代表派遣会議出席報告

会議概要

  1. 名 称

    (和文)第22回 国際土壌科学会議(WCSS)
    (英文)The 22nd World Congress of Soil Science

  2. 会 期

    2022年7月31日~8月9日(10日間)

  3. 会議出席者

    小﨑隆、波多野隆介

  4. 会議開催地

    グラスゴー市(英国)

  5. 参加状況(参加国数、参加者数、日本人参加者)

    評議会(総会):参加国数 49、参加者数 100、日本人参加者 7
    執行役員会(理事会):参加者数12、日本人参加者2
    WCSSシンポジウム:参加者数 2000、日本人参加者数 100

  6. 会議内容
    • 日程及び会議の主な議題
      7/31(日)10:00-15:00執行役員会(理事会)(会長挨拶、副会長挨拶、中間会議事録確認、次期副会長、次期副部門長の候補者の決定、各種委員会委員候補者の決定、定款の改定、研究フォーラム報告(小﨑)、事務局報告、財務報告、IUSS事務局の公募、活動刺激基金、会計報告、国際土壌10年出版、IUSS普及・会員サービス、国際活動、学会活動の戦略計画、100周年記念2024年大会、2026年大会準備報告、2030年大会立候補予定国報告)
      7/31(日)18:30-19:00 WCSS開会式
      8/1(月)-8/4(木)シンポジウム
      8/1(月)13:00-15:00評議会(総会)(会長挨拶、副会長挨拶、前回議事録確認、幹部役員会報告、会長報告、事務局・財務報告、第1部門報告、第2部門報告(波多野)、第3部門報告、第4部門報告)
      8/1(月)13:00-15:00 ポスターセッション
      8/2(火)8:00-9:00 部門会議(部門長(波多野)報告、副部門長報告、部会報告、ワーキンググループ報告、新役員報告)
      8/2(火)11:00-13:00 ポスターセッション
      8/3(水)12:30-14:30 評議会(総会)(学会賞報告、会計報告、規約委員会報告、会長選出委員会報告、研究フォーラム報告(小﨑)、新役員選出報告、次期副会長・次期副部門長の候補者の決定、各種常任委員会委員候補者の決定、IUSS事務局の公募報告、活動刺激基金報告)
      8/3(水)12:30-14:30 ポスターセッション
      8/4(木)11:30-13:00 評議会(総会)(国際土壌10年出版、IUSS普及・会員サービス、国際活動報告、学会活動の戦略計画の決定、100周年記念2024年大会報告、2026年大会準備報告、2030年大会立候補予定国報告)
      8/4(木)11:30-13:00 ポスターセッション
      8/4(木)18:30-19:30 執行役員会(理事会)(評議会(総会)における決定事項の確認、新役員との意見交換)
      8/5(金)-8/9(火)グラスゴー(波多野)およびスコットランド(小崎)の土壌と農業の視察
    • 会議における審議内容・成果
      1)内規の改定:評議会(総会)において、以下のように内規の改定が諮られ、慎重に審議した結果、承認された(括弧内は内規の通し番号)。
      • 戦略計画は国際土壌科学連合(IUSS)の活動方針を導く役割をもつことを具体的に言及した(4)。
      • 評議会(総会)での投票にWeb投票の導入など、できる限り多くの国の代表の参加を保証する方法を取り入れることとした(6.1k)。
      • 役員候補者の特定と指名、および選挙管理に対する選挙管理委員会の役割を明確にした(6.3) 。
      • 会長候補者および名誉会員候補者の特定と指名、および選挙管理に対する会長選挙管理委員会の役割を明確にした(6.4)。
      • 常任委員会の議長および常任委員会のメンバーが辞任した場合の任命のための仕組を明記した(5.6)。
      • WCSS を主催する国内メンバーの役員選挙における役割を明確に定義した(6.1h)。
      2)国際土壌の10年の事業におけるIUSS Booksの刊行が図られたことが報告された(1,Sustainable soil management as a key to preserving soil biodiversity and stopping its degradation. 2.World Reference Base. 2022. 4th Edition)、また、世界土壌デー2021では教育プログラムが実施されたことが報告された(1. IUSS教育Webpage“The IUSS GOES TO THE SCHOOL”を開始  2. IUSS GOES TO THE SCHOOLを英語、スペイン語、ポルトガル語、ポーランド語で出版)。これらの事業は社会への土壌科学の意義を知らしめるのに欠かせないものであり、今後も積極的に取り組むこととした。
      3)土壌保全の顕著な功績への顕彰としてDr. Franz Fischler (前オーストリア農業大臣)および Dr. Taolin Zhang (中国農業農村省副大臣)へIUSS Distinguished Service medalが贈呈された。この顕彰は土壌保全の重要性を国際社会に伝えるものであり今後も積極的に続けていくこととした。
      4)IUSSの学会賞として、 Dokuchaev Award は Dr. Nicola Senesi (Italy)へ、Liebig Award は Dr. Yongguan Zhu (China)へ、Jeju Award は Dr. Umakant Mishra (USA)にそれぞれ贈呈されることを決定した。WCSSにおいて贈呈式が行われた。
      5)2020年の中間会議で新たにIUSS名誉会員に選出された犬伏和之博士(東京農業大学教授・千葉大学名誉教授)をはじめとする10名に対して名誉会員証が授与された。
      6)IUSS会員に対するその他の賞としては、ISC(国際学術会議)Science for Policy Award が Dr. Winfried Blum (Austria)に授与された。
      7)IUSSの100周年記念事業は、2024年5月19日からイタリア・フィレンツェで開催することが決定した。祝賀会と2日間のシンポジウム、エクスカーションで構成されることとなったことが報告された。プログラムの策定を行っており、近々にサーキュラーを配布する予定である。
      8)2030年WCSS24はカナダ・トロントで開催することを決定した。
      9)土壌管理に関する研究フォーラムを開催し、土壌炭素隔離、炭素貯留として重要な泥炭地の管理、土壌教育、土壌のとり扱いにおける倫理、土壌の生産性と環境保全に関わる土壌の健康、土壌科学の政策への関わり、土壌を保全する権利、都市域の土壌、土壌と水の保全のあり方について述べられた。
      10)総会において4部門長から部門の報告が行われた。
        1) Soils in Space and Time(Erika Micheli)
        2) Soil properties and processes(波多野隆介)
        3) Soil Use and Management (Bal Ram Singh)
        4)The Role of Soils in Sustaining Society and the Environment (Damien Field)
      11)毎日のWCSSセッションでは1600題を超える研究発表がなされた。また毎日1題ずつプレナリーレクチャーがあった。
        1) Soils and Sustainable Food Production (Prof. Ismahane Elouafi)
        2) How transforming land use change could change our future (Dr Debra Roberts)
        3) Rock dust - a reverse weathering mechanism for tropical soils: physical and economic aspects (Prof. Suzi Huff Theodoro)
        4) Empowering Soil Scientists with Data-Driven Techniques (Dr Ranveer Chandra)
      12)8月5~9日までスコットランド地方を中心に8コースの現地視察(詳細は後述)が実施され、土壌が農業、地球環境、社会、文化の保全と持続的発展のために果たすべき役割について、それぞれの現場を前にして活発に議論された。
    • 会議において日本が果たした役割
      小﨑は前会長として次期役員選挙の取り纏めならびにISC(国際学術会議)との連携のほか研究フォーラムの企画・運営を行った。波多野は第2部門の部門長として、評議会(総会)において部門の研究動向を報告するとともに、研究フォーラムにおいて泥炭土の管理についての発表を行った。また、第4.4副部会長として、平井英明・宇都宮大学教授は研究フォーラムにおいて土壌教育の国際ガイドライン設定の必要性についてオンライン発表を行った。さらに、部門間シンポジウムとして、3.5副部会長矢内純太・京都府立大学教授が「土地の汚染と劣化」を、4.3副部会長木村Bellingrath園子・Humboldt University of Berlin教授が「持続的土地利用」を、部門・部会・作業部会シンポジウムとして水田土壌作業部会長西田瑞彦・東北大学教授が「水田土壌における肥沃度的、生物的、物理的土壌プロセス研究の進展」を、それぞれ主宰した。
    • その他
      閉会式において、チャールズ皇太子殿下より土壌科学のさらなる社会貢献を期待するビデオメッセージがあった。

会議の模様

  • (全般)
    前回2年前の中間会議は、コロナ禍のためオンライン開催となり、時差による国際会議の困難さを感じたが、今回は基本は対面開催になったものの、コロナ禍のためにオンラインが併用されたハイブリッド方式での開催となり、またWCSSのセッションも盛りだくさんであるため、時間的に非常にタイトであった。しかし、評議会(総会)において決定が必要な投票作業もオンラインで滞りなく行われ、基本的によく管理された会議であった。準備をいただいたイギリス土壌学会へは心から感謝したい。
    さて、昨今の環境変動による食料生産への影響はコロナ禍で大きくなり、さらにウクライナ戦争により深刻な事態となっており、食料生産技術の変革への期待は大きくなる一方である。土壌は生態系サービスと深く関わり、食料生産とともに、炭素固定、温室効果ガスの排出と吸収、水の浄化、生物多様性の維持に深く関わることから、持続可能な農業のための土壌の利用には環境保全との間に多数のトレードオフがある。各国が自国で持続可能な農業を営むには、土壌の利用と管理に関する正しい知識が欠かせないのである。
  • (戦略計画)
    2022年8月4日の総会では、2030年までの戦略計画が採択された。その中で、IUSSの役割は次のように述べられている。
    「IUSSは科学組織としての役割とともに、グローバル組織として利害関係者に土壌システムの改善と維持の方策を正しく伝える役割もあり、今後、これらの強化を図る所存である。IUSSの目的は、土壌科学のすべての分野とその応用の発展に努め、土壌科学者および土壌を利用するすべての人々を支援し、土壌に関する知識と理解を高め、土壌に関する現在の科学的理解に基づいた最適活動と方針を採用し、土壌科学の普及を促進する活動を行うことである。IUSS は生態系との関係において土壌資源に関する知識の促進に努める。」
    そして、IUSS の使命は、(i) 土壌科学コミュニティに貢献し、強化すること、(ii) 土壌の世界的な理解と関与、およびその保護を促進すること、(iii) 世界の利害関係者および組織と関与すること、(iv) 土壌科学イニシアチブを刺激すること、(v) 土壌政策について政府に助言すること、(vi) 他の科学分野および土壌を利用する人々とコミュニケーションを取ること、(vii) あらゆるレベルで土壌および土壌科学の教育を支援することとしている。
    これまで戦略計画は、各国で共有するものとして位置づけられてこなかったが、今回の内規の改正により。IUSS加盟国が共有し、総体として問題に対応することを明瞭にした。
    タイトなスケジュールの中、これらはかなり濃密に議論されたことは印象的であった。今回、コロナ禍のため、出国できない国も多かったが、評議会(総会)での採決はオンラインでおこなわれたことにより、74カ国の正式加盟国のうち、49加盟国が賛成を投じ、2件の反対があったものの、最終的な修正により承認された。
    なお、戦略計画の中でIUSSの強みと弱みが明確に述べられているのは印象的であった。強みとしては、組織構成が挙げられている。部門、部会、ワーキンググループおよび評議会からなる組織に、すべてのメンバーが帰属し、土壌科学のあらゆる側面の研究に発言権が与えられている。 これにより、メンバーは土壌科学の知識を国境を越えて共有することができ、地球規模の問題に取り組むグローバルコミュニティの感覚が育まれるとしている。しかし一方では、IUSS の現在の実行能力は、その規模から見て必ずしも世界的な代表性を得ておらず、弱みであるとしている。事務局の能力を高め、IUSS 活動を個人だけでなく、国や地域単位の参加を強化する必要があるとしている。土壌の問題は世界的な政治および社会の関心事であり、IUSSは問題解決に貢献してその価値を高める機会にする必要があるとしている。
  • (研究発表・シンポジウム)
    WCSSが開催されたThe Scottish Event Campus は、2021年11月1-13日に開催されたCOP26の会場にもなったイギリス最大の科学イベント会場である(写真a)。8月1日からの4日間は4件のプレナリーレクチャーと45のシンポジウムのオーラルセッションおよびポスターセッションが開催された(写真b,c,d)。アブストラクト提出数は1893件でありうち日本人による提出数は45件であった。部門別では、第1部門(時空間における土壌)が15課題375件、第2部門(土壌の特性とプロセス)が12課題853件、第3部門 (土壌の利用と管理)が11課題521件、第4部門 (社会と環境を支える土壌の役割)が7課題180件であった。4件のプレナリーレクチャーは、今後の土壌科学の社会貢献のあり方に重要な示唆を与えるものであった。その概要を以下に記載しておきたい。
    • 1)8月1日には、FAOのProf.Ismahane Elouafi氏による土壌と持続可能な食料生産の講演が行われた。現在生じている国際紛争、気候変動と極端現象、経済の減速と景気後退は、COVID-19 のパンデミックのためにより悪化しており、食料不足、飢餓、栄養失調の増加を招いている。持続可能な農業食料システムに向けた革新を加速するための大胆な措置を講じない限り、2030 年までにゼロハンガーを達成することができないと予測される。食料不足(特に入手可能性、アクセス、安定性)と栄養失調の緩和には健康な土壌が必須である。健康な土壌は、持続可能な包括的な方法による食料生産を可能にし、安価で健康的な食事を保証するものである。地域における持続可能な食料生産は実行可能な解決策だが、財政的な障壁を取り除き法的枠組みを整備する必要がある。土壌科学者は、環境の持続可能性と土壌の生産性を維持し改善することを両立する管理方法の構築が緊急に求められている。
    • 2)8月2日のIPCCのDr Debra Roberts氏は土地利用変化はどのように我々の未来を変えるかを述べた。土地利用と土地利用変化は現在の気候変動の重要な課題である。これまで、この問題は、2021年に刊行された気候変動に関する政府間パネルの第 6 次評価報告書と、2019年刊行の3つの特別報告書に述べられている。土壌学者は、気候変動と土地と海洋と雪氷圏および生物多様性における権利と公平性の問題に特に注意を払って、自然の生態系サービスの回復を強化し、農地の生産を向上させ炭素固定を強化する適正な土地管理をめざすべきである。
    • 3)8月3日にはブラジル大学のProf. Suzi Huff Theodoro氏が石粉施与―熱帯の農業国における土壌の逆風化の意義について述べた。農林業を主要産業とする国では、天然林や自然草地は、農地、草地、プランテーションなど農産物、畜産物、木材製品の生産のための土地へ加速的に変更されている。しかし、その生産は土壌の肥沃度に依存している。風化プロセスが激しい熱帯地域では、一般に自然肥沃度が低いが、開墾による侵食と表土の有機物損失はさらなる生産力の低下を招く。また、生産効率を確実に高めるために、大量の化学肥料の投入、集約的技術の導入、輸出対象となる地域における需要喚起が行われてきた。しかし肥料の価格上昇、農家の資金不足、自然の開墾に否定的な世論が増加している。今後、既存の農地の生産性を高めるには、自然肥沃度の向上が必要であり、風化により流亡したミネラルを、特定の岩石の破砕物を施与することによるミネラル供給が効果的と考えられる。これまでの試験結果によると、有機物施与との併用は土壌肥沃度の顕著な向上が得られ、化学肥料の使用量を減らすことで環境負荷への影響を緩和できることが認められた。これにより、新たな開墾が抑制され生物多様性の維持に貢献するものと期待される。
    • 4)8月4日には、MicrosoftのDr Ranveer Chandra氏がデータ収集技術は土壌科学を強力にすると述べた。土壌科学では、高度な分析、センサーによる計測、土壌データのアーカイブ、およびプロセスベースモデルによる予測を発展させてきた。これらは、土壌の物理的、化学的、および生物学的特性の理解と発見に寄与してきた。しかし、地球を俯瞰する大規模な測定は行われておらず、プロセスベースモデルでの分析も小規模なものにとどまっており、世界の土壌の変化の理解は制限されている。クラウドや AI などの最近のテクノロジーの進歩により、土壌科学は土壌に関する新たな理解を深め、画期的な発見を生み出す可能性がある。すなわち、IoTを使用して以前は入手できなかったデータを土壌管理のために収集し、それをクラウドに保存してAI を使用して土壌の新しい特性や将来の影響について推論できる可能性がある。データに基づく技術は、収量の増加、損失の削減、土壌の健康の増進、および投入コストの削減により、農業の生産性を高めることができる。ただし、これらの手法は、手作業によるデータ収集のコストが高いことから、それを緩和するさまざまなセンサー、カメラ、ドローン、衛星にわたるデータの収集と分析を可能にする研究が必要である。農場の土壌向けのクラウド、IoT、AI イノベーションを活用することでコスト減と汎用性を高めることができる。
  • (現地視察)
    8月5日には1)スコットランド東部スターリング地域において「歴史的環境変化が土壌の利用と管理に及ぼす影響」をテーマとして、2)グラスゴー近郊において「土壌が今日の地域社会や文化の形成に与えた影響」をテーマとして、3)グラスゴー近郊において「歴史的工業発達の負の遺産とその再生・グリーン化」をテーマとして、4)グラスゴー西方のアラン島において「景観-地質-土壌の連関」をテーマとして、5)スコットランド南東部の泥炭地において「多様な窒素負荷が生態系サービスに与える影響」をテーマとして、6)エジンバラ南部において「丘陵地の代表的土壌の特性と利用およびそれらへの都市化の影響」をテーマとして、それぞれ現地視察が実施された。さらに、8月5-8日には7)スコットランド南西部において「ギャロウェー地方の土壌-地形ー土地利用の連関」をテーマとして、また、8月6-9日には8)スコットランド北部地方において「景観-土壌-土地利用:その過去から未来へ」をテーマとして現地視察が実施された。
    小崎が参加した8)においては、当該地域中西部の急峻・湿潤~東部の緩慢・やや乾燥生態系に対応した土壌形態・肥沃度・土地利用の変化とその合理性のみならず歴史的な森林伐採の影響や今後の気候変動に対応した農業・土地利用の在り方や世界自然遺産の保全と持続的教育利用など極めて多面的かつ効率的に理解できるように企画されており、会議中に得られた科学的知見の現場への適用を幅広く議論できる有用な機会を提供しており極めて興味深かった。また同行した土壌分類WG作業部会長Prof. Peter.Schadと2024年の国際ワークショップのわが国への誘致に関して意見交換できたことの意義は大きかった。

次回開催予定
 評議会(総会)は2024年の中国・南京におけるWCSS中間会議において開催予定(日付は未定)。
 WCSSは2026年6月12日から17日までの6日間の予定で中国・南京市の南京国際博覧センター (NIEC)で開催予定。