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提言「すべての人に無償の普通教育を 多様な市民の教育システムへの包摂に向けて」のポイント

1 本提言の問題意識

 本提言は、第24期の心理学・教育学委員会内に設置された「排除・包摂と教育」分科会(委員長・志水宏吉)における意見交換と議論の成果として作成されたものである。この提言は3つのパートから成り立っている。第一のパートでは、本提言の問題意識について述べ、本提言のベースとなる理念「すべての人に無償の普通教育」について解説した。
 日本社会は、1990年代初頭のバブル崩壊以降、各種の不平等を随伴させたその階層性が強調されるようになってきている。そのなかで、さまざまな局面において「弱者」に対する社会的排除の過程が昂進しつつある。私たちは、日本の教育システムのあり方、具体的には特定の個人・集団に対する「教育システムからの排除」に着目した。その対語である「教育システムへの包摂」(さまざまな立場にある人々を教育システムに取り込み、彼らに十分な教育機会を保障すること)の度合いを高めることができれば、そうした人々をよりよく社会的に包摂する道が開けるのではないか。教育の力で、社会的排除への趨勢をできる限り押しとどめようというのである。
 そのために掲げた理念が、「すべての人に無償の普通教育を」というものである。本提言では、2016年に成立した「教育機会確保法」をその理念の実現に向けての確かな一歩と捉えた。そして、教育的に不利な環境のもとにあると考えられる6つのカテゴリーに属する人々に対する排除の実態と教育課題を整理した上で、事態改善に向けての方策について、国、自治体、学校の3つのレベルに分け具体的な提案を行った。

2 現状認識と克服すべき課題

 続く二つめのパートでは、上記の6つのグループの現状について述べ、教育上の課題とみなされる事項を指摘した。その概要は以下である。

  • (1) 不登校の子ども:
     中学校における不登校は3.7%に達しており(2018年)、小学校および高校においても問題は小さくない。通常の学校以外の学びの場に通う子どもたちの学習権をどのように考えるかが、一つの大きな争点となっている。
  • (2) 外国籍の子ども:
     1980年代以降増加しつつある。言葉や適応の問題から学力や進路の問題に焦点は移りつつある。とくに、高校進学率における日本人生徒との格差は、抜本的な対策を講じるべき大きな課題となっている。
  • (3) 障害のある子ども:
     1979年の養護学校義務化以降、障害のある子どもたちの教育システムへの包摂は形式的には進みつつあるが、現状の特別支援教育は分離教育的色彩が強く、いかにフル・インクルーシブ教育に近づいていくかが課題となっている。
  • (4) 貧困家庭の子ども:
     「7人に1人が貧困家庭の子」だとされる現状があるが、貧困家庭の子どもの大学進学率はきわめて低い水準にとどまっている。学校内外での丹念な実態把握と効果的な学校の取り組みが要請されている。
  • (5) 被差別部落の子ども:
     2002年の同和対策法の打ち切り以降、差別や格差の実態は見えにくくなってはいるものの、厳然として存在する。まずは適切な実態把握、教育格差是正のための施策・取り組みの強化が急務である。
  • (6) 周辺化される目立たない子ども:
     彼らは、明示的な排除にはさらされてはいないが、学校や教室内で見えない形での排除を経験している。カリキュラムや校内での諸活動の抜本的な見直しの必要がある。

3 提言

 第三のパートでは、すべての市民の教育システムへの包摂の度合いを高めるために、課題解決に向けて、国や自治体ならびに学校が相互に協働しつつ、それぞれができることから取り組むことが求められていること、さらに、課題解決において重要な役割を果たす教員養成の問題があることを指摘した上で、以下の項目からなる具体的な提案を行った。

  • (1) )国への提言:
     教育行政の主務官庁である文部科学省に対して以下の七項目を提言する。第一に「公正の理念を高く掲げて教育政策を進める」ことが改めて社会的に要請されている。より具体的には、第二に、教育を受ける権利がすべての市民に対して保障されるように「日本国憲法第26条の条文の解釈を見直す」こと、第三に、外国籍の子どもの教育機会の保障や、経済的に困難な家庭の子どもの義務教育終了後の教育機会の確保など、「教育機会確保法の範囲を拡充する」こと、第四に、「義務教育標準法」を見直し、教員の増加をはかることを軸に、他の専門職の導入やカリキュラムの柔軟化などの手立てを通じて、多様化した子どもの状況に十分対応できる仕組みを構築することを提言する。
     さらに、公正の理念を体現する教員の育成が不可欠という観点から、第五に、「教育職員免許法と教職課程コアカリキュラムを見直す」こと、第六に、「教員にとっての『市民性教育』を構築する」ことにより、社会の多様性や複雑性に関する教員の認識を涵養することを求める。そして第七に、それらの方策を実行あるものにするための前提として、困難を有する子どもたちの実態と背景を解明するための各種「実態調査の実施」を国に要望する。
  • (2) 自治体への提言:
     第一に、外国籍生徒が受験する際に何らかの特別措置や特別入学枠を設けるなど、「高校入試において外国籍の子どもに対する配慮を充実させる」こと、第二に、貧困世帯の子どもへの就学援助や給付型奨学金の拡充など、「経済的支援を拡充させる」こと、第三に、「包摂のための仕組みづくりを自治体がリードする」こと、第四に、各学校で排除されがちな一部の子どもたちを支援するために様々な手立てを工夫するなど、「制度内での排除に抗するための措置を講じる」こと、そして第五に、外国籍の子どもの不就学の問題や、被差別部落の子どもの学力や生活の実態など、「地域の実情をふまえた子どもたちの実態把握を行う」ことを提言する。
  • (3) 各学校への提言:
     第一に、「授業改善の取り組みを進める」ことにより、人権や公正の問題に対して、子どもたちがより一層当事者意識や共感性を持って主体的にかかわれるようになることや、特別な配慮を必要とする生徒への指導の充実を求める。そして第二に、高校では、学業継続をできるだけ可能にするために「進級規定を見直す」ことを提言する。
     なお、提言を進めるに際して教員の過重労働とならないよう、十分な配慮と支援を国や自治体に要望する。本分科会は、今後も教育システムからの排除の実態を継続的に把握し、教育システムへの包摂に向けた取り組みの動向を注視し、必要に応じ各方面に働きかける。  



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