提言「認知症に対する学術の役割--「共生」と「予防」に向けて--」のポイント

1 作成の背景

 認知症患者や軽度認知障害(MCI)の増加は、少子高齢化の人口転換の最大の問題であり、社会全体に大きな影響を与える。認知症は、2025年には日本の全人口の6%に達するとされており、日本社会の様々な領域に深刻な影響を及ぼすことが確実となっている。
 こうした確実な推定と予想される深刻な影響に対応するために、国や学協会、学術団体からは、これまで多くの政策提案や提言がなされてきたが、日本学術会議としては「認知症」に対する総合的な提言はなかった。そこで、今回、日本学術会議では、学術として認知症に対して、どのように向かい合い、その役割を果たすべきかを検討することとした。
 既に公表されている「新オレンジプラン」や「認知症施策推進大綱」には、「共生」と「予防」に対して広範囲な施策が網羅されている。これを補完するだけではなく、学術の視点から、今後の認知症に対する総合的ビジョンを提言の形で示すことが日本学術会議の役割である。このため、課題別委員会として、生命科学・医学だけではなく、様々な学術領域の関係者の意見を包括的に検討する委員会を立ち上げた。

2 現状及び問題点

 認知症は、以下の点において、社会と学術に対して、これまでにない大きな影響を及ぼすと考えられる。
 第一には、その社会的影響の深刻度である。個人のライフサイクルに大きな変化が生じ、広く市民との「共生」に対する深い社会的合意が求められる。その広がりは地域を問わず、患者ばかりでなくその家族・関係者一人一人の生活に直接に深刻な影響を与える疾患である。その時間的伸展速度、空間的広がりを考えると、一疾患として、医学領域にのみ委ねることは不十分であり、学術全体が直視すべき大きな課題である。
 第二に、認知症においては、残念ながら有効な治療法がなく、政策設計も認知症との「共生」とその「予防」に重点を置いている。従って、認知症を支える体制は、従来の「治る・治す医療」である「医学モデル」1 や「病院医学」2 だけでは、到底、対応できない疾患である。「治る・治す医療」ではなく、医療以外の様々な社会制度を含めた、社会全体の変革が必要である。これは「設計科学」3 を含む学術の関与なしにはその実現は難しい。
 第三は、上記のように、認知症は、学術全体が総合的に関わるべき広域な問題である。これに対して、学術は、医学・生命科学だけではなく、人文科学・社会科学・工学・情報科学などの多様な学術領域が関与する必要がある。さらに、こうした既存の縦割りの科学体系での対応以外に、「人が人を支えあう科学・技術」を中心に据えた横断的学術の視点が必要である。その上で、こうした様々な学術領域が「認知症」を共通に研究するための学術の基盤形成が必要である。

3 提言

     このような問題点を踏まえて、本課題別委員会では、6回にわたる委員会の開催、一回の学術フォーラムの開催を経て、以下の5つ提言をまとめ、これを発出する。本提言は、社会全体、特に行政、そして、私達アカデミア自身に対するもので、今後の厚生労働省、経済産業省、法務省、文部科学省など国や地域における行政の政策立案、あるいは、学術団体における活動において、生かされることを期待する。
  • 提言1 認知症と「共生」する社会の構築
     「共生」とは、認知症の人が、尊厳と希望を持って認知症とともに生きる、また、認知症の有無にかかわらず同じ社会で共に生きることを意味する。認知症との「共生」の理念を社会全体が共有し、成熟させる議論の展開を進めるべきである。特に、法制度の整備、社会制度全体の整備における議論を学術は主体的に推進すべきである。

  • 提言2 認知症を支える新しい学術領域の確立
     従来の生命科学・医学だけではなく、工学・情報工学・認知科学を中心とする新しい科学・技術の展開を認知症において進める必要があり、Society 5.0の中で認知症が支えられるべきである。さらに、現在、新しく提言されている「ケアサイエンス」といった横断的・統合的学術による教育・研究が必要である。

  • 提言3 認知症を支える産業育成・展開
     公的リソースだけでは認知症との「共生」の持続は困難であり、産業育成・産学連携が最も重要な領域である。オープンイノベーション4 に基づいた認知症のための学術と連携した「モノ」作りの企業・産業の創成を目指すべきである。

  • 提言4 基本的学術基盤の確立
     「治療法」「予防法」の研究・開発は、多難ではあるが、今後も基本的学術として方向を定めて推進するべきである。また、認知症との「共生」「予防」のため、文理融合型、横断的なプラットフォームを確立すべきである。

  • 提言5 持続可能な医療供給体制の在り方
     今後、数十年にわたる認知症との「共生」「予防」を実現するためには、医療経済データに基づいた新しい持続可能な医療供給体制と社会制度を議論すべきである。



1 「医学モデル」は疾患が個人の臓器に由来すると考えるもので、近代医学の中心的な概念。これに対して「社会モデル」という概念があり、これは、全ての疾患に当てはまるとは言えないが、疾患の背景に社会の問題を想定する考え方である。「病院の世紀の理論、猪飼周平 有斐閣書店」などに詳しい
2 「病院モデル」は、近代の病院の根本的考え方であり、「疾患を臓器単位に還元し、患者を病院において治療する」という考え方であり、「医学モデル」の実践の場として「病院」がある
3 「設計科学」は日本学術会議でも提唱している。「実証科学」に対する範疇である。代表的なものとして法学、社会学など、応用的な工学などが想定される。「あるものの姿を探求する」のが実証科学であるのに対して、「あるべきもの」を探求する科学
4 「オープンイノベーション」とは、一つの会社・組織だけでなく、様々な業種・分野が持つ技術や知識を組み合わせて、革新的な技術展開を行う方法を指す





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