報告「感染症パンデミックに対するわが国の平時・緊急時の臨床・疫学・基礎研究の現状と課題」のポイント

1.現状及び問題点

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック発生から3年を越えた。日本の第7波以降の人口当たり感染者数はOECD諸国に近いレベルに達したものの、感染による死者数は少なかった。しかしながら、下記の様に、緊急時の臨床、疫学、基礎研究に関して様々な対処の遅れが露呈した。

  • (1) 臨床研究
     日本では、欧米諸国に比べ臨床研究関連規制が複数存在し、研究遂行の手続きの煩雑さや手続き上の負担が指摘されていたが、今回の緊急時の対応に際してその問題点が表出した。とりわけ、COVID-19の治療主体となった市中病院では、治験・臨床研究を実施する体制整備が手薄であった。
  • (2) 疫学研究
     日本では、COVID-19は感染症法の指定感染症(第2類相当)、後に新型インフルエンザ等感染症に分類され、保健所が感染者の積極的疫学調査と患者登録のゲートキーパーとなったが、この四半世紀に保健所数は半減していたため、保健所や関係諸機関での対応が窮迫した。
  • (3) 基礎研究
     日本におけるCOVID-19に対するワクチンの開発は、2020年1月から開発に着手し、2020年12月に承認に至った英国、米国に大きく後れを取った。日本では、過去約20年間に海外で発生した新興感染症の日本国内への直接の影響がこれまでほとんどなく、生物学的脅威に対して国民を含め危機感が薄くかつ国からの初期費用の支援も限られていたため、ワクチン等の開発準備体制の整備が遅れた。

2.報告の内容

  • (1) 臨床研究
    • 個人情報を適切に管理しつつ最大限活用するため、緊急時における研究計画承認手続きの迅速化、インフォームドコンセントの取得と患者登録、アウトカム評価の効率化等による現場負担の軽減が重要である。
    • 日本の個人情報取得やその管理に関しては、国際的基準に比し遅れており、臨床研究の効率的実行には複数の法規制を統合し、緊急時の臨床研究に関しては、個人情報保護法の個別法の制定を含め、柔軟かつ合理的な研究手順ルールを平時のうちに定めておく必要がある。
  • (2) 疫学研究
    • 保健所や関係諸機関の平時・緊急時の抜本的な人員体制の構築が求められる。
    • 国立健康危機管理研究機構は、国立感染症研究所と国立国際医療研究センターが合併して2025年度より運用が開始されるが、これまでの2機関の研究・医療活動を発展させ、感染症に留まらず多様な健康危機に対応できる組織体制の構築と、国内外の研究機関、学会・学術団体、企業、NPO等との連携・協働が期待される。
  • (3) 基礎研究
    • 今後の新たな感染症に対するワクチン・治療薬の開発を促進するには、平時から基礎研究、橋渡し研究を進め、緊急時に速やかに基礎・臨床研究が行えるよう、国、大学・研究機関、企業が協働した長期的な研究基盤の形成と投資が必要である。
    • ワクチン・治療薬開発の重要性の理解を促進する科学社会活動を通じた、専門家と国民の双方向的な対話によるコンセンサス形成が求められる。

3.まとめ

 日本の平時・緊急時の臨床・疫学・基礎研究の現状と課題について、臨床、疫学、基礎研究の各分野に加え、情報学、法学、行政、産業界など幅広い関係者に対してヒアリングを行なったところ、臨床、疫学、基礎研究のいずれにおいても、新型コロナウイルス感染症のパンデミックへの対処に関する課題が明らかとなった。新型コロナウイルス感染症や今後の健康危機に際して、政府・行政の体制構築が法律の改正をもって進められているが、特に緊急時の情報の利活用に関しては、個人情報保護法の個別法等の制定を含め、制度構築を急ぐ必要がある。以上、本報告で明らかとなった課題解決を実現するためには、日本の健康危機への対応の抜本的な強化が求められる。





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