人工物のライフサイクルデザイン(LCD)のために振興すべき基礎学術


「人工物設計・生産研究連絡委員会生産システム学専門委員会報告」


平成12年4月24日

日本学術会議
人工物設計・生産研究連絡委員会
生産システム学専門委員会


 この報告は、第17期人工物設計・生産研究連絡委員会生産システム学専門委員会の審議結果を取りまとめ報告するものである。

[人工物設計・生産研究連絡委員会生産システム学専門委員会]
委員長 古川 勇二(東京都立大学大学院工学研究科教授)

幹事 圓川隆夫(東京工業大学大学院社会理工学研究科教授)

委員 木村文彦(東京大学大学院工学系研究科教授)
福田敏男(名古屋大学先端技術共同研究センター教授)
松本義雄(鞄立製作所生産技術研究所主管研究長)
渡部透(立命館大学理工学部教授)


要旨画面へ

目次

1. LCD の基本的な考え方
(1) 環境問題
(2) 製造業の責任と可能性

2. 振興すべき基礎学術
(1) 基本的な考え方:「いかに作るか」から「何を作るか」へ向けての既存学術体系の再編成・統合
(2) (1)を実現するための基本的視点
(3) トピックス

3. 提言:ライフサイクルデザイン振興体制の確立に向けて



人工物*のライフサイクルデザイン(LCD)のために振興すべき基礎学術

1.LCDの基本的な考え方

(1) 環境問題

 我々は、自然環境を単純に利用するだけでなく、それを素材として作り変えることにより、我々の生活の質(Quality of Life)を向上させてきた。
 過去の発展過程では、努力すれば自然界からは有用資源が必要なだけ獲得でき、また不要物は自然界へ放出すれば消滅する、という「無限大信仰」が暗黙のうちに受け入れられていた。
 科学的に正確な検証が必要であるが、現代の工業社会の発展は、この無限大信仰を許さない水準に達したようであり、地球環境の有限性を意識した持続可能性(Sustainability)が重要な概念となってきた。

 現代の環境問題は、物質やエネルギー資源の枯渇、それらの消費に伴う環境汚染や温暖化、大量の廃棄物、さらには微量ではあっても人間生存に大きな影響を及ぼす毒性物質、など、さまざまな形態で顕在化する。
 大量の人工物を作り出している製造業が、その全てではなくとも、多くの部分で責任があることはあきらかであろう。
 現代の製造業は、上記のような環境問題に対応した持続可能性を十分に達成しているとはいえない。
 また、環境対応が不十分なまま、製造技術は発展途上地域に拡散しており、今後の対策無しには環境問題が大規模に再生産される恐れがある。


(2) 製造業の責任と可能性

 産業界に於ける個別の環境対策技術は急速に進歩しており、省エネルギー、廃棄製品の分離・分解処理、材料リサイクル、焼却などによる廃棄物処理、などに配慮することは、製品競争力にもなり、製品設計・生産技術の常識となりつつある。

 しかし、産業界が作り出す人工物群* が、総体として地球環境の持続可能性にどのような影響を及ぼすか、というような視点は依然として希薄である、と言わざるをえない。
 このような人工物群とそれらが構成するシステムは、基本的に製造業が作りだしたものである。
 これゆえ、この人工物システムを地球環境保全の観点から適切に管理して、地球環境負荷に対して最適な性能を発揮させることは、製造業の責任である。


*人工物とは、一般に工業製品、ソフトウェア、建築物、社会基盤施設、芸術作品など、人間により造られたあらゆるモノを含むが、本報告書では、主に工業製品を中心に扱うこととする。


政治や社会、経済などの各分野の活動は、環境問題の解決に大きな影響があるが、これらの活動に対して、人工物の適切な構成と管理の方法を提示できるものは製造業しかない。

 この意味において、製造業の責任は重いと同時に、環境問題を根本的に解決できる可能性も持っている。
 現状の人工物の集合を受け入れて、最善の環境対策を施すだけでなく(これらは既に機能し始めている)、地球持続可能性を明示的に目指す新しい人工物群(システム)と新しい製造プロセスを追求することが重要である。

 現代の人工物の問題は、それらが人工的に作り出されたものであるにもかかわらず、工場から出てしまうと、利用者の中に埋没してしまい、製造者の目からは見えなくなることである。
 これらの人工物は、やがて廃棄物となって、社会に現れてくる。
 このように、途中で未管理状態におかれた人工物を、環境に適切に管理し処理してゆくことは困難である。

 現代の多くの人工物には、そのライフサイクルにmissing linkがあって、循環型の閉ループ・ライフサイクルとはなっておらず、ライフサイクルを適切に管理することが困難になっている。
 この状況を根本的に改善するためには、人工物の基本概念まで立ち返って、様々な製品の関係も含めた統合的な人工物のライフサイクルを議論することが必要であろう(特定製品群については、複写機などで、適切なライフサイクル管理がなされている例を見ることができる)。

 このようなライフサイクルの構築と管理をも製造業の範疇に含めていくことにより、新たな製造業の可能性も開けてくるのではないか、と期待される。

 既存の製品やシステムを前提として、製品ライフサイクルを管理し製品を循環させていくことは、環境負荷減少の観点からも必要な費用の観点からも、正当化しにくいであろう。
 (「レンズ付きフィルム」のように)製品あるいはそのサービス自体に循環の仕組みが組み込まれており、リースやレンタルのような利用形態が普通になっていくような変化が望まれる。

 上記のような、ライフサイクルを取り込んだ製造業にとっては、ライフサイクルの適切な管理のために製品や製造の情報を社会(製品利用者)と共有することが必須となり、「社会に開かれた」製造業への構造転換も大きな課題となる。
 このことによって初めて持続可能性実現のコストを(製造者、利用者、あるいは社会・政府などが)公平に負担するための基礎的知識が整備される(具体的に誰が負担すべきかは、政策課題である)。

TOP


2.振興すべき基礎学術

(1) 基本的な考え方:「いかに作るか」から「何を作るか」へ向けての既存学術体系の再編成・統合

1 .に述べたような視点に立ったとき、従来の設計・生産技術では考えられていなかったような課題が多く発生する。
 その基幹は、広い範囲での人工物のシステム化とそのライフサイクルデザインであろう。
 従来のような「いかに効率良く作るか」から脱却して、「要求されるサービスを満足させ利益を確保しつつ、いかに作らないで済ませるか」が課題である。
 家電品や自動車なども、その製品概念を大きく変えて、廃棄物になりにくい形態に変容して行くことが期待される。

 これら「ライフサイクルデザイン」、「循環生産」、「インバース・マニュファクチャリング」などの基本概念は、産業界にある程度浸透し、実践が開始されつつある。
 今後はむしろ、ライフサイクル設計・管理をより合理的、かつ、高度に行うための基礎学術を長期的視野で振興し、基礎技術の拡充をはかるべきである(啓発フェーズから基礎学術振興フェーズへの移行)。


(2) (1)を実現するための基本的視点(図1参照)

a) ものの提供からサービス提供によるビジネスへ
 循環型の管理された製品ライフサイクルを前提にした場合、製造業のビジネス戦略も自ずから変革を迫られる。
例えば製品ライフサイクルの管理に適した人工物の供用形態としては、製品販売よりも製品のレンタル・リースが適していると言われている。
 さらに、循環型の製品ライフサイクルにおける新たなビジネスチャンスは製品販売よりもむしろその後工程、すなわち、使用、メンテナンス、回収段階でのユーザ支援や逆工程にあると言える(例えば、GEの航空機エンジンの戦略が良く知られている)。
 すなわち、製品の製造販売を主活動としていた製造業が、製品をサービスの増幅装置として捉え、ビジネスの進め方を人工物の提供から、人工物が発現するサービスの提供へ転換することが大きなビジネスチャンスを生み出す鍵となってくる。
 この意味で、製造業はライフサイクル産業へ転換すべきである。

 このためには、この課題を学術研究の対象とし、サービス戦略、ビジネス戦略の策定をより合理的に行える基礎学術を拡充する必要がある。





図 1 :ライフサイクルデザインの基本的視点


b) 単に人工物を作るだけでなく、人工物の(循環型)ライフサイクル全体の設計、管理へ
 ライフサイクルデザインとは、もの、エネルギー、お金・価値、情報・知識の製品ライフサイクルにわたる循環を設計、管理することである。
 そのような循環に適合した製品やサービスは従来とは異なるものとなり、新しい設計・生産技術を要求する。
 例えば、製造工程のリーン化(徹底したムダの排除による、効率向上とコスト削減)はある意味で限界まで押し進められているが、ライフサイクル全体から見たときの使用、メンテナンス、逆生産段階のリーン化は全くの手つかずと言って良い。
 さらには、ライフサイクルという視点で見た場合、これまでの製造のリーン化の方向は偏ったものであった可能性もある。
 今後は、このライフサイクルの設計、管理という視点を学術対象とし、より合理的に実装して行くための基礎技術の振興をはかるべきである。


c) 循環型ライフサイクルを実現する要素技術の高度化
 循環型ライフサイクル実現のための基礎となる要素技術、例えばメンテナンス技術、メンテナンスロボット技術、逆生産技術、これらを支援するための情報技術などの高度化が基礎的な課題である。
 例えば、逆生産技術においては、これまで重視されなかった使用済み製品や部品の点検技術、品質保証技術、清掃技術、補修技術などが重要な技術課題として浮かび上がってくる。

 またこれまで裏方に徹していたメンテナンス技術に関しても再度注目し、体系
化を推進すべきである。


(3) トピックス




TOP


3.提言:ライフサイクルデザイン振興体制の確立に向けて

 以上に述べた製品ライフサイクルの管理、運用を含めた広義の「ライフサイクルデザイン(LCD)」は、21世紀に向けてますますその重要性が高まることは疑問の余地がない。
 これらは、人工物の新しい体系化を要求し、生産工学にとって興味深い課題を提供し、製造業にとって新分野創出の機会を提供する。

 このための基本的な考え方については、本専門委員会、インバース・マニュファクチャリングフォーラムなどの諸活動を通じて徐々に明らかになりつつあり、その啓発効果も徐々に浸透しつつある。
 また、既に多くの企業で実践されている。

 以上の状況を踏まえ、今後は、以下の二つのアプローチでLCDを振興すべきであると考える(図 2参照)。特に、日本学術会議の使命に鑑み、本委員会としては第2の基礎学術アプローチの振興を強力に推進すべきであることを提言する。

□ 実践アプローチ(2005年頃を目標に)
 環境問題の重大性の認識、家電リサイクル法などの法規制、大量生産・消費型市場の飽和などをきっかけとして、製造業のLCDへの取組が徐々に開始されつつある。
 一般論として、これらの取り組みを政策的、経済的に支援し、製造業のライフサイクル産業への転換を促進することが重要である。

□ 基礎学術アプローチ(10年単位の取組)
 第1の実践アプローチの振興における課題は、基礎学術の欠如というよりはむしろ、社会、経済システム上の課題が大きい。
 このため企業を中心としたボトムアップ的なアプローチが採用されるであろう。
 しかし逆に、実践アプローチの進展に伴い、より合理的、リーンな製品ライフサイクル実現のための基礎学術の欠如が次の重要な課題として浮上してくるであろう。
 このため、基礎学術アプローチとして、今から10年単位の計画で、LCDの基盤技術、具体的には2.(3)で挙げた諸課題の基礎技術の振興を強力に押し進め、21世紀の基礎生産技術として確立することが必要不可欠な課題である。




図 2 :ライフサイクルデザインの振興フェーズ



 このための重要な課題を以下に挙げる。
教育
 技術者の基盤学術としてLCD の教育体制は、現状では甚だ貧困な状況にあり、この整備が緊急の課題である。
 このための、教科書の整備、大学における講座、コース、学科の新設、教育シラバスの整備などが必要不可欠である。
 さらに、消費者一般への教育が重要であり、この面から一般教養科目としてのLCD の展開も忘れてはならない課題である。

学術領域の確立
 LCDの基礎学術を振興するためには、その基盤としてLCD の学術領域を整備する必要がある。
 このためには、学問横断的な学会連合や会議の振興(補足に述べるように一部その活動を開始した)、インバース・マニュファクチャリングフォーラムのような産官学の連携の推進、科研費の分野の設立などが重要な課題である。
 これにより、基礎学術で振興すべき課題の明確化、本分野の研究者の増員などを推進すべきである。

 このとき、本学術分野で解決すべき課題の順位付け、達成すべき具体的数値目標(例えば、循環度合い、サービス化度合いなど)、と達成時期などを示すロードマップを本委員会のような場で設定することが、非常に有力な推進手段となると考えられる。

学術プロジェクトの推進
 さらに、LCDの中心的学術課題に対して、長期的視野に立ち、集中的に資本を投入した大規模プロジェクト(例えば、日本学術振興会未来開拓事業、科研費特定領域研究など)、本分野の学術研究の強力な推進拠点となるCOEの設立などが必要不可欠である。


補足:エコデザイン学会連合について
 本専門委員会が中心となり、山本良一教授(東京大学)、須賀唯知教授(東京大学)他の協力を得て、「エコデザイン学会連合」を設立した(平成12年3月発足。発足時会員団体数45)。
 エコデザイン学会連合は、国際会議/国内会議「EcoDesign」の企画、運営を中心的な活動とした、関連学術団体の緩い連合体である。この意味で本学会連合は、日本学術会議の趣旨に一致した活動であると考えている。
(以上)

TOP