提言「我が国における移植医療と再生医療の発展と普及」のポイント

1 作成の背景

2017年に前移植・再生医療分科会から発表された提言『我が国における臓器移植の体制整備と再生医療の推進』において、臓器移植増加に必要な教育・啓発活動、人材育成、移植コーディネーター制度の充実、さらには再生医療の発展に必要な実践的な技術支援、産学連携を推進する仕組みづくり、などが示された。しかしながら、前回の提言で示された多くの課題はいまだ解決に至っていないのが現状である。本提言を発表する目的は、最新の情報・状況を踏まえあらためて問題点を浮き彫りにし、誰がなにをするべきであるのかを明確にすることにより、それらの解決法を多角的な視点から提案することである。

2 現状及び問題点

臓器移植法が改正され、徐々に脳死下臓器提供が増加してきているが、いまだに先進国に比して少ない。その原因は、1968年に日本初となる和田移植が行われた以後、臓器移植に対する議論に31年間を費やした日本の移植医療の立ち遅れ、日本人特有の倫理観、加えて潜在的ドナーが顕在化せず、臓器提供の選択肢が呈示されないことにあると考えられる。臓器移植法で扱われていない皮膚、心臓弁、血管、骨・靭帯、膵島、気管・気管支、網膜、羊膜(卵膜)、歯(歯髄)といった組織の移植医療については実施の根拠となる法律が整備されていない。一方再生医療における各種法や体制の整備については政府行政が行ってきた。承認された再生医療等製品の数も年々増えつつあるが、国際的競争力をより高めていくためには、これらの枠組みの見直しやより柔軟な運用も必要となってきている。

3 提言等の内容

  • (1) 脳死下臓器・組織提供増加に向けて
    一般国民のみならず、医療者及び医療系学生の啓発、臓器・組織提供に携わる人材育成、ドナー移植コーディネーター制度の充実が必要である。虐待児童から臓器提供がなされないように、医療施設と関係各所と連携、虐待診断・鑑別支援のための公的支援体制が必要である(厚労省 臓器移植対策室)。脳死下臓器提供時に組織移植のための組織提供が可能であることを一般国民、医療者に周知することも重要である。

  • (2) 心停止下臓器・組織提供増加に向けて
    救急医療現場を担当する医師らへの啓発活動が、心停止下ドナーからの臓器提供増加に不可欠である。多方面での綿密な準備を行い、実施への検討が必要である(厚生労働省)。また予測される心停止や脳死ドナーの心停止(controlled DCD)が実施可能となるような倫理的・社会的側面を含めた検討が必要である。

  • (3) 不使用組織・細胞の再生医療または研究のための使用について
    再生医療のみならず、新規の医療技術や医薬品の開発にヒト由来組織を用いた研究は必要であるが、現在の臓器移植法では移植不使用臓器を焼却処分するように定め、再生医療や研究への使用を禁じている。不使用臓器を、再生医療や研究に使用できるよう厚生労働省令が改正や、臓器・組織採取システムの構築などが望まれる。

  • (4) 組織移植における法整備の重要性
    現在、組織移植を規制する法令はなく、日本組織移植学会のガイドライン下で運用されている。最近、診療報酬上の改善はなされたが、実務を行う組織バンクの運用に対して国からの公的資金のバックアップはなく、組織移植コーディネーターの確保が困難である。現状を解決するには、組織移植も法整備を行い、組織バンクの財政的補助を行うことが必要である(厚労省 疾病対策課)。

  • (5) 臓器・組織提供・移植に関わる医療施設・スタッフの負担軽減
    臓器・組織提供に関わった施設・医療者の人的、時間的、経済的、加えて精神的な負担は大きく、その負担を軽減する国レベルの体制構築(厚生労働省 研究開発振興課)が必要である。また、死体臓器・組織提供は急に発生し、夜間・休日対応が多く、移植施設側の負担を軽減する体制構築も必要である。メディカルコンサルタント制度だけに頼ることなく提供に関わる施設、移植施設の両面から、互いの負担を減らし、効率的かつ効果的(移植成績を維持)な臓器・組織の提供を可能にし、提供が増加しても、ドナー・家族の尊い決断に応えられるような体制を構築する必要がある。

  • (6) 再生医療の現状と今後の展開
    アカデミア、企業、行政が一体化したエコシステムの構築は、再生医療の更なる発展に重要である。実践的な技術支援や産学連携を推進する仕組みづくり、教育システムによる人材育成、新たな基礎研究のためのリバーストランスレーショナルリサーチの実施が望まれる。また、今後、国際的なリーダーシップを示していくために、臨床用データベースの相互利用などにより、日本の優れた再生医療の発信を容易にする基盤整備が進められていくことが期待される(AMED: 国立研究開発法人日本医療研究開発機構)。

  • (7) 国民からの理解促進に向けて
    臓器移植・再生医療の発展のためには、これらが国民の中で深く理解され、議論されることが必要である。そのため、各世代に適した教育と啓発により、一般の科学リテラシーと倫理観を醸成することが重要である。昨年より中学校における道徳の授業が必修化され、『生命の尊さ』の題材として臓器移植が教科書に取り上げられている。これを契機に、中学、高校、大学と継続的に、移植・再生医療を通して生命の尊さについて我事として考える機会の提供、未来のリーダーの養成のための施策が必要と考えられる。
    また、これらの啓発にはマスメディアの役割が重要であり、学術組織が継続的にメディアとの対話を行い、メディアを通した市民理解を促進することが肝要である。





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