提言「アフリカ豚熱対策に関する緊急提言」のポイント

1 背景

 グローバル化の流れの中で、人のみならず家畜に壊滅的な損害を与える感染症が容易に国境を越えて甚大な被害をもたらすようになり、国家的な危機の一つとみなされるようになってきている。国連食糧農業機関(FAO)や国際獣疫事務局(OIE)といった国際機関は、国境を容易に越えて蔓延し、発生国の経済、貿易及び食料の安全保障に関わる重要性を持ち、その防疫には多国間の協力が必要となる疾病を越境性動物疾病と定義している。
 ASF(African Swine Fever: アフリカ豚熱,旧名称:アフリカ豚コレラ)もCSF(Classical Swine Fever: 豚熱,旧名称:豚コレラ)も、代表的な越境性動物疾病であるが、その病原体は人には感染せず、人が感染豚を食しても感染することはない。しかしASFは豚の致死的感染症であるため、食料の生産基盤を破壊し、食料の安定供給を脅かす。ASFは2007年に欧州に初めて侵入して以来、アジアユーラシア大陸諸国にその感染を広げて、発生国に甚大な社会・経済的被害をもたらしている。ASFにはワクチンがなく、2018年に26年ぶりに我が国で発生し、未だ制圧に至っていないCSFよりも病原性が強いため、万が一ASFが侵入した場合には、はるかに大きな被害をもたらすことが予測される。

2 現状及び問題点

 ASFの病原体は宿主(イノシシや豚など)の肉製品や体内から離れた環境中でも長時間、活性を保持するため、清浄国での発生の多くは汚染地域からの肉製品の持ち込み等である。2018年8 月の中国でのASF発生報告を受け、日本学術会議では啓発のため、同年12月に緊急シンポジウム「アフリカ豚コレラ:家畜に壊滅的被害をもたらし、食料生産への脅威となる感染症」を開催した。その後も、ASF感染拡大の勢いは衰えず、2019年にはフィリピンやインドネシアなどの島しょ国へも、海を越えて感染が広がった。アジアで侵入していない島しょ国・地域は日本と台湾のみになっていることから、我が国において、さらなる侵入防止対策の強化が必要である。こうした状況に対応するため、2020年2月5日公布の家畜伝染病予防法の一部改正で、予防的殺処分を可能とすることやイノシシ対策などが盛り込まれた。一方、ASFと同様の伝播様式を持つCSFは、現在国内での被害が深刻化している。イノシシでCSFウイルスが蔓延した地域では、感染イノシシやウイルスが付着したネズミ等が運ぶ病原体の養豚場への侵入が止まらず、予防的ワクチン接種を余儀なくされている。このことは、ASFの侵入防止にとって唯一の手段とされる病原体を農場に入れないための「農場バイオセキュリティ」(農場に病気を持ち込まない、発生させない、拡大させないための予防対策)が現状では不十分なことを証明している。さらに2020年には、島しょ部である沖縄でのCSF発生原因が食品残渣の非加熱での飼料利用であるとされたことから、我が国の侵入・感染拡大防止対策に課題があることが浮き彫りになった。近年、中国をはじめ海外からの観光客が増加しており、東京を中心にオリンピック・パラリンピックも予定され、海外からの観光客がさらに増えることが予想される。また、日本で暮らす外国人労働者の増加も見込まれる。そのようななかで海外からウイルスが持ち込まれる可能性がこれまで以上に高まっており、侵入防止対策及び国内での蔓延防止対策の強化が必要である。
 現在、新型コロナウイルス感染症が大きな社会問題となっている。ASF は国境を越えて蔓延する感染症としては同類であり、経済・貿易、食料安全保障的観点からは、同様に国家レベルの問題を引き起こすことは間違いない。このことから、世界的に流行が拡大し、我が国に国家的危機をもたらす可能性が高いASF に対し、以下の緊急提言を行う。

3 提言の内容

  • (1) 行政上の対策強化
    • 啓発活動の強化:ASF の国内への侵入は、人が違法に持ち込む汚染肉製品や残飯等、人が関与するものが主な原因となる。侵入防止の行政対応には限界があり、行政と民間(動物検疫所、税関、入管、航空会社、旅行代理店など)が連携・主導して、一般の人の理解や旅行者の自発を促す取り組みを強化すべきである。
    • 動物検疫の強化:侵入防止に大きな役割を果たす動物検疫では、対応人員の増強や要員の養成が急務である。違法な肉製品持ち込みに対する罰則規定の効果を踏まえた見直しなど、より抑止力の強い対策が求められる。
    • 蔓延防止対策の強化:国及び地方自治体は、発生時を想定したマニュアルの整備や机上演習等の十分な事前準備が求められる。特に大規模農場や畜産団地などの高度集約化した施設での発生に対するシミュレーションも急務である。また、野生動物についても生息数調査や移動範囲の調査に加えて感染症に関する積極的なサーベイランス(継続的に注意深く監視すること)を強化する必要がある。
    • 省庁間の連携の強化:ASF の発生は社会に対して複合的な災害をもたらすので、関連省庁や地方自治体等は科学的根拠をもとに有効な対策を講じなければならない。特に野生イノシシやネズミ等の野生動物に対しては、保護と管理に加えて防疫の観点から科学的根拠に基づく一貫性のある対応に当たるため、関連する省庁の連携体制を強化すべきである。
  • (2) 生産現場の対策強化
    • 生産現場である農場にとっては、病原体を農場に入れない「農場バイオセキュリティ」が重要な役割を果たす。農場を運用する人などのソフト面と施設などのハード面の両面から「農場バイオセキュリティ」を強化するための意識改革と合わせ、人材育成に向けた人的・財政的支援が必要である。
  • (3) 国民の理解と調査研究の推進
    • 関連部局や研究所等は、ASF の侵入拡大に関わる獣医学的・疫学的調査研究はもちろん、ワクチン開発、ASF が発生した場合の経済学的影響、社会科学的解析など多角的な観点から、調査研究を推進することが強く求められる。日本学術会議は、学協会やメディア等と連携し、科学的根拠に基づく正しい情報の効果的な発信を行い、万が一の国内発生時にも無用な混乱が起きないように啓発を推進する。




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