計測工学の体系化について
−計測工学の役割と教育・研究の課題及び提言−



「工学共通基盤研究連絡委員会計測工学専門委員会報告」


平成12 年7 月17 日

日本学術会議
工学共通基盤研究連絡委員会
計測工学専門委員会


 この報告は,第17 期日本学術会議工学共通基盤研究連絡委員会計測工学専門委員会が計測工学の体系化小委員会の調査結果に基づき審議した結果を取りまとめ,発表するものである。

[計測工学専門委員会]
委 員長
 舘 ワ(東京大学大学院工学系研究科教授)
幹 事
 小林 彬(東京工業大学大学院理工学研究科教授)
幹 事
 井口 征士(大阪大学大学院基礎工学研究科教授)
委 員
 荒井 郁男(電気通信大学電気通信学部教授)
 石井 六哉(横浜国立大学工学部教授)
 大園 成夫(東京大学大学院工学系研究科教授)
 金井 寛(上智大学理工学部教授)
 高木 相(東北文化学園大学科学技術学部長)
 長松 昭男(法政大学工学部教授)
 矢野 宏(財団法人日本規格協会参与)

[計測工学の体系化小委員会]
委員長
 小林 彬(東京工業大学大学院理工学研究科教授)
委 員
 井口 征士(大阪大学大学院基礎工学研究科教授)
 石川 正俊(東京大学大学院工学系研究科教授)
 大手明(株式会社横河総合研究所主席研究理事)
 小池 昌義(工業技術院計量研究所
            産学官連携推進センター長)
 佐藤 宗純(工業技術院電子技術総合研究所主任研究官)
 田中 正吾(山口大学工学部教授)


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目 次

はじめに;背景及び問題意識

第1 章 計測工学の基盤
1 .1 計測の様相
1 .2 計測の基本構造;間接計測,逆問題の解法
1 .3 計測分野の広がり;計測構造の類似性と相違性
1 .4 計測の評価

第2 章 計測工学のシステム化
2 .1 計測システムの構造
2 .2 センシングのシステム化
2 .3 パターン計測認識系の設計
2 .4 感覚計測及び評価技術
2 .5 動的計測技術の必要性
2 .6 計測ソリューション

第3 章 大学における計測工学の教育の現状と問題点

第4 章 計測工学に関する提言



◇はじめに;背景及び問題意識

 本第17 期計測工学専門委員会の報告書は計測工学の体系化小委員会の調査結果に基づき審議した結果を取りまとめたものである。

 当計測工学の体系化小委員会は,第16 期「計測工学の体系化」小委員会の後を受けて発足した。第16 期小委員会は,約2 年間の活動を続け,計測方法,計測技術の広がりの現状を俯瞰すると共に今後の発展の可能性を展望して,体系化の必要性を示唆した。

 すなわち,計測工学は理学,工学のみならず,農業,医学,土木など極めて広い分野に渡って深い関わりを持つ種々の計測技術の集積であるが,技術の進歩が速く,様々な技術の集約に依り成立すると共に,広範囲な分野に適用されている通り横断的性格が強い。このため計測固有の議論を積み上げる機会とその意識が少なく,長い歴史を持ちながら,その学問としての体系化が不十分である。

 このような結果,研究開発を円滑に進める方法論や教育等,研究者・技術者の養成に問題が生じている。
当小委員会はこのような問題意識を引継ぎ,さらに前進した議論を積み重ね,計測工学を体系的に理解する上で核となる基礎的概念を明確化することを目的とした。

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第1 章 計測工学の基盤

1 .1 計測の様相

 計測技術には古代に遡るまでの長い歴史があり,これまでの間多様な変貌を遂げて きたが,20 世紀後半:第二次世界大戦後からの変化は特に顕著であり,生産活動へ の応用が始まり,その後急速な発展を示した。その発展の経過を大胆に概観すれば以 下のようである。

1 )計測技術は,当初からさまざまな分野で独自に出現し,相互の関連もないまま固 有の発展の道を進んだ。

2 )その後,共通の基盤技術として広く認識されるようになった。このような流れの 中で,計測素子が変換検出器あるいはトランスデューサと呼ばれていた時代があり, そこでは圧力を機械量に,あるいは流量を圧力差にといったさまざまな変換をすべて 計測として扱っていた。

3 )半導体技術の発展と共に,エレクトロニクスが技術の中心になって来ると,電気 量の扱いが益々便利になったため,計測においても多種多様な信号を電気信号に変換 することが主流となり,このような中で,変換のための計測素子を「センサ」と呼ぶ ようになった。

4 )コンピュータの出現により,従来計測器に求められていた線形性といった条件が 容易に克服され,多様な入出力特性を持つ変換素子が「センサ」として利用されるよ うになり,計測技術の幅が広がった。1970 年代前半,コンピュータ計測の到来であ った。

5 )この時期から約20 年,計測工学は日本の重工業,プロセス産業,ロボット技術, エレクトロニクス産業などにおいて重要な基盤技術となり,計測工学が本領を発揮し た時代であった。大学においても,計測と制御は学問としても重要性が認知され,確 固たる地位を築いていた。

6 )1980 年代の後半から,あらゆる産業で多様化やフレキシビリティといった個性 が広範囲の分野で求められ,共通の基盤技術としての位置付けだけでは対応が難しく なり,個別の分野ごとに先端技術の粋として「計測」への取り組みが重視された。マ テリアル産業,精密機械産業,宇宙開発において典型的な例が見られる通りであり, 新たな分野別固有計測技術の開発が要請された。

7 )しかしながら,分野別に固有な計測技術を開発する場合でも,これら広範で個別 的な応用の根底に横たわる共通の「計測」という先端技術を認識し,改めて「計測」 という切り口で既存の計測技術の体系化を行うことが重要で,今後の進展を求め,効 率良く次なる先端技術を開拓する取り組みが必要である。

8 )以上の意味では,機械,電気,化学,材料といった縦糸的な学問と同等に,計測, 制御,システムといった横糸的な技術の進化を推進することが,新しい産業の創出の みならず,学問の多様化を促す上で重要であると言える。

9 )ともかく,以上の発展の中で計測の構成も順次複雑で高度なシステムとなり,周 辺技術の多様な成果やアルゴリズムを取入れ,小型化や高密度化,知的システム化の 道を辿りつつ,さらなる高度化の道を進んでいる。

 以上,計測技術を開発すると言う事は単に目的とする量が測れればよいというだけ でなく,与えられた情況・環境の中で,様々な拘束条件を克服して,必要な機能・性 能を実現しなくてはならない。

 このためには,様々な技術・手法を複合的に組上げ,ある種の最適化が施された形 で問題が解決される必要がある。従って,問題の解決体系をシステムとして捉えるこ とが重要で,ニーズに対するシーズの提案に留まらず,的確な「ソリューション」を見 出す考え方が強く意識されなければならず,このための手法や多様な要素技術が系統 的に整備されていることが望まれる。

 計測工学を適用する分野はますます増加しているが,計測技術者・研究者の数は必 ずしも多くなく,大きなギャップが生じていると言え,円滑な計測技術の開発,発展 を促すこと,必要な技術者・研究者を育てるに寄与するよう,計測工学の体系化を図 る必要がある。


1 .2 計測の基本構造;間接計測,逆問題の解法

 複雑で高度な発展を遂げた結果,計測系のほとんどは間接計測の形態をとるように なった。計測したい量を一度他の量に変換したものを測定し,此処での変換に利用さ れる現象・効果等の特性を逆に辿り,目的とする量の値を決める方式が採られている。 この現象・効果等の特性を逆に辿るということは,1つの逆問題の解法を進めている 訳であり,この意味で,最近の計測系の基本構造は変換・逆変換構造をしていると言 える。この場合,変換後の値を測定する際環境雑音源からの影響が混入し,これが結 果として誤差(出力に現れる雑音成分)を生む大きな要因となる。良い計測法とは,結 果としてこれら環境雑音源からの影響を最小化したシステムのことである。ある計測 環境下で優れた計測システムでも,別な計測環境下では充分な計測性能を実現できな いことも有り得ることで,計測システムの評価は計測環境条件を明らかにして議論さ れなければならない。この意味では,計測システムの設計は,環境条件等を拘束条件 とした最適化問題と言える。

 一方,このような構造はさらに複雑になり,ある計測法を前提とし,それらをさら に組合せて別な計測方法を実現する階層的な構造が構築される。

 このような意味から計測技術の基礎的部分に遡って考えていくと,電気計測技術が その基盤に位置することが分かる。
 以上に関連し,CT ( Computed Tomography)技術は,計測系の基本構造が変換・ 逆変換構造にあることを認識するについて極めて大きな役割を有している。すなわち, X 線CT の場合,知りたいことは例えば脳内の出血の状態や脳腫瘍などの特殊な細胞 の存在の有無である。そこで,それら細胞等がX 線吸収係数の上で異なる値を持つこ とに着目し,X 線吸収係数の分布を計測してその分布の形の判断から目的を実現しよ うとしている訳である。抽象化して考えると,直接測定可能なものは,X 線吸収係数 を積分した画像であり,それらはX 線吸収係数の分布に関する連立積分方程式して記 述される。このことを明らかにし,それを解く方法があることを示して,今まで手術 以外には全く知る由も無かった内部状態を,手術無しに知る方法を提供したのである。 つまり,特殊な逆問題を解くことにより,今までに無い計測技術が開発できることを 証明した。

 敷衍して言えば,計測原理の開発は,一般的にある逆問題を解法するアルゴリズム の開発として理解でき,このようなことに数理的・構造的な根拠が与えられた訳で, このような視点から新たな計測手法の開発が始まっている。


1 .3 計 測分野の広がり;計測構造の類似性と相違性

 計測分野によって,計測の対象,手法,内容等は異なるが,計測構造という抽象的 な観点から見ると類似性が見られ,いくつかの種類に分類される。また,測定対象や 測定に使用する媒体は物理的には異なるが,数学的記述が同じ場合には,類似の計測 手法がとられる。それらの類似性と相違性には以下のような側面がある。


1 .3 .1 計 測の構造からみた分類

(1) 手法からみた分類
 計測手法を分類するための,基本的な区別である。
 偏位法,零位法,合致法,差動法,補償法,置換法などに分類される。

(2) 方式からみた分類
 計測対象をどのように取り扱うかを決める要素であり,これにより計測システムが 大きく変わる。
 能動/受動,接触/非接触,侵襲/無侵襲,直接/間接,順問題/逆問題などに分 類される。

(3) 計測量の選択による分類
 「計測対象をどの方向から眺めるか」という,直接に計測する量の選択に関わる区 別である。例えば,周波数領域と時間領域はフーリエ変換の関係にあるから,連続波 を用いた反射強度の周波数特性の測定とパルス波を用いた反射波の形状測定では, (適切な周波数範囲とパルス波を選択すれば)両者とも同等の情報が得られる。どち らの方法を選ぶかは,精度,計測時間,計測の容易さなどから選択することになる。 周波数領域/時間領域,力学場/運動量の場,波動性/粒子性などに分けられる。 (4) 精度向上・機能向上の観点からの分類
 感 度の向上とダイナミックレンジの拡大は一般に相反するが,いずれかを実現する ための信号に定数をかける「てこ」などの機構,多重反射や光ファイバセンサの多重 巻きあるいは同期加算などによる繰り返し測定の実現,既知の量との差分や既知周波 数とのビートによる測定量を浮き上がらせる手法などがある。乗算/除算構造,加算 構造,減算構造などに分類できる。


1 .3 .2 波 動を利用する計測の類似性/相違性
 電磁波(いわゆる電波や光,X 線)と音波(超音波を含む)は,波動方程式に従う 波動であるため性質は類似しており,計測への応用においても同じような計測手法が 考えられる。
 (1) ホログラフィ技術 (2) 2 次元画像計測(干渉計測,顕微鏡,写真) (3) CT 技術
 (4) レーダ技術 (5) 速度計測
などに見られる通りであるが,数学的取り扱いが似ている反面,相互作用を行う物質 や寸法など物理的性質は異なる。取り扱う寸法や分解能は用いる波動の波長に関係す る。また波動の周波数は,波のまま取り扱うか電気信号としての取り扱いが可能かを 決める要素となる。また,2 次元情報を直接取り扱えるかどうかも,測定系の構成の 違いに関係する。

1 .4 計 測の評価

 計測は,計測の対象を正しく測定し,評価し,予測することによって,対象にアク ションを取るために行われる。ここで,「計測」とは,計測の問題が生じ,目的に添 って測定計画を立て,測定を実施し,データを解析し,測定結果を有効に活用するア クションを取るための体系である。その中の中核となるのが,「測定」という作業で ある。測定とは,対象の量を基準に照らし合わせて数値として表現する作業である。 その数値は測定値として報告され,それに基づいて,判断が行われ,アクションを取 ることになる。

 したがって,計測を評価するための前提として,測定そのものが目的に合ったもの である必要がある。さらに,測定の結果得られる値である測定値の信頼性を定量化す る必要がある。そのために,測定の誤差評価が行われる。「誤差」とは,測定値と真 の値との差であり,真の値とは対象の実体である。実体からのずれを定量化したもの が誤差で,実際の誤差がどうなっているかを知り,誤差が要求を満足しているかどう かを評価しなければならない。

 すなわち,計測の評価とは,計測の合目的性と測定値の正確さを評価することであ る。評価を行うに当たっては,結果である測定値からだけで判断するのではなく,測 定に使用するハード・システム,計測を行う過程(プロセス)からの判断が必要にな る。

1 .4 .1 計 測に要求されるもの

 社会において広く計測あるいは測定が行われているが,それを目的の面から整理す ると次のような場面があげられる。
@人間の行動のための五感による計測(生存のための計測)
A知識の獲得のための計測(科学的合理性)
B取引・証明のための計測(社会的正義)
C生産活動のための計測(技術的合理性)
D人の行動評価のための計測(心の働きの計測)

 ここで,計測の体系化の検討対象となるのは,A〜Dの中での社会的な目的を持つ 計測である。しかし,もともと,計測の始まりは,人間の五感をセンサとした生存の ための計測であったといえる。

 知識獲得のための計測Aでは,物理的現象を観測し,それを一般的な法則として抽 象化するための実験・計測データが得られる。研究・開発段階の計測に相当する。多 くの物理現象は比例的であり,量は人間にとって直感的に分かりやすい比例的な関係 として表現される場合が多い。測定の機能として,測定対象である量の物理尺度の比 例性を確保することが要求される。最初は,比例定数を未知/既知の定数としておい たとしても,比例的な尺度が構成できればよい。測定の評価としては,感度係数がな んであれ物理量と測定値の間の比例関係に着目すればよい。比例的な尺度が作成され た上で,センサなどの非線形性が議論されることになる。

 B〜Dは社会的なシステムとして計測が行われ,そこでは,結果に対して社会的な 共通性が要求される。例えば,取引の場合には,当事者間の合意に達するだけの合理 性が必要である。本来ならば,結果がいかに誤差を持っていようと,納入側と受け入 れ側の取引の当事者が測定の結果に対して合意すればよい。

 しかし,実際には,その結果の影響が単にその当事者だけにとどまらず,社会全体 に関わるという取引自体の社会性と社会的正義の観点から,計量法などにみられるよ うに,測定の確かさの確保のための方策が要求されるようになる。
 生産活動のための計測において確かさが必要なのは,技術的な合理性を確保するた めである。本来,ある製品の生産システムであれば,関連した一連の生産系列という 閉じた系における計測の共通性があればよい。

 現実には,正確さについても,複雑な物理・化学的な現象を活用して生産が成り立 っていること,個々の生産システムが複雑に絡み合っていること,また,生産された 製品が社会性を持っていることから,トレーサビリティ体系や計測器の校正技術など の助けをかりて,その絶対値を確保せざるを得ない状況にある。品質システムの国際 規格ISO9000 シリーズの中で,品質システムの要件として計測のトレーサビリティの 確保が上げられているのは,個別的に共通性を確保するのではなく,絶対値を通して 計測の共通性を確保するためである。

 このように,社会システムの中での計測においても,そのシステムだけで完結する ことはなく,その目的を達成するためには正確さを含めた計測の確かさが要求される。


1 .4 .2 測 定の評価の基本

 計測システムを評価するということは,計測自体を計測することに他ならない。た だ単に測定を積み重ねればよいというわけではなく,何を如何に評価するかという, 評価の方法論が重要である。

 計測は,本来,対象物の性質に関する定量的な情報を取り出すことを目的として行 われる。測定を可能にしていく上での初期段階では,観測によって定性的な情報が取 り出されるという形での物理現象の発見または検出が重要であるが,その物理現象を 利用していくためには,計測の高度化により定量的な情報を正確に獲得することが要 請される。計測の高度化の中では,目的特性とそれを代表する計測特性の関係の研究 が行われ,計測特性の測定で目的が実現されるが,計測特性の選定の一般論はまだ確 立していない。

 測定項目が決められた時点では,計測システムの評価の問題は測定システムの誤差 評価の課題として検討される。この場合,測定システムの機能は,「対象物の性質を 基準に照らし合わせて数量化する」ことにあり,最終的に測定結果を数字として表す ことが要求される。その測定結果の誤差の大きさは,測定値の信頼性を表現している。

 従来,測定の誤差は計測器に固有であると考えられてきた。しかし,測定をシステ ムとしてみたとき,測定器だけでなく,測定の環境条件,装置などの設定条件,測定 者などが関係している。測定値はあくまでもこの測定システムの出力である。さらに, その測定システムにおいて,どのような校正を行っているか,そのためにどのような 標準を使っているかが関係している。その意味で,測定の誤差は,測定あるいは計測 システムに依存したものである。

 また,誤差を評価する場合に,個々の測定値の誤差を確定するためには真の値が必 要であるが,誤差の大きさを推定するには必ずしも個々の誤差を必要とせず,測定値 の分散から推定することが可能である。そのためには複数のデータを採集する。どの ようなデータを,どのような要因のもとでのばらつきを表す分散を計算するか,かた よりと認識された量に対してどのような対策をとるか,などを評価の立場から決める ことが必要である。


1 .4 .3 測 定器の精度評価:従来の方法

 統計的な面での検討に基づいたJIS の原案「計測器の性能通則(精度に関するもの)」 (以下,性能通則という)は,機械計測分野での古典的な誤差評価の方法がまとめら れたものである。しかし,この原案は,作成された1978 年当時の日本においてはまだ 受け入れられるものではなく,最終的には廃案となり,規格化されなかった。

 性能通則では,性能の表示を,その対象と目的によって,個別性能と保証性能に分 ける。個別性能は,個々の計測器について評価された性能であり,成績書等に記載さ れる。保証性能はある指定された形式の計測器のメーカ,あるいは検査機関が保証す る性能でありカタログや工業規格等に規定される。
更に測定器の性能を表わす項目と しては,大きく,
 @ 表す値の不確かさ;静的な指示の誤差に関するもの
 A 表す値の安定性;時間及び外部又は使用上の条件に対する安定性
 B 入出力の対応性;入力と出力の対応関係
の3つに分類している。


1 .4 .4 測 定値の不確かさ評価:新しい表記方法

 前項で述べたような技術分野による評価の考え方の違いは,国によってもあり,世界的にも統一がとれていなかった。それに対して,1993 年に発行されたISO ガイド「計測における不確かさの表現のガイド」(以下,不確かさガイド,と呼ぶ)の考え 方は,今後,計測結果の報告をするための世界的な標準として使われると考えられる。 ガイドでは,測定値を報告するとき,「測定結果の完全な記述」として,測定値とそ の値の信頼度を不確かさを用いて記述することを要求している。

 不確かさガイドのなかでは,信頼性を表す指標として,「誤差」ではなく「不確か さ」という概念が用いられる。「誤差」は「測定値と真の値の差」を意味し,測定に より求めようとする真の値を基礎にしているため,その値は不可知である。誤差,あ るいは,真の値を推定する方法は,技術の水準,測定の方法などによっていろいろで あり,そのために混乱していたという認識を基礎にしている。それに対して,「不確 かさ」を測定値のばらつきを表すパラメータとして定義し,標準偏差や区間によって 定量化するという方法を提起した。標準偏差で表した不確かさを標準不確かさと呼ぶ。

 不確かさの成分は,その値を評価する方法により分類され,評価方法にはタイプA, あるいは,タイプB の方法がある。タイプAの評価とは,統計的な方法による不確か さの評価であり,タイプB の評価とは,それ以外の方法による評価である。従来の偶 然誤差,系統誤差という誤差の分類は,測定値への影響の仕方による分類であったが, ここでは評価方法の分類という立場をとり,分類の客観性を確保している。また,各 成分を1 つの数字にまとめるためには,各成分が標準不確かさで求められていること を前提にして,分散の合成方法を利用した2 乗和による合成を行うことにより「合成 標準不確かさ」を求める。さらに,測定値のばらつきの大部分を含む区間を定める「拡 張不確かさ」を求めるには,合成標準不確かさに包含係数kを乗ずる。包含係数k は, 標準不確かさの信頼度を表す自由度と,区間に含まれる割合を表す信頼の水準とによ って決まるが,それは当然,測定値の分布の形に依存する。正規分布の場合はt分布 による推定が行われるが,そうならない場合の値の確定は難しい。

 計測結果を報告するときに,測定結果である量の値の他に,その値(測定値)の信 頼性を表す値として「不確かさ」も併せて報告することが要求される。測定の結果と して測定量の値だけでなく不確かさをセットにして報告する,ということは,単に測 定量の値を出すという測定をするというだけでなく,その測定自身を対象化した評価 が要求されることになる。タイプB の評価は,測定者の技術力が直接問われる部分で ある。また,タイプA の評価では,その計測に関わる技術力とそれを評価する立場で の統計に関わる知識との総合的な力量が問われることになる。


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第2 章 計測工学のシステム化


2 .1 計測システムの構造


2 .1 .1 計測の目的と計測システムの構造

 計測には目的があり,被測定量の特性の違いに応じて分類してみると,大きく次の 3 つになる。
@物理モデルが存在する場合(例:物理量化学量の計測)
A認識モデルが存在する場合(例:パターン計測)
B物理モデルも認識モデルも存在しない場合(例:感覚計測・心理物理計測)
 計測の方法は,主観計測から始めて,可能であれば他覚計測を実現することに焦点 があり,個人差の処理や環境依存性の排除が主たる問題となる。


2 .1 .2 計測システムにおける処理の考え方

 今,測定対象となる系の内部状態をx(t),センサの内部状態をs(t)とすると,系を 支配する現象を記述する方程式群は,基本的にこれらの内部状態と外部との入出力等 で表現される。理想的にはセンサの内部状態そのものが必要とする情報であればよい のであるが,一般には,系を支配する方程式群から導出される内部状態は系の内部状 態に何らかの演算が加えられた形で表現される。

 センサ出力に何らかの処理を施すのは,不用な情報を含むセンサ出力から,不要な 情報を除去し,必要な情報を抽出・選択するためであり,対象の系の物理現象を利用 してきた従来からのセンシング方式を,処理モジュールを含ませた形に移行させただ けである。従ってセンシングのシステム化が進んでも,センシングの基本的な考え方 は変化しない。すなわち,「計ること」と「計って処理すること」は,基本的に等価 である。従来のセンシングが物理世界のままで処理していたのに対して,今後は論理 世界での処理も同等に扱うことになる。


2 .1 .3 能動的センシング

 これまで,能動的センシングは,エネルギーの流れとして,測定装置からエネルギ ーを供給する場合のセンシング形態を指していたが,近年,情報の流れの意味で能動 性を定義する事が多くなった。つまり,何らかのアクチュエータを用いて測定対象の 系に情報を与え,それにより必要な情報を得る計測方法を意味している。アクチュエ ータが動けばセンサの出力も変化すること(自己受容性=proprioception)を意味し, 空間的な分布を時間的な分布に変換する機能も有している。
 このような特徴を生かした能動的センシングの一般的な目的としては,(1)対象の探 索,(2)局所性の回避,(3)空間分解能の向上,(4)動特性の計測や補償等が挙げられる。 空間分解能の向上や動特性の補償は,センサの性能の悪さをセンサの動きによつて補 償しようとするものである。

 このように,能動的センシングは様々な目的と効果を有しているが,そこには共通 の構造が存在する。すなわち,いずれの場合も,空間的,時間的,あるいは周波数領 域等の空間(探索空間)において,センサの検出域の狭さを補うためにアクチュエータ を用いてセンサを探索空間上で動かすという点である。このことは,アクチュエータ から系への作用を加えることにより,必要なセンサ情報がセンサの出力に反映するよ うに,アクチュエータの動作を設計する問題として能動的センシングを定義すること ができる。この際,必要とする被測定対象の情報を使えば最適な動作は決定可能であ るが,通常はその情報自体がセンシングの対象となっているため,その情報を利用す ることはできないので,動作の決定は事前情報やそのときまでに得られた情報から推 定したり,計測の目的から解析したり,場合によってはランダムに決定したりするこ とになる。

 今後,センシングシステムを一つの情報処理システムとして考えるためには,ここ で示したようなセンシングアーキテクチャの議論が必要であり,そのような議論こそ 今後のセンシング技術の方向を決定づけるに違いない。


2 .2 センシングのシステム化

 近年の集積化デバイス技術の進歩は目覚ましいものがあり,これによる機器のシス テム化に伴い,センシングにおける手法や技術の位置づけもまた大きく変わろうとし ている。一方,システムに備わるセンサの数は爆発的に増大しており,システム全体 としてもその構造を体系化する必要が出てきている。


2 .2 .1 集積化技術の進歩とセンシング

 「システムオンシリコン」といった言葉で代表されるように,近未来においてかな り大規模の回路が,実用的なコストで1 チップに集積化可能となる。

 このことにより,情報処理システムの構成は,大きく変わるに違いなく,情報処理 システムにおいて計算に要するコストは急激に減少し,一方,通信に要するコストの 減少は緩やかなため,「通信コスト≧計算コスト」の状況が出現する。このことは, センサ情報の処理においても同様の状況を来し,先にコストの安い処理を行って抽象 度の高い情報を得てから少量のデータを送る,「送ってから処理する」のではなく, 「処理してから送る」ためのアーキテクチャが必要となる。

 このアーキテクチャの利点は,コストや速度の面のばかりではない。従来から提案 されてきた「センサの知能化」を真に実用的な意味で実現・普及させることにつなが る点に意味がある。すなわち,システム全体のグローバルな視点から,データの抽象 化・統一化やシステム構成の簡素化・分散化,さらには処理の高速化をもたらすこと が可能となってきた。

 このことは,センサあるいはセンシングというものの存在が,全体の処理システム の中で様々な形で扱われることを意味している。すなわち,センサによって取得した 情報は,処理を施されたのち,システムの他の処理モジュールへと転送され,さらな る処理が施される。

 このようなセンシングの流れは,センサの知能化から一歩進んでセンシングのシス テム化と捕らえるべきであり,その意味でセンシング技術もまた新しい構造を必要と している。


2 .2 .2 センサ知能化技術のロードマップ

 デバイスとしてのセンサと処理回路の集積化は,温度補償回路や出力回路等の特定 回路の集積化が第一世代であり,マイクロプロセッサを用いた汎用の処理回路との一 体化を目指した第二世代を経て,システムオンチップに向けた処理回路の高機能化を 目指し,全体システムに対応しようとする第三世代に突入しようとしている。

 第一世代においては集積可能な回路の規模が限られていたため,知能化の目的が検 出精度や安定性の向上といった基本機能の改良にあったのに対して,汎用の処理回路 が使えるようになった第二世代では,認識・制御機能の付与といった新たな機能を付 与することが目的となり,第三世代では,システム全体で用いられる情報の量が増大 し(多次元化:multi-dimensional ),センサの種類も増大するとともに,集積度が向 上するため,従来のシステムレベルの回路や並列処理回路の導入が可能となり,より 高次の機能の高速な実現が目的となっている。


2 .2 .3 センサフュージョン

 近年,システムで用いられるセンサ情報の数と種類は増大する方向にある。同様な 多数多種類のセンサ情報処理機構である人間の脳を考えてみると,感覚情報の処理機 構としての脳は,機能的に局在した階層的分散処理,しかも並列処理を基本とした協 調・競合システムであり,柔軟なネットワークにより,求心性あるいは遠心性の信号 に対し,全体として多角的で信頼性の高い処理系が構築されている。

 このような処理系をセンサ情報の処理機構として工学的に実現しようとする考え 方が,センサフュージョンである。正確には,センサデータフュージョンと呼ばれ, 複数のセンサから得られる情報を統合的に処理することにより,単一のセンサ情報か らは得られない新たな機能を生み出そうとする考え方である。今後,自動化システ ムが進歩するにつれて,より多く,より多種類のセンサを利用して,量的ならびに質 的に高いレベルの情報を引き出すことが必要になり,センサフュージョンは,その際 のキーテクノロジーとして,その基本構造を整備しておかなければならない重要な課 題である。


2 .3 パターン認識系の設計
 ロボットと計測を例に考えてみると,ロボットにおける計測とは,ロボットの自律 的な行動を決定するために外界の情報を獲得することである。このような知覚の機能 は人間の最も得意とするところであるが,機械にとっては極めて難しい問題である。 このような計測システムはインテリジェントセンサ(知能化センサ)と呼ばれ,その 中核となる技術がパターン認識である。環境計測,交通計測,気象計測,リモートセ ンシング,セキュリティ計測,製品検査などなど,さまざまな応用においてパターン 認識の重要性は高い。

パターン認識系の構成の基本は,1 )前処理部,2)特徴抽出部,3 )識別認識部, からの構成となる。

1 )前処理部
 入力パターンから,認識にとって不都合な変形,例えば信号の大きさ,傾き,ノイ ズなどを除去し,照合のための特徴を抽出しやすい信号に修正するのが前処理部の役 割である。

2 )特徴抽出部
 一般に入力パターンの次元数は極めて高く,膨大なデータ量である。そこで各クラ スの本質的な特徴を少ない次元数で表現するために行うのが特徴抽出である。認識系 の中で特徴抽出は,認識能力を高めるうえで極めて重要なプロセスである。しかしな がら,有効な特徴を抽出するための一般的な手法は存在せず,多くの場合,人間の知 恵や判断によってヒューリスティックに決定されることが多い。例えば,数字文字認 識では,垂直線分,水平線分,凹曲線分,凸曲線分,ループ,クロスなどが用いられ る。一方音声認識では,解析的な特徴である第1フォルマント,第2 フォルマントな どが用いられる。これらの特徴を数値で表したものを要素としたベクトルが用いられ, これを特徴ベクトル,このベクトルによって張られる空間を特徴空間と呼んでいる。

3 )識別認識部
 識別認識部では,入力信号から得られた特徴を用いて各クラスを代表する辞書ま たはモデルとの間でパターン照合を行い,最も一致度の高いクラスを識別クラスに決 定する。この方法として,さまざまな識別理論が存在する.実用面で実績の高い統計 的パターン認識では,パターン照合のための識別関数が知られている。
 識別関数を用いる以外にも,クラスを判定するために,決定木(decision tree), 部 分空間法, クラスタリング,ロバスト統計に基づく手法がある。また,統計的パタ ーン認識以外にも,構文的パターン認識,構造的パターン認識,さらにニューラルネ ットワーク,遺伝的アルゴリズムによる方法も用いられる。

4 )学習機能
 パターン認識においては,識別関数が決定的に確定されることはなく,入力パター ンによって変化する。あらかじめ,望ましい識別関数の望ましい出力の対の形で与え られる入力パターンを教師信号と呼び,まずこの教師信号を正しく識別すべく,識別 関数が決定される。このプロセスを学習と呼ぶが,さらに実際の応用過程に入ってか らも,与えられる入力に対して誤認識が検出されると,それを学習サンプルとして識 別関数の学習が行われる。

 この学習は,識別関数が線形である場合は各項の重みに対して行われ,これをパー セプトロンの学習規則と呼んでいるが,この他にも,さまざまな識別法,例えば決定 木や部分空間法,ニューラルネットワークが認識性能を上げるために用いられる。 計測におけるパターン認識的技術のもう一つの側面に,パターン計測というジャン ルがあり,大別して2 つの用途に分けられる。その一つは,画像計測手法を駆使して 物体の三次元形状を求めたり,音声波形を処理して声道の形状を推定したり,リモー トセンシングデータから土地利用状況を可視化するといった応用に見られるように, 求めるべき結果が,温度や圧力のような数値データではなく,パターンとして広がり のある多次元データである場合で,いま一つは多次元の計測データから必要とする変 数(またはパラメータ)を求めるもので,パターン計測によってS/N を向上させる 用途と考えることができる。

 代表的な例として,CT(コンピュータ断層像撮影)や合成開口レーダがあるが,こ れらのシステムにおいてはセンサとコンピュータが時間経過も含めて広域的に接続 されていることが前提で,コンピュータ計測(Computing Measurement )の大きな効 用である。また,アクティブ計測とパターン照合を協調的に利用することにより,信 頼性や精度の高い計測が実現できることもパターン計測の大きな特徴である。


2 .4 感覚計測及び評価技術

 計測技術の活用される分野は,生産工業,医療,土木・建築,農林・水産,自動車・ 航空機,交通システム,流通システム,セキュリティ,環境モニタリングなど,極め て多様で,果たすべき役割も様々であることは言うまでもない。

 このような状況において,計測技術はこれまで,主として,システムの自動化・高 度化を,生産者・実務従事者・システム提供者の側に立って支援して来た。

 しかし,これからは,社会構造の変化に対応し,持続可能(sustainable)な社会の建 設のため,提供すべき新たな情報・データ等についても見直す必要があり,質的変化 が要求されるところである。

 持続可能(sustainable)な社会の建設には大きく2つの問題があり,1 つは資源枯渇 とそれに伴うエネルギー問題であり,循環型社会システムの建設が求められており, もう1 つは環境問題とそれに伴う健康維持,医療・治療の健全さの保証等にある。 世の中には,様々な価値観があり,単純に見えるような問題についてさえ鋭い対立 が生じることがあり,この点,正しく公正な判断を下し,合理的な合意形成を図るた めの客観的データや情報の提供が必要となるが,正にこの点を担う技術が今後の計測 技術進展の1 つの大きな柱と言えよう。

 この場合,新たな計測技術上の課題として,一見対照的な2つの問題が存在する。  すなわち,一方で,個人の感覚や感性を計量する技術で,社会の多様化に呼応する 技術であり,他方で合理的合意形成を目指し統一的基準を模索する評価技術の確立で ある。


2 .4 .1 生産支援技術から感性適応仕様決定支援技術へ

 感覚計測とか感性の計測など必ずしも明確な定義がされている訳ではないが,人間 の感覚そのものあるいは人間の感覚を活用して製品の検査を行う官能検査等の手法 を工学的に再吟味し,評価手順やシステムの整備の高度化を目的とする考え方で,計 測の機能につき新しい領域を開拓しようとするものである。  人間の時代,つまり人間性が重要視され,さらに夫々の個性が尊重される時代への 準備として工学の果たすべき1 つの機能は,各人が好みに合った快適な生活を送れる ようにするための具体的な手段を提供することである。  つまり,どういうことをしたらこの好みに適合した商品を提供したり,快適と感じ られる環境の整備,或は苦痛から開放されたケアを提供することに,着実で信頼性の ある工学的・技術的な答えを出すことである。

 物作りの技術は,もちろん現状で100 %満足とは言えないが,何か仕様が与えられ れば,それに対応した製品を作り上げるにことについて,かなりの程度の水準に達し ている。しかし,その場合前提となる仕様はどう決められているのかについては体系 だった手法が必ずしも用意されていない。個性を尊重した格好で仕様を決める必要が ある訳で,この意味から感覚計測とか,感性センシングに期待が寄せられている。も ちろん従来の物造り技術を基礎にして,個性の尊重ということに答える技術体系を作 り上げる感性適用技術を整備する考え方である。


2 .4 .2 患者負担・苦痛の少ない診療技術開発のために

 一方,計測技術は何より医学の診療における検査・診断技術として深く関係する。 「以前薬漬け・今検査漬け」などと言われることもあるが,正しい診断があって適切 な治療が可能というものではある。ただ,やはり現段階の診断方法は患者の苦痛を少 なくするということからすればなお改善の余地を残す問題で,計測技術上重要な課題 である。

 診断技術上重要なものに,身体内形態診断・機能診断技術がある。例えば,CTは 脳,心臓を始めほとんどの臓器の診断に有効な無侵襲計測技術として多くの関心を集 めているが,何よりその処理の高速化に期待が寄せられている。処理プロセスには, いくつかの段階と構造があり,高速化のために先ず重要なのは,大元の投影データの 高速採集である。これは心臓の動的診断を可能にする意味でも診断技術の鍵を握ると 共に,患者負担の軽減をもたらす点が人間の時代に相応しい診断技術のミソである。 つまり,患者の負担や苦痛を軽減するのに技術はどう貢献するのかの視点を忘れては ならず,ニーズの本質的所在を考える上での新しい方向である。

 また,苦痛の少ない診療と言うことからすると,「何処が・どのように・どの程度 痛い」のかを的確に医師や看護婦に伝えるのはかなり困難であり,そのような状況の 中で医師や看護婦はどのように患者の訴えを受取っているのかに疑問が生じる。セン シング技術として何らかの対応が可能なのではないかと考えたとき,ここにも未開拓 に近い領域が広がっていることが分かる。
 さらに,これらに近い問題として,人間各個人の快・不快,苦しさや疲労をモニタ ーする技術も開発が望まれ,このような技術が確立されれば,広い意味での安全な社 会システムの構築に貢献することが考えられる。


2 .4 .3 評価技術

 感覚計測とも深く関連するが,河川や地下水,大気など環境の汚染やそれによる人 体及び健康への影響,遺伝子組み換え食品の是非,冷凍食品や生鮮食料品の鮮度,放 射能被爆に対する安全性,など,社会的に,正しく公正な判断とそのための基準及び 安全を保証する技術が必要とされる問題が多々存在する。

 これらの基本を支えるべきなのは言うまでもなく計測技術である。広く評価技術の 開発と言えるが,合理的な社会的合意形成を図るための,客観的事実の積み上げと医 学的,疫学的,生物学的に適正な判断基準が明確にされるべきである。影響の程度を 調べるにはよりきめ細かい身体等の分析技術が必要になると考えられ毒物による事 件も目立つようになってきており,動物実験のようなことだけでは済まない側面があ る。

 また,建物,橋梁,トンネル,道路,堤防,などの物理的・機械的健全性を評価す る技術も必要とされ,設備等の高度な保守技術・設備診断技術の開発が望まれている。 場合によって,広域に渡る点検作業を要することもあり,組織的な信号伝送(含む無 線伝送)に基づく機動的な計測システムの構築が問題となる。


2 .5 動的計測技術の必要性

 科学技術の進展と共に益々増加しつつある多種多様な計測環境では,センサの開発 でよしとする従来の方法だけでは,種々の計測対象に対し正確かつ高速な計測の期待 ができなくなりつつある。このような要請に応えるためには,センサを取り囲んだ計 測環境及び計測対象のダイナミクスだけでなくセンサそれ自身のダイナミクスをも 効果的に取り込み,計測過程全体をひとつのシステムとみなし計測システムを構築す ることが重要である。

 例えば,@ 選別はかり,A 車輌荷重計,Bクレーンスケール などの「はかり」 を考えてみると,計測対象が静的なものであれば当然高精度な計測が期待できるが, @では計測対象物が計器に流れ込む,A では作業能率を上げるためセンサ上を車輌 が走行する,またBでは対象物をある加速度をもって吊り上げる,などのため対象か らの力積や加速度の影響を受ける。よって,これらの「はかり」では,結局,対象の 静止荷重でなく動的荷重を計ることになり,計測誤差を抑えるために,例えばAで は車の一時停止または低速走行,Bでは加速度をある値以下に制限したり,準定常状 態に落ち着いてからの繰返し測定の平均値で荷重を計測するなどの工夫も可能であ るが,精度が落ちるだけでなく,測定に時間がかかり,かつ作業能率が大幅に低下す ることになる。

 このような場合,センサと計測対象,計測環境全体をひとつのシステムとみなす方 式を採用すると,過渡状態でもリアルタイムに計測量を高精度計測することが可能と なる。同様なことは,サーボ型の加速度センサや傾斜角センサ(共に慣性センサ)を用 いたクレーンリフターや船舶の動的姿勢計測にも言える。

 以上を敷衍すると,計測に当たっては,計測環境や計測量の性質,更には使用する センサの構造(原理)を直視し,何を観測しているか(つまり,出力が何を表してい るか)を把握することがまず肝要で,このためには計測プロセス全体をひとつのシス テムとみて情報の流れを明確化することであり,その後は逆問題を解けばよく,この ときには,システム工学,推定理論などの知識が役立てられる。予測型の電子体温計 もこの動的計測の範疇に含められるべきで,また,新幹線や列車を走行させつつ,ト ンネルや車輪,更にはレールなどの異常診断を行う計測システムの構築もこれまでの 計測とは異なる技術を駆使しなければならず,動的計測技術の枠内に入れるべきであ ろう。

 以上の計測システムの構築に際しては,必然的に高速かつ高度な情報処理を伴うこ とになるが,近年,発展が著しく,かつ価格が低廉化しつつあるマイクロプロセッサ がその強力なツールとなる。


2 .6 計測ソリューション


2 .6 .1 計測工学の体系化

 広い意味で計測工学を表現すると「計測ニーズに対する計測ソリューションを得る ための計測のシーズ,システムなどを研究する学問」となる。従って計測工学の体系 化の目的は,組織的にソリューションが得られるようにするために,シーズとニーズ を対応させつつそれらを系統的に整理することにある。ここで計測ソリューションと は,単なる要素的な計測技術や装置の提供でなく,計測環境や対象,使用方法,保守, など様々な実務的な運用上の問題まで配慮し,ニーズの深い意味に応える計測システ ムの実現を意味する。

 このような体系化による効果として次のようなことが考えられる。
(a )既存の科学技術,産業技術の高度化,効率化(コストダウン),課題解決(エ ネルギー,環境なども含む),などに向けた計測手法の改良や新規導入について,そ の開発,設計を効率的に進めることが出来る。
(b )新しい科学技術,産業技術の研究開発のために必須な全く新しい計測手法を発 見,発明するための基盤が整備される。
(c )計測工学の教育方法に役立てることができる。


2 .6 .2 計測シーズの体系化

 従来,計測工学の体系化と言えばこの計測シーズの体系化を意味したように,計測 ソリューションを得るためのシーズと言う観点からも,まず,体系化が可能なものは 既知の計測シーズである。

 既知の計測シーズの基礎は物理・化学・生物・材料などの自然科学や基礎工学の原 理や知識で,これを基点として諸種の工夫を組合せ各種の物理センサや化学センサな どの単体計測のシーズが出来る。これに計測アルゴリズムや計測手法など計測特有の 技術を付加してシステム的計測シーズが構成される。

 このような既知の計測シーズを体系的に整理しハンドブック化する試みは従来よ り諸種試みられており,今後はソリューションを求めるに便利なように,検索容易な データベースの形にまとめるなどの工夫が必要となる。

 計測シーズからソリューションを求める場合,既知のシーズの中にソリューション が存在する場合は体系化が出来ていれば容易に探し出せるが,既知のシーズで直接 100 %ニーズは満たされない場合でも,各種のセンサを組合せることによりソリュー ションが得られることも多くある。しかし,種々雑多な多数のシーズの中からニーズ に合ったものを探し出したり,改良を加えることは計測の専門家のベテラン以外では 不可能に近いのが現状で,この問題解決手法,設計手法を体系化して,多くの人が活 用できるようにするのが「計測ソリューションの体系化」の狙いとなる。


2 .6 .3 計測シーズの先行開発

 先端科学や先端産業,極限計測などに必要な計測手法は既知のシーズの工夫だけで は実現出来ない場合が生じる。この解決には先端科学技術や新しい計測手法のブレー クスルーを必要とするが,ニーズが具体化しても直ぐに実現出来る訳ではない。この ため,先端科学や産業の動向を良く見極め,先行の研究開発を行う必要がある。現在 大きな産業に育ちつつある「情報ネットワーク」や次世代産業として期待される「バ イオ」,あるいは環境保全や省エネルギーの実現,などに関する幹になる先端技術産 業では,産業に育つ前の科学技術の段階から情報技術者やバイオ研究者と計測の研究 者が連携して研究開発を進め,両者相携えて発展させる必要がある。これらは我が国 の科学,産業の発展にとって非常に重要な視点で,計測を専門とする大学や研究所の 大事なミッションと言える。


2 .6 .4 計測ニーズの体系化

 新しい計測手法が必要になるのは新しい科学技術の研究開発や生産ラインの新設 の場合ばかりではなく,既存のものでも計測精度の向上や生産効率の向上など多種多 様の場合が考えられる。これらのシステムと計測ニーズの関係について一般論として 次のことが言える。

・必要とされる真の計測ニーズを把握するためには,システム全体の要求仕様を良く 分析し,システム構成の観点から検討する必要がある。
・場合によっては想定される計測手法の実現可能性からシステム構成を変更する必 要が生じる。
・特殊な計測手法を活用することによりシステム全体の構成を簡略化したり,高性能 化することも可能である。
・従って計測に対するニーズは温度,圧力などの測定量や測定範囲,耐環境性,コス トなどの他に安全性,省資源,環境に対する負荷などシステムニーズも含めて把握す る必要がある。


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第3 章 大学における計測工学の教育の現状と問題点

◆大学における計測工学の教育の現状を調べた結果につきその特徴や問題点として 気付くことをまとめると以下の通りである。
@ 全般的に,特に工学系においては,信号処理手法の講義も含め,計測関係のカリ キュラムは広い範囲の学科・専攻等で開講されている。
A しかも,計測対象の範囲は広く,基礎的計測技術についてさえ電気,機械,化学, 情報,と言った多様な分野に及び,その応用範囲となると土木や社会システムに 及ぶばかりでなく,心理や感性の世界にまで広がっている。
B 学科・専攻単位で考えると系統的カリキュラムが用意されているところはほとん ど無く,いわんや網羅的カリキュラムの構成は皆無に近い。
C ただし,各学科・専攻のカリキュラム間で共通性も見られるが,どちらかと言う と,それぞれ独自の構成がとられているようである。

◆また,個別のアンケート調査に対する意見に依っても;
D ほとんど,どの学科も計測工学の開講が重要であることを認めている。しかし, 時間の制約上,カリキュラムに含めることには無理があり,各学科に特有の科目 を重視するのが実情である。また,学科によっては,実験科目により計測の講義 やノウハウをある程度補完しようとしている側面も存在する。
E 計測工学においては,先端的計測手法を縦の糸,そのときどきの周辺技術レベル を横の糸とすれば,先端的な計測器や計測システムというものは,先端的計測手 法の考え方に立ち,そのとき利用できる周辺技術レベルを効果的に活用して実現 されたものであると捉えることができる。そのため,この縦,横の糸の感覚を講 義でどのように理解させるかが今後の計測工学の教育で問われることになる。
F 実務的には解析よりも測定手法が強く必要とされ,測定に重点をおいた教育・研 究を強化することにより,産業界の期待に応えることができる。
G 最先端の計測器(例えば,STM ,MRI など)の紹介と共に,基本となる物理法則, 原理の理解が重要との認識があり,計測の数理的・哲学的基礎や計測の実際の面 白さなどの教育に関する要望が強い。
H 一方,計測工学は研究の成否に関わる重要事項であるという意見が多く聞かれ, 研究面における動的計測の重要性が指摘されている。
I 「計測工学は研究の成否に関わる」訳で,この点,例えば,国立大学にそのような 専門の学科,専攻を設置することが重要であり,このような機関を活用し,必要 に応じて国内外の研究者,教育者が計測のリフレッシュ教育のため内地留学(or 研修)するという制度があってもよい。

 以上のような計測工学の教育の現状を眺めると,計測工学は幅広い分野に渡り基盤 的技術として存在していながら極めて分散した形でしか教育がなされていることが 分かる。

 一方,各学会からの調査回答結果からも計測工学への強い要望・ニーズがあり,新 しい産業分野を切り開いて行くにも計測技術の支援は不可欠である。

 このことからすると,わが国が技術立国を言うのであれば,先ず計測工学の教育の 強化を図ることが肝要と考えられ,その教育の効果を上げるため,計測工学の体系化 を進めることが是非とも必要と言える。

 以上のように考えると,現状に見られる,大学の学科名から「計測」の文字が消えて 行くようなことは社会の基盤的要請に対し逆行している感があり,改めて見直しの必 要があると考えられる。

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第4 章 計測工学に関する提言

 前章までに述べてきたことを踏まえ,「計測技術の伝達の体制作り」「教育システム(新工学カリキュラム)の整備」の視点から,以下のことを提言する。

【提言1 】「特化した計測技術」を他分野へトランスファーをすると共に、種々の分 野での計測技術を統合的に理解する体系を確立する必要がある。

 現在,ある意味で成熟した段階にある個別分野では,ぞれぞれにおいて有用性が認 められ,かなり確立された「特化した計測技術」が存在する。それらの技術の本質を うまく整理し,構造的に捉え,抽象化して表現し,その技術的翻訳の方式を体系化す ることにより他分野へ速やかにトランスファーする体制を確立する必要がある。例え ば,CT 技術を逆問題の解法として抽象化して見ることにより,さまざまな科学や産 業への技術移転が可能になる。


【提言2 】環境,社会,人間を計測する技術など,新分野開発を円滑に進め技術競争 力を付ける計測技術開発手法整備のための体系化を進める必要がある。

 従来の工業社会においては工業計測が計測の中枢にあり,社会の発展に貢献してき たが,社会の変貌に呼応し,人類の生活を保証する基盤技術について改めて計測技術 が本質的役割を果たすべきであるという点から考えると,環境,社会,人間を計る計 測技術の確立が重要である。これらは個別技術としての計測技術ではなく,複雑であ いまいなものの評価について重要な指標を与え,客観的で公正な判断を下すべき計測 技術で,このような計測技術を円滑に開発するためにも大局的な開発の筋道を明らか に出来る体系化の作業は重要である。すなわち,どのような手法・技術が既に存在し, それらは相互にどのような位置付けの関係にあるのかを明らかにすると共に,何が抜 けており,今後どのような方向の研究開発が必要なのかに適切な指針を与えてくれる ものと期待できるからである。


【提言3 】新分野の創成に,体系化した計測技術を習得した研究者がリーダとしての 役割を果たせるよう,必要な研究者を教育・養成する必要がある。

 ある程度発展した分野では計測技術の開発についてもそれなりのノウハウが蓄積 され必要な研究者・技術者も存在し相対的に問題は少ないが,新分野の創成には,新 しい計測手法,計測技術が何より必要とされ,未開の分野を着実に切り開いて行くこ とがその分野の確立にも,技術競争上も重要で,このような領域にこそ,体系化した 計測技術を習得した研究者がリーダとして活躍することが期待される。この意味で, そのような視点を持った研究者を輩出するため,大学の教育課程において計測工学を 体系的に教育する体制が必須となる。


【提言4 】工学部に必要な共通基礎科目として「計測,システム,情報」のカリキュラ ムを整備する必要がある。
 理学部は真理の探求を目的にするという観点から「数学,物理」を基礎科目として カリキュラムを整備している。一方,工学部は,その目的が,今後は特に,人類の幸 福な生活を支える社会に適正で有効な手段を実現することにあるとすると,このよう な領域で必要な基礎科目は,機械・電気・材料などあらゆる工学に共通な基盤を与え る科目を意識的に準備する必要がある。この点,既に取り組みが始められている「情 報」と並んで「計測」も工学のための基礎科目として考慮されるべきであって,そのよ うな観点から工学用基礎科目の見直しを要望したい。


【提言5 】体系化された計測工学の教育を行い,高度な計測技術の研究・開発に携わ る人材を育てる専門の学科・専攻の設置が必要である。


【提言6 】計測工学を担うべき国立の研究所の強化,または産学官の連携によるシン クタンクの設立が必要である。

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