− 国際的環境条件の変化と国際学術交流の課題 −
「第6常置委員会報告」
平成12年6月26日
日本学術会議
第6常置委員会
この報告は、第17期日本学術会議第6常置委員会の審議結果を取りまとめ発表するものである。
委員長 仲村 優一(第1部会員、淑徳大学社会学部学術顧問)
幹 事 ○場 準一(第2部会員、日本大学法学部教授)
二神 恭一(第3部会員、愛知学院大学経営学部教授)
戸塚 績(第4部会員、江戸川大学社会学部環境情報学科教授)
岸 輝雄(第5部会員、工業技術院産業技術融合領域研究所長)
委 員 福井 文雅(第1部会員、早稲田大学文学部教授)
落合 誠一(第2部会員、東京大学法学部教授)
宇南山英夫(第3部会員、高千穂商科大学教授)
岩槻 邦男(第4部会員、放送大学教授)
井口 雅一(第5部会員、(財)日本自動車研究所所長)
兒玉 徹(第6部会員、信州大学繊維学部付属農場教授)
體 史夫(第6部会員、東京水産大学水産学部教授)
P崎 仁(第7部会員、摂南大学薬学部長)
堀内 博(第7部会員、東北大学歯学部教授)
要 旨
1 作成の背景
・日本学術会議第17期活動計画の中で本委員会に与えられた今期の検討課題は、「国際学術交流・協力に関する課題や問題点を、国際的な環境条件の変化に照らして吟味し、新しい視点からの対応策を検討すること」である。
・国際学術交流の推進は、日本学術会議にとって、きわめて古くて、かつ、新しい重要な検討課題である。本委員会は、西暦2000年を迎え、グローバル化、科学技術革命下の国際的環境条件の変化に対応した今日的状況を踏まえ、この課題を追究するため、長期構想と短期・中期的具体案検討の2つの分科会を設けて審議検討を行った。本報告は、その審議の結果をまとめたものである。
2 現状及び問題点
(1)学術における国際交流の基本的な要素は「人」と「情報」である。そして、「人」又は、「情報」の「領域を超えた移動」が学術の国際交流の基本構造である。このような構造を持った交流を契機として、学術情報の安定的で恒常的なネットワークが、国際的に領域を超えて張り巡らされ、重層的に構築されようとしているのが、現代における学界の一面である。
(2)冷戦構造の終焉に伴う国際政治的要因の変化に加え、今日の交通(特に航空機)・通信手段(特にインターネット)の急速な発展と展開は、自由を保障された人または情報の移動の態様を、著しく変容させつつある。
(3)しかしながら、ここに生じる問題は、このような電子的手段による客体としての情報が持つ時間的・空間的・本質的制約である。この限界と制約の認識は、逆に、今日における“伝統的な”様式による国際交流の目的を明らかにする。
3 改善策、提言等の内容
(1)日本における留学生の受入れは、高度の学術研究・教育を“国際的に分担する”という一種の国際共同参画事業の一つとして位置付け、そのための条件整備を図ることが必要である。
(2)日本に留学する留学生は、何よりもまず、中にはその家族とともに、住民として日本の社会で生活を送る人間である。そこで、“人間性重視”、“人間的な”観点からの施策の充実が望まれる。
(3)サバティカル制度を学術の国際交流のために役立つ制度として確立するためには、a)在外研究員制度と結合させたより合理的な制度にすること、b)若手研究者が優先的に適用される制度とすること、c)サバティカル期間中カリキュラムに不都合を来さないよう配慮すること、d)サバティカル制度と研究業績評価との合理的関係を確立すること、等が望まれる。
(4)一層多くの国際会議を日本に招致・開催するためには、以下の諸点の配慮が必要である。a)日本における研究水準の一層の向上と研究者の国際交流実績の拡大、b)日本への渡航費・滞在費の補助、開発途上国の研究者に対する参加費補助、これを含めた開催経費の補助、c)会議開催の準備・会議運営のノウハウに関する情報の開示と伝授・伝承、d)会議の組織運営のために研究者当人が被らざるを得ない負担の軽減、e)海外で開催される会議への積極的な参加、その結果としての人物交流の活性化。
目次
T はじめに
U 第6常置委員会の第17期における活動計画及び計画推進態勢
V 検討課題の選定
W 学術の国際交流の基本構造とその存在意義
X 国際的な環境条件の変化
Y 各分科会における討議の概要
Z 長期構想分科会報告書
[ 短期・中期的具体案検討分科会報告書
\ 結び〜国際学術交流の今日的意義
] 付属資料
T はじめに
日本学術会議第6常置委員会が、今期(第17期)の課題として与えられたテーマは、国際学術交流・協力の推進である。
国際学術交流の在り方に関する検討を主たる任務とする第6常置委員会が現在のような形で設けられることになったのは、第13期(1985年7月〜1988年7月)以後のことである。しかし、それ以前においても、第3期の学術会議(1954年〜1957年)において、国際学術交流委員会の名の下に常置委員会が設けられ、「滞在国の費用による我が国の留学生に対する研究費の援助について」(要望)という報告をまとめている。
それ以後、1960年代の第5期から1970年代半ばの第9期までは、「学術交流委員会」(常置)と改称、第10期(1975年1月〜1978年1月)において再度「国際学術交流委員会」(常置)と改称したが、その間今日にいたるまで、一貫して、国際学術交流の推進をテーマとする検討が行われている。
そこでの具体的な検討項目としては、1950年代から60年代にかけて、発展途上国との学術交流の強化促進策が挙げられ、1970年代以降は、繰り返し、留学生問題が取り上げられている。特に、第15期(1991年7月〜1994年7月)においては、「国際学術交流・協力基盤の育成方策について」の対外報告がまとめられ、「留学生政策の現状と課題」、「研究者・大学院生の海外派遣の現状と課題」等が具体的検討課題として取り上げられている。
つまり、「国際学術交流の推進」は、日本学術会議にとって、きわめて古くて、かつ、新しい重要な検討課題なのである。
従って、西暦2000年を迎えることとなった今日、再び同じ課題を与えられて検討することとなった本委員会にとって、グローバル化、科学技術革命下の国際的環境条件の変化に対応した今日的状況を踏まえ同じテーマを取り上げることの意義を明らかにすることが、その討議を進める上での前提条件であった。
以下の報告は、その視点からまとめられたものである。
なお、国際学術団体及びその団体が行う国際学術協力事業への対応については、新たに第15期から国際対応委員会を新設してこれを行うことになり、第16期より、国際対応委員会を改組して第7常置委員会が設置されることになった。第T7期の初めに、第6常置委員会及び第7常置委員会は、一度だけ合同委員会を開いて意見の交換を行った。
また、アジア各国との交流を目的としてきたアジア学術会議及び世界科学アカデミー会議(インターアカデミーパネル2000年会議)への対応は、日本学術会議として、短期・中期の検討課題に入るが、これについては、それぞれ個々の実行委員会及び運営審議会附置委員会が設けられることになった。そこで、第6常置委員会としては、特に、要請があればこれを取り上げることとし、特別な検討は行われなかった。その代わりに、短・中期の課題として、「一層多くの国際会議を我が国で開催すること」に関する具体的方策の検討を行った。
U 第6常置委員会の第17期における活動計画及び計画推進態勢
第6常置委員会は、日本学術会議第17期活動計画(申合せ)(平成9年10月22日・第127回総会)のうち、当委員会の任務に該当する項目を直接の指針とし、今期の検討課題を、以下のとおり決定した(平成10年1月28日)。上記活動計画(申合せ)「2.重点課題」「(6)国際学術交流・協力の推進」は日本学術会議の今期活動計画の一つを次のように規定する。すなわち、「国際学術交流・協力に関する課題や問題点を、国際的な環境条件の変化に照らして吟味し、新しい視点からの対応策を検討する。特に、国際学術交流を活発化するために、一方で一層多くの国際会議を我が国で開催すること、他方でアジア諸国を始めとする諸外国のアカデミー等との連携を深めることが必要であるので、そのための具体的な方策を検討する。」これに従い、当委員会はその課題をより厳密に分析し、以下のとおりとした;
1 長期計画の構想
@ 国際学術交流・協力に関する課題や問題点を
A 国際的な環境条件の変化に照らして吟味し、
B 長期的視野に立って
C 新しい視点からの対応策を検討する。
2 短・中期的具体案の策定
特に国際学術交流を活発化するためには、以下のことが必要であるので、そのための具体的な方策を検討する。
@ 一層多くの国際会議を我が国で開催すること
A アジア諸国を始めとする諸外国のアカデミー等との連携を深めること
B その他
これらの課題を追究するため、当委員会はその中に分科会を設け、1の課題を長期構想分科会(分科会委員長・宇南山英夫委員)に、2の問題は短期・中期的具体案検討分科会(分科会委員長・岩槻邦男委員)に、それぞれを分担させることとした。
これらの各分科会の検討結果及び関連資料は、後掲のとおりである。それらを踏まえ、また各課題の検討の過程において提出された委員各位の意見・見解などを総合し、審議状況の全般をここに報告するものである。
V 検討課題の選定
当委員会(全体)の検討課題を選定するに当たり、前期(第16期)当委員会からの申し送り事項を尊重したことは、いうまでもない。そこでは、国際交流における制度の問題、国際交流機関の充実の問題、国際交流における派遣・受入れの問題及びメガサイエンスヘの取組み等、広範囲にわたる問題点の指摘と、提言の方向性が示されている。具体的にいうならば、私立大学・研究機関における国際学術交流・協力の多様な実態の把握とその問題点の対処策の検討、外国人留学生の帰国後の具体的状況について把握のための種々の現地調査、環境関連研究分野などにおける海外での野外調査・共同研究などに対する予算措置と調査費の会計処理上の改善策、メガサイエンスの問題の検討、これらである。今期はこれらに加え、アジア学術会議及びIAP(インターアカデミーパネル)への対応問題、国際会議の日本への招致活発化のための組織・制度の調査と検討、などが構想された。そのうち上記の問題に関しては、すでに組織的に一応の整備を終え、実行段階に入っており、それらの実施状況と実績の積み重ねを待った上で、もし問題が意識された場合には、それを慎重に検討することが望ましく、現段階では、この点に関する基本問題の拙速な審議に熟していない。さらに、他の諸問題の検討に要する時間的・財政的な制約を考慮するとき、その全てを取り上げることは事実上不可能と判断されたため、前記各分科会は、それぞれ検討課題を次のように限定することとした。すなわち、長期構想分科会においては、外国からの日本への留学生の受入れ促進策を始めとする留学生問題及びサバティカル制度について調査・検討すること。短期・中期的具体案検討分科会では、特に国際会議招致に関する当面の各種の問題点の析出と確認、並びにそのための具体的な施策・措置案等の検討を行うこと。これらである。そして、これらの課題の検討を開始するに先立ち、当委員会は、学術の国際交流の構造並びに国際的な環境条件の変化について、一応の見解を、次項に示すとおり、共通のものとした。
W 学術の国際交流の基本構造とその存在意義
学術における国際交流の基本的な要素は「人」と「情報」である。「人」は学術「情報」を創造・発信・受信・蓄積し、さらに普及・伝達・伝承・活用を心がける。それが「国際的」性質を持つということは、学術情報の担い手である一方の「人」=研究者が、他方の「人」とは異なる領域に、居住しているということであり、又は、必要とする「情報」が、その「情報」を必要とする「人」の平常の居住地とは、別の領域に所在するということである。ここに「情報」を求めて「人」が領域を超え、又は「情報」がそれを必要とする「人」の居住地に領域を超えて移動する事象が発生する。「人」又は「情報」の「領域を超えた移動」、これが学術の国際交流の基本構造である。このような構造を持った交流を契機として、学術情報の安定的で恒常的なネットワークが領域を超えて張り巡らされ、重層的に構築されようとしているのが、現代における学界の一面である。
しかしながら、こうした交流は、単なる研究者個人の知的好奇心を満たすためにのみ、為されているものではないであろう。究極的には、人類を含む地球上の全ての生物の安全で豊かな存在の保障と発展とを希求して行われていると、考えたい。そのために人は良質な情報を真摯に求め、それを共働して創造し、その成果を差別無く共有・享受しようとする。これが、交流を促す直接の動因といえるであろう。
X 国際的な環境条件の変化
冷戦構造の終焉は、人と情報の領域を超えた移動を、外国人の自国内における活動を、いずれも原則として自由化する事態を加速させた。情報の創造・活用・移転に不可欠の装置・機器などの設備の設置・利用に関しても、その装置・機器などの所在する領域の国民・住民以外にも開放され、これらに関する政治的規制の緩和・撤廃が、実現するに至ったのである。部分的な経済統合から政治的統合へ、さらには法的統合へと進むEU諸国の例に観られるように、領域内主権の排他的絶対性は逓減し、いまや領域内情報主権の絶対性も過去のものとなろうとしている。これが現代の趨勢である。こうした国際政治的要因の変化に加え、今日の交通(特に航空機)・通信手段(特にインターネット)の急速な発展と展開は、自由を保障された人又は情報の移動の態様を、著しく変容させたのである。
人の領域を超えた移動の利便の大衆化が進行する一方で、国際交流の不可欠の一要素であった「領域を超えた移動」が、必ずしも不可欠とはいえなくなってきた。研究の対象・方法に強度・格別の空間的・時間的拘束性のある場合を除き、インターネットの普及が、情報への接近・情報の入手を容易・迅速にし、いまや情報入手のために人が領域を超えて移動する必要は必ずしもない。インターネットを通じての授業・実習・トレーニング・討議・会議会合はもちろん可能であり、この手段を利用した国際共同同時実験活動も不可能ではない。教育研究活動の実施に当たって、当事者が物理的な同一の空間に同時に所在することが不可欠とはいえない部分が、生じてきたのである。観るため、学ぶため、習うため、あるいは調べるため…、これらのために人は、その常居所地以外の土地に、如何なる場合でも一定の期間、留まっていなければならない必要性は、無くなったのである。ただし、実体あるいは実態を研究・教育の対象とし、又は、それらの観察・観測を目的とする研究・教育分野にあっては、現物主義・現場主義が必要不可欠の前提、少なくとも原則、であることは、いうまでもない。
情報が、リアルタイムで空間を「越境」して飛び交う状況は、そもそも「国際」交流という観念自体の存在理由を消失させてしまっている、ともいえるであろう。この段階では、「国際」交流は当然であって、むしろ「脱」国際交流が自然であり、そこに在るのは単なる「交流」に過ぎない。もともと学術に関する情報は、領域内に留まり得ない普遍性を、本質とするものである。このことを想い起こすならば、まさに本来の性質に相応しい状況が回復された、このように考えることも許されよう。
しかしながら、ここに生じる問題は、この様な電子的手段による客体としての情報が持つ、時間的・空間的・本質的制約である。こうした形で蓄積され、あるいは提供される情報は、比較的短時間のうちに消去されることがある。この様な形で蓄積される情報の所在は、少なくとも現段階では米国など英語使用圏に集中していることから明らかなように、地域的偏在を免れない。そもそも、こうした伝達方法に依拠することは、そうした伝達方法が普及しそれを享受できる地域に限られる。その圏外にある、いわば情報ネットワークのアウトサイダーへの配慮を、怠れない理由である。また、この様な形での提供・伝達・蓄積には、当該の情報が、それを文字あるいは画像に加工する可能性・適性を持つ、いわゆる視聴覚による送受信可能性・適性を持ち得るものに限られる。このような現存する各種技術的な限界と制約の認識は、逆に、今日における“伝統的な”様式による国際交流の目的を明らかにする。つまり、人の移動を伴う“伝統的な”交流は、上記の制約によって入手できない種類・範囲の情報の入手を、又は、それ以外の付随的ではあるが等しく必要が感じられる何物かの獲得を、その目的に持つということである。在外研究者との人的な友好関係の樹立・維持・発展を望んだり、全体としての“場”の空気あるいは雰囲気を求めることが考えられる。研究者による“場の利益”追求という性向である。そのために、“それでも人は、領域を超えて移動する”のである。
これら上に述べてきた諸観点は、日本及び外地における、留学・研修・研究・現地調査・国際会議開催などの諸問題を検討するに当たって、当委員会の考慮すべき重要な要因となるであろうと、考えられたのである。
Y 各分科会における討議の概要
各分科会における調査内容の詳細は、後掲の各報告書に譲り、ここでは、それを基礎とした全体委員会における議論の経緯を集約し、今後の検討課題を指摘することとする。
1 留学生問題(長期構想分科会)
この問題が取り上げられた背景には、当分科会発足当時において、日本への留学生数が近年伸び悩んでいることへの問題意識が一般的に表明されていたという、特別の状況が存在した。この問題に関しては、留学生受入れの現場である各大学などの教育機関、及びそれらを統括する立場にある文部省学術国際局留学生課などが、それぞれの立場から問題点の分析を行い、文部大臣の裁定によって設置された留学生政策懇談会も報告書をまとめている(「知的国際貢献の発展と新たな留学生政策の展開を目指して〜ポスト2,000年の留学生政策〜」平成11年3月24日付け等、「我が国の留学生制度の概要、受入れ及び派遣」文部省学術国際局留学生課(各年度版)など)。その何れにも共通する留学生数停滞の原因は、日本及び留学生出身国の経済発展状況の低迷である。留学生受入れを永年にわたって支援してきた日本国際教育協会も、報告書に後述するとおり、最大の原因を内外の為替換算率の格差にある、と指摘していることを見逃せない。受入れの現場である大学などの教育機関からは、相変わらず日本への留学・入国手続等の制度面、奨学金等の財政面・宿舎の整備等の生活支援面の不備を強調指摘し、その一層の改善充実を求める声が絶えることがない。他方、国側は、受入れ機関の研究・教育水準の向上を、より重要な原因と考えているように思われる。世界的で高度の水準の研究・教育を享受できる期待があれば、生活支援的側面に不備が在ろうとも、日本での研究・教育を求めて留学生が来日するはずだと、いうのであろう。
この後者の立場、つまり日本留学の目的は最高度の研究・教育の享受である、という理解に即して留学生問題を考えるならば、日本における留学生の受入れを、単に国際貢献の一端としてではなく、より積極的に、その高度の研究・教育を“国際的に分担する”という、一種の国際共同参画事業の一つとして位置付けることの方が、望ましい。すなわち、日本が世界的に最先端・最高度の研究・教育を行っていると認められている分野の研究・教育を、内外人平等の原理に則り、院生・学生の国籍の如何を問わず、日本において日本が分担して行うという、基本的な姿勢を意識的に選択することである。
このためには“センター・オブ・エクセレンス”構想を更に発展させ、該当するそれぞれの分野・学科のセンターへの留学生・研究者の重点的配置を行い、センターとしての認定を受けた分野・学科をもつ機関にのみ受入れを限定する…。この様に留学生の受入れ態様を変更することが考えられる。この場合、留学生を受け入れる機関数や受入れ人数は、センターの認定を受けた機関数及びそれらにおける受入れ人数に全面的に依存する。このことは、受入れ人数の増加を図るには、センター数及びそこへの受入れ人数を増加させること、言い換えれば、日本における研究・教育水準を高揚させることが前提となり、さらにそのためには、効果的な研究・教育の助成措置を人的・財政的に一層増加させねばならなくなる、このことが大前提になることを、意味するであろう。
さらに、前述のとおり、留学生出身国の経済状態、直接的には内外の為替格差が重大な影響を持つことを自認するならば、それら出身国の経済状態の好転に一層積極的な支援策を施すことこそ、留学生数を増加させるための、最も現実的かつ効果的な手段であり、この実行を第一とせねばならないこととなる。
留学生の受入れに期間や数値目標を掲げ、その期間内における数値目標の達成のみを目標とするかのような立場には疑問が少なくない。統計に基づき、短期的な各年度の留学生数の増減に一喜一憂することなく、その原因を慎重に究明することが必要であろう。日本の研究・教育水準の推移、その世界的な周知の程度、文部省等による各種の留学生施策の実質的効果、留学生出身国の経済状態の変化など、これら各種要因の相関関係を厳密に分析し、全般的な傾向を長期的に見通しつつ客観的に評価することが望まれる。何れの点を取り上げてみても、“留学生数の増加は一日にして成らず”であるからである。
こうした留学生政策のうち、英語による授業の推進については、次のところを検討する余地があろう。英語による授業の増設や、同じく英語による学位請求論文執筆の許容などが提唱され、これに対応した措置を執る教育機関の増加が伝えられている。しかしながら、英語による教育が妥当性を持ちうるのは、英語による一応の教育・研究が可能あるいは必要な場合に限られる。例えば、臨床修練を必要とする外国人の医師及び歯科医師には、英語の理解使用能力が法令に依って要求されている(外国医師又は外国歯科医師が行う臨床修練に係る医師法第一七条及び歯科医師法第一七条の特例等に関する法律施行規則第四条2項五、同規則第五条)。また、自然科学系の研究・教育においては、英語の使用が一般的であり、社会科学にあっても、その研究方法の如何によっては英語の使用が可能のみならず推賞される分野があることも、否定できない。他方、必ずしも全ての分野において、英語による教育あるいは英語による研究成果の公表が、適当であるとも言い切れない。したがって、英語による研究・教育の推進を図る際には、その適用可能範囲を明確に指定・限定しておく必要がある。
留学生の在籍する専攻領域の約50%が人文・社会科学系であることは、この点で軽視できない。その具体的な研究・学習内容が日本固有の文化・社会である場合、この分野の研究・教育対象は必ずしも全世界的な普遍性を持たず、むしろ日本の社会と風土に根ざした強度の地域的独自性・空間的及び言語的拘束性を免れないからである。より重要なのは、日本留学に英語の使用を一般的に義務付けるかのような施策の合理性の有無である。出身国が英語常用国でない北東及び東南アジア諸国の住民に、日本留学の途を狭めるのではないか。終着駅である英語使用国への“途中下車駅”となるのみではないか。英語使用の実質的な義務付けは、当初からそれらの国への直行を決意させる誘因となるのみではないか。これらについての、厳密な分析と判断とが必要である。
さらに見落とされがちなのは、留学生の学内日常生活における日本語使用の不可避性である。留学生は授業・実験・研究のみならず、教務・学務・厚生・図書館関係の事務部門と日常的に交渉を持たねば教育・研究を円滑に遂行できない。そこでのコミュニケーションを英語のみで済ませることは、現在の日本の状況の下では実行不能である。英語による教育・研究が可能であることを無限定的に推進・宣伝することは、この点での事後的な混乱を招き、深刻な結果を招きかねない。教室や実験室外では、学内においても学生・院生としての人間的生活と交流とがある。学外の一般社会生活においては、なおさらであろう。そこでは、日本語の使用を避けることが出来ないのである。
留学生・研究者は何よりも先ず人間である。単なる学習器具や記憶装置のような物ではない。数値目標の達成事態を目標とし、いたずらにその「輸入量」の増加にのみ気を奪われるかのような態度は間違いである。原料を輸入し、精錬・加工して価値を付加し、輸出をすれば良いというものではない。留学とは、まさに“留まり”学ぶのであり、入国後は同じ日本の住民として生活するのである。いかに知的魅力があろうとも、生活できなくては来日して居住する、つまり日本に“留”学する、意味がない。そもそも“留学”という事態が成り立たない。人間としての生活無しに、研究し教育を受けることは出来ないのである。人間としての生活は学習・研究の前提条件であるからである。留学生の生活条件の整備は、留学生に“人間らしい”生活を保障するために為されるべきものである。こうした“人間的な”観点からの施策の充実が望まれる。先にも指摘されていたように、今やインターネットを通じた遠隔越境授業も不可能ではない。求める内容の如何によっては、日本に在留する必要はないのである。ここでは既に“留”学という観念は妥当しない。それでも日本に“留まり”に来る留学生にとって、何が最も重大であるか明白である。学内外での人種・民族・国籍による差別のない社会生活を保障する覚悟があって初めて、留学生受入れに相応しい国となりうること、もはや繰り返す必要もないであろう。
日本における人口少子化への対策として、一部の大学では財源確保の目的で、留学生受入れに積極的な動きを見せていると、伝えられている。しかしながら、学生数の確保によって経済的基盤を整えようとする発想は、そもそも大学の運営方針として首肯できるものではない。少子化によって生じた余裕は、むしろ、より人間的で丁寧な指導・教育にこそ充てるべきものであろう。
上に述べられた“人間性重視”の留学生政策は、これまでにも皆無ということはない。例えば留学生会館や国際交流会館など大学院生用に計画される宿舎には、院生が家族と同居することを前提にした設計を認めている。これなどは、その具体的な一例といえるであろう。こうした配慮の拡大充実が大いに期待される所以である。そのためには、院生あるいは研究者本人のみならず、その家族の入国・滞在・同延長・資格外活動の承認などの諸点にわたり、国がより好意的な入国管理行政の運用を心がけねばならないことになる。こうした留学生問題についての人間性重視政策は、国際人権的アプローチとも称しうるものであって、この立場からすれば、上述のところは当然の帰結である。
留学生政策の立案に際し、留学生の日本への招致が、日本人及び日本の社会に対して、その国際化などを促進させるという実益のあることは、分科会報告書に指摘されているとおりである。そのうちの一つに、留学生の本国に知日派エリートとなりうる将来性のある人材を養成できることを掲げることがある。それを本格的に望むならば、彼らの母国への帰還後のアフターケアを怠るわけにはいかないであろう。少なくとも国費留学生については、その出身各国で組織されている日本留学経験者の団体との日常的な友好関係を絶やさず、その現地における活動を全面的に支援することが不可欠である。いずれも永年の実績のある国際交流基金や日本国際教育協会等の留学生出身国における現地事務所などの活動を一層支援し、その現地法人化を推進し、そうした外地における拠点を拡大し充実させるべきであろう。その現地の活動に、日本の各大学などの教育・研究機関も、より積極的に参画することが求められる。日本において展開されている、英・米・独・仏などの各国の同種の機関(例えば、英国文化振興会、日米教育委員会、フンボルト財団、ゲーテ・インスティトゥート、日仏会館など)との組織・活動を比較参照することにより、もし日本の施策に不充分なところが認められるならば、それを具体的に確認し、改善策を早急に断行する必要がある。
さらに、次の点も見逃せない。医学・歯学などの教育には、臨床修練が一つの重要な内容を成している。この形態の教育に当たっては、事柄の性質上、特定の国家資格・免許の取得・所持が医師法又は歯科医師法に依って要求される。しかし、外国の資格・免許は、日本において当然に効力を持つものではない。そこで現行法は各種の特例措置を定め、臨床修練が可能となるように図ってはいる(外国医師又は外国歯科医師が行う臨床修練に係る医師法第一七条及び歯科医師法第一七条の特例等に関する法律第三条など)。けれども、この特例措置に基づく臨床修練許可証交付申請には、各種の証明書など多数の書類の提出が要求され(参照、前掲特例法施行規則第四条、臨床修練外国医師・外国歯科医師の許可申請書類一覧、臨床修練指導医・指導歯科医の認定申請書類一覧、など)、当事者・関係人に実際上の負担感を与えている。とりわけ、患者に与えた損害の賠償能力の証明として損害賠償保険契約書及び約款、又は契約証明書の提出が要求されている点は(前掲施行規則第四条第二項第六号、前掲申請書類一覧7.)、当然のこととはいえ、極度の困難を特に途上国からの研修医に強いるものである。このことが日本への留学意欲を減退させ、あるいは日本における教育内容の制約を来すことのないように、留学生・外国人研修医の損害保険加入を支援する方策等が考えられて然るべきものと、思われる。およそ国家資格・免許を要する全ての高度専門的修練・研修には、同様の問題を生じる余地がある。各種の特殊専門的大学院の実現が近い将来に予測される現今の事情のもとで、そこにおける実務教育の内容の如何に依っては、医・歯系の場合同様に、外国で取得された資格・免許に基づく活動を、日本国内においても、出来るだけ好意的な条件の下に、承認するような政策の採用に向けた、真剣な検討が期待される。
以上は、主として、日本における長期滞在を必要とする類型の留学を念頭に置いての、論議である。他にも、いわゆる短期留学という類型の教育方法があることは周知のところであろう。この方法は「短期の交換留学プログラム」であって、高度・良質の教育の“国際的分担”を実現する、一つの効果的な手段である。東南アジア諸国からの留学生にとって、経済的負担の重い日本での長期滞在を必要とせず、日本留学への最も重大な阻害要因とされているものを除去、あるいは軽減することが出来る利点がある。ただ、この方法によるときは、短期の来日が前提となるため、そのためにのみ日本語の学習を要求することに合理性が乏しく、この場合には、例えば、より国際的に通用する英語などによる教育が推賞される。しかしながら、その場合の教育は、先に述べたように、英語による教育が可能な領域・事項のみに、その妥当範囲が限定されることは否定できず、限界があることを承知しておく必要があろう。また、このような短期の国際的交換教育方法との関係では、技術的な問題であるが、大学などの教育研究機関における学期・学年の編成にからむ問題が、例えば単位互換や授業のための海外勤務などについて、実務上の困難を生じさせることが予測される。いずれも各々の国の風土・気象条件・予算年度によって入学期・卒業期・授業期間・休暇期間などが相互に異ならざるを得ないため、国際的に統一することが困難であるからである。現行制度には柔軟な対応に障害となるような部分があるか、あるいは不十分なところがないのか、実態の検証がなお必要であると思われる。このことは、現在、アジア太平洋大学交流機構(UMAP)の枠組みの中で、国際的な単位互換システム(CTS)が、普遍的な制度として、実現されようとしている今日、その合理的な解決が、実務的にも、焦眉の論点となっていると、思われる。
2 サバティカル休暇とその現代的意義(長期構想分科会)
ここにサバティカル休暇とは、教育職・研究職の専任者が、その身分を保有したままで、一定の期間継続的に、その身分から派生する日常的な教育又は研究もしくはこれらに関する管理行政事務の、責務を全面的に免除されることを言う。日常的な責務の継続的で全面的な免除の点において、それは在外研究の場合と酷似するが、後者においては、日常の責務に代えて特定の課題による研究専念義務を課せられる、このところが異なっている。こうしたサバティカル休暇に関しては、これを教育職・研究職に在る者の身分・地位あるいは権利関係の保障又は改善の観点から審議することも必要ではあるが、この側面は、むしろ研究者の身分・地位改善特別委員会の所轄事項であって、本委員会で取り扱うのは適当ではない。ここでは、あくまでも学術の国際交流に関わる限度において、それを検討することとする。
もともとサバティカル休暇の直接的な効果は平常の職務からの開放であり、その期間中の業務の課題・内容・方法・業務遂行地の選択などは、当該の研究者個人の自由な裁量に委ねられている。そのうち業務の遂行地を外地に選択した場合、旅費・滞在費・その他諸経費の支給を受け得ない点を除けば、在外研究出張と実質的に同等の機能を果たしうる。その限りで、サバティカル休暇が国際交流の一つの契機となり得たことは疑いない。けれども、その期間の使途が個人の自由な裁量に任されているということは、それを必ずしも外地における研究などにのみ活用するとは限られないことを意味している。それは確かにサバティカル休暇の一つの利用方法ではあるが、もともとが国際交流のための制度ではなく、それに直結するものでもない。
問題は、この様な休暇制度の必要性と妥当性を、学術の国際交流との関係で、検証することである。この制度の趣旨が一定期間継続的な自由を研究者個人に保障することにあることからすれば、そのような自由を特に保障すべき合理性のあることが前提となる。それは研究者の平常の勤務態勢・業務遂行形態に依存する。日常的な越境移動・域外活動に関し、許容度・自由度の高い態勢・形態で勤務する者にとっては、その必要性に乏しく、また特に休暇を保障する妥当性も疑わしい。さらに、もし研究職・教育職の者に対しても、比較的長期間の継続的雇用関係を前提としない、期間契約的な雇用態勢が一般化した場合、そもそもサバティカル休暇を契約条件に組み込むことは困難となる。
それにもかかわらず、サバティカル休暇への希求が依然として強いことは、国際交流への熱意とは別の、現在の勤務態勢への疑問に、原因があるように思われる。研究の対象・方法によっては、常時の外地滞在・出向あるいは比較的頻繁な数次往復海外渡航を不可避とするものがある。このような形での研究・教育に従事する研究者・教育者に対する格別の理解と配慮・待遇を、その勤務先の人事・労務管理者及び同僚の意識の改革をも含め、それらを改善し充実することが、今日の“研究・教育における国際的共同参画”の段階には、不可欠の施策であると考える。そのことによって初めて、日本の研究・教育が国際規準に到達でき、日常的に国際的な局面で活動できることになるであろう。
意識の改革は、同時に、制度及び制度の運用の改革を伴わねばならない。特に、学部や研究科に所属する研究者の実際は、自らが追求を望む本来の研究課題とは必ずしも直接に関係のない、教務(授業・実験・実習・演習など)・学務(厚生・補導を含む)・共同研究課題及び学校管理行政的実務(各種学内委員会など)にも、日常業務として「同時並行的に」拘束されている状態にある。いわば「構造的に」、研究と教育との双方を共に不十分なものとする仕組みとなっている。このような必ずしも合理的とはいえない状況の改善を目指し、それぞれの現場にあって、現行制度の枠内においても、様々な努力が積み重ねられていることは、認められる。例えば、学内機構を研究部門と教育部門とに分別し、本人の希望に基づき、期間を定めて所属を変更することにより、個人の望む研究に専念する余裕を保障することが可能である。また、授業についてセメスター制を採用し、一学年の期間中に一定の期間を確保し、それぞれを授業あるいは研究に専念できるように工夫して編成するなどである。しかしながら、現実には、それらを実現する機会が乏しい、あるいは極めて困難であるとするならば、その理由を確認し、具体的な改善策を早急に策定しなければならない。場合によっては、伝統的なサバティカル休暇制度の導入を、先ず第一に推進しなければならないこともあろう。いずれにせよ、それぞれの現場における実態と現実のニーズの詳細な把握が前提の課題である。
3 日本への国際会議招致政策の問題点(短期・中期具体案検討分科会)
一層多くの国際会議を日本に招致・開催するための具体案の策定に関しては、関係団体からの事情聴取・アンケートの実施、海外調査を経て、後掲のとおり、明確な指針を提示できるに至っている。それによれば、以下の諸点の配慮が重要であるとされる。a)日本における研究水準の一層の向上と研究者の国際交流実績の拡大、b)日本への渡航費・滞在費の補助、開発途上国の研究者に対する参加経費補助、これらを含めた開催経費の補助、c)会議開催の準備・会議運営のノウハウに関する情報の開示と伝授・伝承、d)会議の組織運営のために研究者当人が被らざるを得ない負担の軽減、e)海外で開催される会議への積極的な参加、その結果としての人物交流の活性化、これらである。このうち、a)及びe)は研究者個人の高水準の研究成果の達成及びその国際的な公表・認知を契機とする、個人的な交友関係の重要性を、指摘するものである。b)、c)、d)の帰結するところは何れも財政的な問題であり、結局は資金援助の確保策の如何にかかる。これらの分析に入る前に、日本における会議開催が持つ地理的に不利な条件について、触れておきたい。
日本という国は、ユーラシア大陸北東部の辺鄙な周辺に位置する島国である。日本において国際会議を開催するに当たり、必然となる国際旅行の観点からは、交通の便が必ずしも悪いとはいえないが、そこへの到達には時間がかかり、時差の不利益を免れ得ないことを否めない。北東アジア地域に居住する研究者の場合はともかく、広く欧米などからの参加者を期待するときは、他の諸外国に比して、こうした地理的劣位にあることを、先ず何よりも冷徹かつ現実的に、自認しておくことが不可欠である。このような時間的又は空間的な不利益は、会議開催のための渡航費用及び日程の調整について、直接的な影響を与えるに至る。国際旅行が如何に安価で便利なものとなったとはいえ、より時間的又は空間的に接近が便利な地域における会議開催に対し、常に劣位に置かれることを軽視できない。しかも、会議において提供される情報のみを求める者にとって、今日の通信手段の発展は、本人の現実の出席を無用とする状況になっていること、先にも述べたとおりである。このような辺鄙な場所にまで、時間と距離とを克服して、敢えて自ら移動する動機を、一般的に期待することは非現実的である(もっとも、国際会議の機会があれば東洋の神秘を探りに日本を訪れることができると、期待する向きも皆無ではない。パリやロンドンが学術の水準の高さだけでなく、観光を背景とした誘致に成果を挙げていることが、参考になろう。しかし、この場合でも、世界的に高名な価値ある観光の対象物=文化財がそれらの場所に集中しており、宿泊設備等も合理的に整備されているという、利便性を無視できない)。
上に述べた不利益を緩和する直接の手段は、分科会の報告書が提言するとおり、第一には渡航費用の負担軽減措置であろう。国際的には通例である開発途上国に所属する研究者への優遇措置は勿論のこと、それ以外の地域に居住する者に対しても、その居住地からは日本が遠隔の地に相当する場合、何らかの配慮を講じることが望ましい。日本にある外国人研究者招聘のための各種の基金などを活用するほかにも、現地にある公私の日系の機関・団体・企業などによる日本への往復渡航費の援助体制を一層整備することが、急務である。
より基本的には、会議で取り扱われる論題及びそこに集まる各国研究者の魅力である。前述したところからすれば、当該の会議の持つ“場の魅力”である。当該の研究領域において、その業績を通じ世界的に知名度の高い報告者を揃え、世界有数の研究者の参加が予測される場合には、一般参加者の数の増加も期待できる。この場合には、会議が一種の場の魅力を発揮することになる。その会議が、良質の個人的な交友関係の樹立・維持・拡充の機会をも、提供できるからである。日本においてでなければ入手できない、あるいは入手困難な情報の提供が予定される場合も、同様である。日本が良質の情報又はその創造者の所在地であること、言い換えれば日本が世界的な意味でのセンター・オブ・エクセレンスである、ような場合である。そうでなければ、日本において会議を開催する意義に乏しい。上に述べたように、日本という地域は、外国からの一般参加者の利便を中心に考えた場合、単なる貸席としての会議場としては、地理的に適格性を欠いているからである。分科会の提言の第一に、日本の「学術研究のレベルのさらなる向上が期待される」と指摘されているとおりであろう。
仮に、このような最高級の研究者を集めた会議を開催するとしても、そのような高名な研究者との組織的かつ個人的な交友関係の乏しいところには、それらの研究者との交渉機会を見いだすことが難しく、その来日招聘を実現する可能性も期待できない。個人的なつながりの重要性を軽視できないからである。そして、当然のことながら、学術の交流を通しての個人的な交友関係の樹立・保持・発展には、日本の研究者の国際的舞台における研究成果の公表が契機となって、初めて道が開けてくる。「多くの研究者が日常的に国際的な場に出入りしていることが肝要」なのである。けれども、本来の研究能力の他に、このような国際的な活躍を期待できる“国際的に通用する言語能力”を備えた、研究者の組織的な養成に、日本の学会・学界は一体どれ程の努力を費やしてきたであろうか。確かに、国庫補助について、欧文による研究成果公表を重点的に援助する方向が打ち出され、若手研究者に対する在外研究出張の機会も、以前よりは格段に好意的な条件で与えられてはいる。しかし、より緊急の課題は、公開の会議の場における、例えば英語による高度の口頭弁論・討論の能力の開発・育成である。一部に英語による授業・会議の導入が提案されるのは、こうした能力の開発・育成の効果をも狙ってのことであろうが、それだけでは極めて不十分である。遅くとも35歳前後までには、本来の国際会議における報告・討論の経験を数回程度は積ませるような、言語能力の点でも国際的に通用する研究者の、組織的な養成システムの構築が、日本に多くの国際会議を招致するためにも、強く要請されるのである。
国際会議開催のノウハウに関する情報の交換について、分科会報告書はそれが十分ではないことを指摘している。こうした情報の入手は、当該学協会事務局の熱意に懸かるところである。すでに相当の経験を積み、蓄積のある学協会も少なくない。実際上の問題は、どのような学協会が蓄積を持っているのか、この点の情報の所在であろう。日本学術会議は、その登録学術団体の動向について公式に知りうる立場にあり、それらが如何なる国際会議の経験あるいは計画を持つかの記録を事務局に備えている。当該事務局が個別の会議の準備方法を具体的に指導することまではともかく、手元にある登録団体の国際会議開催予定あるいは実績に関する資料に基づき、同一の部又は関連のある研究連絡領域の中の蓄積のありそうな関連学協会を紹介することは、可能であろう。当該の関係学協会が相互に連絡をするまでの仲介を上記事務局が果たすことによって、国際会議開催のノウハウに関する情報の交流を促進することが出来る、と思われる。この点の実行可能性は、早急な検討課題の一つである。
さらに報告書は、国際会議の準備・運営のために、多数の優秀な研究者が、過大な奉仕を強いられる実態を伝えている。このような実態を知れば、誰しも国際会議・招致・開催への意欲を無くしてしまうであろうことは、疑いない。しかし、現下の日本の状況では、学術的な国際会議の準備・運営を受託して研究者の要求を満足させられるような、民間業者は未だ見あたらない。一方では、報告書の紹介する国際天文学会連合総会のように、準備に費やした努力自体が、日本の当該分野の研究者自身の発展及び同分野の研究の振興に、役立つ側面も見逃せない。
将来的には、学術の振興を目的とする非営利法人への国家的支援をより充実させ、それらの国際交流活動の強化を図り、国際会議の準備・運営の指導・協力を分掌する独立の部門の設置を可能にさせるような方法が、考えられる。もともと営利を目的とする民間業者に多くを期待することは妥当ではない、からである。
残るは、国際会議開催のための資金調達の問題である。学協会が国際会議の開催を目的に資金の調達を図る場合、第一には当該の会議への参加者から徴収する参加費、次いで主催団体である学協会の資産からの拠出金、第三には会員の個人献金、さらに国庫や国際交流の支援を目的とする基金などの財団からの助成金、これらを以て充当し、なお不足するときには、文部省以外の関係官庁又は一般企業などからの支援を仰ぐのが、通例である。企業からの支援に関しては、その直面する経済状況の如何に左右され、これに重点的に依存することは危険である。仮に企業からの協力・寄付を求めるとしても、学会の要請に無制限に応じるものはない。バブル期の中でも経済団体の寄付一般に対する対応は厳しく、国際会議への寄付協力を、参加登録料の2分の1までとし、その上限は五千万円までとするという、ガイドラインが設けられていた(経済団体連合会・1990年6月「寄付金斡旋のガイドライン」第3項)。とは言うものの、金額的には企業からの支援が不可欠であるとするならば、結局は、日本経済の活性化こそが日本で国際会議を開催するための前提条件になると、言わねばならなくなる。ただ、この線に沿って考えてみても、関連企業との間に平素より緊密な関係を持ちうる、応用科学の研究団体の場合はともかく、純粋科学の純粋な学術集会に対しては、この種の協力を期待することは不可能であるという事実に、どのように対処すべきか問題であろう。その学術研究の目的又は方法が原因で、性質上、小規模の団体以上には成り得ない学会もある。これらの学会の国際会議には、学会自体の資産拠出能力、参加者人数などからして、資金の自己調達の甚だ困難なものが少なくない。他方、これらの団体の主催する会議は、往々にして一般企業の興味を惹くものがほとんどなく、一般企業からの賛助を得ることも難しい。このような団体に対しては、優先的な国庫補助が不可欠であると思われるが、そうした施策が現実に実行されているか、なお検証が必要である。
以上のような諸問題を真剣に考慮し総合的に検討すると、「一層多くの国際会議を日本において開催する」という方針の実行可能性について、現在の情勢の下では、克服すべき相当の障害があると、判断するに至っている。分科会報告書の指摘するとおり、研究者個人の海外渡航費・滞在費・会議参加登録料の負担能力、会議開催準備に要する諸種の負担軽減、会議開催への外部からの助成・支援・協力獲得の可能性、これらを勘案すると、むしろ、東南アジア諸国などにおける会議の開催を直接的に支援し、そこへの日本人研究者の積極的な参加を推進することの方がより実際的であると、いえることが少なくないように思われる。
しかしながら、国際会議の日本での開催が日本社会に対して与える教育効果、より一般的にはデモンストレーション効果といわれる側面を無視できない。先に指摘された日本という国の持つ地理的不利益は、外国人研究者を日本に招致する場合のみならず、日本人研究者が外国に出かけるときにも、逆方向に機能する。出かけ難いという意味においてである。この様な条件の下では、特に経済的に余裕のない若年層の研究者に対し、参加のための海外渡航費用の不要な国内開催は、研究課題選定又は課題追究上の良質の刺激を居ながらにして享受しうる、恰好の機会を提供できるからである。また、当該課題と関連のある国内産業関係者及び関係官庁に対しても無視し得ない影響を及ぼすことが可能であり、さらにはマス・メデイアを通じて一般人にも、学術の成果の社会的な意義を伝達・広報する契機となりうるのである。必ずしも純粋の学術的な会合ではなかったが、地球温暖化防止を目的として平成9年に開催された環境関連の京都会議、最近では、平成12年3月に東京で開催された遺伝子組換え食品の安全性に関する国際基準策定についての国際会議、などの実例を想起すれば、国内開催の効果如何は容易に了解できるであろう。こうした意味において、前述のような努力を惜しまず準備・運営する意欲のある学協会の熱意のこもった国際会議の国内における開催に対し、国家としての財政的な支援を一層強化し円滑な開催を奨励することも、忘れられてはならないのである。さらに間接的な要素ではあるが、前述の観光的誘因を考慮するならば、訪れて鑑賞する価値のある日本固有の文化遺産のより効果的な広報に、しかるべき日本の機関・団体が一層の努力を払うことが望まれる。
4 まとめに代えて(付言)
学術研究の貴重な成果が人類共通の遺産(Common
Heritage of Mankind)であることは、言うをまたない。問題は、それが必ずしも万民の共有するところとなっていない、という現実である。より深刻なのは、自らがそのような状態に在ること自体に、無知であることであった。このことが、今や、地球と人類とをその存続の危機に曝している。ようやく今日に至って、そうした無知の状況を自覚するようになり、その克服への意欲が万民の心のうちにも高まりつつある。日本学術会議が自ら確認し決意したように(平成11年10月27日・第131回総会「日本学術会議の自己改革について(声明)」5.1.1、「日本学術会議の位置付けに関する見解(声明)」2,4,5)、そこに結集する全ての学協会は、科学の成果を万民の現実かつ日常的な共有物とするために、科学知識の一般的な普及について、これまで以上に実効的な活動を重ねる責務を果たさねばならない。そのための具体的な第一歩を直ちに踏み出すことが必要である。
本委員会の海外調査班の英国における調査活動の中で、特にBritish
Association for the Advancement of Scienceが行っている科学の普及における科学者の積極的な貢献の実績に触れ、この点に関する日本の科学者の取組みをあらためて反省する機会を得た。この問題は本委員会の本来の任務又は今期の活動方針を超えるものではあるが、たまたま調査班が最も感銘を受けたところでもあるので、ここに特に記しておきたい。
Z 長期構想分科会報告書
はじめに
長期構想分科会は、国際学術交流・協力に関する課題や問題点を国際的な環境条件の変化に照らして吟味し、長期的な視野に立って、新しい視点からの対応策を検討するに当たり、特に第16期第6常置委員会よりの申し送り事項のうち留学生問題とサバティカル制度を取り上げて検討・審議を行った。
検討・審議に当たっては、本分科会の委員による討議に加えて、(1)有識者からのヒアリングにより情報を収集し、また、(2)イギリス及びフランスにおいて現地調査を行い、これらの資料に基づいて、本報告書を以下のとおり取りまとめた。
1 有識者に対するヒアリングの実施
実態の把握に努めるため、国内では、外部の有識者を招聘あるいは訪問し、通算して3度の情報の収集を行った。
第1回 1999年4月21日 16:00〜18:00
講師 元東京日仏会館フランス学長、早稲田大学助教授アンサール・オリベエ氏
留学生問題については、フランスにおける現状の説明がなされた後、近年植民地を中心に減少傾向にあるが、フランスの存在感を示すために留学生の受入れを増やすことが必要であるとされ、また、その場合、先進国やアジア(台湾・マレイシア等)など将来性のある国からの受入れの必要性が意識されていたことが指摘された。
サバティカル制度については、フランスでは、サバティカルを取る権利があるわけではなく、希望者の申請により認可されるが、その手続きはかなり詳細に決められており、また、大学は教育に専念するところであるから海外留学は困難であるのが実情である。
第2回 1999年6月11日 13:30〜15:30
講師 ブリティシュ・カウンシル英国留学情報室室長高橋みのり氏
主としてイギリスの留学生問題について、特にブリティシュ・カウンシルの活動の現状について紹介があり、その活動はイギリス政府の支援を受けて、文化、教育、科学、技術など幅広い分野でイギリスに関する理解を深める目的で行われており、我が国においてもイギリス留学に関する助言や情報の提供の面で大きな貢献をしていることが説明された。
第3回 2000年2月23日 14:00〜16:30
訪問先 財団法人日本国際教育協会
説明者 日本国際教育協会理事長 小林 敬治氏
同席者 同 常務理事 若林 元 氏
同 事業部長 武井 一美氏
同留学情報センター主幹補佐 小山 国男氏
日本国際教育協会の組織と事業について簡単に説明が行われた後、日本への留学生数が伸び悩んでいる理由としては、@経済的理由が最も大きいが、同時にA日本の大学の体質にも問題があることが指摘された。すなわち、留学生の約90%が東南アジア出身者で占められているが、これら地域の経済事情の回復が思わしくないことが大きく影響しており、また、我が国の大学における留学生受入れ態勢たとえば、入試制度やカリキュラムなどに問題があることが大きな原因となっているとされた。同協会は、こうした状況に対応するため「日本留学のための新たな試験」の開発を検討しており、また、現地で入学資格が得られるようにすることによって、大学において留学生を受け入れ易い体制をつくり上げることが望ましいとしている。同協会は、文部省の外郭団体であり、その指導と援助を得て、外国人留学生に対する福祉・援助事業の中枢的な実施機関として、留学情報の提供・留学相談、短期留学の推進、フォローアップ事業、国際交流支援など幅広い活動を行っているが、その性格上、また、予算上の制約もあって、対象は国費留学生に重点が置かれており、留学生会館の入館者のうち私費留学生は1割程度であり、また、帰国留学生のフォローも国費留学生が中心で、私費留学生の帰国後の動静の把握が事実上困難なため行われていない。しかし、予算や人員の制約にもかかわらず、外国人留学生の受入れは世界平和に貢献するための国の重要な施策の一つであるという観点から同協会が果たしている役割は大いに評価されるところである。なお、その活動をより効果的たらしめるためには、留学生を受け入れる大学等の理解とより積極的な協力の必要性が強調された。
2 イギリス、フランスにおける留学生問題及びサバティカル制度の実情
1999年11月21日から11月28日にかけて、第6常置委員会から3名の委員がイギリス及びフランスにおける留学生問題及びサバティカル制度の現状調査を行ったが、本分科会からは宇南山委員と福井委員が参加して当該国の実情について調査を実施した。その調査結果は、次項「3 留学生問題とサバティカル制度の問題点と課題」において参考資料として活用されている。
3 留学生問題とサバティカル制度の問題点と課題
(1)留学生問題
@ 国際学術交流全体における留学生受入れの意義と課題
21世紀に向けての我が国の存立と繁栄は、諸外国との円滑な関係の維持・発展に依存しているといっても過言ではない。したがって、各分野における国際交流を通じて諸外国との間に相互理解を増進し、相互信頼に基づいた友好・協力関係を築いていくことが極めて重要である。
国際学術交流には、学生、大学院生、教員それぞれのレベルにおける受入れと派遣、国際共同研究、学会を通じての知識・意見交換などさまざまな形態が考えられる。その中で、学部、大学院レベルにおける留学生受入れは、異文化の理解を含めた相互の刺激と学問研究の向上、とりわけ長期的視野に立ってみた場合の将来的な研究仲間の醸成など、グローバル化しつつある環境で研究を進めるこれからの若者たちにとって、日本側、外国側共に大きな利益をもたらすものであり意義は大きい。柔軟な思考能力を持つ若い世代から受け入れるという点で学部レベルにおける受入れの意義は大きいし、また専門知識をある程度持った育成途上の研究者に対して効率的な支援をするためには大学院レベルの受入れも大いに意義がある。特に、お互いの接触の度合いの高い大学院レベルでの経験は、より効果が大きいと思われる。課題は、いかにして優秀な学生を集めるかにある。
A 日本への留学生数が近年伸び悩んでいる要因
我が国は、1983年以来、いわゆる「留学生受入れ10万人計画」に基づき、留学生交流に係る諸般の施策を総合的に推進してきたが、我が国の高等教育機関(大学の大学院、学部、短期大学、高等専門学校及び専修学校[専門課程])に在籍する留学生数は、1995年の53,847人をピークにここ数年減少傾向にあり、1998年5月1日現在51,298人となっていた。
文部省によれば、留学生数が停滞していた原因としては、アジア諸国の経済危機、我が国の景気低迷を始め、留学生のニーズの多様化、外国における我が国の留学情報の不足、母国での日本語教育体制の不足のほか、我が国の大学等の教育・研究指導体制の不備、留学生の経済的負担の大きさなどがあげられており、これら多くの要因が複雑に絡み合って生まれてきた結果であると考えられる。
文部省統計によると留学生数の伸びは、1978年から1982年までは対前年比1,000人以下であったものが、1983年から1988年までは対前年比2,000人から3,600人前後となり、さらに1989年には5,600人、1990年には10,000人を超える伸びを示したが、1991年から1993年には4,000人弱から3,000人台に減少した。さらに1994年には1,000人台、1995年には僅か60人の増加にとどまり、1996年・1997年には対前年比減少に転じ、1998年にはようやく下げ止まりとなり対前年比251人の微増となったが、留学生数の多い韓国や台湾等については依然として減少している。また、国費留学生数は1978年の1,075人から1998年には8,323人と一貫して順調な伸びを示しているのに対し、私費留学生数は、1978年の5,844人から1998年には41,300人と大きく増加しているが、その伸びは留学生総数の伸びと全く同様の傾向を示しており、したがって私費留学生数は、1994年の45,577人をピークに減少に転じている。しかも出身国別留学生数をみると、中国・韓国・台湾からの留学生は全留学生数の74.7%を示している。また、専攻分野別留学生数をみると、社会科学専攻の留学生数が全留学生数の29.8%、人文科学専攻の留学生数が21.5%と両者を合わせて51%以上を占めていた。
以上を観ると、日本経済のバブル期に、特にアジア諸国からの留学生、しかも社会科学及び人文科学専攻の留学生数が急増しているが、その中にはいわゆる便宜的留学すなわち在学中あるいは卒業後の日本での就労の便宜等を理由とする留学生が少なくなかったのではないかと考えられる。もし、そのようであったとすると、留学生数の急増は一時的な異常現象であり、1996年以降1998年までの留学生数の伸びの停滞は、ある意味ではむしろ健全化・正常化を示すものとして受け止めることも可能である。しかしながら、一定の時期に日本社会が巨大な吸引力を持っていたことは否定できず、問題はその吸引力の根源をより知的・学術的なものとする努力を重ねることであろう。その後は、文部省の調査によれば1999年には、一転増加に転じ、前年の1998年に比べ4,457(8.7%)の増加を示し、過去最高の55,755人(1999年5月1日現在)となっている。その要因として、@1998年7月の総理の指示等を踏まえて行われた各施策の効果があったこと、A各大学等における国際化の進展や留学生受入れ体制の整備・意識改革等が急速に進んでいること、B入国・在留管理の改善が行われたこと、があげられている。しかし、増加数を留学生の出身国・地域別でみると中国・韓国・台湾3国合計で全体の80.3%(3,579人)などアジア地域が大半を占めており、したがって増加の主たる要因は、アジア各国の経済危機が一段落し回復に向かいつつあることによるものとみることもできる。
以上のような情勢の推移を総合的に勘案し、冷静に考察するならば、結局のところ、21世紀を展望した留学生政策の展開に当たっては、単なる量的拡大ではなく質的充実への重点の転換を図るとともに、時代の変化に対応した新たな施策の総合的な推進が望まれるということになるであろう。
B 留学生受入れ促進のための方策
21世紀はコミュニケーションの時代であるといわれる。したがって、そこでは民族を超えて通じる外国語(英語等)と国境を越えて通じるインターネットは不可欠であるとされる。しかし、それらはあくまでも手段であって留学生受入れに当たっては情報手段とともに人の問題、すなわち人と人の心のふれあいによる人間形成の面も十分に考慮されなければならない。むしろ、人の問題こそ留学生受入れ促進のための方策の基本的視点でなければならない。
a 21世紀の留学生受入れ促進政策の基本的あり方
(a)量から質への転換
21世紀における留学生政策は、アジア諸国からだけでなく全世界の国や地域から優れた留学生をいかにして我が国に引き付けるかという観点から、より積極的な方策を講ずる必要がある。そのためには、量的拡大を図るよりも知的分野での新たな国際貢献に役立つ優れた留学生の受入れという質的充実に重点を置くことが必要である。このことが結果的に留学生や派遣国の信頼と評価を一層高めることになり、ひいては留学生数の量的拡大につながることになると思われる。
(b)大学院留学生の教育体制の拡充
文部省の調査によると、大学院への留学生は順調に増え続けており、1999年には2万2千人を超え、10年前の2倍に達している。特に、近年、従来の理工系技術者の養成のほか、母国の将来を担う指導者や高度専門職業人の育成など、その目的も多様化してきており、社会科学系の大学院への留学生の受入れの促進が図られ、国庫補助も拡充されてきており、理工系が中心であった日本の大学院への留学情勢に変化をもたらしている。したがって、21世紀における留学生政策としては、各分野における知日派エリート候補生を育てることによって対日理解促進とともに、知的分野での新たな国際貢献を共に担う人材養成に役立たしめるための大学院教育に最もふさわしい受入れ体制の充実強化が必要である。
(c)留学生受入れ体制の改革と質的充実
留学生政策のより効果的な成果を期待するためには、留学生の受入れ機関である我が国の大学及び大学院が欧米の大学及び大学院に比肩しうる質の高い教育研究機能を備える必要があり、そのためには、大学及び大学院の質的拡充のための構造改革の推進が望まれる。また、入学試験制度の改革も必要である。さらに、留学生の経済的・社会的支援体制の充実と一本化が図られなければならない。
b 留学生受入れ促進のための具体策
留学生受入れ促進のための長期的視点に立った方策としては、以下のようなことが考えられる。
(a)的確な留学情報の提供
一般には、留学情報が不足しているとは考えられないが、ただ必ずしも正確な情報が十分に提供されないために、志と目的を全うできなくなる学生もいるので、本人の必要とする情報の的確かつ十分な伝達が不可欠である。
留学関係の情報提供責任は、受入れ機関が特定された後は、専ら当該受入れ機関が責任を持って対応すべきところであるが、それ以前にも一般的な情報を、この点で有意義な活動を展開している(財)日本国際教育協会と連携し、日本の海外出先機関(大使館・領事館・ジェトロ現地事務所など)においても入手できるよう適宜な措置を講じておく必要があろう。その際には、例えば以下の様な点に関する正確で詳細な情報を、より実質的に準備しておくことが望ましい。
授業・実習・学内における諸手続き・諸施設利用の際など、学内外における学生としての日常生活に不可欠な主要言語は日本語であること;ことに、人文・社会科学系の学習に当たっては、相当の日本語能力(高等学校卒業程度)を備えていない限り、満足な学習が不可能であること;これらの分野における学位の取得に必要な論文の作成及び口述試験の使用言語は、日本語に限られること、;などである。さらに、学位取得に必要となる外国人留学生にとっての平均所要年数(各分野ごと);一般的な在学・在籍年限超過後の身分・地位及び在留資格の変更・延長を含めた入国管理行政運用の実態(留学生の家族の処遇を含む);主要都市における標準生計必要経費及び住居の確保条件;病気・自己などの危急時救難救助体制・同必要経費;これらについても了知させておくことが必要である。
今日では、こちらの情報を各大学は自らのホーム・ぺージ(英語版)によって海外に発信できる状況にある。したがって、少なくとも英語版においては、通常の教学関係の案内のみならず、上に例示された学習に付随する事項に関しても、特に、留学生の日本社会において遭遇することのありうる必ずしも好意的ではない情報に関しても、適宜、素直に提供をしておくことが要請される。
場合によっては、これを明示することによって、日本への留学意欲を減退させる結果を招くことは否定できない。けれども、そのことはまた、留学生を日本に吸引するには何れを改善すべきかを的確に見極める、有効な手がかりを、われわれに提供することになるであろう。
(b)留学生受入れ体制及び手続きの整備
留学生受入れを促進するためには、まずそのための人的・物的設備の整備・充実が必要である。
ア 留学生の受入れ機関の認定・指定制度導入の当否
留学生受入れは、今後日本の大学が直面することが確実な少子化対策の一環として安易に行うのではなく、受入れ体制の質的向上の確保、受入れ責任の完遂を保障するためには、国際的に評価の高い人材が配置されており、研究教育施設・設備が充実している所に限定することの当否を含めた検討が必要であると思われる。
イ 留学生担当専門業務職員の養成と配置
留学生の日本語教育の問題や専攻分野における学術的研究・学習支援だけではなく大学キャンパス内外における生活支援も必要である。すなわち、留学生が日本文化と生活習慣に習熟する以上に、受入れ側で彼らの言語・文化と生活習慣に精通していなければならないが、そのためには英語だけでなく、中国語、韓国語などに堪能な事務職員の養成と適正な配置を心掛け、そのための国家的企画と制度作り並びに予算措置が望まれる。
ウ 留学生に関する手続き簡素化と制度の改善
特に医・歯系における「外国医師・外国歯科医師臨床修練制度」の手続きに見られるように、一定の学習・実習に国家その他から公的に認定・認可された資格を要する分野があり、その分野においては、その入国前・入国後の手続きが複雑煩瑣であり、手続きの簡素化、特に外国で取得している資格等に基づく活動の承認を含めた制度の見直しが必要である。
(c)奨学金等経済的支援策の充実
ア 学内外の支援体制の整備の充実
留学生の安定的な社会生活の保障のためには授業料の免除、奨学金の交付などによって最低限度の衣食住を保障できる条件を整備することが必要であり、そのための直接的な留学生個人への支援のみならず、間接的に留学生支援団体への支援も不可欠であって、このための予算措置が望まれる。
イ 留学生全体に対する社会保障の国庫負担の実現
留学生の社会生活の安定を保証するため、少なくとも正規通常の修学期間中は日本国民に対して強制加入が要請されている各種保険への加入は当然であるが、同時に保険料の全額国庫負担を保障することが望ましい。
(d)留学生に対するサポートシステムの充実
文部省は、国際交流、産学官連携、情報発信の機能を有機的に連携させ、国公私立大学の留学生や外国人研究者との交流を含め、国内外の産学官の融合を図り、世界に向けた知的ネットワークの形成・情報発信の拠点を形成する必要があるという観点から、科学技術庁及び通商産業省が連携協力して国際研究交流大学村を建設するために、1998年度に補正予算を計上している。しかし、その目的を有効に遂行するためには、むしろ建設後の運営を効果的に行うための組織づくりが必要である。
また、大学によっては、例えば「東京大学外国人留学生後援会」(1998年7月発足)のように個別に留学生の学生生活を支援するための組織を有するところもあるが、その事業活動や対象学生は部分的であり、ここでも私費留学生は国費留学生に対し不利な状況に置かれている。
したがって、留学生の受入れから在学中の諸問題についてのアドバイス及び福祉に関するサポート等留学生に関する諸施策の計画・立案から実行及びフォローに至る広範囲の仕事を組織的・体系的・継続的に行うための機関の設置と充実強化が望まれる。
我が国においてはすでに昭和32年に文部省の外郭団体として「財団法人日本国際教育協会」が設立され、外国人留学生に対する福祉・援助事業を実施し、また、留学情報の提供・留学相談、短期留学の推進、フォローアップ事業、国際交流支援など幅広い活動を行っている。しかし、その予算収入のほとんど(92.3%)は国庫補助金に依存しており、大幅な予算の増額は早急には期待できない。したがって、留学生支援のための幅広い活動をより活発化し充実するためには、長期的に財政基盤の拡大・充実を図ることが必要である。そのためには、国庫補助金や寄付金だけではなく、会員制(留学生を受け入れている全国の大学・短期大学等及び賛助会員としての企業や留学生OB等)による会費の徴収やセミナー等の開催による収入など財源の一層の多角化を図ることが望ましい。
(e)宿舎等の物的設備の整備・充実
宿舎の問題は深刻である。文部省の調査によれば、公的宿舎入居留学生は全体の32.7%(18,210人)にすぎず、67.3%(37,545人)は民間宿舎・アパート等に入居しており、しかも民間の宿泊施設も必ずしも十分整備されているとはいえず、そのために、日本留学の印象を悪くする恐れがある。特に私費留学生に対する物的設備の整備は不十分である。公的宿泊施設のさらなる増設など住居環境の一層の改善を留学生受入れのための前提条件として早急かつ実質的に解決することが必要であり、そのためにこれまで以上の積極的な予算措置が望まれる。
留学生交流関係の国の予算は1997年度をピークとして減少しており、1999年度予算は1998年度に比べ2.9%増加したとはいえ、1997年度の94.8%(52,748百万円)にとどまっている。物的設備の整備・充実には当然国の予算の増額が必要とされる。
(f)留学後のアフターケアについて
留学生を通じた国際交流のより効果的な活性化を期するためには、帰国後のアフターケアとして、帰国後の活動状況の把握と持続的な交流支援関係を保持してゆくことが必要と考えられる。これらの事業については、現在(財)日本国際教育協会及び日本学術振興会においてある程度実施されているが、相互の常時密接な連携又は統一的な留学制度の確立によってより効果的に行うことが望ましい。
(2)サバティカル(研究休暇)制度と国際貢献
学術の国際交流と国際貢献のための時間的・経済的基盤を確保するための一つの手段として「サバティカル」制度が極めて有効なものであることは周知のとおりである。しかしながら、これが十分効果的に制度化されている大学・研究機関は必ずしも多くはなく、またその運用実態も各国・各大学等により同じではないと思われるので、長期的視点から、まずは、その必要性と充実化が強調されなければならない。もっとも、この制度は、研究者の所属が比較的長期にわたることを前提とする側面があるため、研究者や教員への任期制の導入、あるいはそれらの国際的流動性の高まりなど、新しい状況の下では、新しい視角からの検討が不可欠となってくることを看過してはならないと考える。
なお、「サバティカル」制度の制度化にあたっての問題点をあげれば、次のとおりである。
@ 本制度の意義
サバティカル制度は、一般に大学等において一定期間研究・教育に貢献したことに対する報奨制度として設定されているが、フランスでは特定のテーマの研究又は研究テーマを転換する場合に認められる。報奨制度として設けられている場合には、サバティカル制度とは別に在外研究員(海外留学)制度及び国内研究員(内地留学)制度が誤けられている。
したがって、学術の国際交流と国際貢献のために役立つサバティカル制度は同時に在外研究員制度と結びついた制度として設定することが必要である。
A 本制度の目的
学術の国際交流と国際貢献に役立つサバティカル制度は、研究・教育上の新たな視点・アイデア等が得られる機会を与え、大学教員又は研究者であることの魅力を高め、我が国及び関係諸国における研究・教育の推進と向上に資するものでなければならない。
B 対象者の資格要件
諸外国のほとんどは、大学においてフルタイムの教授・助教授・専任講師として継続して満3年ないし6年間勤務したものに対して本制度を適用し、3か月から1年間のサバティカル期間を認めている。したがって、サバティカルの効果的な国際的貢献を考慮した場合、大学及び研究機関の専任教員又は研究員に対して5年ないし7年ごとに6か月又は1年間のサバティカル期間を選択させることが望ましい。
C サバティカル期間中の給与等の支給
サバティカル期間中の給与等の支給については、諸外国においては給与の全額を支給しているのがほとんどであるが、国によっては賞与や手当は支給しないところもある。しかし、研究及び国際交流活動を効果的たらしめるためには、給与、賞与、個人研究費、図書予算その他専任教員又は研究員に通常与えられる勤務上研究上の諸条件について保障することが必要であり、特に在外研究員制度と併せ適用する場合には、さらに旅費と日当のほか特別研究費等も支給することが望ましい。
D サバティカル期間終了後の義務
サバティカル制度を報奨制度として設定しているところでは、一般に、サバティカル適用者は職務復帰後速やかに、サバティカル終了届を、所属長を通じて学長に提出するとともに、その期間の長短にかかわらず、原則として、職務復帰後満3年以上、在職しなければならないとしているが、その成果の発表は、必ずしも義務づけられていない。しかし、サバティカル制度をより効果的・有意義なものとするためには、その研究成果の発表を義務づけることが望ましい。
E 本制度促進のための課題と方策
サバティカル制度は、我が国を始め多くの諸国において一応制度化はされているものの現実には有効に運用されているところはほとんどないと言ってもよいというのが実情である。たとえばフランスでは、サバティカル制度は1984年6月6日に制定された法律によって規定されているが、実情は、学部長などの管理職や外国大学からの招聘教授及び外国大学の客員教授を兼務している者などは、適用資格を有していても辞退し、若い研究者にその資格を譲ることが行われるので、サバティカルを希望する者はほとんどその適用を受けられるが、希望者は必ずしも多くはない。その理由としては、aサバティカル期間中の講義の代行を引き受ける同僚がいないこと、b申請手続が厳しくなっていること、cフランスの大学はすべて国立で、教員は国家公務員であり、公務員として年間5週間の有給休暇が認められており、これを利用して自由な研究活動が可能であること、d出向制度があり、外務省・大使館・民間企業への出向が認められていること(この場合、報酬は出向先から受け取る。)、eサバティカル期間中は大学以外から報酬を得ることはできないこと、などがあげられる。イギリスでも、研究業績評価が厳しくサバティカル制度の適用を受ける余裕がなくなっており、又、産学協同で産業界において活動している者も多くサバティカル制度を利用する必要性があまりなくなっている。
そこで、サバティカル制度を学術の国際交流と国際貢献のために役立つ制度として確立するためには、次のような諸点について考慮することが必要であると考えられる。
(a)単なる大学への貢献に対する報奨制度としてでなく、在外研究員制度と結合させたより合理的な新しい観点にたったサバティカル制度を確立すること。
(b)できるだけ若手研究者に優先的に適用される制度とすること。
(c)サバティカル期間中カリキュラムに不都合をきたさないように、たとえばセメスター制度などの導入をはかること。または、サバティカル期間中の欠員補充について非常勤講師などの活用を制度化すること。
(d)サバティカル制度と研究業績評価との合理的関係を確立すること。
(e)サバティカル制度の適用申請手続の合理化をはかること。
(f)サバティカル制度を充実するためには、その財政的基盤を十分確立しておくこと。
上記の諸点は、一応教員・研究者の所属が比較的長期にわたることを前提としているが、教員や研究者への任期制の導入や国際的流動性の高まりなどの将来予想される新しい状況の下においても同様の指摘ができるものと考えられる。
日本学術会議第6常置委員会長期構想分科会 委員長 宇南山英夫 (第3部会員、高千穂商科大学教授) 委 員 福井 文雅 (第1部会員、早稲田大学文学部教授) ○場 準一 (第2部会員、日本大学法学部教授) 戸塚 績 (第4部会員、江戸川大学社会学部環境情報学科教授) 岸 輝雄 (第5部会員、工業技術院産業技術融合領域研究所長) 兒玉 徹 (第6部会員、信州大学繊維学部付属農場教授) 堀内 博 (第7部会員、東北大学歯学部教授) |
[ 短期・中期的具体案検討分科会報告書
1 はじめに
短期・中期的具体案検討分科会(以下「本分科会」という)では我が国の学術における国際的な課題で、近未来に対応を必要とすると想定される問題のうち、日本学術会議第17期の検討の基本方針に従って、我が国により多くの国際会議を招聘するための方策を模索することを重点課題として検討を行った。
この目的に沿って、本分科会のメンバーによる討議に加えて、(1)本分科会外の関連の有識者等から意見を伺い、情報を収集し、(2)国内の学協会向けに、過去5年間に我が国で開催された国際会議の現状と問題点についてのアンケート調査を実施し、(3)また、イギリス、フランスに赴き、これらの国で実際に国際会議の誘致のためにどのような方策がとられているかの現地調査を行った。
(1)関連の有識者等からの情報の収集
3回にわたって、分科会外から講師を招聘し、情報の収集等を行った。
第1回 1998年9月24日 13:30〜15:30
講師:(特殊法人)国際観光振興会 佐藤哲哉氏(海外誘致部長)他1名
資料をもとに、国際観光振興会、とりわけその1部門である国際コンべンション誘致センターの活動について紹介された。
この振興会の活動は同センターを中心に、国際会議の誘致についても精力が注がれているが、ここでいう国際会議は広い範囲に及び、学術に関する国際会議に特化した活動が行われていないのは当然である。実際、振興会には学術に関する国際会議については情報が不足している面があるし、学術に関する国際会議を主催する研究者側にも、この振興会の活動はほとんど知られていないので、今後は、振興会には学術に関する国際会議についても十分の配慮を期待し、学術に関する国際会議を主催する研究者側でも、振興会のよい点を最大限に利用できるよう、相互の情報交流が期待される。
第2回 1999年6月9日 13:30〜15:30
講師:(財)横浜観光コンベンションビューロー 佐久間健治氏(専務理事、パシフィコ横浜常務取締役)他1名
コンベンションビューローの一般的な活動についての紹介を受け、具体的に横浜コンベンションビューローが行っている活動について情報提供をいただいた。コンベンションビューローと呼ばれる組織について、国際会議のあらゆる面で補助的サービスが提供されていることが、これも学術に関する国際会議を主催する研究者側には周知されていないのが現実で、今後はこのような組織を十分活用できるように、組織についての広報活動も必要である。有料の会議委託業者との異同が十分理解されていない点は特に正確な広報を必要とする点である。
第3回 1999年9月21日 13:30〜15:30
講師:日本天文学会 有本信雄氏(第23回国際天文学連合総会組織委員会経理
委員長、東京大学理学部天文学教育研究センター助教授)
アンケートに答えた学会関係者のうち、国際天文学連合総会について、組織の実際の経験について、とりわけ今後開催を予定されている国際会議の準備等に参考になる事項が披露された。この国際会議については若手、中堅の関連研究者を中心に、手作りではあったが細心の注意を払った準備が行われた。その結果、経費についてもずいぶん節約ができ、開発途上国からの出席者や若手研究者への補助を行い、一般参加者にもさまざまな便宜を提供することができた。会議の雰囲気をよいものにすることで、会議の学術面でも盛り上がりを見た。しかし、準備に費やしたエネルギーは相当のものだった。この会議の場合はそのエネルギーが日本の当該分野の振興に資している部分があり、結果は大成功だったと評価できるが、費やすエネルギーが軽減されるなら成果は一層大きかったかも知れない。(この会議の場合、天皇、皇后両陛下の御臨席をいただいており、それがさまざまなプラスを生んだことも考えられる。)
(2)国内の学協会を対象にした国際会議に関するアンケート
日本学術会議の登録学術研究団体等計1381団体を対象として、過去5年間(1994年4月〜99年3月)の国際会議の実績とその問題点などについてのアンケート調査を実施した。回答数は685で、有効回答率は50.2%だった。アンケートの集計結果は別に資料として添付するが、その要点をまとめると以下のとおりである。
過去5年間に国際会議を開催した学協会は200(約29%)で、開催しなかったものが485だった。国際会議数は273で、2回以上開催した学協会も多かった。国際会議を開催した学協会のうち文系の学協会は36(51国際会議)だった。会議の規模:参加者数が5000人を超える大会議は3件で、500人未満の会議が全体の70%を占めていた。日中、日韓など2国間の会議が15含まれていた。所要経費の最高は7億4500万円(文系の国際会議の最高額は7487万円余)だった。複数の外国から計10人以上の外国人が参加した国際会議のうち、所要経費がもっとも少なかったものは65万円だった。
業者への一部委託:プロフェッショナル・コングレス・オーガナイザー(PCO)など、いわゆる会議業者に業務の一部を依託した会議は107(39%)で、文系の会議では僅か8会議(15.7%)だった。委託業者に支払った経費は全体の5〜20%のものが約半数の50会議で、20%以上を占める国際会議も23あった。
使用言語:ほとんどの会議は英語を用いており、特定の国との共同会議や、特定の話題についての会議等で、英語を用いない例もあった。会議の一部または全部に同時通訳を入れたのは71(うち文系13)会議だった。英語以外の言語で、同時通訳者を探すのに苦労した例があった。
国際会議の効果:国際会議開催の効果としては、「外国の研究者との連係、協力関係がより一層緊密になった」をあげる学協会が圧倒的に多く、241国際会議(88.3%)に及んだ。「当該国際会議で扱う研究分野の国内における研究水準が向上した」ことを効果としてあげた国際会議も124(45.4%)あった。
国際会議を開催しなかった理由:一方、過去5年間のうちに国際会議を開催しなかった学協会のうちにはそれ以前に国際会議を開催した学協会や、現在準備中のところが相当数あった。国際会議を開催しない理由を尋ねたところ、「国際会議を開催する経費、人手の手当ができない」と回答するところが圧倒的に多かった(315学協会中199.63%)。
国際会議開催のネック:この問に対しては、「国費補助が不十分なこと」「自治体補助が不十分なこと」「その他必要な資金(一般募金等)の確保が困難なこと」をあげるものが多く、開催経費の資金調達が組織委員会の最大難関だったことを裏書きする。一方、「国際会議の準備、運営のノウハウが不足していること」「会議場、宿泊施設等の情報が不足していること」などをあげる学協会は比較的少なく、これらの事項は、開催経験のある学協会にとっては障害となるほどのことではなかったという結果になっている。
我が国へより多くの国際会議を招聘するためにどのような対応が必要かという問に対しては、資金補助(とりわけ公的資金)に対する期待がもっとも大きかった。さらに、国際会議を開催した経験から、「申請手続きの簡素化」「申請時期の弾力化」「使途の自由度の拡大」「中小学協会への補助の拡充」「外国人への渡航費の補助、特にアジア人研究者への補助の拡充」「税制への配慮」「同時通訳への補助」等の点が指摘されている。
会議場の整備については、安く借りられる施設への期待が大きく、特に中小規模の安い会場がないこと、地方に適当な会場がないことなどが指摘された。宿泊施設については、大学の施設など安い宿泊施設への期待が大きいが、特に会場に便利で安い宿泊施設のないことが指摘されている。
人材確保について、有能な世話人の確保、外国語のできる若手の育成、大学事務担当者の英語能力の向上、などが期待され、また国際会議に貢献する研究者の時間的余裕が必要であるという指摘も多かった。一方、国際会議を活性化するのは、会議の内容を向上させることに尽き、優秀な論文がより多く発表されるように、日本人の研究レベルのさらなる向上が期待されるという基本的な指摘も少なくなかった。
ビザヘの便宜供与を期待する声も大きく、国際会議に対する公的機関の理解(たとえば市長招宴など)、マスメディアの理解(広報への支援)等が求められている。
国際会議のノウハウについては、補助の手続きを知りたい、安い会議委託業者を知りたい、経験者と交流したい、等の希望があり、国際会議対応の財団の設置が必要であるという意見もあった。
一方、この規模の国際学会を開いていないとする学協会のうちには、少人数の招聘、小規模で実施(外国人10人以下)を行っているもの、国内充実優先のもの、地域に限られた学協会(東北○○学会等)、学協会が新しくて国際会議を開くに到っていないもの等もあるが、国際学会が別にある学協会、国際会議は外国で開催するという学協会、ワークショップを毎年のように開いている学協会、さらに、外国で開く国際会議に参加することをすすめる学協会などもある。
(3)外国における国際会議開催の実情調査
1999年11月21日から28日にかけて、第6常置委員会から3名の委員がイギリス、フランスにおける国際会議の現状調査を行った。本分科会からは岩槻委員が参加して当該国における国際会議開催の実情等についての調査に従事した。この調査結果の要点は以下の通りである。
イギリス、フランス両国は学術の先進国であり、科学のレベルが高いことから、国際会議等は外から開催が期待されることが多く、研究者側では特に積極的な招聘活動などは行っていない。しかし、研究の推進のためには、各種の国際会議を開催することが効果的であることを認識し、負担になることは覚悟の上で、組織に貢献することが多い。
パリやロンドンは観光の拠点としても期待されるところであり、これらの都市で開催される国際会議には一般に参加者がそれ以外の都市で開かれる国際会議より多くなる傾向がある。当然、同伴者プログラムやエクスカーションにも十分な配慮がなされる。
イギリスでもフランスでも、国や公共団体の肝煎りで、国際会議の誘致に資料提供などの便宜が図られている。学術の分野での国際会議も観光の一端として誘致に取り組まれているようである。会場の設定や、宿泊などの便宜についての情報が整備されており、学術関係の国際会議を引き受けた研究者等も容易に利用できるようになっている。ただし、学術に関する国際会議にも、国や公共団体から直接の資金補助がなされるのは限られたケースのみである。(市長招宴などは頻繁に開催される。)
2 調査の総括と提案
以上の調査結果を踏まえて、学術に関する国際会議を我が国により多く招聘するためには、以下の諸点についての配慮が望まれる。
(1)我が国により多くの国際会議を招聘するためには、参加する外国人にそれだけの魅力を感じさせる必要があり、国際会議の内容の充実を計るべく、日本における学術研究のレベルのさらなる向上が期待される。また、日本の学術の現状を国際的に広く周知するためには、質の高い論文の発表と同時に、活動的な研究者が日常的に国際的な場で研究成果を公表し、議論に参画できるよう、研究者の国際 交流の一層の推進を図ることが肝要である。
(2)日本へより多くの欧米人研究者の参加を促すためには、渡航費、滞在費の補助が期待され、そのための資金調達が不可避となる。また、開発途上国の研究者に対する参加経費補助も避けて通ることのできない課題である。そのため、欧米で開催される国際会議に比べても、日本で開催するためには資金調達が大切な要件となり、開催経費の補助が強く期待される。
(3)学協会にはそれぞれ独自の企画の手法があるが、学術に関する国際会議の準備の要領については、学協会側も、支援組織側も、必ずしも情報交流に成功しているとは言えない。支援組織側にもすでに蓄積されている情報やノウハウがあり、この種の情報等がよりスムーズに学術に関する国際会議を準備する側に伝達されることが期待される。
(4)学術に関する国際会議を開催するためには、多数の研究者が長時間国際会議の準備に貢献することが求められる。それでなくても多忙で、日常的な業務によって研究時間を圧迫されている大学等の研究者を始め、優れた研究者が国際会議の組織運営のために研究に割く時間が大幅に減少することがないように、補助要員や資金面での特段の配慮を必要とする。会議委託業者は充実してきたが、それを利用するためには資金的な裏付けが必要であり、ほとんどの中小規模の国際会議では、依託するだけの資金の確保が難しい。
(5)我が国で国際会議を開催することによって、外国の研究者との交流が一層緊密になることは、すでにこれまでに開催された国際会議で実証されている。しかし、国際会議を開催するために要する費用や関係研究者の時間、エネルギーのことを考えると、若手も含めて日本の研究者が諸外国で開催される国際会議に参加する方が遥かに効率的である面も認められる。また、人物交流によって、多くの研究者が日常的に国際的な場に出入りしていることが肝要である。学術の国際化の一層の推進のためには、我が国により多くの国際会議を招聘することと平行して、若手を含めて、活動的な研究者がより多く外国で開催される国際会議に参加する機会が得られるような条件の整備が必要である。
日本学術会議第6常置委員会短期・中期的具体案検討分科会 委員長 岩槻 邦男(第4部会員、放送大学教授) 委 員 仲村 優一(第1部会員、淑徳大学社会学部学術顧問) 落合 誠一(第2部会員、東京大学法学部教授) 二神 恭一(第3部会員、愛知学院大学経営学部教授) 井口 雅一(第5部会員、(財)日本自動車研究所所長) 隆島 史夫(第6部会員、東京水産大学水産学部教授) P崎 仁(第7部会員、摂南大学薬学部長) |
\ 結び〜国際学術交流の今日的意義
「国際学術交流・協力の推進」という、日本学術会議にとっての古くて新しい検討課題を、グローバル化、科学技術革命下にある国際的環境条件の変化に対応した今日的状況を踏まえて審議し、その意義を明らかにすることが、当委員会に与えられたテーマであった。
具体的には、これまでも繰り返し取り上げられてきた留学生問題、特に外国から日本への留学生の受入れ促進策及びサバティカル制度、国際会議招致に関する当面の問題点の析出と確認が検討課題とされた。
学術における国際交流の基本的な要素は、「人」と「情報」である。留学も国際会議への参加も、「人」と「情報」の「領域・国境を超えた移動」として捉えることができる。それが国際学術交流の基本構造であるといえよう。
この学術交流の機会を量的な面で飛躍的に拡大することが要請されている。しかし、当委員会としては、量的拡大とともに、質的充実のために一層の力をそそぐべきことが強調された。
留学生制度を例にとれば、留学生を我が国に迎えるということは、留学生が国境を超えて我が国に移動し、そこで人間として社会生活を送るのであり、また、かなり多くの場合、留学生個人だけでなくその家族とともに社会生活を営むのである。このように、社会生活を送る人間として留学生を見る視点で彼らを支援する方策を、留学生制度の中に一層積極的におり込むことが、質的充実のための不可欠の条件になる。
国際会議を例にとれば、単に「情報」の伝達を目的とする会議であれば、インターネットの利用で事足りるかもしれない。国際会議の場で、特に若い研究者にとって、優れた知性との人的交流(スキンシップ)をもつ機会を与えられることが、彼らの全人的人間としての成長を助ける契機となるであろう。
国際学術交流の推進を、このような新たな視点で全体的に見直しをする重大な時期に我々は際会していることを確認し、共通の認識としたい。
] 付属資料
国際会議開催状況に関する現状調査
日本学術会議第17期第6常置委員会では、我が国により多くの国際会議を誘致する方策を検討する一環として、国内の学術団体等を対象に、過去5年間に我が国で開催された学術に関する国際会議の状況と問題点を把握するために、アンケート調査を行った。
調査は、短期・中期的具体案検討分科会で作成した原案に基づき、1998年11月20日に、日本学術会議に登録している1,221団体と、広報協力学術団体の160団体、計1,381団体に発送され、1999年1月14日を締め切りに集計された。
対象とする国際会議は1994年4月から1999年3月までの5年間に我が国で開かれたもので、外国からの参加者が10人を超えるものとした。実際に回答が寄せられたものの中には、外国人参加者が10人以下の国際会議も数件あったが、回答された学術団体が、ここでいう国際会議と考えらるものという理解で、本集計にはそのまま含めることとした。また、締め切り以後に到着した回答についても、集計に間に合ったことから、総べて本集計に取り入れた。
このアンケートを実施するにあたって、事務局の役割を果たされた日本学術会議事務局情報国際課国際交流係、アンケート調査に回答を寄せられた学協会、それに調査の集計に協力された立教大学理学部古賀野明子氏と東京大学大学院理学研究科岡田美智子氏に感謝する。
アンケート送出数 1,381
回答数 685(有効回答率 49.6%)
1 過去5年(1994年4月〜99年3月)の間に国際会議を開催されたこと(開催す
る予定)がありますか。
はい 200学協会(273国際会議) うち文系 36学会(51国際会議)
いいえ 485学協会
過去5年間に国際会議を開催(含む予定)した学協会の有無
回答総数685件
国際学会所要経費総額 学会総数268件
(コメント)予想されたとおりではあるが、資金不足を訴える結果がはっきり出ている。資金が確保されれば、一層多くの国際会議が日本へ招聘されると期待される。
一部にではあるが、ノウハウの不足を訴える学協会があり、そのための情報が不足していることが伺える。
(2)また、日本でより多くの国際会議を開催するために、今もっとも必要な施策は何だとお考えですか。複数ある場合は、順位をつけて上位3項目を列記して下さい。
この項目の回答については、表現が多様であるため、統計的な処理が不可能である。いくつかの項目にまとめて、回答の傾向を整理するに止めざるを得ない。
(A)資金補助に関する項目
最も要望の多い項目であった。特に、公的資金による補助への要望の数が多かった。
公的資金による補助につては、増額を求める意見だけでなく、(イ)申請手続きの簡素化、(ロ)申請時期の簡素化(国際会議は何年か前から準備をする必要があり、会議開催当年やその前年だけでなく、もう少し長い期間を通じての補助を求める声が少なくなかった)、(ハ)使途について項目ごとに縛られることが多く、経費の有効な使用の上から、使途の自由度を大きくしてほしい、(ニ)さらに具体的に、外国人への渡航費、滞在費の補助;アジア人研究者への補助;中小学会へも平等な補助;マンパワーの補助(バックアップ体制の整備);税制の配慮;出版助成;同時通訳補助、等への希望が多かった。
(B)会場に関する項目
学術に関する国際会議の多くは限られた予算の枠内で準備される。近時、日本国内にも立派な会議場がつくられているが、価格の点で利用できないことが多い。そこで、会場に関する要望では、使用料の安い会場、とりわけ中規模で使用料の安い会場への要望が大きく、さらに地方に適当な規模の会場を求める声も少なくなかった。
(C)宿泊施設
宿泊施設に対する要望も多かった。この場合も、価格の安い宿泊施設が少ないことへの不満が目立った。欧米で国際会議を開く時には、大学の寮などの施設を利用することが少なくないが、日本ではそういう機会は皆無である。また、会場に近接して価格の安い宿泊施設が得られることが少なく、安い宿泊施設を利用すれば、交通等で不便を感じることが多い現実が指摘されている。国際会議場に近くて、便利で安い宿泊施設を設けることが、国際会議の招致推進にとって大切な要件である。
(D)国際会議開催についてのノウハウに関して
国際会議を開催する学術団体等では、はじめての経験である場合が多い。世話をする学会等としては経験があったとしても、その時主体的に働く役員等にとってははじめての経験である場合がふつうである。そこで、国際会議開催についてのノウハウをどのように得るかが、会議を運営する担当者の課題である。近時日本にも国際会議等を支援するコンサル会社などができているが、一般にコミッション等が高く、利用できる国際会議は大形のものに限られる。さらに、コミッションを払っても、実際に支援できる事項には限界があり、結局は運営主体の研究者に負担がかかっているのが現状である。
そこで、このアンケートでも、コミッションの価格の低廉なコンサル会社への要望が強く、国際会議への対応ができる財団が必要という意見も少なくなかった。
さらに、経験者との交流を期待する意見も多く、補助の手続き等を知る機会が欲しいという意見が目立った。いっぽう、国際会議開催についての経験者の情報が欲しいという希望と並んで、自分たちの経験から、情報を求めている人たちにノウハウを伝授したいと奉仕を申し出る返答もあった。
(E)国際会議のための人材の確保
会議の運営に関わる人材についても多様な意見があった。(イ)会議の運営を担当する世話人の確保、(ロ)外国語のよくできる若手研究者の育成、(ハ)会議の運営に関わる研究者の時間的余裕の確保、(ニ)外国語のできる支援体制の整備(大学事務の英語能力の向上など)、等の意見が多かった。
(F)社会的な理解
学術に関する国際会議を開催するためには、国際的な常識に応じる社会での理解が必要な面がある。とりわけ強く指摘された点は、
(イ)ビザヘの便宜提供で、ロシアや中国などからの参加者については、事前に十分時間をとって申請していても、開催当日になってやっとビザが出たとか、会議が終わってからやっとビザが発給された等という例さえあるようで、この面での配慮が期待される。とりわけ、会議で発表を予定されている参加者が当日出席できないなど、会議の運営に関わる事例や、ビザの発給の遅延のために、日本で開催する国際会議に疑問がもたれる例さえあったようである。
(ロ)広報への支援体制も乏しく、マスメディアの理解はまだまだである。国外で開かれた国際会議の内容が紹介されるより、国内で開催される国際会議の内容などの紹介の方が少ないなどという皮肉な例も見られる。
(ハ)公的機関の理解の乏しさも指摘されるところで、ヨーロッパなどでは市長招宴が開かれるのが常識になっている(ロンドン、パリでの現地調査でも、会議誘致に関する機関の主要な用務のひとつはそのための日程調整であることが示されている)が、日本ではこのような事例は皆無のようである。
(G)その他
国際会議を日本へ招致するためには、日本の学術のレベルが向上することがもっとも大切な要件であり、日本人の研究の一層の向上が図られることがもっとも大切な点であるという当然の指摘もあった。
この規模の国際学会を開いていない学術団体等のうちには、国際会議開催に関心がないのではなくて、このアンケートで基準とされた規模(外国人10人以上、複数の外国からの参加)よりも小さい、少人数招聘の国際会議を開催した実績があるというところが少なくなかった。小規摸のワークショップを毎年のように開催しているという学術団体もあった。
いっぽう、国内での活動の充実を優先するという学術団体や、地域に限られた学会(東北OO学会等)であって、国際会議開催については当面は関心がないという学術団体もあった。また、学会が新しく、体制が整ってからの将来の課題であるという学術団体もあった。
さらに、登録学術団体等とは別に国際学会があり、その分野の国際会議は別の学会が主催しているという回答もあった。
国際会議を我が国に誘致するより、外国で開く国際会議に多くの人が参加する方が意味があると判断する学術団体もあり、もっぱら外国での開催に協力し、外国で開く国際会議に参加するという意見もあった。
(コメント)自由に記載するという方式だったために、回答の表現がさまざまで、意見を正確に集計することは難しかった。
回答のうちで目立ったのは、3(1)の回答にもまして、資金不足を訴える声が大きかったことである。これは、過去5年間が、不況と重なっており、民間からの寄付集めが非常に難しかった時期であることも理由の一つだったと推測される。具体的に、民間からの寄付は変動が大きいので、国費など、公的資金の補助を期待するという声も少なからずあった。
会計年度の縛り等が国際会議の運営に障害となっているという意見が多かったが、資金援助や会議開催についての情報の入手については、せっかくの情報が活用されていないことが浮きぼりされるところがあり、このための広報の必要が痛感される。
日本における文化、学術の社会における認識の低さは常に指摘されるところであるが、国際会議の我が国への招致についても、この点の改善が強く期待される目立たない条件のひとつである。
3 まとめと提言
本分科会では、アンケート調査と同時平行に、関係者からのヒアリングと外国(イギリス、フランス)における事情調査を行なった。ヒアリングは以下のような経過だった。
関連の有識者等からの情報の収集:3回にわたって、外部から講師を招聘し、情報の収集等を行なった。
第1回 1998年9月24日 13:30〜15:30
講師:(特)国際観光振興会 佐藤哲哉(海外誘致部長)他1名
資料をもとに、国際観光振興会、とりわけその1部門である国際コンベンション誘致センターの活動について紹介された。
この振興会の活動は、同センターを中心に、国際会議の誘致についても精力が注がれているが、ここでいう国際会議は広い範囲に及び、学術に関する国際会議に特化した活動が行われていないのは当然である。実際、振興会には学術に関する国際会議については情報が不足している面があるし、学術に関する国際会議を主催する研究者側にも、この振興会の活動はほとんど知られていないので、今後は、振興会には学術に関する国際会議についても十分の配慮を期待し、学術に関する国際会議を主催する研究者側でも、振興会のよい点を最大限に利用できるよう、相互の情報交流が期待される。
第2回 1999年6月9日 13:30〜15:30
講師:(財)横浜観光コンベンションビューロー 佐久間健治(専務理事、パシフィコ
横浜常務取締役)他1名
コンベンションビューローの一般的な活動についての紹介を受け、具体的に横浜コンベンションビューローが行っている活動について情報提供をいただいた。
コンベンションビューローと呼ばれる組織について、国際会議のあらゆる面で補助的サービスが提供されていることが、これも学術に関する国際会議を主催する研究者側には周知されていないのが現実で、今後はこのような組織を十分活用できるように、組織についての広報活動も必要である。有料の会議委託業者との異同が十分理解されていない点は特に正確な広報を必要とする点である。
第3回 1999年9月21目13:30〜15:30
講師:日本天文学会 有本信雄(第23回国際天文学連合総会組織委員会経理委員長、東京大学理学部天文学教育研究センター助教授)
アンケートに答えた学会関係者のうち、国際天文学連合総会について、組織の実際の経験について、とりわけ今後開催を予定されている国際会議の準備等に参考になる事項が披露された。この国際会議については、若手、中堅の関連研究者を中心に、手作りではあったが細心の注意を払った準備が行なわれた。その結果、経費についてもずいぶん節約ができ、開発途上国からの出席者や若手研究者への補助を行ない、一般参加者にもさまざまな便宜を提供することができた。会議の雰囲気をよいものにすることで、会議の学術面でも盛り上がりを見た。しかし、準備に費やしたエネルギーは相当のものだった。この会議の場合は、そのエネルギーが日本の当該分野の振興に資している部分があり、結果は大成功だったと評価できるが、費やすエネルギーが軽減されるなら成果は一層大きかったかも知れない。(この会議の場合、天皇、皇后両陛下の御臨席をいただいており、それがさまざまなプラスを生んだことも考えられる。)
また、外国における事情調査の経過は大要次のようだった。
外国における国際会議開催の実情調査
1999年11月21日から28日にかけて、第6常置委員会から3名の委員がイギリス、フランスにおける国際会議の現状調査を行った。本分科会からは岩槻委員が参加して当該国における国際会議開催の実情等についての調査に従事した。この調査結果の要点は以下の通りである。
イギリス、フランス両国は学術の先進国であり、科学のレベルが高いことから、国際会議等は外から開催が期待されることが多く、研究者側では特に積極的な招聘活動などは行なっていない。しかし、研究の推進のためには、各種の国際会議を開催することが効果的であることを認識し、負担になることは覚悟の上で、組織に貢献することが多い。
パリやロンドンは観光の拠点としても期待されるところであり、これらの都市で開催される国際会議には一般に参加者がそれ以外の都市で開かれる国際会議より多くなる傾向がある。当然、同伴者プログラムやエクスカーションにも十分な配慮がなされる。
イギリスでもフランスでも、国や公共団体の肝煎りで、国際会議の誘致に資料提供などの便宜が図られている。学術の分野での国際会議も観光の一端として誘致に取り組まれているようである。会場の設定や、宿泊などの便宜についての情報が整備されており、学術関係の国際会議を引き受けた研究者等も容易に利用できるようになっている。ただし、学術に関する国際会議にも、国や公共団体から直接の資金補助がなされるのは限られたケースのみである。(市長招宴などは頻繁に開催される。)
以下に、アンケートの結果とヒアリング、海外現地調査の結果をまとめる。
(1)本アンケートを通じて、我が国の学術団体の間に、より多くの国際会議を日本へ招致することについて、積極的な取り組みが見られることが明かとなった。このことは、アンケートヘの回答率の高さと、回答の内容の双方から伺えることである。
我が国における国際会議開催への希望は、我が国の学術団体等が積極的に開催を求めることと同時に、国際社会から日本開催を求められる圧力も大きいのが現実である。国際学術団体が日本開催を希望することは、日本の学術のレベルの高さを評価されている部分が顕著であるが、それと同時に、経済大国である日本で開催することにより、発展途上国等からの参加に便宜が図られることが期待されている部分のあることも否定できない。日本の学術に対する支援体制の不十分さが国際社会で十分に理解されているとはいえず、国際社会に理解を求めると同じに、国内における不健全さの解除に一層の努力が必要である。
学術団体等の積極的な志向と、実際の取り組み、さらに国際学会等からの強い期待とにかかわらず、国際会議を開催する客観的な状況は必ずしも好転しているとはいえないことも、調査の結果明らかになったことである。
(2)国際会議開催への志向の強さに比して、会議開催のノウハウについては、関連の学術団体等の間で情報が不足していることも明かとなった。
第17期第6常置委員会短期・中期的具体案検討分科会では、アンケート調査に平行して、関連機関等からの聞き取り調査を行ったが、(特)国際観光振興会と(財)横浜コンベンションビューローからのヒアリングによって、アンケート調査の結果と提供されている便宜供与との落差が目立っており、学術団体等がこれらの機関をより有効に活用し、スムースな国際会議の運営が行われるように、さらなる情報の提供が必要であることが明かとなった。
(3)我が国における国際会議に対する支援体制が十分でないことが、実際に国際会議を開催した経験から明らかにされた。このことは、イギリス、フランスにおける聞き取り調査の結果と対比させても明らかである。もっとも成功した国際会議のヒアリング結果からも、我が国で開催される国際会議の成否は、中堅若手の研究者のボランタリーな協力にかかっており、当該分野の研究の一時的な停滞を代償にして運営されていることが明らかである。
支援体制のうち、経費の補助一般に加えて、経費の使用法の弾力化、低廉で便利な会議場、宿泊設備の充実、地域の学術に対する関心(ヨーロッパでは市長招宴などの行事がふつうに開かれ、会議参加者と地域との交流が図られる)などの具体的問題が提起された。
(4)国際会議に求められる情報の交流そのものは、電子メディアなど情報交流の方法の進歩に支えられ、必ずしもたくさんの人を一堂に集める必要がなくなっているという分析もある。いっぽう、情報が溢れる現状では、現に活発に研究を推進している人と肉声で語り合うことにより、創造的な発想がもたらされることが期待され、国際会議開催への希求はますます強くなっている面も広く認識されている。有能な研究者が運営の雑務で研究時間を圧迫することなく、有益な国際会議が開催されるようより積極的な支援体制の確立が望まれる。
(5)我が国に国際会議を誘致し、諸外国から優れた研究者を日本へ招き、若手研究者を含めてさまざまな分野の日本の学会等に強い刺激を与えることは、日本の科学の発展のために有益なことであるが、それと同時に、外国で開催される国際会議等に、若手を含めて日本の学術関係者がより多く出席することも、我が国の学術の発展のために極めて有益なことである。諸外国の研究者集団と直接に話し合った経験が、当該の研究者にさまざまな学習効果を与えるに止まらず、その研究者が国際社会で受け入れられやすくなる効果もあり、日本の学術が国外にも一層よく理解される効果をもたらすと期待される。言葉の障壁等によって、日本の学術が国際社会へ受け入れられるのには欧米社会における学術研究とは違う要素があることは否定できず、その壁を破るためにもより多くの日本人研究者が外国で開催される国際会議等に出席する機会を与えられることも重要なことである。近時、とりわけ若手研究者の国際会議等への参加に配慮が払われる事例が増えつつあることは望ましいことであるが、さらに飛躍的な機会の増大が図られることが期待される。
(6)第1、3項に関連することであるが、国際会議開催についても、つきつめると日本の学術が日本の社会に広く受け入れられていない現実に直面する。分科会の外国におけるヒアリングの過程で、イギリスのBritish
Association for the Advancement of Scienceの現状を知る機会があったが、イギリスでは、科学者が一定の割合いで科学知識の普及に貢献することが求められており、この貢献度が大学の評価の項目に加えられ、その結果は研究費等の査定の基準ともされる。我が国においても、近時、科学者の社会的責任のひとつに社会教育に対する貢献が期待され、大学における公開講座など、科学知識の普及に相当の努力が払われるようになった。しかし、これらは個別のボランタリーな努力に期待されているに止まっており、全国規模で計画的にすべての科学者が協力する体制とはなっていない。日本学術会議はその機構の責任からも、我が国の科学者が科学の社会への普及に貢献できるよう、メディアや公共団体等の協力と科学者の組織づくりに貢献することが必要であろう。
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