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提言「ゲノム医療・精密医療の多層的・統合的な推進」ポイント

1 現状及び問題点

 日本でもゲノム医療・精密医療の研究開発が進められているが、世界に目を転じるとその研究開発の規模と進展の差が大きくなっている。例えば、上記のPMI は、現在、”All of Us”と名前を変え、30 万人の全ゲノム解析、100 万人規模の電子カルテ情報の収集、大規模サンプル収集、大規模ライフログの収集を含む、10 年間で1500 億円規模の統合的研究プロジェクトになっている。英国では10 万人のゲノム解析を目指したGenomics England が目標を達成し、さらに目標を500 万人にしたプログラムが開始された。欧州の他の国々、中国等でも類似の規模のゲノム医療・精密医療の研究開発プログラムが進行している。

 疾患の発症や進行にかかわるゲノム変異の頻度には、地域差・民族差があることが知られている。欧米では比較的多いゲノム変異が、日本人に少ないという例や、逆の例が多くの疾患で見られる。このため日本人のゲノム解析を行い、疾患発症等に関係するゲノム変異についてのエビデンス(以下エビデンス)が欠かせない。医薬品の開発も、疾患発症等に強く関係する変異を持つ遺伝子を標的とした開発が主流になりつつある。このため日本人のエビデンスを得て、日本人に向いた医薬品治療法の開発を行うことが重要である。

 がんを対象にパネル検査の保険収載は実現したが、制度的に、薬剤によりパネル検査の他に既存のコンパニオン検査を2重に行う必要があり、多くの無駄が生じている。

 ゲノム医療・精密医療の分野では、ベンチャーや企業の関与が欧米に比べ低いことが問題となっている。特に、2017 年の個人情報保護法の改正でゲノム配列情報が匿名化できない個人識別符号とされ生じた問題がある。我が国の個人情報保護法制は対象機関種類ごとに異なる規制があるなど複雑な構造を持っている。ゲノム配列情報が個人識別符号とされたことにより、特に、改正個人情報保護法以前に取得された既存試料からのゲノム配列情報の、企業と国立大学間といった研究主体間での受け渡しと利 用が阻害されている。企業の研究であっても、行政指針の定める手続に従い「学術研究」と当該機関倫理委員会で判断されると法の適用除外を受けられる。しかし、その基準にまだ明確なコンセンサスがなく、両者が相まって企業が本分野の研究開発に参入する上での障害となっている。

 ゲノム医療・精密医療が進展し診療への応用が進むと、市民が疾患の遺伝的要因と向き合う機会が増えると考えられる。しかしながら、日本では、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーの数は少なく、医療従事者のゲノム医療・精密医療に対するリテラシーも必ずしも高くない。このような状況は、ゲノム医療・精密医療の実施によって明らかになる疾患の遺伝的要因に対する社会の理解を妨げ、ひいてはゲノム医療・精密医療に対する信頼を失わせることもなりかねず、ゲノム医療を推進して行く上での課題となっている。

2 提言の内容

  1. (1) 日本人のエビデンスを得るためにゲノム解析規模を拡大すべきである

     広い範囲の疾患を対象に日本人のエビデンスを得ることが必要であり、ゲノム解析の規模を、それぞれの疾患で、対照例も含め数万人レベルに引き上げるべきである。また、必要とされる規模に対応した研究体制の充実を図るべきである。日本人は、欧米に比べ、遺伝学的に均一で診療の質も高いためゲノム解析研究には有利で、これからゲノム解析を本格化しても、欧米に遜色ない成果が得られ、世界をリードすることが期待できる。

  2. (2) 多層的・統合的なゲノム医療・精密医療研究の推進を行うべきである

     「健康・医療戦略」の見直しでは、ゲノム医療・精密医療を、疾患横断的なモダリティと明確に位置付けて、現在、明確にゲノム医療研究プロジェクトとして進められている研究と、各疾患研究の中で小規模に行われているゲノム解析を連携させ、改めて大規模ゲノム解析研究へ発展させるべきである。さらに、ゲノム解析技術、情報解析、バイオバンクなどの拠点群を選定し、連携させて統合的な研究体制を構築すべきである。

  3. (3) ゲノム医療・精密医療を推進する上での環境整備を進めるべきである

     ゲノム医療・精密医療を推進にあたって、従来からあったコンパニオン診断の考え方を安易にあてはめるのではなく、無駄を省くルール作りをするべきである。

     企業による研究開発を促進するための環境整備が望まれる。特に、個人識別符号とされたゲノム配列情報を、改正個人情報保護法に従いつつ適切に利活用するために、ゲノム配列情報の受け渡しの基準や「学術研究」の具体的な基準を明確化すべきである。

     ゲノム医療・精密医療の推進には、疾患の遺伝的要因に対する患者・市民の理解が重要である。そのためには、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーの充実と臓器別ではない横断的な遺伝子医療部門の整備が必要である。それに加え、医師・医療関係者を中心にゲノム医療・精密医療に対するリテラシーの向上を図るべきである。



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