒト胚の初期発生で重要な役割を果たす因子の同定もできていることが報告さあれた。

      13)体細胞にせよ生殖細胞ゲノム編集にせよ、人や社会に大きな影響を与えうるため規制が必要だが、遺伝子治療の歴史から規制を無視、回避した誤用や乱用の恐れがある。その対策として、国際的な監視、開かれた対話や研究者や医療者などの教育・訓練が提案された。

      14)主催者はサミット議論から以下5事項をまとめた。
      ①体細胞ゲノム編集の治療試験が進んでおり、鎌形赤血球症のように有望な結果もでているが、長期のフォローアップや異常な遺伝子改変の有無確認は必須であり、また酵素送達の手法開発が必要。
      ②遺伝子治療製剤の中には一人の患者治療に数億円もの薬価となった例があり、体細胞ゲノム編集治療が承認されても、アクセスの問題が起こりそうである。多人種をカバーする臨床試験やEx vivoよりIn vivoのゲノム編集治療を執ることでアクセス向上できるかもしれないが、被験者保護が最優先である。
      ③生殖を行わない生殖細胞系列ゲノム編集研究は、ヒトの初期発生の理解するため、また、遺伝子疾患を引き起こす変異を修復するため、引き続き実施していくべきである。
      ④生殖をめざす生殖細胞系列ゲノム編集は、目下、安全性に問題があり、社会的議論、政策対応など途上である。安全性や奏功性の基準が法で認められ、責任ある統治の下、厳格な監視をうけつつ、研究開発されるまで、生殖細胞系列ゲノム編集の臨床応用は行うべきではない。
      ⑤組織委員会は引き続き、ゲノム編集の統治や規制について先進的なアプローチをみいだす対話や国際協力を行うよう諸国諸氏に求める次第である。

    • 会議において日本が果たした役割
      日本からの招待講演者は11)の2名で、日本が生殖細胞の分化誘導研究の分野で世界的に先導的な位置にあることが示された。
    • その他特筆すべき事項(報道の模様)
      報告者は、中国の規制状況について取材を受け、実効性の疑問を指摘した。
      (掲載サイト「STAT」内ページタイトル:At genome-editing summit, experts worry that rule changes on embryo research in China fall short.)
      また、Natureから林大阪大学教授のオスマウスの皮膚細胞からの卵子をつくり、子が誕生した研究成果について取材を受け、ゲイカップルの生殖支援のほか、両親ならぬ単一親の時代到来の可能性を指摘した。
      (掲載サイト「Nature」内ページタイトル:The mice with two dads: scientists create eggs from male cells.Proof-of-concept mouse experiment will have a long road before use in humans is possible.)

会議の模様

 サミットは第1回から現地の講演・議論をオンラインで同時配信してきたが、今回、配信動画に字幕が付され、フォローが容易になった。また、オンラインの講演もあった。最終日の結びの言葉で、次回の開催地がアナウンスされることもあったが、⑤をみるとサミットが今後開催されることはないかもしれない。
 ゲノム編集児スキャンダルをうけ、中国は生殖細胞系列ゲノム編集の臨床応用を刑法改正などで明確に禁止したが、その施行は大学など公的機関外の活動まで及ぶか疑問が、また倫理的原則の不明瞭さが指摘された。
 翻るに、日本は「ヒト胚の取扱いに関する基本的考え方」(平成16年 総合科学技術会議)を制定したが、医師による生殖細胞系列ゲノム編集の臨床利用は法で禁止されていないことが国会で確認されている(衆議院予算委員会 平成30年2月7日)。日本学術会議はゲノム編集の医学・医療応用のあり方などの提言を発出し、規制対応などを呼びかけてきた。その後、国の研究指針が改正あるいは制定されてきたものの、提言が求めた、生殖細胞系列ゲノム編集の臨床利用の法による禁止は達成されていない。かかる現状を見つめなおすべきと考える。