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持続可能な社会のための科学と技術に関する国際会議2009 -食料のグローバルな安全保障- >>English
会議概要
  
  宮﨑 毅
組織委員会委員長
東京大学大学院農学生命科学研究科教授


1 開催趣旨
 Science and Technology for Sustainabilityを共通テーマとする日本学術会議の国際会議は、2003年以来6回にわたって毎年開催されています。このシリーズを一貫して通底する《持続可能性(sustainability)》という基本概念は、世代間衡平性(intergenerational equity)すなわち、“将来世代がそのニーズを満足させる可能性を損なうことなしに、現世代がそのニーズを満足させる”という性質を表す、という理解に近づいています。この基本概念は、国連が設置した「環境と開発に関する世界委員会」(通称「ブルントラント委員会」)が1987年に作成・出版して、国連総会で採択された報告書Our Common Futureにその起源を発し、1992年の国連環境・開発会議(リオ・地球サミット)においても採用されています。これを引き継いだ2002年の世界首脳会議における「持続可能な開発に関するヨハネスブルグ宣言」では、持続可能性を脅かす諸問題への対策を世界に向けて公約し、清浄な水、衛生、適切な住居、エネルギー、保健医療、食料安全保障および生物多様性の保全の整備への決意を表明しました。
 日本学術会議は、こうした世界首脳会議や国際動向を背景とし、2003年からこれまでに6回の『持続可能な社会のための科学と技術に関する国際会議』を主催してきました。各回の個別テーマは「エネルギーと持続可能な社会のための科学」「アジアの巨大都市と地球の持続可能性」「アジアのダイナミズムと不確実性」「グローバル・イノベーション・エコシステム」「国際開発協力」「持続可能な福祉を求めて」であり、第7回目の本年は「食料のグローバルな安全保障」に焦点を絞ります。
 食料の課題は、世界が直面する重要なさまざまな課題―地域的にも世代間でも公平に食料供給を可能とするための課題―に関係しており、幅広い学術分野にわたる検討と最新の知見の総合が必要です。食料生産と生物多様性保全とのバランス、食料流通の安定的な機構の設計、衝撃的なインパクトを持つカタストロフィへの備え、枯渇性ではあっても再生可能な水資源やエネルギー資源の管理機構の設計と運営、温暖化など地球環境に対する世代間の責任と補償など、life science and economics の知見を総動員する検討が必要です。社会の意思決定という意味での政治学の知見も必要です。しかし、世界でのさまざまな活動にも関わらず、国連のミレニアム・ディベロップメント・ゴール(MDG)が対象とするような低い衛生環境の地域での改善は十分ではなく、また、経済的にある程度以上発展した地域においても、環境と経済的開発の両立は困難な課題に直面しています。食料の課題は、これらの基本的な要件や困難な課題と直接深く関係しており、また、全地球的気候変動の影響も大きく受けます。こうした諸課題に対し、食料に関する科学と技術から世界の政策への大きな貢献が求められています。
 本シンポジウムを主催する日本学術会議は、人文・社会科学、生命科学・医学、理学・工学の全分野をカバーする科学アカデミーであり、このような課題を審議する責務を負います。さらに、審議から得られた知見を各国の学術界と協力して世界に発信することは、持続可能な社会の実現へ向けた、学術界としての重要な貢献と考えます。


2 討議内容
 食料の持続可能な保障のためには、次の5つの側面について、深く検討する必要があります。

(1)食料生産と市場原理
 食料の供給と需要には、地域的な不一致と時間的な不一致があります。収穫時期が供給地域によって異なることは、需要発生地域における価格を複雑に変動させ、供給と需要の発生地が(国境を越えて)遠隔であれば、より大きな投資時差や価格変動を生み出します。このような特殊性を有する供給食料について、選択肢は3つあります。第1は市場原理に委ねること、第2は保護政策を行うこと、第3は市場経済と保護政策の組み合わせ、です。
 第1の選択肢、すなわち食料生産を市場原理に委ね、その自由化を推進することは、世界の食料供給の持続可能性を保証できるでしょうか?また、第2の選択肢、すなわち食料生産に対する政策的な手厚い保護は、食料供給の持続性を可能にするでしょうか?そして、第3の選択肢として、エチオピアのメレス・ゼナウィ首相が唱えるような、市場経済と政策の適切な組合せは、実現可能でしょうか?この問題を、1国の食料安全保障としてではなく、グローバルな食料の安全保障の立場で検討します。

(2)非常時への食料供給
 地震・渇水・洪水・火山噴火・津波などの災害時、金融危機などの非常時における食料供給のシステムは機能しているでしょうか?食料供給の福祉的側面は確保されているでしょうか?食料の安全保障は、非常時においてこそ、その真価を発揮しなければなりません。価格競争に打ち勝つ大規模食料生産や、バイオ燃料へ市場を開拓する農業は、いわば攻めの側面です。これに対し、非常時における食料供給は、守りの側面です。危機管理の一環としてのグローバルな食料安全保障は、是非とも検討しなければなりません。国連は、2008年7月に、包括的な行動計画をまとめ、食糧危機対策として最大で年4兆円の資金が必要とし、各国へ協力を呼びかけました。これも、グローバルな食料安全保障の一つと考えられます。

(3)食料生産とバイオ燃料需要
食料生産とバイオエネルギー生産との競合関係は、現在も存在しています。2008年前半は、石油価格の高騰、代替エネルギーとしてのバイオ燃料の生産拡大、これらに連動する穀物価格の高騰、という連鎖により、食料価格の急騰が最大の問題となりました。2008年4月には、国連の潘基文(パン・キムン)事務総長が、食料価格急騰からくる世界的危機に対処するための緊急資金援助を国際社会に求めました。しかし、2008年後半に起きた世界的な金融危機とそれに続く経済不況により、二酸化炭素など温室効果ガスの排出量取引の価格が急落し、ガソリン価格下落、食料価格もやや下落しました。このように、いまや、食料生産は単独に価格変動することは無く、バイオエネルギー生産など、他の生産目的との関連の中におかれています。食料のグロ-バルな安全保障と持続可能性のための検討が、不可欠です。

(4)環境調和型の食料生産
 食料生産は、地力消費、水資源消費、エネルギー消費、野生生物の枯渇、自然環境変化、などをもたらすので、環境調和型の食料生産システムを確立することが、食料の持続可能性において必須です。食料生産活動が再生不能な自然環境破壊を起さぬような方策は、確立しているでしょうか?UNEP(国連環境計画)の調査によれば、世界の陸地149億ha中、人間の活動が原因となって、最近20年間で20億haの土壌劣化が発生したと報告しました。これは北米全土(アメリカとカナダ)の面積に匹敵します。この土壌劣化には、不適切な農業生産による土壌侵食や土壌塩類化も大きく含まれています。大規模食料生産方式が生物多様性を阻害することは、避けられぬ犠牲でしょうか?食料生産を、生態系保全や都市機能の快適化などといかに調和させるか、持続可能な社会の構築のために、是非検討が必要です。

(5)地球温暖化と食料生産
 地球規模気候変動は、食料生産に直接影響します。温暖化を実感している九州では、一昨年夏、ミナミアオカメムシが北上し、大分県の大豆生産に打撃を与えました。イネへの高温障害も懸念されます。生育障害や新たな害虫発生など、地球温暖化は食料生産に大きく影響するので、食料のグロ-バルな安全保障と持続可能性のため、その対応策、適応策の検討が必要です。
 

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