リサイクル工学
「エネルギー・資源工学研究連絡委員会リサイクル工学専門委員会報告」
平成12 年7 月17 日
日本学術会議
エネルギー・資源工学研究連絡委員会リサイクル工学専門委員会
こ の報告は、第17 期エネルギー・資源工学研究連絡委員会リサイクル工学専門委員会の審議結果を取りまとめ報告するものである。
「エネルギー・資源工学研究連絡委員会リサイクル工学専門委員会」
委員長 武田 信生(京都大学大学院工学系研究科環境工学専攻教授)
幹 事 大和田秀二(早稲田大学理工学部環境資源工学科教授)
幹 事 田中 信壽(北海道大学大学院工学系研究科環境資源工学専攻教授)
委 員 植田 和弘(京都大学大学院経済学研究科経済動態分析専攻教授)
委 員 中村 崇(東北大学素材工学研究所教授)目
次
「リサイクル工学」
目 次
1. はじめに
2. リサイクル工学の現状
2.1 リサイクルに関する社会の動き
2.1 学術分野におけるリサイクルに関する動き
3. リサイクル工学の必要性
3.1 「リサイクル」概念の明確化
3.2 リサイクルの意義
3.3 持続可能な発展を目指したリサイクル工学
4. リサイクル工学専門委員会の活動経過
5. リサイクル工学シンポジウム
6. 提 言
資 料:参考資料 リサイクル工学に関する中間的集約
1. はじめに
「リサイクル工学専門委員会」は第17 期日本学術会議第5
部(工学)において研究連絡活動のために設置された9
つの研究連絡委員会の一つである「エネルギー・資源工学研究連絡委員会」に属する6
つの専門委員会の一つで、今期において初めて設置された専門委員会である。
本専門委員会は1997 (平成9 )年11 月に発足し、2000
(平成12 )年10 月にはその任期が終了する。
本専門委員会では数回にわたって専門委員の間で「リサイクル工学」の背景、定義、範囲(境界条件)などについて議論を行い、その結果を「中間的集約」1
としてまとめた。
議論の経緯のなかで各学問分野(学協会)に分散している研究者に交流の場を提供し学際的研究の発展の基盤を作ることが重要であるとの認識に至った。そのため、第5部関係学術団体に対して上記の「中間的集約」を送付しアンケート調査を実施するとともに、本専門委員会へのオブザーバーの派遣を打診した。その結果25
の団体からオブザーバーの派遣を得られることになった。
協力していただいた学協会には、それぞれの学協会におけるリサイクル工学に対する取り組みを紹介していただくとともに、抱えている問題点等についても議論をいただいた。
そのようななかで、分野横断的な学問体系が欠如していることが大きな課題であることが認識されるようになってきた。そして、2000
年6月27日〜28日に分野間の交流とリサイクル工学の発展を目指したシンポジウム「リサイクル工学シンポジウム」を開催した。
本報告はオブザーバーの方々も交えた討論の内容に則して今期の検討の成果としてとりまとめたものである。
2.リサイクル工学の現状
2.1 リサイクルに関する社会の動き
世界人口の急増、資源・エネルギー消費原単位の増加傾向、あるいは地球環境問題の深刻化など、資源エネルギーの枯渇問題に直面し、近い将来において消費の抑制が必要になることが目に見えてきた。また、一方で、先進工業国では廃棄物問題で多くの困難を抱えていることが明確になってきた。したがって、リオデジャネイロ宣言に見られるように、持続型社会の構築の必要性がたかまり、そのためにも循環型社会を作り上げていくことが急務になった。
省資源を進め、廃棄物量を減量して資源循環型社会を作り上げるために、リデュース、リユース、リサイクルといわれる、広義のリサイクル(再資源化)を行っていくことが必要になった。
平成12年第147 回国会において循環型社会形成の基本理念をうたった「循環型社会形成推進基本法」のほか、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」(廃棄物処理法)および「再生資源の利用の促進に関する法律」(再生資源利用促進法)が改正されるとともに、あらたに「建設工事に係る資材の再資源化等に関する法律」(建設リサイクル法)および「食品循環資源の再生利用等の促進に関する法律」(食品リサイクル法)が成立した。
すでに成立している「容器包装に係る分別収集及び再商品化の促進等に関する法律」(容器包装リサイクル法;平成9年4月施行、平成12年4月全面施行)や、「特定家庭用機器再商品化法」(家電リサイクル法;平成10年6月制定、平成13年本格施行予定)と今回成立した法律によって循環型社会に転換していく法体系の整備が着実に進んだことになる。リサイクルに向けた業界独自の行動計画も、「使用済み自動車リサイクル・イニシャティブ」(自動車業界の自主計画;平成9年5
月策定)のように制定されてきている。
また、「拡大生産者責任」の概念が打ち出され、全ての産業で製造者の責任が拡大され、製品のリサイクルや処分の容易性を製造者自ら考えなければならなくなりつつある。
2.2 学術分野におけるリサイクルに関する動き
一方、学界においてはどのような動きにあるだろうか。たとえば、国連大学から提唱された「ゼロエミッション構想」は次の6
つの原則を示し、大きなインパクトを与えている。
@インプットの完全消化に努力、
Aどこかの産業・地域のアウトプットをどこかの産業・地域のインプットにする、
B新たな産業集団の形成、
Cそのための核となる新たな産業の育成、
Dブレークスルーとなる技術の特定・開発、
E産業政策としての展開。
また、東京大学吉川前学長らが提唱している、インバースマニュファクチャリングは、製品ライフサイクル全体を設計することで製品の再生、部品のリユースの形で、できるだけ物の価値を維持したまま循環系を構築して最適化し、その結果、個々の部品レベルでは寿命は大幅に伸び、適量生産、適量消費、最小廃棄が実現できることを示している。
そ の他に概念として、Eco-efficiency,Eco-design,Eco-labeling,
Cleaner Production などが提案され、計量基礎としてのLCA(Life
Cycle Assessment)も具体的に計算できるレベルに研究が進んできている。
そ して、関連する分野を考えてみると実に広範囲である。リサイクルの対象となる廃棄物の種類で考えたとき、容器包装、家電製品、自動車、建設関連、農林水産関連などが、素材の種類で見ると、鉄、非鉄金属、プラスチックス、木、紙などが挙げられ、これらがマトリックスとなって関連するので分野の広がりは無限であるといっても過言ではない。
また、リサイクルが成立する社会的条件等も関連するので心理学、法学、経済学等の人文科学系分野も関連する。
こ のようなことから本専門委員会が参加を呼びかけたオブザーバー参加学協会の活動状況を整理すると、次のようになる。
(1)素材工学、組立工学、プロセス工学など非常に多くの分野で、リサイクル研究に活発に取り組んでいる。
(2)いずれも最近になって特に強い取り組みがなされるようになってきている。
(3)各分野では、リサイクル対象物や技術・システムに関する情報を分野間で交流・共有すること、リサイクルするものと処分するものを判別する共通的な原則を作り上げることなどの必要性を強く感じている。
各 学協会の取り組みのいくつかを個別に書くと次のようになる。
1)エレクトロニクス実装学会
エレクトロニクス関連の回路設計、実装、部品、資材、半導体パッケージング、マイクロメカトロ実装などに係わる技術者、研究者、経営者などの、2,500名の学会。13分野の技術委員会の中に環境調和型実装技術委員会があり、実装基板解体性・リサイクル、エコデザイン、鉛フリーはんだ、などを研究している。
また、環境調和型製品設計に関するコンセプトと基盤技術を日本から世界に発信する場としてエコデザイン学会連合を立ち上げている。
2)化学工学会
会員10,000 名。産業部門委員会専門委員会「環境適応型生産技術専門委員会」を1998年から立ち上げ、委員相互の理解を深めながら、本年度,一般廃棄物・産業廃棄物の一括処理のための総合的処理システムを検討している。あわせて、環境適応型生産技術の評価をどのように行うかについても検討する。
3)高分子学会
プ ラスチックリサイクル研究会を10年ほど前に設立。会員10,000人以上。ケミカル・マテリアルリサイクル技術、LCA
に関する調査研究を行い各種講演会を開催、「崩壊と安全委員会」もリサイクルをプラスチックの崩壊という観点から数十年前より継続中。
4)資源・素材学会
資源・素材に関する学術研究。13 の部門委員会があり、資源リサイクリング部門委員会で活動。13
の部門委員会の内、資源リサイクリング(産業廃棄物、都市ごみの処理と資源回収等資源の再利用技術とシステム構築の調査研究、情報交換)、素材、粉体精製工学、環境工学、建設用原材料、資源経済の6
部門委員会がリサイクルに関連する。非鉄金属を中心に、鉱物資源・リサイクルに関連する国際会議、セミナー、分科研究会、講演会・見学会等を開催している。リサイクルに関する意識は高い。会員約2,500
人。
5)自動車技術会
自動車技術会(会員34,000 人)は学術活動が中心の学会。「リサイクル技術専門委員会」を中心に「リサイクルの要素技術と評価技術T・U」,「解体かダスト処理か」等のテーマで講演会を開催。別に自動車工業会(企業のみの参加)も古くからリサイクルを検討している。
6)電子情報通信学会
会員約40,000 人。学会では機器の安全性に関する委員会で環境対応の検討を行っている。単にリサイクルだけでなく、上流の製品設計での環境配慮を含み、さらに、情報通信技術による社会全体の環境負荷の低減などの社会システム全体を視野に入れた検討を行う予定。情報通信産業では、リサイクル問題への取り組みに熱心で、家電リサイクル法対応、PC
等電子機器のリサイクル課題、循環型事業体質への転換などに熱心に取り組んでいる。「再利用」,「長寿命」が今後のキーワード.「モノ」は企業が消費者に「レンタル」しているという考え方が重要である。
7)土木学会
会員約40,000 人。調査研究に関わる28の委員会を有するがリサイクルに関する委員会はない。個々の委員会内で対応している。リサイクルに関する関心は高い。コンクリート委員会では,1997年にコンクリート資源有効利用小委員会,1999年にコンクリートの環境負荷評価研究小委員会を設置し,リサイクルに取り組んでいる。
8)日本建築学会
会員約34,000 人。建築に関わる炭素排出量を1/3
(効率を3 倍)にすることが基本方針。1999
年に「地球環境委員会」設立。50 年スパンの建造物のリサイクルを如何に考えるかが問題。常設の「材料施工委員会」で、副産物(スラグ・フライアッシュ等の産業廃棄物)のさらなる利用も検討中。不法投棄の85
%が建設用原材料といわれる中、法制度の改革も視野に入れている。コンクリートとしての廃棄物処理も重要概念。
9)日本水道協会
特にリサイクルに対応する組織はない。技術的には浄水場における浄水処理が中心となる.リサイクル研究としては、従来産業廃棄物として処分されていた浄水発生土(平成8年度約26
万トン)は、農業での利用、園芸土、セメント原料、埋立材等で利用されている。パイプ類のリサイクルにも興味がある(アスベスト管は廃棄処分)。
10)日本鉄鋼協会
10,000人強の会員,社会鉄鋼工学部会の中のB
フォーラム「鉄鋼資源の循環システムとエコロジー」がリサイクルに関連。春秋の大会を開催。B
フォーラムからは10 件程度の講演。年2 ,3
回B フォーラム講演会を開催。「鉄鋼環境国際会議」を本年開催。
11)日本非破壊検査協会
リ サイクルに関わる実績は特にないが,今後の係わり方を模索している。約4,000人の会員。非破壊で行う材料や製品の検査・試験・評価全域にわたる学術調査研究、標準化、教育普及、技量認定、認証試験等の活動が主。保守検査特別研究委員会に次世代問題検討WG
があり、ここでリサイクル関連について勉強中。品質・製品・保守等の管理、寿命判定、廃物再利用可否の判定等に非破壊試験が重要と考えている。
12)廃棄物学会
会員3,000 人。企業にいる会員が中心。廃棄物処理に関する研究が主であるが、資源化の発表も多い。都市ごみのリサイクル、ごみ処理に伴うリサイクルに関する研究も多い。産業廃棄物では、汚泥や建設系廃棄物の資源化が多い。
13)粉体工学会
会員1,000 名。食品・医薬品・セラミックス等の粉体に関連する技術について検討。1998
年年会にて分科会「リサイクルとリジェネレーション」を開催。各種分科会でもリサイクルへの興味が高い.
14)プラスチック成形加工学会
1988年設立。会員1,500 名。リサイクル関連行事として、講演会では「ここまで来た、どこへ行くプラスチックリサイクリング」など、年次大会・特別セッションの開催、学会特集号として「環境保全に結びつく物性向上およびリサイクル」などを行っている。プラスチックリサイクル研究委員会が活動。会員には成形屋さんが多い、樹脂メーカもいる。
15)プレストレストコンクリート技術協会
特にリサイクルに関する委員会はない。建築学会・土木学会に関連する組織。建築・土木学会の活動とほぼ同じである。
16)マテリアルライフ学会
プ ラスチック・ゴム・繊維等高分子材料、塗料、接着剤、紙、木材等天然材料、文化財、生体材料−エコマテリアルなどを対象に、劣化機構を解明し、実用材料の耐久性を評価し、その寿命を予測する。会員は400人未満であるが、世界中に類がない学会である。リサイクルとライフコントロール研究会を発足させる。
3.リサイクル工学の必要性
3.1 「リサイクル」概念の明確化
「ゼロエミッション」「循環型社会の構築」「インバースマニファクチャリング」という、次世紀に「持続可能な発展」を考える上で重要なキーワードが多く提案されている。これらのコンセプトを実現するためにリサイクルは必要欠くべからざる行為であるとされ、リサイクルの必要性をいまさら声高に述べる必要はないほどである。
と ころがリサイクルに関する研究は、前章で述べたように各学協会での取り扱いを見ても個々の研究分野におけるリサイクルに限られていて、学際的にはなっていない。学会によって使用する術語さえ共通でないため、実社会における動きを充分にリードしているとはいえない状況にある。その根本的な原因の一つとして、リサイクル工学のような、産業横断的な横糸に相当する学問体系がないことが挙げられる。
以上のように、「リサイクル」、「循環」という言葉は日常的に使われ、ある意味では誰もがその価値を疑わない概念であるように流通しているが、各人、各分野が描いているイメージはまちまちであり、共通概念とはなっていない。すなわち、commonsense
として定着した基盤を備えているとはいえない。循環型社会の形成がいわれる中で、教育・研究の分野はもとより行政施策、社会規範等において「リサイクル」の概念を明確にしていく必要性は高い。
3.2 リサイクルの意義
ここで再度リサイクルの意義を考える。現在行われているリサイクルは下記の3つのどれかに対応していると考えられる。
(1) 経済的に成立する
従来リサイクルは古紙、空き瓶、貴金属などで古くから行われてきた。これは、資源の有効利用の意味合いもあったとはいえ、基本的には経済的に成立していたものであった。つまり経済活動の中で循環できるリサイクルである。
(2) 資源の有効利用
持続可能な発展を考える場合はこの資源の有効利用が重要といわれ、枯渇性天然資源をできるだけ長く確保するためにリサイクルが必要といわれる。たとえば一般に枯渇性資源として金属資源では亜鉛がもっとも可採年数が短く約30年といわれている。
しかしながら、この年数を経済性も含めた工学的に把握することは非常に困難であり、なおオーダー的には石油資源とあまり変わらないとの指摘もあり、短期で見ればリサイクルの必要性を決定付ける項目とは考えにくい。なお木材のような植物性資源は光合成により再生可能な資源であるが、再生速度と消費速度が一致しなければ枯渇性となる。これらの資源にも配慮が必要である。したがって、リサイクルを資源の枯渇性から検討する場合はいつの時代を考えているかが重要である。
(3) 廃棄物の処理
実は、現代において最も切実な問題は廃棄物処理に伴うリサイクルである。本来廃棄物処理とリサイクルは別の事柄と考えて良い。しかしながら、地球環境問題が認識された現在では、状況が大きく変わってきた。このことは、古くはMeadowsらによる「成長の限界」ですでに指摘されている。彼らのシミュレーションでは資源の枯渇性よりも活発な産業活動による有害物質の拡散により世界人口が減少していくと指摘し、大きな衝撃を与えた。
発表された当時はその指摘があまりに遠い将来と考えられ、必ずしもその指摘に対し十分な対応が取られなかったが、現在は有害物質の拡散による影響が具体的に見られるようになり、多くの人間に問題意識を持たせている。つまり大きくなった生産活動ならびに豊かになった生活により、ある程度自然の中で循環もしくは対応できていた廃棄物が処理できなくなり、地球規模で歪みが生じ、種々の危険が顕在化した。
そこで、廃棄物に対し十分な処理を行い、その有害性を除くか、除けない場合は十分に管理した状態にすることが必要となっている。
以上のような処理を工学的に行う場合は当然物質の分離が必要となり、操作としてはリサイクルと同時に行うことが合理的である。特にこの項目は比較的に生活レベルが高いといわゆるOECD
諸国で問題とされるが、国内においても地域性(人口の過疎、文化の成熟度)によりかなりの違いが見られる。以上の必然性を持った意義の他にイメージが先行し、ただ闇雲に「リサイクルが環境によい」と認識し、リサイクルさえすれば問題が解決するような誤解を与える
ことも多い。
3.3 持続可能な発展を目指したリサイクル工学
現実のリサイクルを行なうには新たな資源やエネルギーが必要なことも多く、現状でのリサイクル率の向上が必ずしも環境負荷の低減に結びつかないこともあり、リサイクルの矛盾が指摘されることもある。真にリサイクルが人類の豊かな生活の維持と環境負荷の低減に貢献するにはまだまだ検討すべき点が多く、リサイクル工学は緒についたばかりである。その検討範囲は農林水産業、流通業、運輸業を含み人間生活のすべてにわたる。ただ基本的にリサイクルできないエネルギーを使用して行うため、合理性を有したリサイクルを行なうにはどのようにしなくてはならないかは、簡単ではない。有害廃棄物の処理とエネルギー消費はtrade
off の関係が生じることも考えられ、一方的な視点からだけでは十分効果的な成果が挙がらないと予想される。
さらに廃棄物処理を考慮したリサイクルは、社会システムとの関係が強く、単に工学のみならず、法律学、経済学、社会学とも密接に結びつく総合科学といえる。ここでは一応工学に重心を置くこととし、せめて工学分野におけるリサイクルの概念の統一や術語の共通化など検討すべきと思われる。なお、前述したようにリサイクルシステムや技術を考える場合、時間と地域との境界条件をどのように考えるかで解答が異なる可能性が強い。
今期の専門委員会でも以上のような問題提起は可能であったが、その解決にいたる議論はほとんどできていない。専門委員会として継続の必要性があると考えられる。
4.リサイクル工学専門委員会の活動経過
リサイクル工学専門委員会は,前述のとおり日本学術会議エネルギー・資源工学研究連絡委員会の中に設置された(表-1
)。
課題が広範囲な領域を含むため、日本学術会議第5部に関連する学協会に協力を依頼し,25の学協会からもオブザーバが派遣された(表-2
)。
さらに、ゼロ・エミッションプロジェクトの世話役である迫田章雄助教授(東京大学)にもオブザーバーとして参加をいただき,「リサイクル工学」に関する検討を行った。任期中に行った専門委員会およびワーキンググループ委員会(WG)は以下のようである。
第1 回専門委員会:1997 年11 月18 日
委員会の目標として、
@科研費申請の細目の中に「リサイクル工学」を入れる、
A任期中に講演会を開催する、
B従来技術とリサイクルのための新技術を分類する、
Cリサイクルの限界を明確化することなどを挙げた。
第2 回専門委員会:1998 年3 月10 日
小島圭二日本学術会議会員から本専門委員会設置の経緯が説明され、「リサイクル工学専門委員会」の今後の活動方針について検討するとともに、「リサイクル工学」の定義について議論した。「リサイクル工学シンポジウム」開催時期等を検討し,各種工学系学協会への協力体制の確立について検討した。
第3 回専門委員会:1998 年6 月16 日
迫田オブザーバーより「ゼロ・エミッション」活動に関して話題提供が行われ、それと「リサイクル工学」との概念的な共通点および相違点を議論した。また「リサイクル工学」の定義について議論を深めた。
第4 回専門委員会:1998 年9 月11 日
「リサイクル工学シンポジウム」の趣意書を作成した。植田委員より,「循環型社会における技術と社会経済システム」について話題提供され、適正なリサイクルを行うにあたっての経済的・政策的な議論を行った。「リサイクル工学」の定義についてさらに検討した。
第5 回専門委員会:1999 年5 月24 日
各学協会からのオブザーバーの参加を得て,「リサイクル工学シンポジウム」の開催概要について検討し、シンポジウムでは各学協会のリサイクルに対する現状および課題の紹介を中心に行うことを決定した。
第6 回専門委員会:1999 年7 月21 日
各学協会のリサイクルに関する取り組みが紹介され、意見交換を行うとともに,「リサイクル工学シンポジウム」の具体的な進め方を検討した。数名のパネラーを招き、彼らを交えて「リサイクル工学」の将来像について総合討論を行うことを決定した。
第7 回専門委員会:1999 年10 月5 日
「リサイクル工学シンポジウム」の開催概要案を作成し、シンポジウムの具体的な進め方、講演資料集の編集法等について検討するとともに、各学協会の今後の協力体制について議論した。また他学協会への本専門委員会委員の協力(シンポジウムへの共催、講師派遣等)についても検討し、積極的に協力することとした。
第1 回リサイクル工学シンポジウムWG :1999
年11 月18 日
プログラム、パネラー、総合討論、予算、各学協会への協力依頼方法等について具体的に検討した。また、リサイクル工学の定義ついて学協会のオブザーバーと議論を行った。本専門委員会報告書の作成にあたって、参考資料として各学協会へのリサイクル工学に関する意見書の提出を依頼することとした。
第8 回専門委員会:2000 年1 月7 日
「リサイクル工学シンポジウム」の幹事学会を資源・素材学会および廃棄物学会とし、プログラムおよびその他詳細について検討した。本専門委員会報告書の目次および執筆者を決定した。
第9 回専門委員会:2000 年4 月7 日
「リサイクル工学シンポジウム」開催の詳細準備について打ち合わせた。
第10 回専門委員会:2000 年5 月9 日
オ ブザーバーを交えて、「リサイクル工学シンポジウム」の直前打合せをするとともに、各学協会からの原稿の集まり具合をチェックした。
第11 回専門委員会:2000 年6 月27 日
「リサイクル工学シンポジウム」第1 日目の発表内容について検討、第2
日目の特に総合討論の進め方について議論した。また、専門委員会の報告書に盛り込むべき事項について議論した。
以上の委員会を通じて,「リサイクル工学」を以下のように定義した.
「リサイクル工学」とは、物やサービスの生産、流通、消費の過程で生じる発生物1))を、経済・エネルギー消費・環境負荷の上から2)合理的に循環利用する工学3)である。
1) 生産、流通、消費の過程で発生し、その時点では有価物と判断されないものすべてを対象とする。
2) 持続可能な生産から消費の流れを目指して、LCA
のような観点からみても健全な技術・システムを追求する。
したがって、評価の枠組みには、生産段階から最終的な処分までが含まれる。
3) 再生利用のための要素技術だけではなく、リサイクルの流れを取り扱うシステム技術も含まれる。
例示的には
@不要な発生物の減量やリサイクルに繋がる生産、
A繰り返し利用、原材料資源や有用物への再生利用、他の生産・流通・消費へのカスケード利用に繋がる生産・流通・分離技術、
Bエネルギーなどの有用資源の回収を含む処理処分など。
5. リサイクル工学シンポジウム
2000 年6 月27, 28 日にわたる1 日半の日程でリサイクル工学専門委員会が主催して「リサイクル工学シンポジウム−分野間交流とリサイクル工学の発展を目指して−」を開催した。期間を通じての参加者は258
名を数えた。初日の午後と2 日目の午前にはこのシンポジウムに関心を示された28
学協会から特に積極的であったエレクトロニクス実装学会、自動車技術会、マテリアルライフ学会、化学工学会、高分子学会、プラスチック成形加工学会、鉄鋼協会、資源・素材学会、土木学会、日本建築学会、粉体工学会、日本下水道協会、廃棄物学会からそれぞれの立場でのリサイクルの係わりについて報告を行なってもらった。
2 日目の午後からシンポジウム主催者を代表し専門委員会委員長である京都大学
武田信生教授、工学的立場から東京大学 前田正史教授、経済学の視点から慶応義塾大学
細田衛士教授、法学の立場から学習院大学 大塚
直教授と幅広い分野からお招きした専門家を交え、京都大学
植田和弘委員の司会でパネルディスカッションを行なった。以下はその報告ならびに議論された内容の概略である。
各学会のリサイクルに関する考え方や取り組みの詳細は、本シンポジウム講演資料集に譲り、ここでは省略する。ただその考え方は、学会によってかなり異なることが明確になり、本シンポジウムの副題にある分野間交流の必要性をあらためて認識することとなった。リサイクルに関する専門部会や委員会を常設し、かなり切実な形で取り組んでいる学会もあれば、強い興味はあるがまだそこまで組織化されていない学会もあり、それぞれ学会の成り立ちをはじめとする歴史によって大きく異なっている。しかしながらリサイクル工学専門委員会に期待するところはいずれの学会も大きい。
その中でも要約すると
@リサイクルの成否を評価する評価軸を明確にする。
A異分野の情報を整理して供給する。
それができないなら少なくとも情報交換の場として機能して欲しい、との希望が最も多かったといえる。特に@に関しては、評価法の一つとして比較的よく使用されるLCA
(特にCO2 排出量)だけでなく、廃棄物処理との係わりで有害物の処理、資源の枯渇性、それと最も切実な経済性などがあり、それらを統合するかもしくは優先順位を決定するかなどの困難なところまで踏み込んで欲しいとの意見もあった。
パネルディスカッションでの総合討論はパネラーの方の発表時間をできるだけ短くしていただき、実際の討論に時間を十分にとる配慮のおかげで、パネラーの方の意見だけでなく、会議に出席された方からの質問、意見が十分に出され、非常に盛り上がりのある内容の濃い討議がなされた。例えば、武田委員長が示した当専門委員会でまとめたリサイクル工学の定義に対しても、それぞれの立場から意見が出され、さらに検討を要する可能性も出てきた。リサイクル工学の枠組みをどこまで広げるかの議論も活発に行なわれた。
細田教授、大塚教授には、経済、法律の立場からの解説に対して、参加者の多くをしめる工学系の方々から質問が出され、当然であるがリサイクルが工学だけの問題ではないことを再認識する結果となった。特に税制や法律による規制の困難さがより明確になった。議論は、技術のあり方よりも法律、経済や人間の感性までも含めた社会システムの問題に集中する傾向があったが、評価の際考えるべき時間と空間の境界条件に対する前田教授の現実に即した考え方は一つの問題解決の方向を示していると思われる。
最後に司会の植田教授が「技術と経済システム間のインタラクションの成立、技術開発の成果が活かせるシステム作りが重要である。」とまとめ、討議を終了した。
本シンポジウムならびに報告書をたたき台としてこれからさらにリサイクル工学に関する議論が深まり、新しい学問体系として発展することが期待される。
6. 提言
20 世紀には科学技術の発展が人類の福祉に大きな貢献をしてきたことは肯定的にとらえられる。しかしながら、60
億の人口を抱える現在、地球環境を維持していくためには生産に偏った従来型の社会システム・生産システムには限界が見られ、循環型の社会システムをいそぎ構築していくことが重要であり、21
世紀に課せられた大きな課題であるといえる。
したがって、その一翼を担う工学として「リサイクル工学」の発展は大いに期待されるものである。本専門委員会では「リサイクル工学」の発展のために以下のように提言する。
1) 分野横断的な交流を促進するために、従来の学協会の枠を超えたシンポジウム等を定期的に開催できる仕組みを作る必要がある。「リサイクル工学」を冠した学協会を新たに立ち上げるよりは、分野の性格からして学協会の枠を超えて参加するような場を作ることが重要であると考える。
2) 高等教育機関において「リサイクル工学」を教育・研究するシステムを作ることを検討する必要がある。その際、「リサイクル工学」が従来型枠組みの中の一つとなることは好ましくない。たとえば、機械工学や電子工学を専攻する学生もカリキュラムの中でリサイクル工学に関する教育を受けるようなシステムとするべきである。
3) 「リサイクル工学」の教育・研究を発展させるためには、「リサイクル工学」が一つの学際領域として認知されることが重要である。
4) 「リサイクル工学」の包括する範囲は広く、既存の学協会の協力を得ながらその概念や原理の確立が必要である。
表-1 リサイクル工学専門委員会の構成
世話担当会員 小島 圭二(東京大学名誉教授、地圏空間研究所所長)
委員 長 武田 信生(京都大学大学院工学研究科環境工学専攻教授)
幹 事 大和田秀二(早稲田大学理工学部環境資源工学科教授)
幹 事 田中 信壽(北海道大学大学院工学研究科環境資源工学専攻教授)
委 員 植田 和弘(京都大学大学院経済学研究科経済動態分析専攻教授)
委 員 中村 崇(東北大学素材工学研究所教授)
表 -2 リサイクル工学専門委員会オブザーバー(学協会5
0 音順)
学 協 会 名 | 勤 務 先 | 氏 名 |
東京大学生産技術研究所 | 迫田 章義 | |
IEEE-CS EEC | 日本委員会東京大学先端科学技術研究センター | 須賀 唯和 |
エレクトロニクス実装学会 | 井戸 潔 | |
(社)化学工学会 | 神戸大学工学部応用化学科 | 薄井 洋基 |
(社)環境科学会 | 国立公衆衛生院 | 井上 雄三 |
(社)軽金属学会 | 田辺 義典 | |
(社)高分子学会 | 工業技術院物質工学工業技術研究所有機材料部 | 増田 隆志 |
(社)資源・素材学会 | 同和鉱業(株)環境事業本部 | 泉川 千秋 |
(社)自動車技術会 | 群馬大学工学部機械システム工学科 | 天谷 賢児 |
(社)電子情報通信学会 | 日本電気(株)資源環境技術研究所 | 岸田 俊二 |
(社)土木学会 | 広島大学工学部第四類 | 河合 研至 |
(社)日本経営工学会 | 東京理科大学経営工学科 | 梅村 守 |
(社)日本建築学会 | 北海道大学大学院工学研究科 | 友澤 史紀 |
(社)日本下水道協会 | 樽谷 隆雄 | |
(社)日本原子力学会 | 東京工業大学原子炉工学研究所 | 藤井 靖彦 |
(社)日本工学会 | 須田 了 | |
(社)日本水道協会 | (社)日本水道協会工務部技術課 | 長倉 祐之 |
(社)日本鉄鋼協会 | 住友金属工業波崎研究センター | 丸川 雄浄 |
(社)日本伝熱学会 | 東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻 | 庄司 正弘 |
日本燃焼学会 | 東京工業大学工学部機械宇宙学科 | 宮内 敏雄 |
(社)日本非破壊検査協会 | 京都大学大学院工学研究科資源工学専攻 | 花崎 紘一 |
廃棄物学会 | 北海道大学大学院工学研究科環境資源工学専攻 | 田中 信壽 |
粉体工学会 | 東北大学素材工学研究所 | 斎藤 文良 |
(社)プラスチック成形加工学会 | 京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科 先端ファイブロ科学専攻 |
木村 照夫 |
(社)プレストレストコンクリート技術協会 | 太平洋セメント研究本部TMG | 富田 六郎 |
マテリアルライフ学会 | 神奈川大学大学院理学研究科 | 大石不二夫 |
参考資料
日本学術会議
エ ネルギー・資源工学研究連絡委員会リサイクル工学専門委員会(議論の中間的集約)
平成1 0 年9 月
こ の冊子は標記専門委員会での4 回にわたる議論を整理したものであり、各位のご意見をいただく際の参考資料にして頂ければ幸いである。
リサイクル工学専門委員会の基本的役割
循環型社会形成のために重要な役割を果たすべき「リサイクル工学」の意義を明らかにし、現状分析、将来予測を行い、将来の研究の方向、研究条件・研究体制のあり方について提言する。
第17 期の主な課題
「リサイクル工学」の定義を明らかにし、各学問分野(学協会)に分散している研究者に交流の場を提供し「リサイクル工学連合シンポジウム(仮称)」を開催すること等により学際的研究発展の基盤を作る。いまなぜ、「リサイクル工学」をとりあげるのか今では「リサイクル」という言葉は日常的に使われ、ある意味では誰もがその価値を疑わない概念として流通しているように見られるが、各人の描いているイメージはまちまちであり、共通概念とはなり得ていない。すなわち、common
sense として定着する基盤を備えているとはいえない。
循環型社会の形成がいわれる中で、教育・研究の分野はもとより行政施策、社会規範等において「リサイクル」の概念を明確にしていく必要性は高い。一口に「リサイクル」といってもその範囲は広く、ここではその技術的側面である「リサイクル工学」についてひとまず明らかにしていくことが重要な仕事であると考える。
「リサイクル工学」を検討するためにまず必要なこととして次の点をあげた。
1) 背景…いまなぜ、リサイクル工学なのか。
2) 定義…リサイクル工学とは何か。
3) 範囲…リサイクル工学の境界をどこに置くのか。
「リサイクル工学」とは………その定義
「リサイクル工学」とは、物やサービスの生産、流通、消費の過程で生じる発生物1)を、経済・エネルギー消費・環境負荷の上から2)合理的に循環利用する工学3)である。
4) 生産、流通、消費の過程で発生し、その時点では有価物と判断されないものすべてを対象とする。
5) 持続可能な生産から消費の流れを目指して、LCA
のような観点からみても健全な技術・システムを追求する。したがって、評価の枠組みには、生産段階から最終的な処分までが含まれる。
6) 再生利用のための要素技術だけではなく、リサイクルの流れを取り扱うシステム技術も含まれる。
例示的には
@不要な発生物の減量やリサイクルに繋がる生産、
A繰り返し利用、原材料資源や有用物への再生利用、他の生産・流通・消費へのカスケード利用に繋がる生産・流通・分離技術、
Bエネルギーなどの有用資源の回収を含む処理処分など。
「リサイクル工学」を学際領域として立ち上げる意義
20 世紀を支えた科学技術の進歩は人類のために大きな貢献を果たしてきた。しかしながら、その基本的な特徴の一つであった生産性重視の思想は大量生産に繋がり、大量生産は大量消費・大量廃棄によって支えられてきた。人類の活動が地球的規模に膨らむにつれ、地球的規模での資源枯渇や環境汚染の問題が顕在化し、世紀末を迎えるに当たって文明観そのものの転換が迫られること
となってきた。
「持続可能な発展(sustainable development)」が地球環境問題を解く一つのキーワードとなり、これは「循環型社会の形成」によってはじめて実現可能であると見られるようになってきた。こ
のような状況の中で、各工学分野でリサイクルを促進するための技術開発が活発に行われている。しかし、リサイクル技術を飛躍的に発展させ、生産を持続的発展可能な形に転換していくためには、リサイクル工学としての基本的なprincipleの確立、リサイクル対象物や技術に関する横断的な交流などが必要であり、学際領域としての活動基盤作りが必要である。
「リサイクル工学」の分野のひろがりは
リサイクルの対象となるものを廃棄物の種類でみると、容器包装材、家電製品、自動車、建設関連、農林水産関連などに、また、素材の種類でみると、鉄、非鉄金属、プラスチック、木、紙などとなり、これらがマトリックスとなって関連するので分野のひろがりは無限であるといっても過言ではない。また、リサイクルが成立する社会的条件等も関連するので心理学、法学、経済学等の人文系分野も関連する。
「リサイクル工学」に関する議論は
○ リサイクルの技術的成立条件と社会的成立条件を明確にし、その関連を検討する。
○ 緊急性を要する課題と中・長期的な課題を整理するとともに、それぞれに対する処方箋を確立することが重要である。
○ リサイクルのための製品設計(易リサイクル設計)も重要なテーマである。
○ リサイクル技術を評価する判断基準を検討し確立する必要がある。
○ LCA の活用も重要であり,特にリサイクルに関する評価手法の確立はLCA自体の普及・発展においても必要である。
○ リサイクリングの「資源延命」に対する寄与の度合いを明確化するために,単なる「耐用年数」でない,各種元素の資源寿命に関する適切な指標を定義する必要がある.
考察していくためのキーワード・キーセンテンス
・ エネルギーについてどのように扱うのか?
・ 自然的循環と人為的循環?
・ 経済原理にのったリサイクル?廃棄物処理としてのリサイクル?
・ 資源延命リサイクルと環境調和性リサイクル?
・ LCA 、クリーナープロダクション、インバースマニュファクチャリング、ゼロエミッション?