見解「自動運転における倫理・法律・社会的課題」のポイント

1.作成の背景

 日本学術会議では、第24期の2020年に、提言「自動運転の社会的課題について-新たなモビリティによる社会のデザイン-」を発出した。自動運転という新しい技術を社会に実装していくに当たり、将来社会のグランドデザインにおける自動運転・モビリティの役割、人文社会科学的な価値観・倫理観に配慮した人間中心のデザインと社会実装、実証データの整備とエビデンスに基づく持続的な開発、産官学連携の国家的プロジェクトによる人材育成と研究開発といった点を柱に、今後、議論を深めていくべきとした。
 第25 期日本学術会議課題別委員会「自動運転の社会実装と次世代モビリティによる社会デザイン検討委員会」は、同委員会の下に設置した分科会「自動運転の社会実装と次世代モビリティによる社会デザイン検討委員会自動運転企画分科会」及び小委員会「自動運転の社会実装と次世代モビリティによる社会デザイン検討委員会自動運転企画分科会自動運転と共創する未来社会検討小委員会」とともに、前期の提言をさらに具体化していくべく活動を行っている。そこでは、非技術面のELSI と呼ばれる点が非常に重要であるとし、 活動全般を提言として発出する前に、本見解を作成することとなった。ELSI とは、Ethical,Legal, and Social Issues を指し、新規技術を社会実装する前に解決しなければならない非技術的課題を指す。もとは、ゲノム解析等の生命科学分野で提唱されたものであるが、現在は、脳科学、データサイエンス等、社会に大きな影響を与える他の技術分野にも展開されている。自動運転も、技術や制度が整えば導入普及が目指せるものではなく、社会に影響を与える新規技術として、ELSI の検討を推進することが必須であると考えられる。

2.現状及び問題点

 自動運転にまつわる法制度としては、2022 年の道路交通法の改正において、特定自動運行の許可制度が創設され、無人移動サービスを想定し、特定自動運行主任者の存在は必須なものの、運転自動化レベル4が可能になる。政府は、2025 年を目途に40 か所以上、さらに2030年までに全国100か所以上でのレベル4自動運転移動サービスの実現を目指している(1)。 本見解では、比較的近い未来に実用化されるレベル4自動運転移動サービスを対象とする。レベル4自動運転移動サービスは、法制度の大きな枠組みが整備され、比較的シンプルな環境下での実現を可能にする技術は整いつつあるものの、実際の社会実装に向けては、解決すべき課題が多々ある。異常時等におけるシステム設計の倫理的指針、多くの事故削減には効果があるものの事故リスクを完全にゼロにはできないことを社会がどう受け止めるか、万一事故が起きたときの責任・賠償問題、車内に運転手がいないことにより想定される諸々の事態、 さらにはデータセキュリティや個人情報等の問題等が課題として想定される。
 世界的には、ドイツにおいて、哲学、法律、社会科学、技術評価、消費者保護、自動車産業、宗教、ソフトウェア開発等の分野の代表者を集めて、2017 年に自動運転に関する倫理指針が作成され、20 の規則が示された。また、欧州委員会においても、2020 年9 月に同様の自動運転に関する倫理指針がまとめられた。倫理とは、人間の行動規範であり、法的検討やシステム設計と並行して、倫理的検討がなされる必要がある。欧州で、いち早く倫理指針が定められたことは特筆すべきことである。 一方、日本では、自動運転に関する倫理的検討は始まったばかりであり、いくつかの組織等から倫理指針の案が提案されているというのが現状である。倫理は共同体、文化の形によって異なり、日本の文化、地域の特性、自然環境に配慮しながらの検討が望まれるが、国ごと、地域ごとに全く異なるものを個別に設定するのではなく、普遍性をもつ倫理を基盤としながら、個別地域の事情をいかに組み込んでいくかが大きな課題となる。
 レベル4自動運転移動サービスを実施できる法制度の枠組みはできたものの、実際に社会に導入する際の詳細なシステム設計や運用方法については、まだまだこれからであり、起こりうる事象に対して裁判においてどのように判断されるかも未知数の部分が多い。前述の倫理指針が制定され、人間の運転する自動車が道路交通法に違反して走行しているような場合においても、自動運転システムの側でリスクを回避することが求められるのか、避けられない場面が生じてしまった際の責任の在り方等、法律の専門家が示していくべき課題は少なくない。 技術的限界や技術の進化も考えられることから、法学と他の諸科学との連携により、課題解決を加速させることが強く望まれる。また、社会的受容性の検討は重要であり、レベル4自動運転移動サービスの社会実装により、人々の不安を取り除き、安心して利用可能なサービスが実現することを期待されている。既に、システムを設計する工学系分野と人文社会科学系等の様々な分野との連携は始められてきており、これを永続的な仕組みにしていく必要がある。そのためには、国が音頭をとり、産官学連携、さらには国際的な連携等も進める仕組みづくりを行い、 人材育成、関連する自動車産業やベンチャー企業との連携体制が持続する枠組みを構築することが必要である。
 ※(1):2022 年12 月23 日に閣議決定されたデジタル田園都市国家構想総合戦略において、2025 年50 か所、2027 年までに100か所と、目標が修正されている。

3.見解の内容の要点

  • (1) 自動運転に関する倫理的検討及び法的課題検討
    •  自動運転の社会実装がもたらす倫理的諸課題を整理することは、法整備及び社会設計を行う上では重要なことである。国が、産業界、地方自治体、市民と連携して、自動運転に関する倫理的検討を進め、日本文化、地域特性に配慮しつつ、グローバルな対比において最適な倫理指針を整備することが望まれる。また、レベル4自動運転移動サービスにおける人の介在の在り方、システム設計における異常時対応等、詳細を検討すべき課題の解決が必要である。 さらに、データの扱い方、プライバシー保護、情報セキュリティ等の検討も必要であり、継続的な法的課題検討が求められる。
  • (2) 社会全体の便益が得られる仕組みづくりと人材育成
    •  自動運転に関しては、行政、研究開発者、事業者、市民等の様々なステークホルダーの視点からリスクと便益を考える必要がある。ステークホルダーの意見が適切に反映され、社会全体の便益が得られるような仕組みをつくることが求められる。これまでもSIP等の国家プロジェクトにより自動運転技術開発は行政、産業界及び技術系の専門家が連携して推進してきたが、今後はさらに、人文社会科学分野の専門家も加わり、地方自治体、市民を巻き込んだ総合的検討が必要である。自動運転のある未来社会のグランドデザインを実現するために、学際領域での人材育成と産官学連携を継続的に行うことができる体制を作ることが望まれる。




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