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報告「道徳科において「考え、議論する」教育を推進するために」ポイント

1 作成の背景

 平成27年(2015年)の学習指導要領の一部改正により、「道徳の時間」に代わって「特別の教科 道徳」が設置され、小学校で平成30年(2018年)、中学校で平成31年(2019年)より完全実施された。これにより従来教科外の活動として行われてきた道徳教育に対し、児童生徒への評価が導入されることとなった。その教科化を巡っては教育界のみならず、一般社会にも大きな反響があり、様々な意見が寄せられた。これまで日本学術会議第一部哲学委員会哲学・倫理・宗教教育分科会では、これらの意見を踏まえた上で、日本の教育の現状に照らし、今次の「道徳教育」改訂の問題点を指摘しつつも、むしろその積極的な面を評価し、それをさらに良い方向へともたらす展望を検討した。本報告はこの審議の結果をまとめたものである。

2 道徳教育の議論の現状

 今次の道徳教育改訂では、教材を読んで感想を述べるだけの「読み物道徳」から自分の問題として多面的に「考え、議論する道徳」への転換が掲げられるとともに、教科書を用い、評価を伴った「教科化」がなされた点が大きな特徴である。この改訂に対し、教育界や教育学の領域では現場の実践的な諸問題や、教育上の技術的な諸問題、制度の細かな設計上の諸問題が盛んに論じられている。しかし、それらの議論の基底的な問題であるはずの、どのような人間観を前提としているか、どのような社会における道徳を想定しているのか、その社会において子どもたちをどのような人間に育てるかという点は、これまで哲学系諸学の立場から体系的に検討されてきていない。

3 報告の内容

 こうした現状を踏まえ、本分科会における検討の結果明らかになった現在の小・中学校における道徳教育の持つ主な問題点と、それらを克服するための展望について報告する。

  1. (1) 現在の道徳教育の四つの問題点
    1. ① 国家主義への傾斜の問題
       文部科学省は今回の改訂が「愛国心」の評価につながることを否定しているものの、教科書の中には社会や他者に対する自己犠牲を美化したりナショナル・アイデンティティを強調したりする内容の教材が見られる。かつての皇民化教育の過ちを繰り返さないために、また、劇的な変化を遂げている世界に対し、国家や民族の枠を超えて貢献をなす人間を育てるためにも、道徳教育が、国家主義的な、すなわち、個人の人権が「国家の利益」とされるものの前に蔑ろにされるようなものになってはならない。
    2. ② 自由と権利への言及の弱さの問題
       指導要領では道徳で教えられるべき価値として最初に「自主・自律、自由と責任」が掲げられているものの、教科書の中には個人の自由や権利の概念を明確にテーマとした内容項目がほとんどない。代わってそこには本来権利の問題として対他的社会的に検討すべき合理的配慮や性差の社会的役割などが「思いやり」などの心の問題に矮小化される「心理主義化」の傾向が見られる。これでは、個人の権利を軸に、社会の諸制度や諸規則を検討するという重要な道徳的態度が養われるか疑問である。
    3. ③ 価値の注入の問題
       現代社会には、それぞれの根拠や合理性をもった多様な価値観が併存する「道理ある不一致」と呼ぶべき状況が生じている。したがって現代の道徳教育では、特定の価値観を、無批判に普遍化・絶対化して子どもたちに押し付ける「価値観の注入」ではなく、主体的で対話的な「手続きの道徳性」を子どもたちの内に涵養することを目的とすべきである。文部科学省が今回の改訂の狙いとする「『考える道徳』、『議論する道徳』への転換」はこのようにしてこそ十全に実現される。
    4. ④ 多様性受容の不十分さへの危惧の問題
       多様性は、現代社会の事実であると同時に尊重すべき価値であり、今次の道徳教育の改訂においてキーワードとなっている言葉である。特に宗教など帰属集団に基づく価値観については、マジョリティのそれをマイノリティに押し付け、後者に同調を強いる状況が生じやすい。国際化、グローバル化がすすむ日本社会ではどのようにして宗教的・文化的少数者の価値観と権利を擁護するかも道徳教育の課題である。
  2. (2) よりよい道徳教育のための四つの展望
    1. ① 哲学的思考の導入
       価値注入的な道徳教育の最大の問題は、反省を経ずに素朴かつ直感に頼って道徳判断がなされてしまうこと、判断の根拠が問い直されないことにある。あるテーマや主張に対する、根本的に批判的で(根拠を問い直す)、反省的で(自分の行動や思考方法の足元を問い直す)、対話的な思考としての哲学的思考を道徳教育に導入することが有効である。「子どもの哲学」の試みはその注目すべき実例といえる。
    2. ② シティズンシップ教育との接続
       道徳教育は、問題を対立する当事者を含めた議論と利益の調整によって解決しようとする姿勢の涵養を目指すという点で、民主社会における主権者の養成としての市民性教育の一環として位置づけることが重要である。
    3. ③ 教員の素養と教員教育
       道徳教育の教員には、単に生徒に知識を教え込むのとは違った、自分自身や生徒が無自覚に自明視している価値観を自覚し、それを様々な文脈に置き直して再検討し、民主的に討議するスキルが必要である。道徳教育の教員はそのための自己分析、民主的なリーダーシップの育成を、教職課程及び教員研修などの機会に行う必要がある。
    4. ④ 教科書の検討と作成
       教員の場合と同様に、教材が暗黙に示している価値観については、哲学・倫理学・宗教学の専門的立場から精査、検討を行う必要がある。日本学術会議哲学委員会と哲学系諸学会は、専門部会を配置するなどして、「考え、議論する」道徳の推進に協力することが望まれる。


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