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目次

内 容

1.はじめに

2.大学における研究スペースの現状
2.1概況
2.1.1 大学の規模拡張に大幅に遅れた施設の充実
2.1.2 大学等の施設の老朽化、狭隘化の現状
2.1.3 大学院拡充による狭隘化の進行
2.1.4 今後の見通し.大学院拡充により予測される施設面積の不足
2.1.5 不充分な建物改修費、先行投資

3.研究環境アンケート調査結果の考察
3.1 研究室等の面積
3.2 研究室等の面積が少ない理由
3.3 不足しているスペース
3.4 新たな研究設備の設置スペース
3.5 日本学術会議第14期第3常置委員会による調査結果との比較

4.各専門分野別研究室スペースの状況
4.1 化学関係の実験環境に関する調査結果
4.2 化学以外の理工系関連研究室の実情
4.3 人文社会科学系における問題点
4.4 生物系実験室の実情
4.5 国立大学附置研究所における状況

5.他省庁の研究機関における状況
5.1 国立試験研究機関における状況

6.外国の大学における実情との比較
6.1 米国における施設整備の状況
6.2 他の外国における研究環境

7.科学技術基本法と学術研究環境
7.1 科学技術基本計画の策定と計画実施状況
7.2 大学側にも責任

8.まとめ

付属資料

1.人文・社会科学関係
1.1 研究スペースの経済学
1.2 慶應義塾大学(人文・社会科学系)の状況
1.3 人文・社会科学系におけるスペース問題の深刻化
1.4 人文・社会科学系におけるスペース問題の深刻な事例

2.化学関係研究環境(実験スペース、安全性)に関する化学系学科専攻主任のコメント
2.1 スペース関係
2.2 安全関連(高圧ボンベ等)
2.3 安全関連(危険物取り扱い等)
2.4 安全関連(毒物、劇物取り扱い)

3.電気情報系関連研究室の実情
3.1 電気系関連研究室の実情
3.2 情報工学系研究室の実情

4.生物関係実験環境
4.1 共通する全般的状態
4.2 資料の保存、保管を必須とする研究領域
4.3 優れた研究拠点の充実
4.4 病院
4.5 オープンラボの提案
4.6 農学系における問題点

5.研究環境に関する日本学術会議のこれまでの取り組み

6.平成5年2月25化学研究連絡委員会報告

7.国立大学附置研究所における状況−東北大学における現状−

8.地震による危険

参考資料


付属資料1 人文・社会科学関係

1.1 研究スペースの経済学(大山道廣委員)

 研究環境は、経済学的には研究のための公共財(public goods)としてとらえることが出来る。公共財は、社会的なニーズが高く、多数の人々によって共同利用され、しかも固定費がかさむ(あるいは規模に関して費用が著しく逓減する)ため、市場を通じた個人ベースの支出では十分な供給が確保できないような財である。公共財の例としては、道路、港湾、鉄道、国防、警察、消防、公園、学校、博物館、図書館などがあげられる。一国の財政の重要な課題は、限られた予算をこれらの公共財の供給にいかに効率的に配分するかである。公共財に対する社会的ニーズは時代とともに変化する。従来、重視されてきた地方の道路、港湾、鉄道などの供給は相対的に高い水準を実現し、その限界的な便益が限界的な費用を下回るようになってきた。最近では、都市圏のインフラ整備、情報通信、ヘルスケア、環境サービスなどを支持する公共事業の立ち遅れが指摘されている。大学や研究機関の研究環境も、社会的ニーズに比べて供給が過小になりつつある事例のひとつである。なかでも、研究スペースの不足はとりわけ顕著であり、その克服が急務となっている。

 研究環境の構成要素には種々のものがある。具体的には、研究者ないし(その卵としての)大学院生の質と員数、個々の研究者が利用出来る研究スペース、研究者に一括して与えられるパソコン、本棚、机、椅子などの設備・備品、秘書・研究補助員などの研究支援サービス、さらにはイントラネット、インターネット、図書館、資料室などの研究インフラ、研究者を高いレベルに維持するための組織的な仕組み(たとえば業績主義による給与やポジションを差別に付与するインセンティブ・メカニズム)など、多くのものが考えられる。研究者が個人的に購入する設備・備品、書籍、文房具、資料などは研究環境とはいえないが、そのための原資となる研究費の支給体制は、研究環境の重要な一環である。

 このように、研究環境という公共財も多様であり、限られた予算をこれらの間に効率的に配分することが必要である。研究スペースが重要な研究公共財であることは確かだが、あくまで他の研究公共財との相対関係において考察されなければならない。その場合、社会的ニーズ、予算規模、スペースと他の公共財の相対費用(価格)、他の公共財との代替性、補完性、研究領域の特性などが重要な考慮事項となる。たとえば、社会的ニーズから研究者や大学院生を増員する必要があるとすれば、それと補完的な研究スペース、実験設備などを増やさなければならない。この場合、研究環境予算を増やすことが望ましいが、それは政府予算や他の公共財のニーズを勘案して決められるべきことである。仮に研究環境予算の増加が不可能だとすれば、研究スタッフの員数とそれほど補完的でない他の研究公共財、たとえば共用の図書、資料、コンピューター設備などの手当は薄くせざるを得ない。

 予算規模が所与であれば、スペースの単価が他の研究公共財にくらべて高いところでは、研究スペースおよびスペース補完的な公共財(たとえば大型の設備)を少な目に、他のスペース代替的公共財(たとえばパソコン)の供給を多めに手当するのが効率的である。具体例としては、地代の高い大都市中心部の研究機関について考えてみよう。このようなケースでは、スペース集約的な研究環境を構築することは一般に得策ではなく、(1)あまりスペースを必要としない研究領域に特化する、(2)スペース節約的な研究設備(たとえば多数の研究者が共同で利用できる研究設備)を導入する、(3)研究棟の高層化をはかる、(4)地代の低い都市周辺部や地方に移転する、といった対策を講じるべきである。

 実際の研究環境は、必ずしもこのように経済合理的に設計されているとは言えない。自然科学系や人文社会科学系の一部の研究領域や分野で、研究スペースの不足が共通の深刻な問題として取り上げられているのは、予算規模が小さすぎて最低限必要なスペースすら確保できないか、何らかの理由によってスペースヘの予算配分が過小になっているためではないかと考えられる。前者の場合には総予算規模の拡大が必要であり、後者であれば予算配分の修正が求められる。スペース不足を考察するに当たっては、これら2つの要因を峻別するとともに、両者が併存する場合にはそれぞれに配慮した総合的な対策を講じる必要がある。

1.2 慶應義塾大学(人文・社会科学系)の状況

 慶應義塾大学三田キャンパス(文学部、経済学部、法学部、商学部)では、すべての学部の研究者を一括して収容する研究棟がある。各学部の研究者数と研究室の割り振りは次ぺージの表の通りである。

 研究室の面積は16.38m2、約5坪。研究室の利用状況は学部によって異なる。文学部はスタッフ数が研究室数を大幅に超えているため、1人室が69、2人室が18、7人室が1となっている。経済学部では4人室が1、他が1人室、商学部では2人室が3、他は1人室、法学部ではすべて1人室である。

           研究室数       スタッフ数
文学部        88          112
経済学部       66          68
法学部        69          64
商学部        61          61

 研究棟1階には、受付、共用の談話室1、共用会議室4、小会見室2、名誉教授室1がある。研究棟地下には訪問研究者のための研究室が6室あり、現在11名の研究員によってシェアされている。また、古文書室、心理学実験室、各学部の小会議室がある。この他、別棟に大学院生の為の研究スペース、産業研究所、地域研究センターがあり、それぞれ若干の研究室、会議室を持っている。

 文学部に見られるように、全体としてのスペースは明らかに不足している。他の学部では助教授以上のスタッフ全員に個室が当てられているが、現在のスペースはパソコンや増加する文献・資料を収容し切れなくなっている。とりわけ、文献研究、データベースの構築が必要な領域(学説史、経済史、実証分析等)ではスペースの問題はきわめて深刻である。あるスタッフは、自弁でトランク・ルームを借りて、あふれた文献・資料を保管している。訪問研究者のためのスペースも十分とは言えない。すべての研究者に対して原則として同じスペースが与えられているため、個々のニーズとの間のミスマッチがあることも問題である。

 一般に、人文社会科学系では、米国にくらべて従来は大学院への進学率が低かったが、所得水準の上昇、文教政策の転換、それにともなう入試の緩和などの要因によって、最近大学院生が急増しており、彼らの研究スペースの狭隘化と大学院教員の不足が重大な問題になっている。慶應義塾大学も同様の問題に直面していることは言うまでもない。

 他の研究公共財については、共通の図書費が利用可能であるほか、申請ベースで研究費が査定の上支給される。共通の秘書サービス、研究助成サービス、インセンティブ・メカニズムはなきに等しい。研究領域によっては、欧米の大学にくらべて、スペースよりもこうした研究支援体制の不足ないし欠如が痛感されている。尚、理工学部、医学部については、人文社会系にくらべてスペースの不足は遙かに深刻と言われている。

1.3 人文・社会科学系におけるスペース問題の深刻化
   (名古屋大学文学部 辻敬一郎教授まとめ)

1.「書架・書籍・机」−文系研究環境のイメージ−
 人文・社会科学系においても、理学・工学系と同様に「スペース問題」はきわめて深刻である。国・公・私立を問わず、いわゆる文系の部局では、予算額と研究室面積の基準が理系部局と異なる値に設定されていた上、近年の学問状況の変化によって、その研究環境はもはや放置できないまでに劣悪化している。

 それにもかかわらず、文系の研究室といえば「書架・書籍・机」というイメージが依然として根強く、実情についての正しい認識・理解が得られにくいので、すこし現状を説明しておく必要があろう。

2.個室中心の研究環境−その経緯と問題点−
 心理学・地理学などの一部の実験系専攻を別とすれば、旧来の人文・社会科学の多くの分野では個人研究が中心であったが、それには次のような大学の事情によるところが大きかったと思われる。

 いま人文学を例にとれば、欧米先進諸国では複数の学部として並立している哲学・史学・文学・行動科学系の個別学問分野が、わが国の国立大学の場合、小規模な文学部の1〜2小講座(教官数にして2〜4名)に圧縮されているのが実情である。そのため、同一講座に所属する教官が共通の研究課題を扱うよりも、それぞれの専攻領域をもつことによって相互補完的な教育研究活動を行うことを優先させるという教室運営方式を選択せざるをえなかった。

 学問の方法論的性格に加えて、この事情もまた活動の「個別化」、研究環境の「個室化」を促し、それが学部や講座内の研究連携に抑制要因としてはたらいてきたように思われる。

3.大学の組織改革と研究環境−不協和発生の現状−
 20世紀最後の四半世紀の間に、新たな学問的要請によって、旧来の教育研究の見直しが行われるようになった。多くの大学で学部改革が行われ、小講座を基本単位とする「個別学問分野並立型」組織から大講座化をともなう「分野統合型」組織への移行が進められた。

 それにもかかわらず、研究環境(ハードウェア)が改善されない現状では、新たな教育研究体制(ソフトウェア)を充分に機能させることができない。

4.文献研究も座学ではない−新しい教育研究環境スペースの設計−
(1)歴史学系の場合:主として文献学的方法に依拠する学問分野においては、一次資料の保管と利用が大きな問題となりうる。ここにいう一次資料とは、たとえば日本中世史研究において、その時代の社会制度や民衆生活を記録した古文書のように、事象を再現するために欠かせない原資料をさす。その種の資料は寺社などに残る貴重なものであるにもかかわらず、二次・三次資料としての印刷物としばしば混同され、その扱いに充分な配慮がなされていない場合が少なくない。

 この種の資料については、長らく専門家による内容解読がおこなわれてきたが、近年そればかりでなく、文字やその筆跡を画像処理して書かれた年代を特定するなど、旧来とは異なる資料の処理法が導入されるようになった。

(2)心理学や社会学など行動科学系の専攻においては、最新の情報環境にキャッチアップできる研究環境づくりが求められている。たとえば膨大なサンプルを対象に意識調査資料を得る場合とか、社会的相互作用や集団現象のシミュレーションにゲーミングの手法を用いる場合などのように、コンピュータ・インターネット上の情報交換を活用することが有効だと考えられるので、旧来とは異なる方式の研究環境設計が必要となろう。

(3)以上に紹介したのは、人文学諸分野の集合体である文学部の例であるが、教育・法・経済学部などの場合も現状にはさほど違いはないと思われる。学問動向に即応するように研究環境を整備することは、人文・社会科学系部局に共通の緊急かつ最重点の課題である。大学は資料の積極的活用に道を拓く一方で、収蔵・作業・解析・機器操作などに充てることのできるスペースをぜひとも確保しなければならない。その意味で、単に個室を教員数に応じて配置するというような対策ではなく、理学・工学系の実験室に匹敵する人文科学・社会科学系の研究環境の改善が強く要請される。その際、部局ごとにではなく、学問の性格に照らして研究環境モデルを設定することができると考える。

1.4 人文・社会科学系におけるスペース問題の深刻な事例(岩崎委員)

 他の研究分野とくらべて人文系の場合は、国立大学共同利用機関、大学付置研究所など研究所の数は多くはない。教育と研究の場が一体となっている学部・学科など教育組織と研究所などの研究環境は、いくぶん異なっている。

 東京大学史料編纂所は、東京大学の付置研究所として明治期以来一貫して『大日本史料』や『大日本古文書』などの根幹的史料集の編纂出版事業を継続してきただけでなく、近年は史料学や画像史料解析などの新研究分野の開拓において学界をリードする活動を行ない、また、各種史料の収集・整理、情報化のめざましい進展によって「開かれた史料情報センター」としての実を備えるにいたった。しかし、平成9年3月に実施された東京大学史料編纂所の「外部評価報告書」によれば、「スペース問題」はきわめて深刻で、施設面の老化・劣悪化が進み、新しい種々の事業展開を阻害していることが指摘されている。例えば、歴史資料の情報化の面で、東京大学史料編纂所は先鞭をつけた研究を進めているが、新たなコンピュータ関連機器を導入する場合もスペースが不足し、研究室ばかりか閲覧施設部分にまで溢れている。また、大量かつ貴重なマイクロフィルムを収集・保存しているが、空調管理を必要とする重要なマイクロフィルムの保管設備がきわめて劣悪な状況にあることも憂慮すべき事態である。

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付属資料2 化学関係研究環境(実験スペース、安全性)に関する化学系学科、専攻主任のコメント

 1995年度の日本化学会教育研究基盤調査委員会のアンケート調査3の際、化学関係学科主任、専攻主任に研究環境に関するコメントをお願いした。以下は、その中の実験スペース、実験環境に関する各主任から寄せられたコメントの要約である。

2.1 スペース関係

○学生数が多いところは学生用の机がないケースが多い。
○合成を主とする研究室では実験台のスペースが大きく、自分用机を持たない場合が多い。
○有機化学系と物理化学系で学生居室の態様がかなり違う。前者は実験室=居室で、後者は測定室と居室を別にしている。
○実験系と非実験系とでは大きく状況が異なる。共通機器・大型機器などの設置スペースを別途保証する必要がある。
○大学院専任講座(改組によって新しくできた講座)には部屋がない(0m2)。教授室(29m2)だけを何とかひねり出したが実験室は他の研究室を借りている。
○NMRの測定室は全く居室には使えない。実験設備の大きさによって自由面積に大きな差が出る。
○有機化学系研究室の方が、自由面積も机の数も少ない。

2.2 安全関連(高圧ボンベ等)

○法令で定められている規定数量をはるかに上回るボンベがある。これらの解決手段としては、専用ボンベ置場からの配管設備の敷設が必要であるが、管理者の問題も含め現時点での見通しは明らかでない。
○高圧ガスボンベの専用保管場所の数が少なく、屋内配管ができない。
○ボンベの専用保管場所を作るようにいわれているが、予算がない。
○常に消防署より改善の指導がなされているが対応できていない。スペースと予算がないため。
○全く無防備で他大学から来た者には恐ろしい気さえする。
○ボンベを保管場所から実験室に移動する要員と設備の不足から実験室にボンベを放置することが多い。ボンベ用のリフトの設置を要求しているが、ここ5年間実現していない。
○今後特殊ガスの使用が多くなることが考えられる。そのため安全管理について充分の配慮が必要である。
○スペースがなくどうしようもない。

2.3 安全関連(危険物取り扱い等)

○専用保管庫の購入予算と設置場所が不足している。近年の危険物取り扱いに見合った予算措置が必要。
○予算が大幅に不足している。
○保管庫がないため、本来保管庫に保管すべき溶媒・薬品を実験室内に持ち込んで保管している。
○危険物薬品の保管場所の不足。
○保管量に対応する防災区画や倉庫がつくれない。
○廊下に薬品棚、溶媒を置いている。薬品倉庫を別棟に設置できると良い。
○スペースの絶対的不足。廊下に障害物(ロッカー・冷蔵庫・書棚)が置いてある。
○研究室が狭いため、危険物を廊下の戸棚に保管してある例がある。研究室の面積を大きくすることは緊急の課題である。
○廊下に物品を置いているが部屋が狭くてもちこめない。
○廊下に(戸棚等)物を置いてはいけないといわれているが、それ以外に置くところがない。

2.4 安全関係(毒物、劇物取り扱い)

○毒物・鉱物の専用保管庫の購入予算と設置場所が不足している。近年の危険物取扱いに見合った予算措置が必要。

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付属資料3  電気情報系関連研究室の実情

3.1 電気系関連研究室の実情(東工大荒井滋久教授まとめ)

 電気系に限られることではないが、1970年代以降、わが国の高度経済成長期には、欧米の科学技術に比肩できるような教育研究水準を実現することを目的に、新分野の設置や科学研究費の拡充が行われてきた。コンピュータの出現と情報化時代の発展に伴い、1970年代中頃から情報工学や集積回路分野の研究教育環境拡充のため新学科や新コースが電気系学科に併設されるようになり、入学学生定員も当時に比べて現在ではほぼ倍増している。また、科学研究費等の公的研究費の拡充により、大学で研究教育に携わる教官自らのアイデアを実証するための実験装置・設備の導入が著しく進んだ。しかし、半導体材料・磁気記録材料およびそれらを用いる電子・光デバイス等の試作研究にはかなりの大型装置や多くのプロセス装置等が必要であり、従来の考え方による基準面積では対応不可能な大きな研究スペースや安全に研究するための実験環境が必要となっている。また、コンピュータ教育や半導体デバイスおよび集積回路試作実験等、学部教育課程における実験・実習内容の更新や学生定員の増加に伴い、必要となる学生実験室スペースも増大している。

 特別なクリーンルームを配した実験棟や研究センターとしての建物が僅かながら整備されつつあるものの、現在の研究スペースの不足分解消に対しては焼け石に水の状態であり、ほとんどの教官は居室スペースを削って実験スペースに当てているのが実情である。一方、現在では個人個人が机上にパソコンを置かないと勉学・研究に支障をきたす状況になっているにも拘わらず、所属する学生1名あたりの居室スペースは1970年代以降下降の一途を辿っている。典型的な居室スペース1単位(約20〜25m2)あたり8〜10名の学生および研究者が机を並べている現状では、外国からの客員教授・客員研究員受け入れをも躊躇せざるを得ない状況にある。「技術立国日本」の重要性が唱えられて久しいが、将来それを支える学生に対する待遇は年を重ねる毎に悪くなっている。

(東京工業大学電気・情報系では、輪講室の利用最終時間枠を従来の7−8時限(午後4時30分)〜11−12時限(午後7時30分)まで増やすことによって、それまで10部屋あった輪講室を5部屋に減らす努力をしてもなお、教授には4単位、助教授には3単位のスペース配分しかできず、昨年の新任助教授3名には2単位しか配分できない状況になった。教官が学生あるいは実験装置と同居せざるを得ない状況も生まれつつある。)

3.2 情報工学系研究室の実情(東工大三平満司助教授まとめ)

 情報工学系における研究室スペースの実情について、新設の大学院専攻である、東京工業大学情報理工学研究科の例について述べる。

 東京工業大学の情報理工学研究科は1994年に工学部と理学部の一部を大学院重点化として改組することにより発足した研究科である。改組による研究科であるため、発足当時は新任教官分の面積が十分に手当されなかった問題や、ある専攻では研究室がキャンパスの最南端から最北端まで分布したためにまとまりのある教育環境構築が困難であったなどの問題があり、研究科棟の建設は研究科の願いであった。そのため建物の概算要求を繰り返した結果、1997年から3期に分けて大岡山キャンパスに新棟を建設し、それを情報理工学研究科が使用することとなった。このように新棟が建設されることにより、十分な研究環境が保証されると研究科では期待していた。事実、研究室のほとんどがOAフロアになるなど設備の点では使いやすい建物になるように設計されている。しかし、面積の点では下記のような理由により期待ほどは改善されなかった。

  1.建物高層化によるトイレ・階段・エレベータなどの共通部分の増加
  2.高度情報化による計算機ネットワークのための共通スペースの増加
  3.学内措置等による研究スペースの削減

 情報理工学研究科棟は11階建てで、1フロアの面積が少ない。しかし、各フロアに必要なトイレ、エレベータ、階段等の共通部分面積は建物の高さに関わらず一定であり、また、上下水道のためのパイプスペースなどはかえって増加する。単純計算でも、建物の高さが2倍になればこのような非居住共通部分は2倍強になり、研究室の面積を圧迫することになる。また、近年の高度情報化により計算機ネットワークはライフラインとも呼べるものとなっている。しかし、これを建物に敷設するためには電気配線と同じようなパイプスペースと共に、サブネット化するためのルータやサーバをおくための共通スペースが各フロアに必要となる。これらも研究スペースを圧迫する原因となっている。限られた敷地で新築が行われる場合には、高層化、高度情報化が進めば進むほど研究スペースが減少することを認識し、それを考慮に入れた建物面積を算定することが必要であると考えられる。ただ、新棟で面積が期待するほど改善されなかった理由は上記のような物理的理由のみではなかった。学内の諸般の事情により大学の全学事務の一部と学部の講義室が新設の建物に収容されることになり、建物の10%程度が研究科外で使用されることとなった。この研究科外使用の妥当性を知るために建物の面積算定基準を事務に問い合わせたところ、これは丸秘で公開不可とのことであった。

 この例を見れば建物建設により研究環境(面積)が改善されるためには、次の点に留意する必要があることを指摘したい。

1.建物固有の問題(例えば限られた敷地面積上での高層建築等)や高度情報化による共有スペースの増加を考慮した建物面積算定の必要性。

2.建物建設に関する情報を公開し、各部局に与えられた面積が基準値をどれだけ満たしているか等を教官側で検討できるようにすること。

3.事務局の基準面積を従来より広くし、教務を含めた事務局の使用する面積が研究スペースを圧迫するようなことが無いようにすること。

 特に3に関して、本学の事務局が狭い面積で苦労を強いられていることを明記したい。特に現状の教務課では面積不足と窓口不足により学生サービスの面で支障をきたしていること、これを改善するためには教務課のためにデザインされた広い新たな面積が必要となることは理解できる。また、現状の事務局に対する基準面積は学生サービス等の面でも不十分であることも理解できる。事務局に対する基準面積を広げることは学生サービスを充実させる意味でも、また、研究スペースを事務が圧迫することが無いようにするためにも必要不可欠な措置であると考える。

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付属資料4 生物関係実験環境 (菅野、星、岡野委員コメント)

4.1 共通する全般的状態

1)新しい学問の急激な進展に伴って、
  (1) 新しい機器の設置
  (2) 特殊な部屋(DNA組換え室、クリーンルーム、細胞培養室など)の設置
  (3) コンピューターなどの通信機器の設置
 が必要となり、スペースが大変狭くなっている。新しい機器を置くスペースがないところも多い。コンピューターに占領されデスクが狭くなっている。

2)研究者数の増加:大学院生、研究生、留学生、パートの技術者などが増加して、働くスペースが狭くなっている。

3)事務的、秘書的業務が増え、パートの秘書が必要となっている。このためにスペースをとられている。

4)研究の進展のスピードが早く、機器等の改良が早いので、大小種々の機器はすぐ古くなる(まだ使える)ので、新しいものを買うことになり、不必要に機器が 並ぶことになる。

5)したがって、廊下にもモノが溢れ、消防署といざこざが絶えない。

6)多くのところでは、現在使っていない(まだ充分使える)モノを格納する場所がない。結局捨てることになる。

7)先人の(いや現人のものでも)貴重な研究資料や記念すべき機器、道具など(archives)を保存すべき場所がない。これらの文化的資産・遺産はみすみす捨てられている。したがって、学問の歴史や伝統を伝えることができない。その結果、本当の学問を産み出すことがきないでいる。

8)知的空間の確保:研究活動をすすめる上で欠かせないラボ以外の、談話室、読書室、図書室、セミナールーム、快適な食堂などの知的空間の充実が、今後の日本の科学の創造に不可欠と考える。これらは、ラボや事務室の拡大によって消滅しつつある。

4.2 資料の保存、保管を必須とする研究領域

1)医学歯学系
  (1) 私の属する病理学では、ヒトの疾患材料(手術、切除、生検、解剖などの材料)とその記録を長期間保管しておく必要がある。
  (2) 臨床医学では、患者の記録、写真、フィルム等々膨大な関係資料を長期間保管する必要がある。

2)生物学、農学、薬学系の学問でも、動植物体、水産物、種子、微生物等、その変異体、さらに多くの化合物、合成化合物などは整然と保管され、いつもリファレンス可能にしておく必要がある。以上の資料の保管とその利用は大きいスペースと人力を必要としている。これらの学問は、かつては枚挙の学として軽視され、経済的支援もなく壊滅状態に陥りつつある。

3)古い学問に新しい波
  このような古い学問といわれる領域が、バイオテクノロジーの進展、殊にゲノム解析の進展によって様子が一変しつつある。学問的には生物の発生、分化、進化、多様性の研究が花開くことになる。一方、有用遺伝子の探索、有用変異体の作成、疾患因子の解析と治療法の発見などが期待され計画されている。また、遺伝子資源として人類共通の財産であり、国策上からも重要である。しかし、これらを新しく生かすためには、これらが整理され、使える状態にしなければならない。現状は極めて憂慮すべき状態である。これに関連して、博物館、水族館、植物園の充実も必要である。

4.3 優れた研究拠点の充実

  日本に多くの優れた研究拠点がある。そこでの研究スペースについてみてみたい。名前を上げた方が分かりやすいと思われるので、必要に応じて名前もあげることにする。

1)優れた研究所
  東京大学医科学研究所は、日本最大の生物医学系研究所で、世界的に知られた優れた研究所である。寄付講座もあり、スペースも他に比して大変恵ま れている。岡崎の基礎生物学研究所、三島の国立遺伝学研究所もこのグループに属するといってよい。しかし、ゲノム研究、ゲノム発生学、構造生物学、 脳研究などの新しい学問に本格的にかつ体系的に取り組もうとするときスペースが圧倒的に足りない、新技術、新しい機器を揃える場所がなく、国際的レベルで新しいサイエンスに対応できない状態にある。対応には、基準面積などにとらわれない国レベルの大所高所からの研究推進方策の実行が必要である。なお、地理的にみて、大阪大学微生物病研究所、九州大学生体防御医学研究所も、上記3研究所並の拡大充実が望まれる。

2)狭いスペースに苦しむ研究所
  東京大学分子細胞生物学研究所、広島大学原爆放射能医学研究所をはじめ、多くの大学附置研究所では優れた研究がすすめられている。しかし、過去に新事態に対応するため改革を繰り返し講座数が増したが、施設がそのままであるため、一講座当りのスペースが減少し、細分化に苦しんでいる。これら の多くは、施設も古くなっており、新築、改築などの根本的対応が必要である。その際、基準面積にとらわれない措置が必要である。

3)優れた研究室
  優れた業績を上げている大学等の研究室の担当教官は、大型研究費の配分、企業との共同研究などによって研究費、新しい機器、研究者、研究補助者にはあまり困らない状態になってきたことは喜びに耐えない。しかし、スペースの狭さに苦しんでいる。基準面積は満たしているのだからどうにもならないと事務当局にいわれ正式に取扱ってもらえない。そこで一時しのぎにプレハブなどの研究スペースを増やすことになる。プレハブは仮設物であるから認可を受けないで済むという利点がある。事務的にも建てる場所さえあれば、この方法をすすめることになる。結果的には、企業のサポートで安易に一時しのぎに対応しようとすることになる。このため、国による施設拡充という正式ルートを通して、マシーナリーを動かす方策を自分から閉じていることにつながっている。これは由々しきことである。この風潮は断固断ち切る必要がある。日本でも本格的な格調高い産官学の共同体制の確立が緊急であるが、プレハブ対応は、これを矮小化し阻害するもので賛成できない。あくまでも緊急避難に過ぎないと認識すべきものと思う。

4)以上、見てきたように、優れた研究をすすめるためには、その場所、ラボを充実することが必要である。これは、画一的スペースを原則としてきた従来のやり方ではダメであることを示している。基準面積に縛られるのではなく、優れたところを大きくするという不平等主義、能力主義に立脚しなければならない。これは国際的ルールでもある。この考え方は、これまでの学術会議の平等主義と違うことかもしれない。もしそうだとすれば、学術会議の方を変える必要がある。おそらく現在でも全国を足して割れば、平均してみればスペースは充分間に合っているのではないかと思う。

4.4 病院

 大学病院を中心とした研究病院のことは第4常置の外のことであるかもしれないが、現在から将来へのトレンドについて簡単に記す。

1)病院では、入院患者1人当りのベッドとその周囲の空間(床面積)を単位スペースとしている。日本の医療は、総ての人への低コストと充実した診療を特徴 としているが、日本の病院は、患者を大部屋にギュー詰めにしている、といわれてきた。米国と比較すると、欧米の方が2倍程度広いという印象を多くの留学生は持っている。欧米の人の方が身長も幅も体重も大きくベッドサイズも大きい必要があるが、ともかく空間に余裕がある。

2)日本でも、最近は患者のアメニティやプライバシーの点から、 (1)床面積を広くして患者の空間を拡げる(例えば1床当り6m2から8m2)、(2)いわゆる大部屋をやめて4床室くらいにし、便所も共同から小人数用の分散便所にする。(3)看護単位を70床から60床へ、さらに50床へ小さくして、より充実したきめ細かい看護を行うようにする。このため、ナースステーションの数も増やす必要がある。(4)救急治療室の1床当り面積を広くする。(5)緩和ケア病棟(病室)の設置など終末期医療の充実をはかること。

 等々が望まれている。このため病院は、スペースの拡大が要求され、看護要員の増加が必要になる。厚生省は、保険の支払いによって拡大したスペース分をカバーすることにしている。事実、このために内部改装を行っている病院があり、新築病院はこのガイドラインに従う形でつくられていることが多い。

3)病院は、病床数に応じたパーキングスペースを用意すること、病院の大きさに応じて緑の木を植えることなどが決められているなどの来院の便、環境の保全に配慮することになっている。

4)地域の病床数
 厚生省の指導の下、都道府県の衛生部が中心になって、地域の病床数の制限、すなわち、人口当りの病床数の基準化が行われており、自由に病院をつくることはできない。医療費抑制と共に医療の適正化を計るためであるとしている。

4.5 オープンラボの提案

 科技庁の科学研究費の中に、狭義の研究費のみならず、研究者、研究補助者の給料、研究スペースの借料までを含む年限付の丸抱え方式がある。これは、一種のベンチャー型研究費といってもよいだろう。

 この方式は、これまでの文部省の固定的な科研費制に楔を打ち込んだもので、風通しをよくする効果がみられている。ある組織で、無理にでもスペースをつくって、それまでになかった研究グループを招いて、その組織の活性化を図ろうとする気運が少しずつできてきている。

 外国の研究所や日本でも企業研究所などで、新しく研究棟をつくるとき、1〜2のフロアーを空けておき、将来の発展に備えるやり方はこれまでも一般的であった。これは自社の発展を予定したものだったが、今は、室貸しと一緒にこれまでと違った研究者(群)を歓迎しようと変わってきており、オープンラボラトリーといわれている。日本の大学等でもこのような傾向がみられることを期待する。

 このようなオープンラボ方式の導入は、日本の大学等にとって、大変望ましいものと思われる。そこで、(1)大学等で新しい施設をつくるときにオープンラボを用意することと、(2)現在の施設で空いているところを積極的に整理して、オープンラボに転用し、大学の活性化を計ることを提案したい。国有財産の使用等のいろいろな問題もあろうが、それをクリアしたい。

4.6 農学系における問題点

 農学は、生物ならびに生物生産物、さらに生産の場を扱う学問である。従って、フィールドが重視されるのは当然であるが、近年、生命そのものを扱うようになって、フィールドのラボ化とでも言うべき状況が生じている。すなわち大規模な人工環境室や水圏設備、あるいは大動物を扱える施設をラボに設置するようになった。その結果、基準面積が確保されていないということと相侯って、ラボスペースの不足は極めて深刻な問題となっている。したがって、基準面積の確保ではなく、基準面積の見直しも差し迫った課題である。

 ところが、現状は、基準面積さえも満たされていない。実態を北大、東大、名大、九大のデータで示す。

表:北大、東大、名大、九大、各農学部の基準面積達成率



 上表には、農場、牧場、演習林などの施設は含まれていない。それらの施設は多くが老朽化した木造等の危険建物であることも指摘しておきたい。

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付属資料5  研究環境に関する日本学術会議のこれまでの取り組み

 日本学術会議ではこれまで大学等における研究環境問題に関し、政府に対して、次のような提言(勧告、要望、報告を含む)を行ってきた。

1.平成元年4月20日 勧告 「大学等における学術研究の推進について−研究設備等の高度化に関する緊急提言」

  日本学術会議第107回総会の議決に基づき、我が国の大学等における研究設備の老朽化、陳腐化が進行していることを指摘し、特に研究設備等を緊急に充実させることを勧告した。

2.平成3年5月30日 勧告 「大学等における人文・社会科学系の研究基盤の整備について」

  日本学術会議第111回総会の決議に基づき、前項の勧告に続いて、人文・社会科学系の大学等における研究基盤を早急に改善し、整備するよう勧告した。

3.平成5年3月25日 会長談話 「大学等における研究環境の改善について」
 (日本学術会議月報 平成5年4月号)

 内容
 1)日本学術会議化学研究連絡委員会報告(付属資料6参照)で明らかになったように、大学等における研究室の実態は、単に施設・設備の老朽化、陳腐化が進み、独創的・先端的な学術研究を推進していく上で大きな障害になっているばかりでなく、学術研究に従事する研究者や学生の人命にも直接かかわるほどに深刻な状況になっていることを指摘した。

 2)次に、まず、大学等の関係者に対し、研究室の安全確保のための組織体制づくりなどの自らの対応措置を望むとともに、改めて広く関係各位に対し、大学等における研究施設・設備を初めとする研究環境の抜本的改善の緊急性を訴え、関係方面におけるなお一層の努力を要望した。

 3)特に、政府に対し、大学の研究施設・設備の整備は、その成果が国の資産となって後まで残り、国民全体が利益を享受することを指摘し、景気対策策定の際には、学術研究推進という観点からのみならず、社会資本整備の一環として最優先で考慮されることを要望した。

 3月25日、近藤次郎会長は河野内閣官房長官と会見し、本会長談話を手交し、大学等における研究環境の改善について要請した。

4.平成3年7月16日 日本学術会議第5部報告 「工学系の大学学部等における教育研究環境−学長・部局長からの回答に基づいて−」

  日本学術会議第5部(岡村総吾部長)は、工学系大学学部等の教育研究環境に関し、107大学の大学長、学部長を対象として行った調査結果に基づき、教育研究のための人員・経費・施設設備の現状を分析し、我が国の工学系の大学の教育研究環境が極めて劣悪な状態に置かれていることを指摘し、施設設備等の老朽化、研究費の極端な不足、支援体制の不備等が大学における教育研究の根幹を揺るがすに至っていると訴えている。特に、建物面積については、次のように分析している。

  講議室・実験室の面積は学生当たり27m2であり、博士中心大学では11m2、修士中心大学では39m2、学部中心大学では32m2である。研究室の面積は大学の性格を問わず、教授助教授当たり平均66m2である。したがって、学部、修士、博士中心大学の順に狭隘さが厳しくなり、博士中心大学では、研究者一人当たり平均8.5m2に過ぎないと報告している。

5.平成7年10月25日 日本学術会議要望「高度研究体制の早期確立について」

  我が国の学術研究に対する政府の負担割合を欧米先進国並みに引き上げ、研究開発投資額を早期に倍増させることを要望した。特に優秀な研究者を確保する観点から、劣悪な状況にある研究環境を早急に改善することを要望した。

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付属資料6 平成5年2月25日化学研究連絡委員会報告

−大学の研究室における安全確保と実験環境の改善について−(説明)
(平成5年2月25日 日本学術会議 科学研究連絡委員会)

 「文化国家」や「科学技術立国」を唱えながら、我が国の大学が先進諸外国の大学と比較していかにも貧弱であることは、近頃漸く方々で声が上がり始めて来た。外国からの訪問者たちは「これが経済大国日本の大学ですか!」と驚く。例えば、前期における、化学研究連絡委員会(化研連)の調査報告によると、我が国の大学の研究実験室での研究者一人当たりの面積は、欧米各国の大学に比較して、実質的に1/3%から1/4%しかないことが明らかになったし(平成2年5月)、単に狭隘であるだけでなく、実験室の換気など衛生や安全の面からも、はなはだ望ましくない状態になっている(平成3年6月)。

 昨年、当時日本化学会の会長であった岸本昭和電工会長が、東京大学のある研究室を御覧になって、「実に惨憺たるものですね」と驚かれ、このような状態は安全確保の見地からも、一日も放置することはできないから、我が国の化学工業の企業の集まりである日本化学工業協会の安全関係の専門家達に、安全確保のためにはどうしたらよいか、調べてもらいましょうということになり、日本化学会も協力して、全国旧制国立大学38研究室を手分けして実地に調べることになった。これらの専門家達は、本業をおいて、綿密な下打ち合わせの上、実に熱心に動かれ、行き届いた報告書ができ上がり、それを基にして、化研連が報告を作り上げ、2月25日の学術会議の運審でお認めを頂いた。

 このように民間の人達が国立大学を査察(?)したことは、これまでになかったことである。もちろん、企業での安全対策と大学のそれとは必ずしも同じではない。しかし大学だから安全でなくてもよいというわけではなく、世界的にも企業と大学との安全対策の差はドンドン狭くなっているのが実情である。今回の報告書では、まず、結論として、現在の大学の研究実験室の実態は安全管理の面から見ると相当に深刻な状態であり、災害に至る潜在的危険性が極めて高いことが指摘された。企業では到底考えられない危険な管理箇所も処々に見られ、設備、施設の貧困、運用予算の制約等から、やむを得ず日常的に、著しく安全性を欠いた状態で研究室を運営せざるをえない例が少なくなく、大規模な火災や地震が起きた場合、避難すら困難であり、二次的な災害へと拡大する恐れがあり、このような状態は一刻も放置すべきでない。殊にこれからますます重要となる国際的研究協力の推進や、留学生の受け入れ数の増加などは、この面からも大きな問題があり、早急に改善されなければならないことが明らかであると結論している。

 具体的な指摘としては、まず第一に、実験室のスペース不足がひどく、それが安全確保を困難にする最大の原因になっているということ、換気装置などが少なく(外国の大学では臭い有毒ガスのある中で実験するなど考えられないが、我が国では不備で外国の人達が驚くのが現状である)。老朽化した備品の廃棄、更新が不十分、事故に備えた保険制度の不備、などなど、やはり基本的には大学自身が、安全面に対する努力をもっと尽くさなければいけないことは明らかで、実験室の中の整理整頓はもちろんのこと、、組織としての安全対策、管理方式、訓練、教育の徹底、改善が必要とされる訳である。

 今回の調査は化学を中心にして行われてはいるが、大学の研究室一般の安全と環境の保全については、化学専門以外の分野の研究室でも全く同じことである。一つには化学というものが、物を造ったり、扱う分野に広く拡散して来たことにもよる。事実一昨年起こったある国立大学での人身事故でも、電気の研究室での出来事であったことでも分かる。今回の報告は次のように結んである。「世の中では、今後ますます安全・環境の確保が厳しく求められる。大学の実践を通して、このことをしっかり身につけ、社会的要請に応える科学者・技術者を育成する大学の責務は大きい。『快適な教育、研究環境の形成』の第一前提として、まず安全確保、そしてよりよい研究環境の整備は焦眉の課題であり、実現に向けて、出来るだけ速やかに、所轄官庁や大学自身の実効ある対応・措置を強く望むものである」

田丸 謙二(化学研究連絡委員会・委員長)

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付属資料7 国立大学附置研究所における状況−東北大学における現状−

 東北大学には6研究所が付置されている。これらの研究所の中で金属材料研究所を例として現状を紹介する。この研究所では、26研究部門に加え、4つの客員部門、3施設(1施設は大洗)、技術部、事務部、他に所内処置として情報・広報室、クリスタルサイエンスコア、分析コアが設置されており、全職員約320名の他に約175名の大学院生や研究生が研究に励んでいる。その他、民間との共同研究、全国共同利用としての短期訪問者の数は年間延べ4,000名にものぼる膨大なものである。さらに最近COEとしての活動が盛んになり、国内外からの客員の数も増加の一歩をたどっている。この様な人員状況にあるにも拘わらず、これに対応すべき研究室などのスペースに対する措置は何らなされておらず、狭い研究室をやりくりしているのが現状である。次に具体的な数値を示しながら説明する。

1.現在必要な基準面積

 平成7年度に改正された基準によれば、本所における基準面積は27,368m2、スーパーコンピューター棟のような特殊な建物に与えられる基準特例面積は3,400m2であり、総計の必要面積は30,768m2となる。この中には、平成7年度改正で認められた大学院学生用のスペースも含まれている。

2.充足率

 本所の現有建物総面積は、現在22,987m2であり、基準面積との差の7,781m2が不足面積となり、充足率は74.7%である。従って、本所では、この現状の1/4という大きな不足分面積を概算要求により獲得する必要がある。

3.困っている例
 a. ある研究室では、科学研究費で購入した大型装置の適当な設置場所がなく、ドアを塞ぐ形で設置している。このような消防法違反の現状を招来しているのは、建物の面積が不足していることを如実に示している。
 b. 本所では24時間体制での研究が行われており、実際の滞在時間は各人平均12時間を越えるが、部屋には実験装置、計算機、文献図書、情報機器などの全てのものがところ狭しと置かれ、さらに居室机が隙間を埋めていると言う状況である。

4.大学院教育への対応

 研究所には本来大学院生は居ないと言う定義から、最近までこれらの研究スペースは全く認められていなかった。実際には、本所だけでも160名を越える大学院生が在籍して研究に励んでいるにも拘わらず、彼らに対する居室すら認められていなかったために、装置と雑居している状況にあり、勉学に支障を来しているのが現状である。平成8年になって、ようやく研究所における大学院生用スペースが認められる様になったが、その面積は学部の半分しか認められておらず、しかもまだ全く処置されずに放置されている状況にある。

5.大型プロジェクトヘの対応

 最近、文部省や他省庁の大型研究プロジェクトに対するスペース確保が問題になっている。これらの資金は研究遂行が可能なことを条件としているため、設置スペースの所内確保を約束せざるを得ないことが挙げられる。そのため、現有のスペースに無理に装置の設置と研究者居住場所を確保しているのが実状である。

6.全国共同利用研究への対応

 本所は、全国共同利用研究所として既に10年の歴史があり、毎年延べ4,000人以上の滞在研究者がある。これらの訪問者に対する居室の整備は全くなされておらず、セミナー室などに仮居住してもらっているのが現状である。

7.国際化への対応

 先進欧米諸外国では、研究者には通常一人一部屋が確保されるのが普通である。しかし、現状ではこの対応は極めて難しいのが現状である。外国人の教授、客員研究員からは独立居室の要求が強く、その実現がない限り、優秀な客員教授の招聘は困難である。また、ポスドク、大学院生レベルでも欧米では2人1部屋(相当広い部屋で)が標準的である。この様に、現在のスペースでは、国際化への対応は名ばかりのものになってしまう危険性がある。

8.理想的なスペースと建物

 設置基準面積の充足率は74.7%であるが、理想的な建物面積はどの位かを具体的に検討しなければならない。まず、最低上述の狭隘さを解決することに焦点を絞れば、以下のようになる。すなわち、現在の人員構成の基での必要面積は、教授・助教授・講師、客員教授用に1人1室とすると70室(70×25m2=1,750m2)、大学院生用を2人1室とすると75室(75×25m2=1,875m2)、COEなどの研究員用として30室(30×25m2=750m2)大型プロジェクト用実験室として10プロジェクト×10室(100×25m2=2,500m2)、これらを総計すると、6,875m2となる。勿論、建物には、廊下、階段、その他の共用スペースも必要であるので、約1万m2となる。これが、現状で不足している最低のスペースということになる。さらに、現在未だ認められていない必要な基準特例面積が約1万m2あることから、今後整備すべき最低の要求基準面積の総計は4万m2という結論を得る。理想的には、機能性、居住性、安全性等を考慮すれば、上述の1人当たりの部屋面積は25m2を35m2位に増加させる必要があると考えられ、金属材料研究所荷対して望ましい建物面積に対して現在約5万6千m2が不足していることになる。

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付属資料8 地震による危険
(名古屋大学工学部 林・谷口・福和・名執・久野教授意見、まとめ久野教授)

1.地震による危険について

 大学における地震による危険は、2種類ある。一つは大学の建築物の多くが既存不適格建築物(現行の耐震基準を満足しない建築物=1981年以前の建築物)であるということで、もう一つは狭隘化に起因する火災・爆発・毒物拡散などの二次災害の危険である。ここでは、大学における建築物の構造安全性について述べる。

 1981年に、新耐震設計法(施行令改正)が発布され、現在までこの設計法により建築構造設計がなされている。1995年兵庫県南部地震において、この81年以降の建築物には被害が少なく、それ以前の建築物において被害が甚大であることが判明した。この地震を契機として、既存不適格建築物に対して、耐震改修促進法が1995年12月25日に成立し、以降、小中学校においては文部省補助により、高等学校においては地方自治体、官庁施設については中央省庁・地方自治体により、耐震診断・耐震改修が進んでいる。しかるに、大学のみが補助もなく取り残されている状況である。文部省からの各大学への指示は、通常経費内において各建築物の耐震改修を行うようにとのことである。名古屋大学においても、工学研究科は既に耐震診断を一部実施しているが、他部局においては耐震診断を専門家に外部発注する費用が無く、本部施設部掛員が自前で耐震診断を行っている状況である。

 ちなみに、建築基準法は1998年に改正され性能規定化が行われ、2000年6月施行令および新検証法告示の予定で準備が進んでいる。この性能規定化という概念は、例えば兵庫県南部地震でも建築物が損傷しない、あるいは損傷はするが人的被害はないという耐震性能のランクを明示するというものである。これに伴い設計法も一部改定されるが、当面は前述1981年の新耐震設計法と両立させることになっている。

 いずれにしても、81年以前の建築物に対しては、早急に耐震診断・耐震改修を行わねばならない。

 また、兵庫県南部地震以降の大学病院においては、免震構造が採用され始めて来ている。免震構造とは、地震時における建築物の損傷を防ぐだけでなく、地震時の揺れも減少させる構造形式である。病院において免震構造が採用される理由は、地震時においても機能維持されねばならないためである。すなわち、手術時および点滴等治療時には強震による寸時の中断もあってはならないからである。

2.狭隘化について

 基準算定面積による必要面積に対し、名古屋大学では全学平均約75%(工学研究科では約70%)の充足率である。すなわち、まず基準算定面積すら施設充足が達成されていない。

 この基準算定面積には、共用部分・教育用面積・研究用面積全てが含まれている。教育用面積としては、学部・学科によって学生実験室・製図室などが必要な場合があるが、特例面積として考慮されていない。昨今の情報化に伴い、計算機室・端末室など設置しなければならない状況にあり、大学院重点化による院生の増加から小規模のゼミ室も必要となり、従来の教育用面積と質も量も変化してきている。

 一方、実験室など研究用面積も、超大型の実験設備は共同利用施設として整備されるべきであるが、研究の高度化に伴い、各研究室あるいは学科規模でクリーンルーム・電磁シールド実験室・無振動実験室・実大実験室あるいは実験棟が必要な状況になってきている。特例面積として認定されるべき実験室もあるが、認定の有無に関わらず面積が絶対的に不足している。

 さらに、科学技術基本法の制定、基本計画の実施に伴い、大型プロジェクトの導入が図られ、また従来からある民間等との共同研究も多くなったため、大学における研究員が急速に増加している。新しい実験装置の導入も図られている。また、国際化・研究の高度化に伴い、留学生のみならず外国人客員教授・外国人共同研究員も増加している。このように全体的に研究費が増加し、日本の研究が国際的に認められているにも関わらず、施設整備に資金の導入が図られていないため、狭隘化が益々深刻な事態になってきている。

 このため、危険物管理に関しても十分なスペースがとれず、地震時など災害時のみならず、日常時においても、安全管理に不安がある状況となっている。

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参考資料

1 平成9年の科研費基盤研究によるアンケート調査報告書「大学の研究者を取り巻く研究環境に関する調査報告書」(研究代表者 太田和良幸).

2 日本化学会研究委員会研究費調査小委員会報告「日本の化学をとりまく研究環境−化学関係研究費・設備に関する調査−」昭和63年.

3 日本化学会教育研究基盤調査委員会報告書「国公私立大学化学系学科・専攻における教育研究基盤」1995年度調査報告書

4 日本学術会議化学研究連絡委員会平成5年2月25日報告「大学の研究室における安全確保と実験環境の改善について」

5 太田和良幸、高等教育研究紀要、No.16,63(1998)

6 文部省大臣官房文教施設部「国立学校施設実態調査報告書」

7 東京大学報告書「東京大学 現状と課題」

8 東京工業大学報告書「東工大 自己点検報告書」平成8年

9 日本学術会議「日本の学術研究環境−研究者の意識調査から−」、日学資料、日本学術協力財団、平成3年5月

10 日本学術会議化学研究連絡委員会報告「−大学における研究環境、特に研究実験室のスペースについて−」平成2年5月25日

11 日本学術会議化学研究連絡委員会報告、平成3年6月

12 8大学工学部長懇談会「未来を拓く工学教育−大学院改革のための検討と提言−」1991年

13 8大学工学部施設整備懇談会「未来を拓く工学教育(続編)大学院を中心とする研究教育施設の再建整備のための検討報告書 1993年

14 第48回国立大学工学部長会議要望書(平成10年7月23日)

15 理化学研究所、理研シンポジウム「学術研究機関における安全」報告集、1995.5.29

16 第22回国立大学51工学系学部長会議要望書(平成10年12月)

17 National Science Foundation, NSF 92-325, "Scientific and Engineering Research Facilities at Universities and Colleges: 1992"

18 今後の国立大学等施設の整備に閥する調査研究協力者会議「国立大学等施設の整備充実に向けて−未来を拓くキャンパスの創造−」平成10年3月

19 大学審議会答申(平成10年10月26日)「21世紀の大学像と今後の改革方策について−競争的環境の中で個性が輝く大学−」

図1 全国の大学院在学者数の推移



図2 大学院を置く大学数と在学者の状況



図3−1 文部省文教施設整備予算の推移
(消費者物価指数を用いて平成7年度価格に換算したもの)



図3−2 国立学校文教施設整備費予算額の推移



図4  国立大学等施設関係整備状況



図5 経年20年、30年以上面積の推移と予測



図6 国立学校施設の必要な面積



図7−1 国立学校保有面積の年次推移



図7−2 学生1人当たりの面積等の推移



図7−3 国立学校等施設の全保有面積(●) 及び大学院学生数(◆)の年次推移



図7−4 国立学校施設面積/大学院学生数



図7−5 国立学校等施設の全保有面積(●) 及び大学院教官数(◆)の年次推移



図7−6 国立大学施設の全保有面積/大学院教官教の年次推移



図7−7 国立学校施設整備費予算額の推移



図8 大学の研究室等における研究者1人当たりの面積
(参考資料1 科研費報告書「大学の研究者を取り巻く研究環境に関する調査報告書」平成9年、研究者代表:太田和良幸)



図9 研究室等の面積が少ない理由(複数回答)



図10 不足しているスペース



図11 新たな研究設備の設置スペース



図12 新たな研究設備の設置スペース(自然科学系)



図13 研究施設における当面の課題(回答2つ以内)



図14 化学系研究室における研究環境の充実・改善事項の優先度



図15−1 研究者1人当たりの研究室面積



図15−2 工学系研究室の人員配置の実態例(各大学各学科別)



図15−3 工学系基準特例面積の専門別の面積比較(1991年現在)



図16−1 研究者が望む研究環境



図16−2 科学技術基本計画に対する評価



図17−1 米国における科学・工学関係研究施設の新設・補修予算の推移



図17−2 米国の科学・工学関係研究施設に対する新設・補修予算額の推移(2年分毎)



図17−3 科学・工学関係研究施設の整備状況自己評価



図17−4 科学・工学分野の研究スペースと他分野のスペースの比較



表1 国立学校建物面積の年次推移(昭和40年から昭和60年(5年刻み)の面積)



表2 大学院担当教員(教授・助教授)の年次推移



表3 研究施設において当面している最大の課題



表4 研究室の面積に対する満足度の各部別比較



表5 科学技術庁所管国立研究機関の研究環境について(除く 政策研、平成10年度末現在)

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