報告「外来害虫・病原体・雑草による作物生産被害の現状と対策」のポイント

1.現状及び問題点

 わが国の2020年度(令和2年度)の食料自給率はカロリーベースによる試算で依然37%にとどまっており、食料や飼料は海外からの輸入に大きく依存している状況にある。一方で、世界人口は現在も増え続けていることから、地球規模での食料不足が懸念されており、さらに、頻発する異常気象や天候不順あるいは国際情勢によって輸入が制限されれば、わが国でも食料不足に陥るリスクも想定される。そのため自足可能な食料生産を目指した国内食料供給能力の強靭化が望まれる。
 そのような中、温暖で湿潤なわが国においては害虫、病原体、雑草が農作物生産に大きな影響を与えており、収量や品質への影響を抑えるため様々な防除手段が講じられている。しかし、地球気候変動による温暖化や外国からの生鮮農産物や飼料・牧草等の輸入等に伴って、新規の害虫・病原体・雑草の外来種が国内に侵入し、作物生産に甚大な被害を及ぼす事例が発生していることから、今後は外来種の防除もより重要な課題となってくると考えられる。一方で、カーボンニュートラルが指向され、温室効果ガス排出産業である農業においても、より環境に配慮した持続的な生産体系が求められている。本報告は、外来害虫・病原体・雑草による作物生産被害の現状と今後の対策、及び現在主要な防除手段となっている化学農薬のこれからの開発と利用のあり方について検討したものである。

2.報告の内容

  1. 外来害虫による作物生産被害と対策
     近年、輸入される植物の種類・数量が大幅に増加していることに伴い、外国から害虫が侵入するリスクは従来にも増して大きくなっている。植物防疫法では農作物や樹木等を守るため、これらを害する動植物が外国から日本に持ち込まれることを防ぐことを目的とし輸入植物検疫を行うとしている。近年の主要な外来害虫29種について、各害虫の移動分散生態や発見地点および分布拡大状況からカテゴライズすると、海外や南西諸島からの飛来等による「自然侵入」は5事例、輸入農産物や資材等への随伴による「人為侵入」は24事例であった。「自然侵入」であるツマジロクサヨトウとトマトキバガは、世界的に分布を拡大中の大害虫であり、「人為侵入」の外来害虫の多くは、野菜、果物、切り花等の生鮮植物に付着する害虫であった。世界の害虫種は膨大であり、その全てにおいてリスクを特定するのは困難である。今後は、輸出国に対して強い検疫措置を求めるなどの輸入植物検疫の強化、侵入後のフェーズに対応した研究協力体制による対策、動物分類学の強化を通した害虫に対する基礎研究の充実、侵入経路の解明と経済的損失の把握などに努める必要がある。
  2. 外来病原体による作物生産被害と対策
     外来病原体については、植物防疫法に基づきまん延した場合に有用な植物に損害を与えるおそれがある菌、細菌、ウイルス等を「検疫有害動植物」の一部として指定し、輸入される植物に対して検疫を実施するとともに、特定の植物と病害の国内での移動規制、わが国への侵入が特に警戒される動植物を対象とした侵入警戒調査が実施されている。さらに、これらが新たに国内に侵入し、農作物に大きな被害を与えるおそれがある場合には、同法に基づき発生した病害虫を一部地域に封じ込め根絶するための緊急防除が実施される。作物に被害を及ぼす外来病原体は多岐にわたるが、近年、まん延防止を目的とした調査および防除並びに緊急防除が実施された例として、カンキツグリーニング病菌、ウメ輪紋ウイルス、ジャガイモやせいもウイロイドがある。2022年4月に植物防疫法が改正され、予防概念の明記、侵入調査事業の明確化、緊急防除の迅速化、都道府県や植物防疫官の権限強化などが盛り込まれたが、これらの実現のためには、防疫事業に携わる者の増員や新規事業に対するリカレント教育が必要となる。特に、植物防疫業務の実施主体である都道府県の病害虫防除所や公設試験研究機関、検査業務の代行機関となる団体等の人材育成については、産学官を挙げて取り組むべき喫緊の課題である。
  3. 外来雑草による作物生産被害と対策
     外来雑草が侵入する経路としては、鑑賞目的など意図的に導入される経路と輸入物資に混入して非意図的に導入される経路がある。作物生産現場では、特に後者の経路で侵入した外来雑草が甚大な被害をもたらしてきた。作物への被害防止を目的として、2022年4月に有害植物の定義に「草」が含まれることが盛り込まれた改正植物防疫法が成立した。実際には1980年代の終わりから、多種多様な外来雑草が飼料畑を中心に侵入し、深刻な農業被害をもたらしており、1993年および1996年に行われた調査によると、草地・飼料畑を中心に15科80種におよぶ外来雑草による被害が報告されている。その後、飼料畑における外来雑草被害は続き、2013年に行われた飼料畑における外来雑草発生実態の調査では、アレチウリ、ワルナスビ、オオブタクサ等による被害がより拡大している。これらが導入される経路として最も重要なものは、畜産用の濃厚飼料の原料となる輸入穀物への外来雑草種子の混入である。今回の植物防疫法の改正に伴い、今後検疫有害植物としてどの雑草種を指定するのか、また、どのような検疫措置をとるのかなど、輸入検疫における実効性のある雑草リスク管理スキームの構築が重要である。しかし、輸入検疫で外来雑草の侵入を完全に防ぐことは困難であることから国内での早期発見・早期対策が重要となる。そのためには、モニタリング、情報蓄積、情報発信、初動対応をつなげる仕組みが必要である。
  4. 植物保護における農薬開発の方向性と化学農薬の利用
     食の安全性と環境(生物)を保全することを目的として、農水省から「みどりの食料システム戦略(みどり戦略)」が提示された。このみどり戦略の中で、「2050年までに化学農薬の使用量を半減すること」が一つの目標に明記されているが、これはただちに化学農薬の物質量を半分にすることを意味するものではなく、問題を抱える化学農薬をヒトやその他の非標的生物に対しても、より安全な低毒性の新規農薬に置換していくことを目標としたものである。化学農薬には防除効果の即効性や安定性、生産コスト、保存可能な期間が長いなど優れている面が多数ある。また、天敵や物理的手段だけでは温暖な日本において病害虫を防除するのは困難である。化学農薬の歴史をもとに、最先端の科学技術を駆使して新たな開発を進め、化学農薬のリスク低減に取り組んでいくことが重要である。また、天敵や生物産生物質と合成化学農薬は二者択一ではなく、両者を併用して環境保全型の農業を推進していくことも望まれる。しかし、天敵に対する化学農薬の影響の有無を調べる試験はあっても、総合的病害虫管理(Integrated Pest Management (IPM))を意識した、化学農薬と非化学防除手段を併用した病害虫防除試験への対応は遅れており、人工知能を活用したデジタル解析技術の導入と分野の垣根を越えた共同研究体制の構築が必要である。





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