見解「研究活動のオープン化、国際化が進む中での科学者コミュニティの課題と対応-研究インテグリティの観点から-」のポイント

1.本見解の背景と目的

 現在、世界は科学技術の在り方の転換点を迎えている。世界の仕組みの解明を中心とした科学のみならず、人類社会のウェルビーイング実現を目指した科学の重要性が増してきている。他方で、各国は国際的な競争的環境に対応すべく、特に、先端科学技術あるいは新興科学技術とも呼ばれる、AI(人工知能)、生命科学技術、量子科学技術、宇宙科学技術、海洋科学技術等に対して戦略的な研究開発投資を進めている。これらの研究分野もまた、社会的、経済的な課題の解決に資する、という性格を持っている。そうした中で、「研究インテグリティ」という概念の重要性が認識され、国際的に議論が始まっている。「研究インテグリティ」は、従来「研究公正」と訳され、捏造、改ざん、盗用等の研究不正行為を防止する取組と理解されてきた。しかし、現在の議論は、その拡張を目指している。その背景には、今日の科学技術、とりわけ先端科学技術、新興科学技術がもつ用途の多様性ないし両義性(デュアルユース)の問題がある。しかもそれらの分野では通常、基礎研究と応用研究を明確に分かつのは困難であり、仮に基礎研究と認められる場合であっても、研究者の意図しない用途への転用可能性を排除することができない。したがって、科学技術そのものを潜在的な転用可能性に応じて事前に評価し、規制することはもはや容易とは言えず、より広範な観点から研究者及び大学等研究機関がそれを適切に管理することが重要である、という認識が広まっている。そのため、新興科学技術の性格についての正確な理解が必要となっている。とりわけ、このような新興科学技術の性格は機密情報あるいは機微情報になり得るため、各国では、「外国の影響」の懸念の下、その流出の防止策を講じる動きも生まれている。ここで大きな課題となるのは、大学等研究機関の有する、「知的卓越性の確保」、「社会的課題解決への貢献」、「アカデミアとしての自律」、「公開の原則と開かれた批判による質保証を伴う学問の自由の擁護」といった理念と、国家の安全保障の観点のせめぎ合いである。
 日本学術会議は、これまでに、2015年の回答「科学研究における健全性の向上について」においては、研究不正に留まらない、拡張された研究インテグリティについての見解をまとめ、他方で、より広い観点から、社会において科学者の果たすべき役割を再検討した上で、2006年に作成された声明「科学者の行動規範について」の改訂版を作成し、2013年に公表した。しかし、今般議論になっている研究活動のオープン化、国際化という科学の理念の中核の実現とそれに伴うリスクへの対応については、科学者コミュニティの観点から明示的な議論がなされていなかった。そこで、今般審議を行い、これまでに明らかになった課題と対応を本見解としてまとめた。

2.見解の内容

(1) 研究インテグリティの定義と目的
 本見解では、研究インテグリティを、従来より広く、「研究活動のオープン化、国際化が進展する中で、科学者コミュニティが、資金や環境、信頼等の社会的負託を受けて行う研究活動において、自主的・自律的に担保すべき健全性と公正性及び、そのための、透明性や説明責任に関するマネジメント」と定義する。研究インテグリティを担保する責務を担う科学者コミュニティの構成主体としては、大学等研究機関、研究者等個人(教職員、学生、スタッフ)、大学協会・大学連合等、学協会等、日本学術会議を想定する。
研究インテグリティを担保する意義は、研究活動のオープン化と国際化が研究発展の重要な基盤であることを認識した上で、研究対象や手法、成果の質的変化を踏まえ、科学者コミュニティに関わる様々なステークホルダーから、特に政治的、国際的問題から学問の自由を守り、研究の自律性を確保する点にある。
 その際に、リスクゼロを目指すのではなく、内在するリスクを適切に管理することが重要となる。また、そのための取組の過度な強化や研究現場の自主規制・自粛等の過度の対応により、本来、基礎研究で重要とされている研究活動のオープン化、国際化を損なわないようにすることが重要である。

(2) ステークホルダーの役割分担と連携
 学問の自由・研究の自律性を守るために、いかに研究インテグリティを確保するかは、科学者コミュニティが主体的に考えるべき重要な事柄である。しかし、研究インテグリティを担保する責務は、専門的な知識やスキル、そしてコスト等の大きな負荷を伴うため、研究者個人や個々の組織に帰着させることでは済まない。それぞれがその責務を正確に認識した上で、適切に役割分担しながら、効率化を図ることが肝要である。
 研究インテグリティの問題を取り巻くステークホルダーには、科学者コミュニティに加えて、国(日本政府)、外国政府、ファンディング・エージェンシー(国内)、ファンディング・エージェンシー(外国)、企業(国内)、企業(外国)、大学等研究機関(外国)等が含まれる。研究活動のオープン化、国際化が進展する中で、ステークホルダーの意思が競合する機会が増えてきており、その中で複数のステークホルダーと同時に関わらざるを得ない。したがって、研究者及び大学等研究機関は、ステークホルダーとの連携の下で、その利益相反並びに責務相反マネジメントを実施することが必須となる。

(3) ガイドラインの策定・運用
 研究インテグリティに関して、大学等研究機関それぞれが互いに異なる対応や判断を行う場合には、研究教育の現場が混乱するとともに、国内外の不信も招きかねない。そこで、研究インテグリティを担保するためには、国、大学等研究機関、研究者の役割(リスク、責任、権限)や管理すべき研究者・研究情報が示されたガイドラインや基準の策定が必要である。ただし、それは各機関の理念等に配慮したものでなければならず、したがってその策定に際してもそれぞれの主体性が求められることになる。一方で、ガイドラインの策定・運用は、大学等研究機関に新たな大きな負荷を強い得るものである。したがって、政府(内閣府、文部科学省、経済産業省、外務省、法務省等)やファンディング・エージェンシーによる大学等研究機関の主体的な取組に対する強力で継続的な支援が並行して実施、強化されなければならない。

(4) 機密情報、機微情報を含む研究への対応
 研究活動のオープン化、国際化が進む中で、特に高度な機密情報や機微情報を含む研究を行う場合には、研究インテグリティの観点から様々な留意事項がある。
 経済安全保障推進法では、同法第4章第62条に基づき設置される官民の「協議会」は官民パートナーシップを目指すものであるが、協議会メンバーには機微情報の罰則つき守秘義務が課される。その内容、運用を含めた具体的な在り方が、科学者コミュニティにとって透明性があり答責性がある形で明らかにされる必要がある。同法第5章の特許出願の非公開については、学術活動に与える影響を配慮した内容や運用が求められると同時に、規定される損失補償の実効性の確保がされているかにも留意する必要がある。
大学においては、研究機関と教育機関という2つの役割をキャンパス内の同じ研究室の中で切り分けることが困難である。そのような中で、特に高度な機密情報や機微情報を含む研究を行うような場合には、管理が行き届いたキャンパス外ラボ等を設置するとともに、それらの研究に関わる研究者・学生等は個別に契約を結び、そこで研究活動を行うべきである。
 機密情報や機微情報を含むため研究成果の公開が制限される場合、特に若手研究者にとってはキャリア形成に必要な業績として蓄積できなくなる恐れがある。また、機密情報や機微情報を含む研究に関わったことが、研究者の不利益に結びつくリスクもある。公表が制限される期間の明確化や、そうならないような配慮、制度設計が必要である。





      見解全文はこちら(PDF形式:628KB)PDF
このページのトップへ

日本学術会議 Science Council of Japan

〒106-8555 東京都港区六本木7-22-34 電話番号 03-3403-3793(代表) © Science Council of Japan