提言「持続可能な医療を担う薬剤師の職能と生涯研鑽」のポイント

1 作成の背景

 近年の生命科学研究の急速な進歩と少子高齢化の進展を背景に、社会における薬学・薬剤師の役割、責務は大きく変化している。平成18年に薬剤師養成を主眼とする薬学教育6年制が導入され、教育改革が進められてきた。この間、日本学術会議薬学委員会では、薬剤師や薬学の研究・教育のあり方について検討を重ね、平成26年には「提言 薬剤師の職能将来像と社会貢献」を発出し、国民の健康増進を支える薬剤師職能とこれを支える薬学研究のあり方について提言した。一方、「経済財政運営と改革の基本方針2019」(令和元年6月21日)においては、人生100年時代を迎え、少子高齢社会の中で、生き方、働き方の多様化に対応できる持続可能な社会保障制度へと改革していく必要があるとして、医療・介護の領域についても様々な施策が示されている。すなわち、持続可能な社会保障制度の実現に向け医療・福祉サービス改革プランを推進するとともに、地域包括ケアシステムの構築と併せ医療・介護提供体制の効率化、後期高齢者の増加に伴う医療費の伸びの適正化や一人当たり医療費の地域差半減、介護費の地域差縮減が目標とされ、病院と診療所の機能分化・連携等の推進、かかりつけ医・かかりつけ歯科医・かかりつけ薬剤師の制度の普及、オンライン服薬指導を含めた医療の充実、調剤報酬の適切な評価に向けた検討などが課題に挙げられている。 本提言では、以上で提起される持続可能な医療の実現を目指す観点から、薬剤師に求められる職能とこれを支える生涯研鑽システムのあり方について提言する。

2 現状及び課題

 外来患者が保険薬局で調剤を受けた割合を示す処方箋受取率は、昭和63年の10.6%から平成30年には74.0%と平成の30年間で7倍に増加し、薬剤師総数は14万人から31万人に、薬局勤務の薬剤師数は昭和63年の3.7倍の18万人となった。医薬分業の進展は、患者への情報公開、医療の安全や質の向上に寄与するとともに、病院薬剤師に外来調剤から入院患者の薬学的管理へと業務の転換を促し、チーム医療が推進されている。一方、薬局においては、薬剤師は概ね調剤における薬剤の調製などの対物中心の業務の実施にとどまり、患者に医薬分業のメリットが感じられないとの指摘もあって、対物業務から対人業務中心へと薬剤師業務の変革が求められている。また、病院薬剤師は病棟業務や電子カルテの閲覧等により患者のケアに必要な情報を比較的容易に取得することができるのに対し、薬局の薬剤師が患者の持参する処方箋から得られる情報は限られている。例えば、院外処方箋への患者の臨床検査値の記載は国立大学病院では64%で実施されているが、一般病院では4%にとどまっており、薬局の薬剤師は、患者との面談により必要な情報を聞き出し対応しているのが現状であり、その改善が求められている。
 薬剤師養成を担う6年制の薬学学部教育においては、モデル・コアカリキュラムが策定され、計画的な改訂が行われ、4年制大学院の整備も進められている。一方、資格取得後の薬剤師の臨床能力の涵養を目指して、薬剤師レジデント制度を持つ医療機関は増えているが、体系的な制度整備には至っていない。医学・薬学の進歩と高度化する医療に対応するために、関連学会や職能団体により運営される領域別認定・専門薬剤師制度資格の数は年々増加しており、各種プロバイダーからも様々な生涯教育プログラムが提供されている。卒前教育から卒後の生涯研鑽まで、調和のとれたシステム構築が、持続可能な医療の担い手たる薬剤師の基盤構築につながるものと期待される。

3 提言の内容

  • (1) 地域医療への能動的関与
     地域の特性に応じて医療・介護・予防・住まい・生活支援を一体的に提供する地域包括ケアシステムにおいて、薬剤師・薬局は、他の医療機関や職種と連携しながら、積極的に役割分担を果たしていかなければならない。薬局から地域に出て多職種と協働することにより、薬剤師の活動が広く社会から認知され、患者のため地域のために役立つ薬剤師職能を発揮することができる。そのためには、薬局内での業務の効率化や業務分担の見直しも必要となる。

  • (2) 薬学的管理に必要な患者情報の確保
     薬剤師が患者に適切な薬学的管理を実施するためには、処方箋に記載される患者情報に加えて、さらに薬学的管理に必要な患者情報が処方箋を発行する医療機関から薬局に確実に提供されることが必要である。医療機関と薬局が連携して、個人情報保護に配慮しつつ、病名、検査値、アレルギー歴等の患者情報を患者と共に共有するシステムの構築が望まれる。

  • (3) 卒前教育と卒後教育の調和
     卒業後の多様な薬剤師のキャリアパスを支援して、社会のニーズに応える薬剤師を養成していくために、卒前・卒後の教育に係わる関係者が目的意識を共有し、調和のとれた教育プログラムを提供する必要がある。地域や病棟での患者指導で遭遇した出来事から薬学的課題を見出し、問題解決に向けた研究を展開できる臨床マインドと研究マインドをバランスよく兼ね備えたpharmacist-scientistsの養成が望まれる。

  • (4) 領域別認定・専門薬剤師制度の改革
     現在、関連学会や職能団体により様々な領域別認定・専門薬剤師制度が設けられており、国民から理解されるよう名称の整理や認定基準の整合を図るとともに、制度の質保証の仕組みを検討する必要がある。

  • (5) 薬剤師レジデント制度の整備
     高い臨床能力を有する薬剤師を養成するためには、薬剤師資格を取得した新人薬剤師に対して卒後研修を課すことが望まれる。医師の卒後臨床研修が必修化されているのに対し、薬剤師の卒後臨床研修は一部の医療機関が薬剤師レジデント制度として個別に提供しているのが現状であり、卒前教育の方向性を踏まえて薬剤師レジデント制度のあり方を検討する必要がある。
     以上の提言の実現に向けては、(2)と(4)は厚生労働省、(3)と(5)は厚生労働省と文部科学省の両省による積極的な支援が必要と考える。





     提言全文はこちら(PDF形式:748KB)PDF
このページのトップへ

日本学術会議 Science Council of Japan

〒106-8555 東京都港区六本木7-22-34 電話番号 03-3403-3793(代表) © Science Council of Japan