提言「マイクロプラスチックによる水環境汚染の生態・健康影響研究の必要性とプラスチックのガバナンス」
のポイント

1 作成の背景

 21世紀に入って海洋プラスチック汚染は2つの新たな局面を迎えた。一つは微細なプラスチック(マイクロプラスチック:5 mm以下のプラスチック)の海洋表層への集積が確認され、海洋生物による摂取も示されたことである。もう一つは、海洋マイクロプラスチックが海洋生態系での有害化学物質の運び屋になることである。マイクロプラスチックは一次と二次に大別される。前者は5 mm以下の粒子状に製造されたプラスチックで、レジンペレット、肥料のカプセルや洗顔料、化粧品に含まれるマイクロビーズなどである。二次マイクロプラスチックは環境に放出されたプラスチック製品が紫外線や熱、風波などの物理的な力により破砕、細片化したものや合成繊維の服の洗濯時に発生する繊維などである。

2 海洋マイクロプラスチック汚染の現状及び問題点

  • (1) 分布
    • 日本周辺海域もマイクロプラスチック濃度が高い。日本列島から排出されたものに加えて黒潮による東南アジア・中国南部からの輸送が示唆されている。日本の沿岸では二次マイクロプラスチックの方が多い。中でも製品の破片が洗濯時に発生する合成繊維よりも多い。破片となっている製品の特定や破片化速度などの解明はほとんど分かっていない。今後、二次マイクロプラスチック形成の解明や日本の水環境での汚染の調査を進める必要がある。特に堆積物中のマイクロプラスチックの量は海水中の量よりも多いと計算されている。堆積物への沈降速度、さらには堆積物からの巻き上がりや浮上の研究などをすることにより、マイクロプラスチックの物質動態を明らかにする必要がある。
  • (2) 海洋生物への摂食
    • 現在200種以上の多様な生物がマイクロプラスチックを摂食していることが、室内実験や捕獲された魚介類の調査で確認されている。直接の摂食に加えて、食物連鎖を通した移行によりマイクロプラスチック汚染は生態系全体に広がっている。
  • (3) 生態系および健康への影響
    • マイクロプラスチックの生態影響を考える際にはプラスチック自体の毒性とともに添加剤(可塑剤、紫外線吸収剤、臭素系難燃剤など)や、構成するモノマー・オリゴマーによる毒性影響を調べる必要がある。添加剤の中には内分泌かく乱作用や生殖毒性をもつものも含まれる。 加えて、ナノサイズのプラスチックが細胞膜を通過して、生物組織を傷害する可能性がある。マイクロプラスチックは添加剤を含む他に、疎水性のPCBやDDTなどを吸着している。これらは、時には水鳥やクジラなどの高次栄養生物にも移行し、蓄積する。 一方、吸着・含有された有害物質による生物への毒性影響の調査事例は少なく、その環境および健康リスク評価は全く行われていない。実環境での軽微な影響を評価する手法が開発・適用されてこなかったと捉え、調査・研究の推進と予防的な対策が必要と考えられる。
  • (4) マイクロプラスチック海洋汚染防止のためのプラスチックのガバナンス
    • わが国のプラスチック製品の生産量はこの20年間横ばい状況であるが、容器類は2倍に増えている。 世界の生産量は今後も大幅な増加が見込まれることから、海洋汚染がより深刻化することが危惧される。 このような状況を受けて、プラスチックによる新たな海洋汚染を2050年までにゼロにすることを目指した「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」が採択され、 日本政府は世界全体の海洋プラスチックごみ対策の推進を宣言した。 しかし現存するプラスチックごみをどうするか触れられていない。わが国ではプラスチックの回収率は高い水準にあるが、回収されたものの半分以上が焼却されており、 使い捨てプラスチック排出量の低減に向けて国・産業界・国民をあげた取り組みの強化が必要である。 同時に、マイクロプラスチックの生態系及びヒトの健康への影響に関するリスク評価を可能とするための分野横断的な調査や基礎・疫学研究を推進するとともに、 環境・健康リスク評価に基づいた国際的なプラスチック管理を推進する必要がある。

3 提言の内容

 国は「持続可能な開発のためのアジェンダ2030(SDGs)」の目標3「すべての人に健康と福祉を」、目標6「安全な水とトイレをみんなに」、 目標11「住み続けられるまちを」、目標12「つくる責任つかう責任」、目標13「気候変動に具体的な対策を」、目標14「海のゆたかさを守ろう」、 目標15「陸のゆたかさも守ろう」を達成するために、以下のことを実施すること。


  • (1) 国は海洋におけるマイクロプラスチックの起源、水環境中の動態、海洋生物の摂食状況、生態系への移行と悪影響(物理的および添加剤や吸着する有害化学物質の悪影響)を 喫緊に調査すること。同時に生物やヒトへの毒性影響およびそのメカニズムに関する分野横断的な基礎・疫学研究を推進し、 科学的知見を総合的に示すと共に、環境および健康リスク評価に資する科学的な知見の収集を急ぐこと。
  • (2) 国は「使い捨てプラスチック」の生産・使用を減らすなどして、「プラスチックの総排出量の低減に向けた」国・産業界・国民をあげての取り組みを加速させること。
  • (3) 国は一次マイクロプラスチックの使用を抑制し、二次マイクロプラスチックの起源となる海洋プラスチック回収の有効な方法を早急に開発し、実行すること。




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