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持続可能な社会のための科学と技術に関する国際会議2009 −食料のグローバルな安全保障− >>English
会議報告
  
  宮普@毅
組織委員会委員長
東京大学大学院農学生命科学研究科教授

グローバルな食料の安全保障 持続的生産と環境 両立を

  1987年に50億人を超えた地球の人口は、現在68億人を突破した。そして今世紀半ばには90億人を越えるという予測は、ますます現実味を帯びている。そんな中、2007年〜08年にかけて、食料危機とも呼べる穀物価格の急騰が世界を揺るがしたことは記憶に新しい。同じ時期、日本国内では食品汚染問題も起き、地球の食料はこのままで大丈夫かという心配がお茶の間のレベルにも浸透した。また、化石燃料からバイオ燃料へのシフトは食料生産と競合するのか否かといった議論も広まった。そこで、地球全体の食料の安全保障をどう確保するか、ここで改めて考えてみたい。

  問題の構図は以下のようである(図)。食料のグローバルな安全保障を持続的に確保するには、水資源、土壌資源、生物資源、人工物資源を持続的な食料生産につなげる科学・技術が必要である。
  水資源は気候変動の影響を受け、水資源枯渇や降雨の局地変動性の増大など、不安定要素が増している。土壌資源は、持続的管理を行わない場合に劣化が進行する。中国大陸やオーストラリアで、21世紀になり風食災害の発生が増えていることは、よく報じられているが、これは大規模単作農業がもたらす弊害であるという分析が定着している。
  生物多様性についていえば、地球環境の保全にとって極めて重要であることは、国際世論が強く支持している。人工物も広義の資源としての価値を有する。例えば里山の環境的価値は、間伐をしない放置状態の里山で発揮されるのではなく、人間の「手入れ」があって初めて環境的価値が発揮されることが、最近明らかにされている。灌漑(かんがい)用水を潤沢に農地へ引き込む農業用水路や、100年に1度の洪水に耐えうる築堤などの人工物も食料生産に欠かせない資源である。
 逆に食料生産がこれらの資源を汚染・劣化・枯渇させないよう、環境保全型の食料生産システムが求められる。食料生産の効率を優先するあまり化学肥料や農薬を過剰に投与すれば、
 
 土壌や地下水汚染、湖沼の富栄養化をもたらし、生物多様性は損なわれる。農地保全を手当てしなければ、土壌侵食が進み、河川やダムなどに過剰な土砂が流入して人工物の寿命が縮まる。
 一方、個々人は各自所属している社会を通して地球全体とかかわっており、地球共同体ともいうべき68億の人間は労働と技術を提供して食料生産を維持し、生産された食料は十分で安全な量と質をもって提供されなければならない。この全体システムに持続性を保証すること、しかも現世代だけでなく次世代への衡平性を担保することが、食料のグローバルな安全保障確保に向けた必要条件である。
 また、今を生きる人間のあいだで起きている地域間の不均衡も、食料のグローバルな安全保障を脅かしている。すなわち、世代間の衡平性と地域間の衡平性の両方が実現してはじめて、食料の安全が保障されたことになる。
  さらに気候変動の影響も指摘すべきであろう。気候変動は農業に対して甚大な影響を与え、これを放置すれば再び食料価格高騰や、それによる貧困と飢餓の一段の拡大は避けられない。森林破壊など土地の不適切な利用を制限し、温暖化ガス発生削減へ努力を払い、気候変動に対する緩和と適応に寄与することは、食料のグローバルな安全保障のために不可欠である。



 第20期 日本学術会議課題別委員会「水・食料と持続可能な社会」記録(中間報告)より、修正して引用


 人文・社会科学、生命科学・医学、理学・工学の全分野をカバーする科学アカデミーである日本学術会議は、03年からこれまでに6回、『持続可能な社会のための科学と技術に関する国際会議』を主催してきた。第7回となる本年は、「食料のグローバルな安全保障」を取り上げた(筆者は同会議の組織委員会委員長)。食料問題に各学術分野から寄与している著名な海外研究者など約150名が一堂に会したこの国際会議では、畜産食料、水産食料、穀物食料の3セッションが設けられ、専門分野の内部に固まらない議論が展開された。
 この国際会議に出席し、著書『これでいいのか日本の食料』でも知られる知日家ジェームス・シンプソン氏は、Think outside the box(箱の外で考えろ)と主張した。確かに、これまで世界の異分野の著名研究者が同一テーマで参画し、互いに理解しつつ議論を深めた経験は、決して多くないだろう。その意味で、この国際会議は「箱の外で考える」ための挑戦的プログラムだったといえよう。以下で、その議論も踏まえ筆者の私見を述べたい。  

 畜産食料の安全保障において最も重視されているのは、発展途上国で動物性たんぱく質消費量が飛躍的に増大していることであり、これは「家畜革命」と呼ばれている。家畜の病気が国境を容易に越えてまん延するという問題に対処するのに加え、この消費問題に適切に対応すべく、飼料から飼育、畜産廃棄物再利用に至るまで循環型システム構築が求められる。また、家畜の健康と病気のグローバル化が進んでおり、この問題は専門性と国境を越えた協力体制がなければ克服できない。  
 水産食料の安全保障において最も問題視されているのは、世界の漁獲量過剰である。これまでのような漁獲量や養殖生産量を重視した漁業では持続可能性は保てない。したがってエコロジカル漁業へのパラダイムシフトが必要である。例えばフィリピンのエビ養殖では、1ヘクタールの養殖場から出る窒素排出量を自然浄化するためには3〜9ヘクタールのマングローブが必要である。中国では養殖魚介類の消費量が世界全体の70%を占め、さらに増大傾向にある。こういったことについて対応策を講じるべきである。さらに日本では栄養段階の高いマグロ消費に偏り過ぎているので、より栄養段階の低いイワシやサンマの消費に移行すべきである。こういったパラダイムシフトが今求められているのである。  
 穀物食料の安全保障において最も重要なのは、地球に過剰な環境負荷を与えない持続可能な穀物生産を実現することである。20世紀の農業は、確かに地球人口を養えるレベルに到達したが、その半面、面積にして20億ヘクタールと報告されている土壌劣化地を作り出し、森林伐採など環境負荷を増大させ、持続可能な農業のための新たな課題を残した。アフリカでは8億〜10億人以上への増加が懸念されている飢餓人口を生み出し、また、地球全体の人口90億人を養う持続可能な農業の展望も示されていない。農業経済の観点からみると、世界貿易機関(WTO)システムによる単純な関税引き下げに代わり、環境保全と農業の持続可能性を包含した総合的枠組みの貿易ルール作りの必要性が高い。  

 こうして、畜産食料、水産食料、穀物食料のグローバルな安全保障問題を、個別かつ国際的レベルで検討してみると、それぞれに「箱の中の常識」があることに驚かされる。畜産食料でいえば、動物性たんぱく質としてウサギを導入することが、実は非常に有望な可能性を有しており、ベトナムではすでに実現している。水産食料でいえば、世界の漁獲量はすでにピークをすぎているのだという自明な実態がある。穀物食料でいえば、アジアにおける水稲作の拡大は水資源が制約条件となるので、乾田で収穫できる陸稲のような水節約型の稲作を発展させるべきである。こういった、おそらく「箱の中」では常識であろう事実が、「箱の外」では新鮮な情報として受け止められる。
 そうであるならば、日本学術会議のシンポジウムに参加していない多くの人々にとっては、この国際会議自体が「箱の中」である。その内容をぜひとも「箱の外」に引き出すべきであろう。基調講演を行った米オハイオ州立大学のラッタン・ラル教授の言葉を借りれば、食料危機が世界の政治的安定と平和を脅かしている現実を変える必要があり、そのために科学・技術が貢献すべきなのである。この主張は、日本学術会議の目指す使命とも完全に一致しており、専門分野を超えた学術の発展は、食料のグローバルな安全保障のために必要であることを、改めて強調したい。

脚注:『日本経済新聞』 [経済教室] 「グローバルな食料の安全保障 持続的生産と環境 両立を」平成21年9月29日付に僅かな加筆・修正を施し掲載。
 

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