提言「未来のための心理学の市民社会貢献に向けて」のポイント

1 作成の背景

  •  2017年に心理学の国家資格である公認心理師法が施行され、大学・大学院における公認心理師養成が始まった。心理職が行う仕事の質を保証する国家資格の創設は国民の心の健康を守るために重要な課題であり、これまで日本学術会議心理学・教育学委員会の心理学教育プログラム検討分科会及び健康・医療と心理学分科会(以下、両分科会と略す)は、心理学の国家資格について提言及び対外報告を発出してきた。
     また、2018年に高等学校の新学習指導要領が告示され、2022年度入学生から実施されることになった。公民科においては、必修科目「公共」に、青年期の課題や市民社会に関わる心理学の内容が、選択科目「倫理」には、個性、感情、認知、発達などに関する心理学の内容が本格的に導入されることになった。これまで「心理学」は、主として大学の科目であったが、高等学校の生徒も心理学の内容を学習することになる。
     このように、①大学にとって「入り口」としての高等学校での心理学教育の開始、②大学・大学院での公認心理師養成の開始、③「出口」としての国家資格キャリアパスの形成、といった大きな動きが重なり、心理学に対して市民社会から大きな期待が寄せられている。
     そこで、両分科会は、こうした高校・大学・市民社会における一連の流れを統合して、未来のための心理学の市民社会貢献をいかに充実させるべきかについて議論を行ってきた。

2 現状及び問題点

  •  高等学校における心理学教育は、教員への支援や教員養成など課題が多く、その解決には、心理学関係者だけでなく、行政機関を含む社会の協力が必要である。また、公認心理師養成について、これまで両分科会は問題点を指摘してきたが、その多くは依然として解決されていない。また、2018年に第1回公認心理師試験が実施されて以来、3万人以上の公認心理師が誕生したが、その社会的認知度は高いものとは言えず、社会的資源としての公認心理師の役割と能力も市民社会に知られていない。公認心理師がその能力を発揮するためには、その社会的認知度を上げ、活躍の場を充実させる必要がある。

3 提言の内容

     以上を踏まえて、両分科会は、高校・大学・市民社会における心理学の貢献について、6つの提言にまとめ、文部科学省(提言1~6)並びに厚生労働省(提言1,3~6)などの行政機関や市民社会に対して、その実現を要望する。

  • (1) 高校・大学・市民社会における心理学の貢献を充実させるべきである
     高校・大学・市民社会と連続した心理学の社会的貢献の一連の動きは、心理学に対する市民社会からの大きな期待を表すものである。心理学の社会的貢献への期待とは、具体的には、人間の心や行動を科学的・実証的に認識することの必要性、ストレスに負けずウェルビーイングな生活を増進させる心理学リテラシーの有用性、心の健康における心理学的援助の重要性などを示している。これらは欧米の市民社会では定着しているが、日本でも重視されつつある。心理学の社会的貢献を実現するためには、まず心理学関係者が深く自覚して活動するとともに、行政機関を含む市民社会の協力が必要である。

  • (2) 高等学校の心理学教育を充実させるべきである
     高等学校の心理学教育を充実させるためには多くの活動が必要であり、行政機関の協力を求めたい。授業を担当する高等学校の教師に向けては、そのニーズを踏まえた上で、心理学の知識と科学的方法論、教授法を紹介する講習会や書籍、webページなどの提供が必要である。また、大学において、「公民科」他の高等学校教員免許状取得を可能とする環境を整備し、心理学専攻者のキャリアパスの一つとして、高校教員を目指せるようにすることが必要である。一方で、高等学校の生徒に向けては、選択科目「倫理」の学びを深めるために、適切なリソースを用意すること、さらに、高校生に向けた教授法の開発が必要である。また、心理学の内容をテーマにした探究学習を行うための方法論を解説した手引きや、心理学の内容が関わる「生物」「保健」「家庭」「数学」の統計などの事項を明示して、心理学を幅広く学ぶことができるような手引き、将来的には、社会生活に必要な知識として、心理学、健康・医療・福祉などを体系的に学ぶことができるようなカリキュラム全体のマネジメントが必要である。

  • (3) 公認心理師養成カリキュラムを充実させるべきである
     現行の公認心理師の養成カリキュラムについて、以下の諸点の是正を求めたい。①大学では基礎的な心理学教育を充実させ、心理実習は大学院教育で行うこと、②教育の質を担保するシステムを作ること。③修士論文と国家試験の両立に十分配慮すること。④研究者養成のキャリアパスを強化すること。

  • (4) 公認心理師の実習制度や国家試験制度等の適正化をはかるべきである
     現行の実習制度や国家試験制度等について、下記の諸点の検討を求めたい。①現場に即した多様な実習マニュアルを策定すること。②公認心理師の教育と実証の質保証を行うこと。③心理実習・心理実践実習の認定要件を明確化すること。④巡回指導の実施方法の多様化を承認すること。⑤公認心理師試験出題基準とブループリントの適正化をはかること。

  • (5) 公認心理師の能力を発揮できる現場を拡大するべきである
     公認心理師の能力を最大限に発揮するため以下の諸点の検討を求めたい。①公認心理師の業務の保険診療報酬を拡大すること。②公認心理師の職域を拡大すること。③ポストの常勤化をはかること。④行政職として公認心理師を活用すること。⑤「区分B」(大学で必要な科目を履修後2年以上の実務経験を得て国家試験受験資格を得るルート)を強化すること。⑥市民社会に対して公認心理師の意義や役割の理解を広めること。

  • (6) 公認心理師制度見直しの際には日本学術会議の参照基準(心理学分野)を反映させるべきである
     公認心理師法附則第5条では、法律の施行後5年を経過した場合において、この法律の規定の検討を加えることが定められている。制度の見直しがおこなわれる場合は、学術の視点から公認心理師養成カリキュラムを十分に見直し、参照基準(心理学分野)を反映させることが望まれる。





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