提言「専攻医募集シーリングによる研究力低下に関する緊急提言」ポイント

1 現状及び問題点

 2018年度から日本専門医機構による新専門医制度が発足し、診療科ごとに別々に規定されていた専門医資格は専門医制度整備指針の下にまとめ上げられ、日本専門医機構が認定する公的な資格となった。一方、日本の医師の分布において、地域的偏在、及び診療科偏在が社会問題となっている。さらに、医師の働き方の過酷な状況に対し、現状を改善するための改革は喫緊の課題である。厚生労働省は、医師・歯科医師・薬剤師(三師会)の定点調査に基づく医師の診療エフォートのデータに都道府県の人口動態予想を加味し、将来の必要医師数を地域別・診療科別に算出した[1]。医道審議会医師分科会医師専門研修部会では、その必要医師数を元に、2020年度の専攻医採用において、医師の質の一層の向上及び医師の偏在是正を図ることを目的に、過剰供給となる地域・診療科に対して専攻医採用数に制限(シーリング)をかける提案がなされている[2]。これによれば、2019年度の専攻医採用では医師過剰と想定される都市部において5%の削減が行われたが、2020年度は過年度を大幅に上回り、地域・診療科により前年度からさらに25%を超える削減となる。同部会において日本専門医機構は、この案を一定程度評価しつつも、急激な変化によってもたらされる影響にも配慮すべきであること、また、さらに地域医療に貢献しうる専門研修を構築する必要があること、などの理由から、専攻医不足の都道府県との「連携(地域研修)プログラム」を追加したものを、日本専門医機構のシーリング案として提案している。日本の医療制度の将来を見据えた安定的持続のために、適正に医療資源を配分することは避けられない施策であり、データに基づいて医師の分布等を議論することについては、一定の理解を示すものである。 しかし、必要医師数の算出は、医師の診療エフォートのみのデータからなされており、教育・研究に対するエフォートは全く勘案されていない。このまま、診療エフォートのみで計算された必要医師数に基づいて専攻医採用数のシーリングがかけられ、医師の行っている教育・研究エフォートを無視した施策が続くと、大学を始めとする医育機関において、教育や研究に従事する若手医師数が制限される結果、生命科学分野の研究力が大幅に低下することが必定である。また、医育機関が周辺地域の基幹病院へ指導医や専攻医の派遣により地域医療を支えることは最重要課題であることから、医育機関の人員減少は教育・研究へのエフォート減少に直結する。さらに、基礎医学教室に大学院等学生として出向している臨床医がある一定数存在し、我が国の医学研究の発展に貢献しているが、医育機関への専攻医採用の制限は基礎医学教室の研究者数の大幅な減少につながり、臨床医学のみならず基礎医学における研究力に対しても重大な負の影響をもたらす。地域的偏在、診療科偏在、医師の働き方の是正のために導入されている専攻医シーリングが、日本の教育・研究力の低下を招くことが大いに懸念される。これは、2019年6月21 日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針 2019」にも示されている「基礎研究を始めとする研究力の更なる強化を目指す」大学を含む医育機関への高まる期待を裏切ることになりかねない。 2004年に「診療に従事しようとする医師は、2年以上の臨床研修を受けなければならない」とされた初期臨床研修必修化の制度が導入されると、医学部卒業後に大学病院の臨床講座に所属する医師、ならびに基礎医学に進む医師の減少に拍車がかかり、日本の医学研究力低下の深刻な低下を招く要因となったことはよく知られている。2019年現在、研究医育成枠の導入が厚労省において検討されているが、2004年に始められた制度による医学研究力低下は、15年以上経過しても是正されていない。医育機関をふくめた専攻医制度の都道府県別の画一的算定に基づくシーリング導入により、さらに医学研究力を低下させる同じ轍を踏んではならない。

2 提言の内容

医師、特に医育機関の医師の行う業務は、「診療」のみならず、医学を発展させ、よりよい医療を実践するための「研究」、医学部学生を医師に育成し、更に各領域の質の高い専門医を育成するための「教育」に相当なエフォートを割いている。必要医師数は、診療エフォートのみならず、医師による研究エフォート・教育エフォートの正確な実態を把握し、そのデータに基づいて算定されるべきである。さらに、科学技術立国を国の形の根本とする日本において、将来へインパクトを与える研究力と次世代を育成する教育力を維持するために必要な人材を確保しなければならない。日本の医療分野において、研究や教育の質と量を担保できる専門医育成の制度設計をすべきである。医師の地域的偏在や診療科偏在、医師の過重労働は改善されなければならないが、日本の研究力と教育力の低下にさらなる拍車をかける結果を招いてはならない。次世代を担う専門医を育成する上において、研究や教育といった視点を重視した専門医育成制度を構築することを強く提言する。




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