提言「性的マイノリティの権利保障をめざして(Ⅱ)―トランスジェンダーの尊厳を保障するための法整備に向けてー」のポイント

1 本提言の背景

 本提言の目的は、「性的マイノリティ/LGBT/LGBTI」の尊厳を保障するための法整備に関する提案をなすことである。2017年9月、LGBTI権利保障分科会は、提言「性的マイノリティの権利保障をめざして――婚姻・教育・労働を中心に」を発出した。2017年提言では性的マイノリティの権利保障全般を論じたが、近年の国連や諸外国の取組にあわせて、本提言では、トランスジェンダーの権利保障に焦点をあてたい。
 目下、日本でも自治体の取組やメディア等を通じて性的マイノリティの認知度が高まりつつある。教育・労働分野を中心に具体的な取組も活発になってきた。しかし、性的マイノリティを取り巻く現状は、なお楽観視できるものではない。とくにトランスジェンダーの権利保障については、環境は改善が進められている国・地域(EU諸国など)と停滞・後退している国・地域の差が広がっている。一部のフェミニストのあいだには、「女性」をシスジェンダー(身体と性自認が一致)の女性に限定し、トランス女性を排除する動きがある。トランスジェンダーに対する理解を深めるための法整備は、トランスジェンダーの人びとの生命と尊厳を確保するための喫緊の課題なのである。

2 2017年提言以降の日本の状況と本提言の目的

 2017年提言では、①差別解消のための根拠法の制定と包括的な政策の策定を求め、具体的には、②婚姻の性中立化、③教育機関、④雇用・労働における性的マイノリティの権利保障の必要性を掲げた。その後、日本で多くの取組が進展したのには、性的指向に基づく差別を禁じたオリンピック憲章の影響が大きく、性的指向や性自認(SOGI)に基づく差別を禁じる東京都人権尊重条例(2018年)も成立した。また、教育についてはいじめ対策・自死防止の観点から、雇用・労働についてはパワハラ防止法の成立や訴訟を受けてかなりの進展が見られた。差別解消の根拠となる法律についてもすでにいくつかの法案が出されている。同性パートナーシップ証明制度を導入する自治体が増え、同性カップルに対する共感も高まりつつある。同性婚については地域や世代によって差はあるが、全体としては肯定的な世論が増えている。
 このように、日本でもSOGI差別解消の取組が進みつつある。しかし、日本で唯一のLGBT法である「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(2003年)は、身体変更や生殖腺切除を法的性別変更の必須要件と定めており、2010年代から急速に進展した国連の人権基準や法改正の国際的動向に即していない。「性同一性障害」という用語ももはや国際的に使われていない。トランスジェンダーは数ある性の個性の一つであって、「障がい」ではないからである。個人の性自認・ジェンダー表現を尊重する法整備は、トランスジェンダーだけでなく、すべての性的マイノリティの権利保障の基礎となる。そして、それは、ジェンダー抑圧構造により不利益を受けるあらゆる人びとの権利保障にもつながる。
 以上をふまえ、本提言では、①「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」の廃止とそれに代わる新法(「性別記載変更法(仮称)」)の制定、②多様な分野で生じている人権侵害を防止するための性的マイノリティに特化した人権保障法の制定と実効性の高い政策の実施を求める。②の制定を通して、最終的には、③あらゆる差別の解消を目指す包括的な差別解消法の成立を展望したい。

3 提言

  •  提言1  トランスジェンダーの権利保障のために、国際人権基準に照らして、性同一性障害者特例法に代わる性別記載の変更手続に係る新法の成立が必須である。国会議員あるいは内閣府による速やかな発議を経て、立法府での迅速な法律制定を求めたい。
     トランスジェンダーの人権保障のためには、本人の性自認のあり方に焦点をあてる「人権モデル」に則った性別変更手続の保障が必須である。現行特例法は、「性同一性障害」(2019年WHO総会で「国際疾病分類」からの削除を決定)という「精神疾患」の診断・治療に主眼を置く「医学モデル」に立脚しており、速やかに廃止されるべきである。特例法に代わる新法は「性別記載の変更手続に関する法律(仮称)」とし、国際人権基準に則した形での性別変更手続の簡素化が求められる。以上の見地から、国会議員あるいは内閣府(法務省による法案作成)による速やかな発議と立法府での迅速な法律制定を求めたい。

  •  提言2  トランスジェンダーを含む性的マイノリティの人権が侵害されることがないよう、性的マイノリティの権利保障一般について定めた根拠法が必要である。国会議員あるいは内閣府による速やかな発議と立法府における迅速な法律制定が望まれる。関係省庁及び自治体は、より実効性の高い権利保障政策の立案・実行・評価に努めるべきである。
     トランスジェンダーを含む性的マイノリティの権利保障を真の意味で実現するためには、性自認やジェンダー表現を「個人の尊厳」ないし「性的自己決定」として明確に保障する根拠法の制定が不可欠である。国会議員あるいは内閣府及び法務省は、①「性的指向・性自認・ジェンダー表現・性的特徴」に基づく差別およびハラスメントの禁止、②実施されるべき措置、③人権保障の履行確保制度を盛り込んだ根拠法の法案策定を進めて立法府に発議すべきであり、立法府での速やかな法律制定が望まれる。内閣府・法務省・文部科学省・厚生労働省・外務省・スポーツ庁などの関係省庁及び自治体は、これまで以上に実効性の高い性的マイノリティの権利保障政策を立案・実行し、適正に評価するよう努めるべきである。根拠法は、このような政策の指針および評価基準とされるべきである。

  •  提言3  「人権外交」(外務省)の方針に基づき、日本も国連人権諸機関から求められている包括的な差別禁止法の制定を目指すべきである。性的マイノリティの権利保障法は、包括的差別禁止法の制定に向けた第一段階として位置付けられる。中央省庁や自治体が連携して包括的な差別禁止政策を推進し、当事者団体・教育機関・企業・専門家・市民等の協力のもとに、国際人権基準に適った多様性に富む日本社会を築くことが期待される。
     日本政府は、国連自由権規約委員会から、性別・人種・宗教などを含む包括的な差別禁止法の制定を勧告されている。社会構造に起因する差別の多くは、複合的かつ交差的であるため、個別の差別禁止法では十分に対応できない。したがって、性的マイノリティの権利保障法は、あくまで包括的差別禁止法制定に向けた過渡的なものと認識されるべきである。今後、日本政府と市民が協力して包括的差別禁止法の制定に向けた取組を進め、国際人権基準に適った多様性に富む日本社会を築くことが期待される。





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