報告「経営学分野における研究評価の現状と課題」のポイント

1.作成の背景

 研究評価について検討する場合、対象となる学術領域の内容と特性について、把握する必要がある。経営学には、企業論、経営組織論、経営戦略論、経営管理論、人的資源管理論、技術経営論、国際経営論、経営情報論、経営工学、経営史などのほか、商学分野のマーケティング論、消費者行動論、流通論、ロジスティクスなどに加え、会計学分野の財務会計論、管理会計論、監査論、などが含まれ、さらに、金融分野の金融論、ファイナンス、国際金融論、企業金融、金融工学、保険論なども含まれる場合がある。狭義の経営学は、極めて単純化していえば、企業を始めとする組織体の効率的かつ社会的に受容される管理の在り方について研究する学術分野であると認識されているが、広義の経営学あるいは隣接する学問領域との学際的な分野も含めて考えると、研究領域と研究方法の多様性とが相まって単純に定義することは難しくなってきており、そのような学術的な発展を反映してコミュニティの細分化も進展している。
 本分科会では、個々の研究者にとって重要な採用・昇進の際の研究評価に焦点を絞り、特に若手研究者の育成という視点から、海外で普及している外形的評価に含まれる危険性と、それらを日本で深刻な問題として顕在化させないための方策について、研究評価の担当者及び評価方針・評価体制を決定する組織に対して報告するものである。

2.現状及び問題点

 経営学分野においても、論文の質に関する外形的評価(査読の有無、ジャーナルのランキング、インパクトファクターなど)が、海外では広く浸透している。しかし、研究業績の評価方法に関する質問票調査の結果にも示されているように、日本における研究業績評価は、公刊された著書や論文の本数が主として用いられており、全体としては、まだ海外ほど外形的評価に依存する割合は高くない段階にとどまっているように見える。その一方で、査読か否か、英文か否かという研究業績を集計する際の分類は、必ずしも規定によるものではないが、少なくとも運用上は広く用いられるようになってきており、さらに、一部の大学においては、特に欧米で広く採用されているジャーナル・リストやジャーナルのランキング、インパクトファクターといった論文の質を代替する数値が尺度として用いられるようになってきており、採用や昇進を左右するようになってきている。
 経営学分野でも、研究領域の細分化が進むと同時に、細分化された研究領域の中に「多数派」と表現できる研究領域・研究方法が生まれている。ジャーナルのランキングやインパクトファクターの活用が、結果的にいわゆる「多数派」に有利に働き、それ以外の研究方法・研究領域を淘汰してしまうことが欧米では問題となっている。日本は、まだその段階に至っていないが、兆候は見られる。この問題は、特に学際的な研究領域あるいは新しい研究領域・研究方法の発展に対して、深刻な影響を及ぼす可能性がある。
 研究のグローバリゼーションの影響もあり、海外ジャーナルに投稿しようとする傾向が、とりわけ若手研究者の間で顕著になっている。こうした海外志向は、世界へ向けて自身の研究を発信しようとする姿勢を示すものであり、学術の最前線を自ら積極的に開拓しようとする点で、挑戦的で望ましい兆候であることはいうまでもない。しかし、学術研究においては、同時に、従前から行われてきたような、当該学問における歴史性や体系性を志向した研究もまた失われるべきではないはずである。にもかかわらず、こうした体系的な研究には完成に多くの時間とエネルギーを要することから、短期的な成果を求められる若手研究者には取り組みにくい課題となってしまっている。世界が大きく変わりつつある今日、目の前の課題だけでなく、長い時間軸を視野においたスケールの大きい研究が、今後、ますます求められていると思われる。
 少なくとも現時点における日本の状況は、欧米において指摘されているような、極端な状況にはまだ至っていない。そのため論文の評価基準に、本数という単純な量的基準だけではなく質に関する外形的評価も加えることによって、これまでは、業績評価の客観性を高める効果が期待できた。しかし、今後は、ジャーナルのランキングやインパクトファクターに目を奪われてしまい、個別事例から中範囲の理論の展開、更には抽象度の高い一般理論の構築という大きな目標が視界から失われてしまうことがないようにしなければならない。

3.報告の内容

  • (1) 経営学分野の研究評価を行う者は、特に若手研究者の研究評価において、将来性を充分に視野に入れるため、未公刊のワーキングペーパーや中長期的な研究計画に関する資料も過去の実績と同様に研究評価の対象とする必要がある。査読に要する期間の長さを考慮すると、査読中の有望な研究成果も評価の対象に含めることによって、研究成果を短期的に公刊するように強いる弊害から、若手研究者を守ることができる。
  • (2) 経営学分野の研究評価を行う者は、体系的な研究の成果についても、個々の論文と同様に、評価対象とする必要がある。著書から論文への評価対象の移行がこのまま進めば、体系的な研究の成果が充分に評価されなくなってしまうことが懸念される。今、そのような評価対象の移行に一定の歯止めをかけておかなければ、若手研究者の目が、個々の論文の公刊に奪われてしまい、将来の体系的な研究の芽を育てるという中長期的な方向性が失われてしまいかねない。必ずしも著書とは限らないものの、体系的な研究の一環として研究成果が公刊されることで、中長期的に日本の研究力の向上につながると考えられる。
  • (3) 経営学分野の研究評価を行う者は、経営学分野には、「多数派」と表現できる研究領域以外に、制度設計に関わる研究、あるいは規範論に基づく研究が含まれることにも留意し、学術の多様性を尊重する必要がある。
  • (4) 大学等の研究機関は、領域も方法も多様化している経営学分野における研究の現状を認識し、個々の研究機関単独では必要な研究評価の担当者を確保することが困難になりつつあることに対応するため、他の研究機関からの研究評価担当者を積極的に受け入れ、相互に協力する体制を構築する必要がある。




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