提言「ゲノム医療推進に向けた体制整備と人材育成」のポイント

1 作成の背景

 臨床ゲノム医学分科会は、基礎科学、基礎医学に留まらない臨床の場における遺伝学、ゲノム学のあり方を検討することを目的に、2018年度、臨床医学委員会の中に新たに設置された。臨床ゲノム医学は既存の診療科や専門領域の枠組みを超えた横断的な視点で考える必要があり、本分科会は、臨床医学のさまざまな領域(臨床遺伝学、内科学、小児医学、神経学、精神医学、周産期医学、腫瘍学、病理学、等)の専門家によって構成されている。
 2019年度、日本学術会議基礎生物学委員会・統合生物学委員会・基礎医学委員会合同ゲノム科学分科会、及び臨床医学委員会臨床ゲノム医学分科会、臨床医学委員会脳とこころ分科会、臨床医学委員会腫瘍分科会が、合同で、提言「ゲノム医療・精密医療の多層的・統合的な推進」を公表した。主な指摘事項は、下記の3点である。
(1) 日本人のエビデンスを得るためにゲノム解析規模を拡大すべきである、
(2) 多層的・統合的なゲノム医療・精密医療研究の推進を行うべきである、
(3) ゲノム医療・精密医療を推進する上での環境整備を進めるべきである、
 (1)と(2)については、ゲノム医療協議会等において、取り上げられ、充実した計画が立てられつつある。一方、(3)については、未だ不十分であるという認識のもと、本分科会では、臨床ゲノム医学の立場から進めるべき環境整備の一つとして、「ゲノム医療推進に向けた体制整備と人材育成」に関する審議を行い、結果を提言としてまとめることとした。

2 現状及び問題点

 ゲノム医療協議会等において、ゲノム医療推進に向けた種々の取組が計画・実施され始めている。しかしながら、これらの取組は、ゲノム医療推進のための研究開発に重点が置かれており、研究成果をどのように臨床の場で生かしていくのかについての具体的な計画立案が十分とはいえない。ゲノム医療を推進する上で必要となる環境整備について考える際、領域ごとの課題を整理するとともに、領域間で共通の課題を抽出することが重要である。以上を踏まえ、ここでは代表的な5つの領域の課題について検討した。
 がんゲノム医療領域では、がん遺伝子パネル検査やコンパニオン診断としての遺伝学的検査が保険収載されるなど、遺伝情報を用いたがん医療が急速に一般医療に導入されている。ここで明らかにされる生殖細胞系列の遺伝情報は、治療選択に役立てられるだけではなく、患者・血縁者の将来予測、健康管理にも役立てられるものであり、正確な情報提供と心理社会支援、結果に基づく自己決定の支援を行う遺伝カウンセリングの体制整備とこれを担う人材を育成することが求められている。
 難病ゲノム医療領域では、欧米・アジア先進国では、3,000種類をこえる遺伝学的検査が実施可能であるが、わが国で保険収載されているのは、 140 疾患(群)(令和2年度)に過ぎず、しかも外部からの検査を受託している施設は極めて少ない。遺伝性腫瘍症候群の遺伝学的検査も、難病の遺伝学的検査も「単一遺伝子疾患の診断」という共通の目的があり、どちらもゲノム医療として実施できる体制の整備が求められている。
 精神医学領域のゲノム医療に関しては、精神疾患も合併する難病の発症原因バリアントの同定などにより、ゲノム情報を医療に活かすことが可能になっている疾患も増えつつあるが、「遺伝」の問題が忌避され、ゲノム医療の成果が遺伝カウンセリングに基づいた形で活かされず、結果的に当事者・ご家族の要望に十分応えることが出来ない状況がある。精神科を含む多診療科と連携した遺伝子医療部門・ゲノム医療部門の充実が求められる。
 生殖医療領域のゲノム医療では、着床前診断や出生前診断に遺伝子解析技術が用いられている。生命の選別という倫理的問題があり、今までは日本産科婦人科学会の見解、ガイドライン等により、実施されてきた。しかし、学会の見解には罰則規定もなく、学会員以外のものがルールを無視して実施するなど、一学会の機能を越えた問題となっている。着床前診断、出生前診断、提供胚による妊娠、代理出産などの法的整備は喫緊の課題である。
 免疫アレルギー分野におけるゲノム医療では、層別化医療及び予防的・先制的医療の実現を目指して、医師、医療関係者、研究者、製薬・医療機器企業、食品、ヘルスケア、家電メーカー等と患者・家族・市民等の幅広い人々が積極的に参画することが必要である。そのためには、患者・市民の目線も含めた多様な視点で円滑に遂行されるシステムの確立とともに、適切な情報がより迅速に個々の患者・市民に伝わる情報網の構築が必須となる。
 上記の現状と問題点について、領域横断的な遺伝医学関連学会・団体(日本人類遺伝学会、日本遺伝カウンセリング学会、日本遺伝子診療学会、全国遺伝子医療部門連絡会議、等)では、ゲノム医療推進のために、人材育成の取組(臨床遺伝専門医制度、臨床細胞遺伝学認定士制度、認定遺伝カウンセリング制度、ジェネティックエキスパート認定制度、等)、全国遺伝子医療部門の組織化、およびゲノムリテラシー向上の取組を行っている。

3 提言の内容

 現在、ゲノム医療協議会を中心にゲノム医療推進のための審議が進められているが、研究開発に力点が置かれており、ゲノム医療の実用化に向けては、倫理的、法的、社会的課題への対応、およびゲノムリテラシー向上のための普及啓発について議論するに留まっている。ゲノム医療の実用化に向けては、どのような診療体制で、どのような人材が担うのか、またその診療体制をどのように支えるのかについての議論は不可欠である。ゲノム医療協議会等は、ゲノム医療推進のために下記3点を考慮すべきである。

  • (1) 学術団体等の取組との連係
     ゲノム医療に関係する領域横断的な学術団体では,ゲノム医療推進に必須のゲノムリテラシー向上の取組,人材育成,全国的なネットワークの構築等を行っているが,未だ十分に国の施策に反映されているとは言えない.ゲノム医療推進の計画・実施に際しては、すでに行われている学術団体等の取組とより一層密に連係して行うべきである。
  • (2) 遺伝カウンセラーの国家資格化
     遺伝学的検査・診断に際しては、遺伝カウンセリングの実施が必要であり、すでに学会が認定する「認定遺伝カウンセラー」が、医療のさまざまな場面で活躍し始めているが、国家資格化されていないために種々の限界がある。ゲノム医療をさらに推進させていくためには、患者・当事者との接点を担う遺伝カウンセラーを充実させる必要があり,早急に国家資格化すべきである。
  • (3) 遺伝子医療部門の充実
     ゲノム医療推進のためには、臓器別・領域別ではなく全てのゲノム情報を適切に扱うことのできる遺伝子医療部門・ゲノム医療部門の充実が必須であり、ゲノム医療の技術料を算定することや、遺伝カウンセリングを技術料として算定することなどにより、医療経済面の観点からも自立した診療を可能とする診療報酬体系を構築すべきである。



     提言全文はこちら(PDF形式:941KB)PDF
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