21世紀を展望した国立試験研究機関の在り方について

「第5部報告」

平成11年4月12日

日本学術会議

第5部


 この報告は、第17期日本学術会議第5部会で審議した結果を取りまとめ、発表するものである。

日本学術会議第17期第5部会員(平成11年3月31日現在)

部 長 大橋 秀雄(工学院大学長)

副部長 松尾  稔(名古屋大学総長)

幹 事 冨浦  梓(新日本製鐵株式会社顧問)
 〃  古田 勝久(東京工業大学大学院情報理工学研究科教授)

会 員 秋山  守(財団法人エネルギー総合工学研究所理事長)
    安部 明廣(東京工芸大学工学部教授)
    阿部 博之(東北大学総長)
    甘利 俊一(理化学研究所脳科学総合研究センター脳型情報システム
          研究グループディレクター)
    井口 雅一(財団法人日本自動車研究所長)
    池上  詢(京都大学大学院エネルギー科学研究科教授)
    伊藤  滋(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授)
    岩崎 俊一(東北工業大学長)
    岡村  甫(東京大学大学院工学系研究科教授)
    加藤寛一郎(日本学術振興会常務理事)
    加藤 洋治(東京大学大学院工学系研究科教授)
    川久保達之(桐蔭横浜大学工学部教授)
    岸  輝雄(工業技術院産業技術融合領域研究所長)
    久米  均(中央大学理工学部教授)
    小島 圭二(地圏空間研究所代表)
    椹木  亨(大阪産業大学工学部教授)
    末松 安晴(高知工科大学長)
    関根 泰次(東京理科大学工学部教授)
    曾我 直弘(滋賀県立大学工学部教授)
    丹保 憲仁(北海道大学総長)
    中村 恒善(金沢工業大学客員教授)
    橋本 健治(京都大学大学院工学研究科教授)
    平田  賢(芝浦工業大学システム工学部教授)
    笛木 和雄(東京大学名誉教授)



    堀内 和夫(早稲田大学理工学部教授)
    増本  健(財団法人電気磁気材料研究所長)
    三井 恒夫(東京電力株式会社顧問)
    山本 明夫(早稲田大学大学院理工学研究科教授)
    吉川 弘之(放送大学長)


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目次

提 言

提言の背景

国の施策

日本学術会議第5部の問題意識

(参考)

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提 言

 20世紀は科学技術革命の時代であった。次々に発見された科学的知は技術の革新を促し、大量生産技術の進歩と相俟って科学技術革命の成果は極めて短い期間に人や社会のあらゆる階層に深く浸透した。一方、科学技術の革新によってもたらされた課題も多い。それらはいずれも自然科学的な知を更に深く追求すると同時に、人文・社会科学の知を包摂しつつ解決されなければならない。

 このような背景から、研究の対象は、課題解決に必要な基礎的研究、大型研究、長期継続的研究、学術の個別領域に跨る研究などへ広がり、しかもこれらの相互連携による研究が必要とされる。大学や民間の研究機関ではこのような研究には適切に対応できず、国の試験研究機関の果たすべき役割が重要になっている。20世紀における科学技術革命の時代において国立試験研究機関の果たした役割は評価されるものの、近い将来に予測される変化に対応して、国の試験研究機関が現状のままで充分その機能を発揮しうるかについて疑問なしとしない。

 以上の現状認識に立って、日本学術会議第5部は、国立試験研究機関の在り方について日本工学アカデミーと協力して検討を進めてきた。以下はこの検討結果を参照しつつ、日本学術会議第5部の提言として纏めたものである。

(1)課題の適切な選択と資源の集中

 国の試験研究機関において、国民や産業の期待を満足し、世界に貢献しうる科学技術を推進するためには、集中的に取り組むべき課題を個別の学術領域を超えて統合的にとらえ、目標を正しく設定し、期間と予算を明示して研究資源を集中しなければならない。このような課題を見いだすことは、それ自体が研究課題である。

 国は、何を課題として選択し、どのように資源を集中するかについて、国の研究の受恵者である国民や産業の意見を充分に聴取し、産、官、学の知を結集した調査、研究を行う必要がある。

(2)国民の理解を得るための努力

 国の試験研究機関の研究者が自由な研究環境の下で活性化され、知的な成果を生みだすことと、その成果に対して、国の研究費の負担者である国民や産業が深い満足を得ること、この両者が同時に満足されれば理想であるが、現実には相互理解の不足や成果に対する不満が存在している。また公開された情報が国民にとって分かりにくいものであれば、国民はそれに対して意見を述べることもできない。

 国は、研究の成果を国民や産業に届け、国民や産業の希望を研究者に伝える方法の検討、科学を正しく理解する教育や、科学者・技術者・技能者を尊敬する社会風土の醸成、科学技術の成果を分かりやすく記述できる優れた解説者の育成など、科学技術立国を目指す我が国にとって不可欠な問題について、検討を急がなければならない。

(3)研究機関の統合強化と各研究機関の協調

 日本学術会議第5部は、それぞれの行政部門がその行政目的を達成するために必要な研究機能を持つこと、また国として蓄積しなければならない研究、国際的連携のために必要な研究等が存在することを認識している。しかしながら、例えばエネルギー・環境、情報・通信、材料・物質、国民の安全・防災等国として研究を集中、強化すべき分野について、研究が分散し、かつ各研究機関相互の連携も不足していると考えている。

 国は、目的を達成するために必要な基礎的研究から応用研究までを一貫して実施するために、試験研究機関を各行政部門を超えて統合強化し、国際的研究の拠点の形成につながるように整備する必要がある。更に、国が行う研究が、研究資源的にもまた研究時間的にも効率よく実施されるように一元的に集中する研究と、各行政部門が必要と考える研究、大学、民間等各種試験研究機関における研究が相互に連携を保ちつつ、全体としての研究効率が高められるような制度設計がなされることを提言する。

(4)研究の自律性の確保

 研究とは、本質的に不確定性の高いものであり、研究の進捗に対応した計画の変更は避けられない。それ故に研究実施部門長は、定められた研究目標の達成、達成時期、研究成果の評価、予算などについて責任を持つが、研究資産の運用、研究組織や定員の編成などについては、大幅な権限の委譲を受けなければならない。

 このような柔軟な研究が遂行できるよう、国は、例えば国立試験研究機関を対象とする独立研究法人法の制定など、各種制度を充実、整備することが必要である。例えば、国立試験研究機関が民間、大学、研究法人の研究機関、国際的な研究機関などと協調・競争しうる体制整備を図ること、多様な研究資金が得られるように配慮すること、研究費を国の総研究費に対して適切な比率で安定的に配分し、独立行政法人として自立的な経営が図られるような予算処置が講ぜられること等を提言する。

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提言の背景

科学技術革命の20世紀と残された課題

 20世紀は科学技術革命の時代であった。次々に発見された科学的知は技術の革新を促し、大量生産技術の進歩と相俟って、極めて短い期間に科学技術革命の成果は人や社会のあらゆる階層に深く浸透した。しかしながら、高度に進展した科学技術文明社会において、科学技術がもたらした負の側面を無視することはできない。

 我々は、21世紀において解決されなければならない多くの課題を残した。例えば、国際的には増大する人口とそれに伴う地球環境破壊、エネルギー資源の枯渇と食料の不足などの地球規模問題の解決、また国内的には、国民の健康・福祉、安心・安全な国家社会の構築、環境の改善、エネルギー・食の保全、長引く経済の不振と雇用不安からの脱却、産業の国際競争力の強化などがある。

学術研究の事前評価の必要性

 これらの問題は、いずれも科学技術の成果によらなければ解決し得ないが、科学技術のもたらす肯定的側面と否定的側面を充分に評価して研究課題を選択することが必要となる。この事は、同じ学術分野の科学者が研究対象の肯定的側面のみを見て課題を設定し、評価し、研究を実施するのではなく、いろいろな学術分野の科学者ならびに国民や産業の代表者などが参画して、科学技術のもたらす否定的側面を充分に評価して課題を選択し、更に優先順位をも評価して研究を実施する「俯瞰的研究」が不可欠であることを意味している。この俯瞰的研究とは日本学術会議の第17期における活動の基本的方向の一つである。

科学技術の体系化の遅れ

 今世紀は科学技術の急速な進歩によって、技術を体系化することによって技術を理論化するために不足している知を見いだすこと、またその知を科学的に解明して産業が必要とする理論的知識を系統的に供給することが遅れてしまった時代でもあった。その結果、産業は経験の知や臨床の知で対応することを余儀なくされた。外部条件の変化に対して、理論に裏付けられた技術は安定であるが、経験に基づく技術ば脆弱である。その結果、時として予測もしなかった現象が出現することになり、この解決を求めて産業は多大の努力を強いられることとなった。

不足した合成の知

 また、現代の技術は、単一の科学的知によって支えられるものではなく、多くの科学的知の合成の所産として開発されてくる。それ故に、科学がより正しい真理を求めて発散するのに対して、技術は何かの「もの」を作ることに収斂すると云う全く逆方向のヴェクトルを持つ。ここに、科学の知が技術の知にうまく適合しなくなった背景が存在する。現代技術が必要としている知は、革新的な知と共に汎用性のある合成の知である。

人文・社会科学と自然科学の融合

 本来技術とは、人や社会に便益をもたらす「もの」を提供することを求めて進歩してきた。それ故に技術は、本来自然科学的な知のみではなく、人文・社会科学的知をも包摂したものでなければならなかった。しかしながら、自然科学的な知と人文・社会科学的な知は本質的に異次元の知であり、新しい科学技術の人や社会への組み込みが人類社会にどのような影響をもたらすかについて、あらかじめ予測し、制御することが困難である。従って、この影響評価を十分に行うことなく、科学技術の人や社会への適用が行われてきた。このような状況に痛烈な反省の機会を与えたものが、環境の問題をはじめとする諸問題の発生であった。

均衡のとれた科学技術研究

 科学技術研究の役割は、知的価値、社会的価値、経済的価値の創造にあろう。これらは相互に連関しているものであり、それぞれが均衡しつつ進展する必要がある。我が国の科学技術研究費は、国際的に見て異例とも云えるほど民間研究費に依存してきた。それぞれの企業は、熾烈な市場競争に勝つために相当の研究資源を投入し、我が国産業の国際的競争力を高めた。この結果、経済価値の創造が進展し、知的価値の創造、社会的価値の創造との間に跛行的状況が生じた。

研究機関の相互協力

 しかしながら、各産業は、長引く不況と、個別産業単独では解決し得ない研究課題の増加により、従来のように多くの研究資源を将来にわたって投資することは困難となり、短期的効果の高い研究に投資する傾向が強まっている。このような状態を放置すると、我が国産業の将来、ひいては我が国の将来が危惧されることになる。この問題の解決には、知的価値、社会的価値、経済的価値の均衡を取りつつ学術研究を推進することが不可欠であり、産、官、学における研究の分担と相互協力が必要とされる。

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国の施策

科学技術戦略の国の政策への組み込み

 冷戦構造の終結は、国の戦略を経済問題、さらにはその根底に横たわる科学技術問題へと変化させた。今日のように地球化された経済体制の下では、科学技術は、単に個別企業の存立に関わるものではなく、国の興亡に関わる問題であり、多くの国において科学技術戦略を国の重要な政策として位置づけ始めている。

 科学技術とは分かり難いものであり、また何時その成果が稔るのかを予測し難いことから、国の試験研究機関においては、国の政策に必要な科学技術目標を研究者に明示されることが無く、また研究者も、国にとって必要な研究とは何かを漠然と意識しつつも、研究の成果を時期を失することなく国に還元することがなされなかった。

 今後は、長期的展望に立った国の科学技術政策が明示され、研究者がこれに応え、更に研究成果が速やかに国の政策に反映されることが強く望まれる。

科学技術基本法と中央省庁等改革基本法

 我が国においては、平成7年に科学技術基本法が制定され、独創的、革新的技術の創成に資する科学技術を推進するため、国の科学技術予算の増強がなされた。さらに、平成10年には、中央省庁改革に関わる立案方針において、人文・社会科学ならびに自然科学の総合的かつ計画的な推進に関わる政策の基本、予算や資源の配分の基本方針等を審議する機関として、総合科学技術会議を設置することが定められた。さらに、行政の効率化を意図して、国立試験研究機関の独立行政法人化が検討されることとなった。このことは、国が本格的に研究と政策の一体化を意図したものと受け止めることができる。

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日本学術会議第5部の問題意識

 日本学術会議第5部は、かねてから現代における科学技術の革新と工学の在り方について関心を深め、第16期(平成6年−平成9年)において工学と産業の在り方について報告書を公表し、また第17期(平成9年−平成12年)において学術の枠組みの変化に対応して大幅な組織の変更を行うなど、工学部門の学術の潮流に沿った改革に取り組んできた。

 日本学術会議第5部は、中央省庁改革基本法が制定されることによって、国の試験研究機関が改革され、我が国の科学技術に関わる諸問題が解決されることに多大の関心を払ってきた。平成10年6月12日付けで発表された日本学術会議会長談話の中でも、中央省庁等改革を契機として、科学技術立国を目指す我が国にふさわしい国際的な中核研究拠点の形成が促進されるよう配慮されることを希望した。

 また、日本工学アカデミーもこの問題に深い関心を有しており、関心を共有する両者は、国立試験研究機関の在り方について検討することを発意した。日本工学アカデミーは、平成10年4月に日本工学アカデミー政策委員会の中に「国立試験研究機関等小委員会」を設置し、12名の委員によって9回にわたる検討、討議を行った。検討には、理工系7試験研究機関の研究者ならびに関連する省庁の関係者を招き、率直な意見の交換を行った。日本学術会議第5部は、この検討結果を参照しつつ本提言を纏めた。

5)結語

 国の試験研究機関の役割は今後重要になってくるが、国立試験研究機関が、国民や産業の期待に応えるには、改革しなければならない課題は多い。日本学術会議第5部は、国立試験研究機関が、国民や産業の負託に応え、更に国際的研究拠点に成長し得るよう改革を進めることを強く期待すると共に、この改革に全面的に協力をしたいと考える。

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(参考)日本工学アカデミーの検討結果の概要

 日本工学アカデミー「国立試験研究機関等小委員会」は、「国立試験研究機関の改革」について纏め、平成10年10月に日本工学アカデミー会長によって発表された。また、本報告書は、中央省庁等改革推進本部長をはじめとする関係各箇所に送付された。

 この報告書の概要は、以下の通りである。

(1)真に独創的な研究を効果的に推進するためには、国立試験研究機関は、思い切った改革をしなければならない。

(2)国立試験研究機関に期待される役割は大きいが、組織として、また研究者として、「国の機関に安住する構造」が存在している。

(3)これを排除するためには研究課題を明確な目的意識の下に重点的に選択すること、弾力的かつ多様な研究資金の投入を行うこと、組織、人事、予算、評価システムなど研究機構全般にわたる硬直性を除去すること、自律的機能が作動するシステムヘの改革を行うことなどが必要である。

(4)役割の終わった研究組織の改編と適正規模の研究機関の構築、各省庁の行政目的を達成するために必要な直轄研究所の再編、問題解決型研究システムの整備などがなされなければならない。

(5)これらの施策を実効あらしめるため、独立研究法人法の制定が必要である。

【日本工学アカデミー「国立試験研究機関等小委員会」委員】

委員長 石井 吉徳 (元日本学術会議第5部会員、前国立環境研究所長)

委 員 内田 盛也 (前日本学術会議第5部長、(株)モリエイ代表取締役会長)
    大橋 秀雄 (日本学術会議第5部長、工学院大学長)
    飯塚 幸三 ((株)クボタ代表取締役副社長、元工業技術院長)
    小野田 武 (三菱化学株式会社専務取締役)
    柏木  寛 ((株)トッパン・グループ総研理事長、元工業技術院長)
    川崎 雅弘 ((財)日本科学技術振興財団常務理事、元科学技術庁科学技術政策研究所長)
    末松 安晴 (日本学術会議第5部会員、高知工科大学長)
    菅野 卓雄 (元日本学術会議第5部会員、東洋大学長)
    冨浦  梓 (日本学術会議第5部会員、新日本製鐵株式会社顧問)
    平沢  ○ (科学技術庁科学政策研究所総括主任研究官)
    吉川 弘之 (日本学術会議会長、放送大学長)

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