報告「法医学を専攻する医師(法医)の確保と育成に向けて」のポイント

1.現状及び問題点

     
  •  法医学は法医解剖などの手段を用いて、犯罪の捜査や裁判での立証に必要な医学的事項を解明することにより、事件の解決に寄与し、犯罪の抑止に貢献しているということは、国民にもよく知られている。事故の状況や原因の解明は、個々の法的な紛争を解決するだけでなく、事故再発防止策の検討にも大きく役立っている。また、法医学の仕事は、大災害における個人識別や、突然死の死因解明など多岐にわたり、安全・安心な社会の構築において、極めて重要な役割を担っている。ところが、今日、法医学を専攻する医師である「法医」の不足、特に次代を担う人材の不足は、危機的な状況に陥っている。
     わが国における2022年の死亡数は約158万人であり、30年前のほぼ2倍となっており、今後も増加傾向が続くと予測されている。また、異状死体の警察取扱件数も、20年前の、約1.5倍(約16万体)となっている。これに伴い、現在の法医解剖総数は、20年前の1.5倍(約1万8千体)となっている。そのうち、大学が担う司法解剖の数は2倍近く(約8000体)にもなっている。なお、大学では、司法解剖以外の法医解剖もなされており、現在、大学で行われる解剖総数は1万2千体にのぼる。一方、大学に常勤教員として在籍する法医(法医のほとんどを占める)は全国でわずか150名程度に過ぎず、それも漸減してきている。
     諸外国においても、法医の不足は大きな問題となっているが、以前から、日本の解剖率が先進諸国と比較してかなり低いことが問題となっている。2012年には、死因究明体制を強化するために「死因究明等の推進に関する法律」「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律」が成立し、死因究明等推進計画が策定されるとともに、2019年には「死因究明等推進基本法」が成立した。死因究明等推進計画に基づき、文部科学省によって死因究明等に係る人材の育成プロジェクトが実施されており、研究・教育・実務における質的な向上に一定の寄与はあるものの、現在のところ、次世代の法医の増加には至っていない。日本法医学会の調査では、医師免許を保有している法医学の大学院生(博士課程)は、1学年当たり、わが国全体で10名程度にとどまっている。そして、そのすべてが法医となるわけではないという現状がある。この20年間の新規の法医認定医数は平均して5.35名のままであり、明らかな増加傾向はみられない。

2.提言等の内容

(1) 法医の業務の特殊性についての国民の理解や医師の間での理解の推進
 法医の業務は、患者を診察して病態を解明し、直接「患者の生命を守る」という臨床医の業務とはかなり異なるものである。法医には、事件や事故に関わる医学的事項を解析して法的責任を解明し、当事者や関係者の「社会的な生命を守る」、そして「安全・安心な社会の維持に貢献する」という重要な役割があり、臨床医の技術とは別の高度な技術が求められる。このような法医の業務の特殊性についての理解を、医師、そして社会全体に浸透させることが、次世代の法医の確保と育成や、この分野への支援の推進にとってたいへん重要である。

(2) 法医の労働条件や待遇の改善
 法医の労働条件は、法医志望者を確保し、それを育成していく上でも重要であるが、賃金、労働時間、職場環境、キャリア形成のいずれの条件も、臨床各科と比較してよくない状況にある。また、労働条件という点では、衛生管理状態についても、改善が必要である。法医の待遇が、臨床医の待遇に近づくようにすることが望まれる。アンケート調査の結果では、医学生や初期研修医は、仕事のやりがいだけでなく、勤務条件を重視して進路を決定する傾向が強いことが明らかとなっており、医師の働き方改革という視点が、法医の業務にも向けられることが重要である。

(3) 医学教育、医学部医学科生や初期臨床研修医と法医学との接点の強化
 現在の医学教育は臨床医の育成に重点が置かれているため、医学教育モデル・コアカリキュラムや国家試験出題基準においても、法医学に関係する項目の記載が不十分である。法医学における重要な課題については、医学生の学習範囲であることを明記し、医学生が法医学について深く学習する機会を設けることが必要である。また、臨床実習においても、少なくとも臨床医にも必要な死体検案(死後診察)や死亡診断書/死体検案書の交付などの知識や技術を研修内容に組み込むことが必要である。このような取り組みの中で、次世代を担う人材における法医への興味やキャリアパスに対する理解の増進、法医学教室と接点の形成がなされることが期待される。

(4) 医師の業務としてのアイデンティティ-専門医資格や標榜科の確立
 法医は、「法医学」の専門的な医師としての業務に従事しており、また、その量も膨大でありながら、専門医資格や標榜科という点でのアイデンティティが、臨床各科のようには確立されていない。このことが進路として敬遠される要因になり得る。次世代の法医の確保と育成にとって、専門医資格や標榜科などにおいて、他の臨床科と同等、あるいはそれに準ずる扱いとなることが重要である。

(5) 臨床各科との連携の促進
 法医の業務を行う上では、臨床各科との協力が重要であり、特に死亡時画像診断などでは放射線科の支援も必要となる。一方、臨床各科においても、医療関連死や予期しない患者の死亡における死後の診断においては法医の協力が必要となる。人事交流等を深め、法医に進む、あるいは法医を兼務する人材を確保していくことが期待できる。

(6) 人材紹介機能の強化
 臨床医が法医学に興味を持ったとしても、どのようにアクセスしたらよいかがわからないという問題がある。法医の都道府県別の配置数についても、現状に鑑み、関係者間の調整会議を設置して決めて、その目標を達成できるよう、増員のための人件費を含めた配備が必要である。死因究明等推進本部が置かれている厚生労働省を中心として、適切な組織等を早急に整備していく必要がある。





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