提言「不透明化する世界と地域研究の推進-ネットワーク化による体制の強化に向けて-」のポイント
本提言は、昨今の激動する世界状況において、日本における地域研究が重要性を高めているにもかかわらず様々な困難に直面しているという危機感にもとづき、ネットワーク化による研究教育推進体制の構築を提案するものである。
1 背景
グローバル化が急速に進展する今日、世界各地の断絶や分断が深刻な問題となっている。国際秩序が揺らぎ、安全保障や環境問題など地球規模の課題が深刻化する中で、私たちには共存や共生を可能にする新たな価値や想像力が求められている。
今日の世界は、主要なアクターやアクター間の関係が従来とは大きく変化したことに加えて、国家、国民、コミュニティなど、これまで世界を秩序づけてきた様々な概念が根本から問い直されることにより、著しく不透明さを増している。このような世界を捉えるには、世界各地で今何が起きているか、何が考えられているのかを注意深く観察することから始める必要がある。地域研究は、俯瞰的な視点を持ちつつ、ローカルレベルの現実を長期の観察に基づいて理解する営みであり、いわば、私たちが不透明な世界を航海するための羅針盤として、今日的要請に重要な役割を果たす。
日本学術会議では、世界諸地域の研究の重要性に鑑み、第20期に地域研究委員会を新設し、その中の地域研究基盤整備分科会ならびに地域研究基盤強化分科会において、地域研究の取り組むべき課題や活性化の方策について検討を重ねてきた。本提言は、その検討にもとづき、地域専門家育成など実践的課題の解決に資する研究教育体制を強化・構築するための方策を提案する。提言は地域研究に関わる各大学及び部局、大学共同利用機関法人、文部科学省、外務省ほか関係する省庁ならびに国際機関、NGOなどに向けて発出される。
2 現状及び問題点
地域研究の役割が高まっているにもかかわらず、近年それを支える体制が弱体化し、地域研究の知見が社会に届きにくくなっている。とりわけ、若い世代の育成が困難になり、地域研究者及び地域専門家の不足が深刻化している。世界の諸地域に通暁した地域に関する研究者・専門家の不足は、研究、実務双方で深刻な結果を招来し、外交や経済・文化活動等の停滞をもたらす。世界における日本の進むべき方向、取るべき方策を的確に判断する上で、人材育成のための研究教育基盤を早急に強化すべきである。
日本における地域研究は、大学の共同利用・共同研究拠点、大学共同利用機関法人などの中核的機関のほか、国公私立大学における人文・社会科学系を主体とする多くの学部・研究科等に散らばる研究者によって担われている。それぞれの組織は、独自の人材養成や研究活動に取り組んでいるが、それをさらに発展させるには、組織や研究者を繋ぐ公共的な使命をもつ共同利用・共同研究拠点などを中核として、地域研究に関わる大学・研究機関間の体制連携・協働を進めることがきわめて有効である。地域研究の中心的機関を核とするネットワークを構築するアイディアは過去にも示されているが、具体的な取組みには結びついていない。
地域研究に関わる人材養成や研究を効果的・効率的に進めるためには、既存の組織による連携体制を構築し、その連携を基盤として、学問的にも社会実装の面でも、他分野・他領域との協働を一層進める必要がある。そのために、まずは国内の共同利用・共同研究拠点、大学共同利用機関法人、国立大学附置研究所・センターなどにある地域研究拠点組織を中核とした地域研究関連組織の連携体制を構築・強化し、研究、教育の協働とともに、海外拠点や史資料・研究データなど研究資源の共同利用を進めるべきである。
地域研究関連組織の連携は、研究・教育にとどまらず、様々な側面でポジティブな効果を持ちうる。海外の地域研究関係機関との協働、国際貢献・国際協力に携わる機関や実務家との関係強化など、学術と社会を結ぶ社会貢献、より強力かつ広範な研究情報や研究成果の発信が可能になる。連携体制による研究教育の推進は、新たなモデルとして、地域研究分野に留まらず他の諸分野にも好影響を与えるであろう。
3 提言の内容
- (1) 地域研究人材養成体制を強化する
政策担当者、実務家、研究者を含む地域研究人材を養成するために、研究所や研究センター、大学院など地域研究関連組織が、恒常的に機能するネットワークを構築し、相互指導体制を含む連携大学院教育プログラムを通じて、次世代の研究者、専門家を養成することを提言する。またこれらの組織の属する大学等が連携への取組みを支援することを提言する。 - (2) 社会貢献と情報発信を強化する
世界情勢の分析に深く関わる地域研究は、政府、NGO、企業など実務家との接点が多い。上記連携ネットワークを通じて、研究成果の発信、官民の実務家へのアウトリーチ活動、そして実務家養成に資する取組みを効率的、効果的に推進することを、研究所や研究センター、大学院など地域研究関連組織に提言する。また、外務省ほか関係する省庁やNGOが、それらの活動に対して連携するよう提言する。 - (3) 研究資源の共同利用体制を強化する
個々の研究者や組織が担ってきた研究資源の構築や国際的な共同研究を、研究所や研究センター、大学院など地域研究関連組織が連携し、海外拠点の共有化、研究資料のデジタル化と共有化により研究資源の共同利用体制を強化し、そして国際共同研究の組織化などにより海外の研究者や機関との協働を効果的に進めることを提言する。 - (4) 持続性のある地域研究推進体制を強化する
研究所や研究センター、大学院など地域研究関連組織が、ネットワークを通じた連携により、長期的視点から人材養成、社会貢献、共同研究などの事業を効果的に推進する基盤を機能させるため、地域研究の中核をなす研究所・研究センターからなる拠点組織に事務局を設置することを提言する。設置と運営にあたり、文部科学省及び関係する大学が必要な支援を行うこと、また、外務省ほか関係する省庁や、国際機関、 NGO等が積極的に協力することを提言する。
提言全文はこちら(PDF形式:639KB)