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提言「口腔疾患の予防・治療・保健教育の場を喫煙防止・禁煙支援に活用すべきである」のポイント

1 作成の背景

 日本における喫煙状況と喫煙防止・禁煙支援の現状:厚生労働省の「2017年国民健康・栄養調査報告」によると平成29年の喫煙率は男性で29%、女性で7%であり、男性では平成元年の55%から26%減少した。女性でも過去10年間に有意な減少があった。また、健康増進法の施行などを契機として受動喫煙対策も進んでいる。しかし、タバコ煙のない環境を実現し、脱タバコ社会を目指すためには、さらに喫煙対策を強化する必要がある。あらゆる機会をとらえての喫煙防止・禁煙支援が重要であり、医療においても、喫煙関連疾患の予防・治療の場を利用して、医師・歯科医師・薬剤師・保健師・看護師・歯科衛生士がそれぞれの専門性を発揮し、かつ緊密に連携して喫煙防止・禁煙支援などを実施することが必須である。この中で、既に医師、薬剤師、保健師、看護師は、独自に、あるいは互いに連携して様々な取り組みを行っており、ある程度の効果をあげている。
 喫煙と口腔疾患:喫煙は様々な臓器で多様な疾患を生じる。特に有病率が高いのが口腔疾患である。タバコの成分は口腔微生物の病原性を強め、歯周組織の抵抗力を減弱させ、う蝕・歯周病のリスクとなる。う蝕や歯周病の進行は、成人が歯を喪失する最大の原因である。現在歯数が20本を下回ると咀嚼能力が大きく低下し、その結果、軟食傾向、食欲低下などが生じ、さらに、栄養の偏りや低栄養を招く。また、歯周病原性細菌が動脈硬化を促進し、心血管疾患のリスクとなり、糖尿病などの生活習慣病の症状を悪化させる。さらに、歯周病は誤飲性肺炎の原因ともなる。また、喫煙は口腔がんリスクを増大させる。

2 現状及び問題点

 歯科診療における喫煙防止・禁煙支援の有用性:喫煙関連疾患の中で歯周病はあらゆる年齢層にみられ、有病率が高く、かつ慢性に経過するため、その予防・治療・保健教育の場は、絶好の喫煙防止・禁煙支援の場を提供している。WHOは「口腔保健・医療従事者・専門家は多数の喫煙者に接することができるので、喫煙者の禁煙誘導に関し重要な潜在的可能性を持っている」と指摘し、さらに、「日常的に喫煙による口腔への影響を観察しているため、喫煙の害を強く懸念している」とも述べている。喫煙は歯・歯周組織に対して歯肉メラニン色素沈着、線維性歯肉増殖、歯の表面を黒褐色にし、不快な外観を呈すなどの影響を及ぼす。これらの口腔内所見は、専門家の指導の下で鏡などを使えば自身で直接見ることができる。また、唾液を試料用いた喫煙あるいは受動喫煙の状況を客観的に評価できる検査方法もある。したがって、口腔疾患医療の場は、患者が直接口の中を見て喫煙の影響を確認し、あるいは唾液検査から喫煙・受動喫煙の程度を把握する機会を提供でき、禁煙への動機づけに適した場の一つである。また、歯周病に対しては継続的な治療とメインテナンスが必要であり、外来受診は長期間にわたるため、歯周病治療の場は禁煙治療の場としても適している。禁煙外来で効果を挙げるためには継続的な受診が必要だからである。実際、歯科診療の場での禁煙支援の効果は、既に多くの研究で実証されている。しかし、我が国では口腔疾患の予防・治療の場を喫煙防止・禁煙支援の場として活用する体制が整備されているとは言い難い。
 禁煙支援における歯科と医科との連携の必要性:健康増進と、各種疾病に対する早期発見・早期介入のために医科と歯科の連携は欠かせない。数多くの研究で歯周病が様々な全身疾患のリスク因子であることが示唆されており、その重要性は一層注目を集めている。とりわけ、歯周病と糖尿病は双方向性に悪影響を及ぼすことから、日本糖尿病協会では登録歯科医制度を設立し、糖尿病に対象する医科歯科の連携を推進している。しかし、禁煙支援については連携が十分とは言い難く、新たな制度作りを含めて連携構築が望まれる。
 初等・中等教育における喫煙防止教育と口腔疾患予防教育:小児をタバコの煙から守り、また、喫煙の害を教育して喫煙開始を防ぐことの重要性は改めて指摘するまでもない。口腔保健・医療従事者・専門家は保健・医療の場で小児に接することが多い。幼児期・学童期には慢性の疾患が比較的少ないためもあり、有病率の高い疾患は少ないが、口腔疾患は慢性に経過するためもあり、有病率が高い。子どもにとり身近な問題であるう蝕や歯周病などの口腔疾患に対する予防・治療・保健教育の場を喫煙防止・禁煙支援の場として活用できれば、喫煙対策としての効果は大であり、学校医、学校歯科医、学校薬剤師、学校保健技師が連携して、学校保健の場を喫煙対策に活用すれば、大きな効果を期待できる。喫煙防止教育に積極的に取り組んでいる医師・歯科医師・薬剤師・保健師・看護師・歯科衛生士も少なくないが、養護教諭を含めた学校関係者との連携がうまくいかず、十分な取り組みが行えない場合も少なくない。学校での活動を通じて、学童の家族との連携や地域との結びつきを深めれば、家族全体を対象とした喫煙対策も促進できる。
 禁煙指導・支援に関する歯科教育の充実:現在、歯科医師の卒前教育において、様々な観点から喫煙リスクの教育がなされているが、歯科医師の禁煙指導・支援への取り組みの重要性に関する卒前教育をさらに充実させるべきである。また、歯科衛生士に対する禁煙支援教育が開始されたが、歯科衛生士が禁煙支援に取り組むための卒後研修にも取り組む必要がある。また、医科歯科連携の中で、歯科医師自らが積極的に禁煙支援に携われるよう、厚生労働省と日本歯科医師会は歯科医師の卒後研修のさらなる充実を図るべきである。

3 提言

 脱タバコ社会の実現のため、口腔疾患予防・治療・保健教育の場も喫煙防止や禁煙支援に活用する体制を厚生労働省・文部科学省の担当部局ならびに日本歯科医師会などは整えるべきである。そのために、学校歯科医を喫煙防止教育に積極的に活用すべきである。また、保険医療制度において、歯科による禁煙支援を強化すべきである。禁煙は、歯磨きと同様、容易に実行が可能で、かつ健康増進の観点から最も効果的な行為である。歯科の禁煙誘導・支援への取り組みを強化することで、歯周病予防、口腔がん予防が充実し、国民の健康を増進させることができる。同時に、喫煙対策に関して歯と医の連携を図り、また、歯科医師の卒前教育、卒後の研修などを充実させる必要がある。




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