短半減期放射性同位元素の利用の推進について
−陽電子放出断層撮影(PET )に使用される短半減期放射性廃棄物の取扱いの適正化に向けて−
「核科学総合研究連絡委員会原子力基礎研究専門委員会報告」
平成11 年6 月14 日
日本学術会議
核科学総合研究連絡委員会 原子力基礎研究専門委員会
この報告は、第17 期日本学術会議 核科学総合研究連絡委員会
原子力基礎研究専門委員会の審議結果を取りまとめて発表するものである。
核科学総合研究連絡委員会 原子力基礎研究専門委員会
委員長 柴田徳思 日本学術会議第4 部会員・高エネルギー加速器研究機構放射線科学センター長
幹事 井戸達雄 東北大学サイクロトロンラジオアイソトープセンター教授
幹事 関本博 東京工業大学原子炉工学研究所教授
幹事 西原英晃 京都大学名誉教授
石井慶造 東北大学大学院工学研究科教授
岩本昭 日本原子力研究所物質科学研究部次長
大橋弘士 北海道大学大学院工学研究科教授
栗原紀夫 京都大学名誉教授
佐々木康人 放射線医学総合研究所所長
田川精一 大阪大学産業科学研究所教授
茅野充男 秋田県立大学教授
中沢正治 東京大学大学院工学研究科教授
松原純子 原子力安全委員会委員
的場優 九州大学工学部教授
溝尾宣辰 核燃料サイクル機構
技術主席
森嶋彌重 近畿大学原子力研究所教授
山根義宏 名古屋大学工学部教授
吉川栄和 京都大学エネルギー科学研究科教授
短寿命核利用推進に関するワーキンググループ
委員長 佐々木康人 放射線医学総合研究所所長
井戸達雄 東北大学サイクロトロンラジオアイソトープセンター教授
柴田徳思 日本学術会議第4
部会員・高エネルギー加速器研究機構放射線科学センター長
関本博 東京工業大学原子炉工学研究所教授
千田道雄 東京都老人総合研究所ポジトロン医学研究室長
冨吉勝美 群馬大学医学部核医学教室助手
中沢正治 東京大学大学院工学研究科教授
目 次
要旨
1.はじめに
2.PET の概要と有用性
3.PET 施設における放射線管理上の問題
4.安全性について
5.提言
資 料
(1)消滅に要する時間
(2)諸外国のPET 施設における短半減期放射性廃棄物の
取 り扱い
要 旨
放射線や放射性同位元素の利用は、基礎及び応用の諸科学、工業・農水産業、医療等の広い分野で進められ、現在の社会にとって欠かすことの出来ない手段となっている。一方、放射線や放射性同位元素はその発見当時から人体への影響が研究され、不用意な被ばくが悪影響を及ぼすことが知られてきた。このために、安全のための規制が設けられ、その取扱いは厳重な管理の下に行われている。わ
が国で放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律(以下「放射線障害防止法」という。)が定められた当時、放射性同位元素の利用は、原子炉等で製造された物を入手して利用するという形態であり、短時間に減衰し消滅する放射性同位元素は、加速器を用いた原子核の研究など限られた場所と分野以外には利用の方法が無かった。
このため現在の規制は、短時間に消滅する放射性同位元素を扱うことを想定していない。近
年、医療の分野では、加速器を用いて短寿命の放射性同位元素を製造し、人体機能の研究や診断に用いる技術が大きく発展し、生理学的生化学的機能を調べる上で欠かすことの出来ない重要な手法となっている。このような手法が医療行為として行われる場合には医療法による規制を受け、研究に用いる場合には、放射線障害防止法の規制を受ける。
しかし、研究や診断に用いた短半減期放射性同位元素は短時間に消滅するので、使用した器具、投与した動物などは一定の短期間管理すれば、現在のような放射線管理の必要はなく、その取扱いについて特別の考慮が必要である。このため、当専門委員会では、前期に引き続き今期当初より陽電子放出断層撮影(PET
)の使用に係る安全性について、ワーキンググループを設置し検討してきた。検討の結果PET
に使用される短半減期放射性同位元素の使用に関する規制について以下のように適正化することを提言する。
「 短半減期放射性同位元素を用いて放射性薬剤として製造法が確立され、長半減期放射性同位元素の混入してないことが確認された薬剤について、これを使用した器具、投与された動物などは、期間を定めて管理した後、定められた測定方法により安全性が確認された場合、放射性物質で汚染されたものとしての管理の必要のないものとして処理できることとする。安全性の確認法、PET
用放射性薬剤以外の放射性同位元素の混入防止策等について指針を定めて早急に実施すること。」
現在の法令は、安全面で問題が無く、広範な利用が考えられる短半減期放射性同位元素が消滅した後も厳重な管理を必要とし、研究や医療に利用する際の大きな障害となっている。短半減期放射性同位元素の利用は基礎科学や医療分野以外にも工学や農学などに広がると予想され、規制の適正化がなされるべきであると考える。
1.はじめに
第15 期原子力基礎研究連絡委員会は、放射性同位元素および核燃料物質に関する規制の合理化について大規模な全国的アンケート調査を行い、第16
期原子力基礎研究専門委員会は、これを基に対外報告「放射性同位元素、核燃料物質を使用する研究の推進について」を平成7
年にまとめた。この中で最も要望の強かったものは、短半減期放射性同位元素の使用に係る規制の合理化であった。
当専門委員会は、その後も放射性同位元素等を用いる研究の推進という観点から検討を進め、諸外国に比較して我が国の規制が研究および利用上大きな障害になっている陽電子放出断層撮影(PET
)に関する問題を検討してきた。検討にあたり、委員以外にもPET
の専門家を入れたワーキンググループを設置し検討することとした。ワーキンググループは、安全性、倫理上、管理上、利用上の諸問題を検討した。ワーキンググループの結論を当委員会で審議し、その結果、安全を確保した上で合理化できるという結論に達し、PET
使用に関する規制について提言をすることとした。
2.PET の概要と有用性
PET は陽電子を放出する放射性同位元素で標識された放射性薬剤を被検者に投与し、その臓器内分布をPET
カメラで断層写真に撮影することによって、臓器のはたらきを画像に描出する診断法である。放射性同位元素として、炭素−11や酸素−15
など、表1 のように身体を構成する元素が使えるため、水、酸素ガス、ブドウ糖、アミノ酸など、表2
のように身体の中で重要な役割を演じている物質やその類似化合物を標識することができ、それらの臓器への集積や洗い出しを画像として撮影測定することによって、血流、代謝、受容体など、生理学的生化学的機能を画像に描出できる。一方、これらの放射性同位元素は半減期が非常に短いので市販されておらず、施設内にサイクロトロンを設置して自家生産しなければならない。
表1 PET で用いられる放射性同位元素
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放射性同位元素名記号半減期
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炭素−11 11C 20分
窒素−13 13N 10分
酸素−15 15O 2分
フッ素−18 18F 110分
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PET は、患者の臨床診断のほか、疾患の病態生理の解明、治療法の開発、生理学や薬理学的基礎研究、疾患モデル動物の開発など、さまざまな目的に用いられ、きわめて有用であり、その将来性は大いに期待されており、現在わが国では25
のPET 施設が稼働している。最近では、医学の分野以外でもPET
を用いる様々な研究が計画されている。特に植物の生体機能を測定する計画が具体化されるなど、近い将来、研究に広く利用されると考えられる。
表2 PET で用いられる放射性薬剤の例
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
放射性薬剤名 見えるもの
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
酸素−15 標識の水(H215O) 血流
酸素−15 標識の酸素ガス(15O2) 酸素消費
フッ素−18 標識のフロロデオキシグルコース(18FDG) フ ゙ドウ糖消費
炭素−11 標識のメチオニン(11C-Methionine) アミノ酸代謝
窒素−13 標識のアンモニア水(13NH3) 心筋血流
炭素−11 標識の酢酸(11C-acetate) 心筋好気性代謝
フッ素−18 標識のフロロドーパ(18F-DOPA) ドーパミン系シナプス前機能
炭素−11 標識のN-メチルスピペロン(11C-NMSP) ドーパミン受容体
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
短半減期の放射性同位元素は、時間とともに急速に減少し消滅する。従って、ある一定期間を過ぎれば放射線取扱上の管理は不必要である。PET
の使用に伴う短寿命放射性同位元素の使用量からすると、半減期の長い放射性同位元素(18F
)でも約3 日経つと消滅してしまう(資料(1)参照)。放射線管理上の観点から問題となるのは、長半減期放射性同位元素の混入である。
長半減期放射性同位元素の混入については、第16
期から原子力基礎研究専門委員会のワーキンググループで調査研究を進めてきた。
この結果は参考文献1 及び2 に示されている。結論として、一定の方法で製造された放射性薬剤には長半減期放射性同位元素の混入はないとの結果を得た。放
射性薬剤として製造される場合は、製造方法、製造に使用する試料について定められているので(文献3
参照)、文献1,2 で示された安全性の検討結果はどの施設で製造されている放射性薬剤についても適用できると考えられる。実
際には、使用の終わったPET 用の短半減期放射性同位元素(11C
、13N 、15O 、18F )は、一般の放射性廃棄物とは別の容器に一時保管する必要がある。
そのためには、放射性同位元素を使用するときに、PET
用の短半減期放射性同位元素と、より半減期の長い放射性同位元素とを区別する必要がある。わが国のPET
施設は、病院に設置されている場合は、放射線科や核医学診療部門に所属し、そこでは99mTc
、123I 、201Tl など半減期が6 時間~3 日の放射性同位元素を患者に投与してシンチグラフィーを行っていることが多い。また、研究所にPET
施設が設置されている場合は、その研究所内で14C
や3H など長半減期放射性同位元素も使用していることが多い。
しかし、そのような場合でも、PET 区域は他の区域から区別できるので、PET
用の短半減期放射性同位元素に、長半減期放射性同位元素が混入しないようにするのは困難ではない。
5.提言
これまでに述べたように、PET に使用される放射性薬剤は一定期間保管すれば消滅し、放射線管理上の問題はない。しかし、ここでの検討では、現在PET
を使用している全ての施設で製造された薬品を測定したわけではない。
したがって、安全性の確認について以 下のような方法が適正であろう。
(1 )製造された放射性薬剤の安全性について、それぞれの施設で製造された薬剤を一定の方法で測定し、長半減期放射性同位元素の混入の無いことを確認する。製造法に変更があればその都度確認する。これには、第三者機関に委託するなどの方法も考えられる。
(2 )廃棄又は管理区域外での飼育など、放射線管理から外す時には定められた方法で測定し、安全性を確認する。
これらの方法で安全性が確認された場合には、放射線管理上の問題はなく、安全に管理の対象から外すことができる。
従って、以下の提言をする。
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短半減期放射性同位元素を用いて放射性薬剤として製造法が確立され、長半減期放射性同位元素の混入してないことが確認された薬剤について、これを使用した器具、投与された動物などは、期間を定めて管理した後、定められた測定方法により安全性が確認された場合、放射性物質で汚染されたものとしての管理の必要のないものとして処理できることとする。安
全性の確認法、PET 用放射性薬剤以外の放射性同位元素の混入防止策等について指針を定めて早急に実施すること。
参考文献
1.臨床検査に使用されるPET 用薬剤への長半減期核種の混入に関する測定
富 吉勝美、千田道雄、中沢正治、佐々木康人、関本博、柴田徳思
RADIOISOTOPES 48(1999)87
2.Tritium in [15O] water,its identification
and method of removal
T.Sasaki,S.Ishii,K.Tomiyoshi,T.Ido,J.Miyauchi,and
M.Senda
Proc.8th Workshop on Targetry and Target
chemistry,June 1999
3.日本アイソトープ協会 医学・薬学部会サイクロトロン核医学利用専門委員会,
サイクロトロン核医学利用専門委員会が成熟技術として認定した放射性
薬剤の基準と臨床使用の指針,
RADIOISOTOPES 44(1995)6511
資 料
(1)消滅に要する時間
PET で用いられる主要4 核種(11C 、13N 、15O
、18F )は半減期が非常に短い。したがって、時間がたてば、放射能は速やかに減衰し、放射能をもった原子の数も速やかに減少する。原子の数は1
個2 個と数えられる数なので、1 個よりも少なくなれば0
個、すなわち放射能が完全になくなる。放 射性原子の数
N は、放射能をA (Bq )、壊変定数をλ(sec-1)、半減期をT(秒)とすると、A
= λ・N かつ λ= 0.693 //Tしたがって、N
= A ・T /0.693 。
放射性原子の数が1 個以下、すなわちN <1
となるためには、A < 0.693 //Tとならねばならない。
上 記4 核種の半減期をこの式に代入して、放射性原子の数が1
個になるときの放射能を求めると、
11C :A < 0.000566 Bq
13N :A < 0.00115 Bq
15O :A < 0.00567 Bq
18F :A < 0.000105 Bq
放射能がこれ以下になれば、放射性同位元素は消滅しているといってよい。標準的な臨床使用量の場合、この最低放射能に達するために、減衰に必要な時間は、
11C :初め500MBq あれば、8.8 ×1011分の1 になるまで、すなわち40半減期(約14
時間)
13N :初め1GBq あれば、8.7 ×1011分の1 になるまで、すなわち40半減期(約7時間)
15O :初め5GBq あれば、8.9 ×1011分の1 になるまで、すなわち40半減期(約1時間20
分)
18F :初め100MBq あれば、9.6 ×1011分の1 になるまで、すなわち40 半減期(約3
日)
で与えられる。
放射性壊変は確率的事象であるので平均的には40
半減期経過後には放射能は消滅したといえる。
(2 )諸外国のPET 施設における短半減期放射性廃棄物の取扱い
短半減期の放射性廃棄物や短半減期の放射性物質を投与した動物の取り扱いについて、外国のいくつかのPET
施設を調査した結果は次の通りである。廃棄物に関しては、いずれも保管減衰後に非放射性として処分している。生きた動物に関しては、国によって施設によって取り扱いが異なるようである。
米国 M 病院
半減期65 日以下の放射性廃棄物は、10 半減期以上保管した後、残存放射能を測定して、バックグランドよりも有意に高くなければ、非放射性として処分する。生
きた実験動物に短半減期の放射性同位元素を投与した場合は、動物舎に返してよいが、減衰するまでの間、研究者の責任で、ケージの清掃の際に必要な措置を講ずる。放射線管理者は、動物舎の職員に定期的に教育訓練を施し、動物舎に毎週立入って検査測定する。
ドイツ J 研究センター
短 半減期の放射性廃棄物は、保管減衰させた後、バックグランドより高くないことを確認した上で、非放射性として処分する。生
きた実験動物に短半減期の放射性同位元素を投与した場合は、放射能が減衰したことを確認するまでの間、放射性動物用の隔離した区域で飼育する。
フランス C 研究所
短半減期の放射性廃棄物は、10 半減期以上の保管減衰の後、非放射性として処分する。生
きた実験動物に炭素−11 やフッ素−18 を投与した場合は、通常の動物舎に
そのまま返してよい。放射能の入った動物の飼育をする職員は、フィルムバッジを着用する。
カナダ M 研究所
法令が定める基準濃度まで減衰させれば、非放射性として処分する。基準濃度は、酸素ー15
は5 MBq 、炭素−11 と窒素−13 は1 MBq 、フッ素−18
は100 kBq をそれぞれ1 単位としたとき、固体は1
キログラムあたり1 単位、液体は1 リットルあたり100
分の1 単位、気体は1 立方メートルあたり1000
分の1 単位である。