提言「地球温暖化対策としての建築分野での木材利用の促進」のポイント
1 背景
人間活動に起因する気候変動が地球規模での重大な環境問題になっている。パリ協定では、21世紀後半には温室効果ガス排出量の実質ゼロを目指している。その実現のためには、省エネ技術の革新による温室効果ガス排出量の大幅な削減とともに、森林吸収源の強化が不可欠である。森林の炭素蓄積量を増やすだけではなく、木造建築物などの木材に蓄積された炭素量を増やすことも吸収源の強化となる。林業・木材産業の成長産業化を目指す施策が講じられ、経済界等も木材利用促進による「低炭素から脱炭素」に向けた活動を開始しているが、建築用材の需要拡大には繋がっていない。
以上のような背景のもと、日本学術会議農学委員会林学分科会では、森林・林業・林産業の現状と課題を取り纏め、報告「持続可能な林業・林産業の構築に向けた課題と対策」として平成29年9月29日に発出した。今回は、林業・木材産業の成長産業化とともに地球温暖化緩和策の促進に資することを目的として、建築分野での木材利用の促進を加速度的に進めるべく、以下の提言を取り纏めた。
2 持続的に利用可能な木材資源量の把握に関する研究の必要性と課題
持続的に利用可能な木材資源量の把握に関する研究の必要性と課題
利用可能な人工林資源は増加傾向にあるが、若齢人工林が非常に少なく、将来の木材供給に課題がある。伐採後の森林の再造成を担保するには、担い手である林業の持続性を高めることが必要である。人口減少による住宅需要の減少が予測されており、現状では木造率の低い非住宅の中高層建築物の木材利用を高めることは、木材に蓄積された炭素量を増やすとともに林業の持続性向上にも貢献する。森林資源の造成と持続的利用には、林業と木材産業との連携に基づいた計画的な生産管理が必要である。木質資源の有効利用にあたっては、建築に用いられた木材を、次にはパルプなどの木質原料として利用し、最終的には燃料材として用いるカスケード利用が重要である。
木材の安定供給のためには、地理情報システムを応用して森林をゾーニングし、木材生産を目的とした経済林の適正配置と路網などの基盤整備が必要である。その上で、森林資源量など必要な森林基盤データを早急に整備し、合わせて高度情報化時代に対応した林業と木材産業で情報共有するための技術開発を学際的に推進する必要がある。
3 利用促進に関わる環境負荷評価の必要性と現状
地球温暖化緩和策として建築用材利用の促進を図るには、木材サプライチェーンを俯瞰的に捉え効率的な環境負荷削減策を、定量的な分析に基づいて検討することが必要不可欠と考える。そこで活用が期待される評価手法の一つに、育林・伐採・加工・利用・廃棄などのプロセスごとに環境負荷を定量的に明らかにするLife Cycle Assessment (LCA)が挙げられる。環境負荷の定量的な評価のためには、第2章で示した森林基盤データはもちろん、各プロセスにおける資源やエネルギー消費量などの詳細な動態に関するデータ整備が不可欠である。科学的根拠に基づいた低環境負荷な森林資源造成や木材利用の在り方が一層深く議論されるべきである。また、これらの知見に基づき、環境配慮設計や認証ラベルが貼付された製品の生産や消費など、社会の中で環境負荷削減に資する行動が誘導されるような仕組みづくりも重要と考える。さらには、こうした環境評価の技術を有する人材の育成も極めて重要と考える。
4 建築分野での木材利用と材料・構法開発の現状と課題
欧米では20 階を超える木造建築物が建てられるなど世界では高層建築の木造化の潮流があるが、日本では過去の地震被害や大火被害を背景とした法規制の影響もあり、非住宅用の中高層建築物の木造化が進んでいない。大断面あるいは長大な部材や防耐火性能の高い部材など中高層木造建築物に適合した部材の開発、構法開発、法令等の整備をさらに進める必要がある。これまで住宅建築が主流であったこともあり、その前提となる研究が遅れており、構造、防耐火、遮音などの建築物として具備すべき性能を評価するためのデータの整備を推進する必要がある。センシング技術によって建築物の耐久性能を管理する技術の開発や、部材を「取り換える」ということを前提とした構法とそれを容認する社会的環境の整備、なども今後、安心して中高層木造建築物を建て、継続的に生活していくうえで重要である。
5 提言
今世紀半ばでの温室効果ガス排出量の実質ゼロに向け、森林並びに木材による炭素吸収及び貯留機能の強化に向け、以下の提言を行う。
- (1) 森林資源造成を推進していくためには、林業の収益性を高める必要がある。計画的な路網整備によって生産性の高い経済林ゾーンの造成を図るためには、森林の機能分類によるゾーニングの研究推進が求められる。(林野庁)
- (2) 森林資源モニタリングデータの共有による林業(川上)と木材産業(川下)の連携強化が必須であり、航空レーザー測量技術やUAV(ドローン)の活用等による高精度でかつ安価な森林資源モニタリング技術の開発を進める必要がある。(文部科学省、林野庁)
- (3) 日本は、中高層木造建築物の建設については欧米に遅れをとっている。中高層建築物での木材使用量を増やすために、木材と金属やコンクリートなどを効果的に組み合わせた複合部材の開発やそれを用いた建築技術の革新、新たな木質部材の規格整備、優れた環境性能を客観的に示す指標の導入を積極的に進め、消費行動への働きかけを図る必要がある。耐震、耐火、遮音、耐久性なども担保した、科学的な根拠に基づく建築分野への木材利用のための研究のさらなる推進が必要である。(国土交通省、文部科学省、林野庁)
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