提言「シチズンサイエンスを推進する社会システムの構築を目指して」のポイント

1 作成の背景

 シチズンサイエンスは、職業科学者ではない一般の市民によって行われる科学的活動を指す。我が国では、社会課題の解決に重きを置く「市民科学」と呼ばれる活動が既にあるが、シチズンサイエンスは、市民科学に加えて、学問体系における科学的規範に則った知識生産も包含する、より広範な科学的活動とされている。すなわち、一定の目的・方法のもとに種々の事象を研究し、その成果としての体系的知識を増やす活動がシチズンサイエンスには含まれる。また、シチズンサイエンスは、しばしば職業科学者との協調により、もしくはその指導の下で行われ、世界的に拡大しつつある。歴史的には鳥類学、天文学などで行われ、 現在では、気象観測や多様な生物の観察のほか、哲学、言語学、民俗学、考古学、地理学など多岐にわたる学問分野で行われている。
 我が国の動向としても、第5期科学技術基本計画の中で、シチズンサイエンスが世界的に拡大する兆しがあることを受けて、今後、シチズンサイエンスの推進を図るとともに、研究者が国民や政策形成者等と共に研究計画を策定し、研究実施や成果普及を進めるような方法論の創出と環境整備を促進することなどが述べられている。しかし、シチズンサイエンスを推進する社会システムの構築は途上である。
 日本学術会議若手アカデミーはシチズンサイエンスの推進に向けた活動を行ってきた。2018年7月には、シチズンサイエンスをテーマとしたシンポジウムを開催し、同年12月と2019年3月にはシチズンサイエンスの普及について考えるワークショップを開催した。さらに、2019年10月には、先端・次世代のシチズンサイエンスの世界的な動向を掴むため、若手中心の国際会議である筑波会議にてセッションを行った。これらの取り組みを通じて、シチズンサイエンスの実践にあたり解決すべき課題を提言としてまとめるに至った。

2 現状及び問題点

 シチズンサイエンスに関するこれまでの取り組みを通じて、若手アカデミーが認識した、日本におけるシチズンサイエンス推進の課題は、海外のシチズンサイエンスの広がりと比べて拡大の兆しが見えないことである。また、シチズンサイエンスが展開されたとしても、それを実施するための基盤整備が十分とは言えないという点に集約された。問題点をより具体化すると、1)シチズンサイエンスを広げるシステムの不足、2)シチズンサイエンスの研究倫理を保持する基盤整備の不足、3)職業科学者とシチズンサイエンスを行う市民(本稿ではシチズンサイエンティストと呼ぶ)を橋渡しし、双方向性のあるシチズンサイエンスを推進するための基盤整備の不足、4)シチズンサイエンティストの活動を支援する研究資金制度の不足という4点になる。

3 提言の内容

     我が国におけるシチズンサイエンス推進の現状と問題点を踏まえて、以下に示す4つの提言をする。
  • (1) シチズンサイエンスの知識生産活動への拡大に向けた広報活動
     日本では、市民科学の取り組みを支援するシステムが構築されているが、知識生産をテーマとするシチズンサイエンスを広げるシステムの構築は途上である。今後、シチズンサイエンスをより一層拡大し、日本の学術の発展へと繋げていくためには、シチズンサイエンティストを、知識生産を目的とする研究へ動機づけるための施策や、既に動機づけられているシチズンサイエンティストを集約するシステムの構築が必要である。そのためには、シチズンサイエンスという営みを広く周知することを、まず始めなくてはならない。そこで、大学や学協会等は、シチズンサイエンスの存在および、その魅力を周知する広報活動を行うため、サイエンスカフェ等の取り組みを活用することが望ましい。そして、文部科学省および関連省庁は、一連の取り組みを主導するサイエンスコミュニケーターの雇用やイベント開催の予算的措置を進めるべきである。また、職業科学者は、サイエンスコミュニケーターにシチズンサイエンスの推進をすべて任せるのではなく、科学者自身が市民と一体となるシチズンサイエンスをより一層推進していく必要がある。

  • (2) シチズンサイエンスの研究倫理を保持する基盤整備
     現状では、シチズンサイエンティストの研究倫理について、その教育や審査を行う基盤整備が十分ではない。シチズンサイエンスの拡大に際し、シチズンサイエンティストに対して、シチズンサイエンスの窓口となる大学、研究所、学協会、NPO法人などの組織は、研究倫理基盤をはじめとした、更なる基盤の整備を進めるべきである。その際、日本学術会議による「科学者の行動規範」の周知と連携することも必要である。

  • (3) シチズンサイエンスを推進するための社会連携の基盤整備
     科学コミュニケーションにおけるモデルの変遷に鑑みると、シチズンサイエンスの今後の発展のためには、日本でも職業科学者とシチズンサイエンティストの双方向性を備えたコミュニケーションの場が不可欠である。しかしながら、現状では、職業科学者とシチズンサイエンティストの橋渡しによる双方向性のあるシチズンサイエンスを推進するための社会連携の基盤が十分に整備されていない。学協会は、主催する学術集会でシチズンサイエンティストの発表を奨励し、双方向性を備えたコミュニケーションの場を提供すべきである。また、このような企画を立案、運営する委員会を設置し、社会連携の基盤整備を進めるべきである。

  • (4) シチズンサイエンティストの活動を支援する研究資金制度の確立
     シチズンサイエンティストの活動を支援する研究資金制度について、現在、社会課題解決型の研究を助成する資金制度が存在する。これに対し、知識生産を目的とした研究を行う際に、シチズンサイエンティストが研究代表者として申請できる柔軟な使用用途が認められる助成制度が必要である。文部科学省および関連省庁は、シチズンサイエンティストの研究を支援する研究資金制度を確立することが望ましい。職業科学者はシチズンサイエンスの重要性を認識し、社会課題解決型以外の研究に対して、現在の研究費制度にシチズンサイエンティストによる研究を組み込むことを推奨すべきである。





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