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報告「東京電力福島第一原子力発電所事故による環境汚染の調査研究の進展と課題」ポイント

1 現状及び問題点

 東京電力福島第一原子力発電所の事故により放射性物質が環境中に大量に放出され、さまざまな媒体に汚染が拡がる事態から、約9年が経過した。この間、放射性物質の環境中での動態解明や影響評価、除染や廃棄物処理など対応策に関する調査研究も進められ、成果が蓄積された。これらは数多くの機関によって担われ、関連する学術分野や学協会も多岐にわたり、環境汚染の調査研究の全貌を把握することは容易ではなかった。

2 報告の内容

 本報告は、多岐にわたる学術分野、学協会、数多くの機関で担われてきた環境汚染調査研究の進展を概観するとともに、残された課題を整理し、事故進展解析と環境影響の解析の連携の重要性、長期にわたる試資料の保存や放射線教育の充実、包括的な環境汚染調査報告の必要性など、今後に向けた教訓と具体的な提案を以下の6項目にまとめたものである。

  1. (1) 事故進展解析分野と環境影響解析分野の連携

     放射性物質の放出量の時間変動は、主に環境中での測定結果からの逆解析で推計されてきたが、短寿命核種については、事故後初期の実測データが極めて限られ、その時間変化は炉内事象の進展に大きく依存する。環境影響の解析に求められる核種別の放出量やその化学形態の経時変化の情報を事故進展解析コードのみから得ることは現時点では困難だが、環境中で観測された核種構成比や形態の変化の要因を推察するうえでは、両分野の交流には大きな意義がある。事故時の環境放出の時系列的な解明においては、炉内事象とともに、格納容器や建屋からの放出経路の解明が重要な課題と考えられる。

  2. (2) 事故からの経過時間に応じた環境動態モデルと環境モニタリングの必要性

     事故後初期の事象解明においては、大気拡散沈着モデル(ATDM)の国際比較がさらに進展し、当時の事象を再現する新たな実測値も得られてきた。事故から数年以内には、環境のさまざまな構成要素内とそれら相互間での放射性物質の中長期的な環境動態の実測調査とモデル化が、多くの機関による学際的な調査研究により進展し、膨大な環境モニタリングの統計解析と経験式に基づく空間線量率の将来予測モデルの開発も行われた。緊急事態への対応として開始されたモニタリングが縮小傾向にある中、科学的な事象解明に不可欠な情報を得るためのモニタリングの継承が喫緊の課題である。

  3. (3) 情報や試料の散逸防止のための長期にわたる組織的対応

     一元的な集約が進む公的機関所管のモニタリングデータに対し、研究者や個人・民間によるデータは、一元的集約や保全を行う仕組みが無く散逸が懸念される。これらについてもデータの収集と保全を組織的に行う恒久的な体制が必要である。その端緒として、官民学全ての測定データの所在についてメタ情報から検索できるメタデータベース構築が進められている。また、環境試料についても有用な試料の利用機会確保と散逸防止のため、保管体制の確立と不要な試料の処分に関する法律・制度の整備が急務である。

  4. (4) アカデミアと行政機関との連携と役割分担

    原子力施設の緊急時、アカデミアの構成員は、行政機関からの要請に応じて専門家として行政の対応策に参画することもあり得る。一方、アカデミアとしての独立性、中立性及び自律的な情報発信を確保し、かつ自由な発言と発想を担保することは、緊急時における迅速かつ適切な対応や、発信情報の信頼性確保のために重要である。併せて、長期的・人類的観点から学術の対象として捉えることも、アカデミアの使命である。アカデミアと行政が連携し、情報や要請が迅速かつスムースにつながる仕組みと、研究者が長期にコミットできる体制作りや、緊急時に利用できる研究費整備が必要である。

  5. (5) 放射線教育の重要性

     今回の事故で明らかになったのは、社会としての放射線に関連した知識の欠如である。放射線の知識を広めることは国の重要な役割であり、放射線に関する系統的な教育を学校教育の中に定着させることや、大学の総合教育として、学部・学科によらず全ての学生が履修できる環境放射線について学ぶ講義を行うことが必要である。このような施策を実現するべく、関連学協会から文部科学省等に具体案を提案することが求められる。

  6. (6) 研究の進展の全貌把握、横断的解析と当事国としての環境汚染調査報告の必要性

    事故調査に関し複数の報告があるのに対し環境汚染については一元的な動きはみられず、第22期提言の一つ(「復興に向けた長期的な放射能対策のために ー学術専門家を交えた 省庁横断的な放射能対策の必要性ー」、2014年9月19日)は、分野及び府省横断的な取り組みの必要性を指摘していた。 各分野で調査研究が進展し多くの成果が得られたが、多岐にわたる研究成果の全貌把握は容易ではなく、環境汚染調査と健康調査の連携など、横断的解析は未だ十分とはいえない。事故後10年を迎えるにあたり、事故の環境影響の全貌が把握できるよう、包括的かつ緻密な報告を当事国としてまとめることが課題である。さらに、長期にわたる環境汚染調査や実際に放射線のあるフィールドで研修を行うことを可能とすべく、一部地域では環境の改変を実施しないことを提案する。



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     英訳報告はこちら(PDF形式:1,353KB)PDF
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