経営工学からみたエンジニア資格制度と教育認定制度


「人工物設計・生産研究連絡委員会経営管理工学専門委員会、経営工学研究連絡委員会報告」


平成12年3月27日

日本学術会議
人工物設計・生産研究連絡委員会経営管理工学専門委員会
経営工学研究連絡委員会


 この報告は、第17期日本学術会議人工物設計・生産研究連絡委員会経営管理工学専門委員会及び経営工学研究連絡委員会における審議結果を取りまとめ発表するものである。


[人工物設計・生産研究連絡委員会経営管理工学専門委員会]

委員長 高橋幸雄(東京工業大学大学院情報理工学研究科)

幹事 棟近雅彦(早稲田大学理工学部)

委員 市村隆哉(日本大学商学部)
竹村之宏(多摩大学経営情報学部)
当麻喜弘(東京電機大学工学部)
平澤冷(科学技術庁科学技術政策研究所)
松井好(立教大学社会学部)
吉澤正(筑波大学大学院経営・政策科学研究科)
吉本一穂(早稲田大学理工学部)


[経営工学研究連絡委員会]
委員長 久米均(第5部会員、中央大学理工学部)

委員 今野浩(東京工業大学大学院社会理工学研究科)
渡邉一衛(成蹊大学工学部)


(報告書作成委員会)
委員 上記両委員会委員
伊地知寛博(科学技術庁科学技術政策研究所)
大滝厚(明治大学理工学部)


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目次


はしがき

第1章 国際化するエンジニア資格制度
第1節 グローバルな視点からのエンジニア資格
第2節 エンジニア資格の国際化に対する我が国の対応

第2章 経営工学からみたエンジニア資格制度
第1節 技術士制度の問題点と改善へ向けての提案
第2節 エンジニア教育認定制度の問題点と改善へ向けての提案

第3章 経営工学関連学会のエンジニア資格制度への対応
第1節 技術士制度に対する取り組み
第2節 日本技術者教育認定機構への参加
第3節 「経営工学分野」エンジニア教育プログラム認定基準案

資料 検討された他の認定基準案


はしがき

 技術者のグローバリゼーションに伴い,エンジニア資格制度における日本と諸外国の違いが浮き彫りになり,エンジニア資格の相互承認を行う上で,日本のエンジニア資格制度の改革が避けられない情勢になった.
 そのため政府は「技術士法」を改正し,また日本工学会を中心とする学協会連合は「日本技術者教育認定機構(JABEE)」を設立して,この国際化に対応しようとしている.

 このようなエンジニア資格制度に関する改革にどのように対応していったらよいかについて,日本学術会議人工物設計・生産研究連絡委員会経営管理工学専門委員会および同経営工学研究連絡委員会の合同委員会(以下,当委員会と呼ぶ)では,1999年7月の日本学術会議シンポジウム「エンジニア資格制度と経営工学」開催を含め,十数回の委員会で議論を重ねてきた.

 当委員会には,(社)日本経営工学会,(社)日本オペレーションズ・リサーチ学会,(社)日本品質管理学会,日本開発工学会,日本信頼性学会,研究・技術計画学会,日本設備管理学会の7学会(以下,経営工学関連学会と呼ぶ)が参加している.
本報告では,経営工学という観点から,技術士制度ならびに技術者教育認定制度に関して当委員会で議論してきた結果を紹介し,いくつかの提案を行う.

 なお,本報告に関連の深い「技術士法」の改正が2000年3月中に行われることが見込まれるが,本報告は3月10日現在で執筆しており,その時点ではまだ法改正は行われていない.
したがって本報告では,技術士制度について,技術士審議会報告「技術士制度の改善方策について」(2000年2月23日)を参考にして議論を行った.

 また,英語の "Engineer" は多くの場合「エンジニア」あるいは「技術者」と訳されており,本報告でもこれら2 つの訳語は同義語として用いている.

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第1章 国際化するエンジニア資格制度

第1節 グローバルな視点からのエンジニア資格制度

 今日,従来の終身雇用を前提とした企業と従業員の雇用関係が次第に崩れると共に,経営においても適地生産,適地調達という視点からグローバル化が急速に進展している.
 このことは,資本や物ばかりでなく,人の流れについても同様であり,WTOやワシントン協定,NAFTA,APECなどでは,知的専門家の移動の自由化が検討されている.

 たとえばAPECでは,1995年に大阪で開催された閣僚会議で「APECの発展のためには域内での適切な技術移転が必須であり,技術者の域内での自由な移動を促進することが必要である」と決議された.
 それ以降,APEC域内で業務資格相互免除協定を二国間協定によって締結する準備が進められており,2000年10月には,APEC技術者登録に関する最終案が報告されることとなっている.

 このようなエンジニア資格の相互承認が日本にとってやっかいな問題であるのは,我が国のエンジニア資格制度および大学におけるエンジニア教育認定制度の状況が諸外国,とくに欧米諸国,と大きく異なっているからである.

 たとえば米国では,各州の法律に基づいて専門技術者資格としてProfessional Engineer(PE)を認定しているが,この資格を受けるにはABET(Accreditation Board for Engineering and Technology)によって認定(アクレディテーション)を受けた大学のエンジニア教育プログラムを卒業することが要件のひとつになっている.
 米国では大学の設立は非常に容易であり,それゆえにABETのような教育プログラムの認定制度が自然に育ったと思われる.

 これに対して我が国では,大学や学科の設置については文部省が厳格な審査を行っており,そこの卒業生は一定レベルの教育を受けていると国内では一般に考えられている.
 しかし他国からは専門性の保証がされていないと見られる.
 また企業が企業内で技術者教育を行い,公的資格を取得することを条件としないまま専門的業務に当たらせることが慣習として認められてきた.
 そのため技術士といった専門技術者資格をとる人の数も少なく,また資格を持っている人も十分活用されているとは言い難い.
実際,米国のPEは約40万人,英国のCEng (Chartered Engineer) は約20万人であるのに対して,わが国の技術士は約3.8万人と両国の十分の一程度しかいない.

 さらに,英米系諸国の機関は,アクレディテーションの相互承認を行うワシントン合意 (The Washington Accord) を行っている.
 これは,米国,英国,カナダ,南アフリカ,香港,豪州,アイルランド,ニュージーランドの8か国・地域を各々代表する機関が,それらの間で工学教育アクレディテーション過程の相互承認を行うためのメカニズムを提供する協定である.もちろん日本はこの協定に入れるような状況にはまだない.

 このようなエンジニア資格制度の国際的不整合性は,わが国産業の国際競争力低下を招くのではないかと危惧されている.
たとえば,将来,すべての設計図には,承認された専門技術者資格を有する者による署名が必要となるかもしれない.
ISO9000シリーズが急速にビジネス上の必須の規格となったことからも,この可能性は大きい.

 わが国のエンジニア資格制度の整備が遅れれば,このようなビジネスチャンスをみすみす逃すことになる.
また日本企業の技術者が諸外国で他国の技術者と共同で仕事を行うとき,認定された技術者資格を他国の技術者が持ち日本の技術者が持っていなければ,いくら日本の技術者が優秀でも他国の技術者の下で働くことを余儀なくされる.

 今後グローバリゼーションが進展するにつれて,このような状況はそこかしこで見られるようになるであろうから,技術立国を目指す日本としては,早急にエンジニア資格制度の改革に取り組まざるを得ない.

第2節 エンジニア資格の国際化に対する我が国の対応

 このような国際的なエンジニア資格制度に対応するため,日本の政府は「技術士」と「一級建築士」の制度で対応しようとしている.

 たとえば1998年にシドニーのAPEC人材養成作業部会で合意された「APEC技術者 (APEC Engineers)」の要件はつぎのようなものである.

(1) 認定または承認されたエンジニアリング課程の修了,
(2) 自己の判断による業務遂行能力の保有,
(3) 7年以上の実務経験,
(4) 重要なエンジニアリング業務における責任ある役割を2年以上遂行,
(5) 継続的な能力開発の実施.

 そこで,このような国際的な基準に対応できるよう,そして質が高くかつ十分な数の技術者が育成・確保できるよう,現在,技術士制度の見直しが行なわれており,2000年3月には「技術士法」の改正案が国会に提出された.

 またそれと連携を取りながら,上記の要件(1)に関連して,大学におけるエンジニア教育プログラムを評価・認定することを目的に,「日本技術者教育認定機構 (JABEE)」が1999年11月に発足した.

 技術士法および関連省令等の改正による技術士制度の主な変更点は,次のようなものになる見通しである:

(1) 資格認定試験や継続教育を通じた職業倫理の徹底,
(2) 国際的な技術者資格に対応し,また多くの者が技術士を目指すような試験制度への改善,
(3) 「総合監理部門」の新設や既存の技術部門の見直し,
(4) 技術士資格取得者に対する継続教育の要求,
(5) 外国の技術者資格を有する者の認定,
(6) 技術士試験の実施や技術士の登録を担当する(社)日本技術士会と学協会等との連携・協力.

 上記(2)(および(1)と(4))は,日本の技術士制度をAPEC基準に適合させるためのものである.
技術士試験には,基礎的学識や職業倫理等を確認する第一次試験と実務経験や専門的学識等を確認する第二次試験があるが,従来は7年の実務経験があれば第一次試験に合格していなくても第二次試験を受けることができた.

 新制度では国際的な基準に沿うようこれを改め,認定された大学のエンジニア教育プログラムを修了するかあるいは第一次試験に合格した者(修習技術者)だけが,一定の実務経験の後に第二次試験を受けることができるようになる.
 実務経験年数も,たとえば優れた指導者の下で修習プログラムを実行する場合には4年(修士課程における2年の修学期間を含めることができる)に短縮される.

 (3)の総合監理部門は,最近起きた,東海村における臨界事故,H2ロケットの打ち上げ失敗,新幹線トンネルのコンクリート剥落などの一連の事故を受けて設置が検討されているもので,技術士のシニア版という意味合いが強い.
 これは,技術士資格取得後,相当期間,高度な実務経験と管理経験を経た人で,設計の審査・照査,信頼性評価などの能力のほか,代替案の評価・選択などのリスク・マネジメント,知的資源管理,人的資源管理などについても一定の能力を備えた人を,この部門の技術士として認定しようというものである.

 大学のエンジニア教育プログラムを評価・認定する日本技術者教育認定機構(JABEE)は,1997年頃から日本工学会ならびに日本工学教育協会を中心に検討が進められてきたもので,1998年10月の設立準備室の発足を経て,1999年11月に正式に発足した.
緊急性から当面は任意団体として発足するものの,早期に社団法人化を図るとともにワシントン協定への参加を目指している.

 JABEEの行う業務は
(1) エンジニア教育プログラムの認定,評価基準の策定,評価に当たる専門家の養成,
(2) エンジニア教育プログラムの認定に関する情報発信,調査研究,普及・啓発,
(3) ワシントン協定に関する連絡・調整,
であり,実際の教育プログラム評価・認定作業はこの機構に参加する専門学協会が担当する.
現在,各学協会へ機構への参加を呼びかけ,評価基準を始め評価方法の検討を開始している.

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第2章経営工学からみたエンジニア資格制度

第1節 技術士制度の問題点と改善へ向けての提案

 今回の技術士制度の改正は,概ね良い方向を目指していると思えるが,経営工学という立場から見た場合,さらにいくつかコメントすべき点がある.
 ここでは「経営工学部門」にとどまらず,技術士制度全般に関して,また新設される総合監理部門に関して,そこに存在する問題点をいくつか指摘しそれに対する提案を行う.

(a) 技術士の国際性について
 今回の法律改正と一連の対応策によって,日本の技術士資格がAPECの中で承認されることは十分期待できる.
 しかし,APEC以外の国との相互承認については全く見通しがついていない.
 その意味で技術士の国際化は始まったばかりであり,今後さらなる国際化を目指していかなければならない.

(b) 技術士の普及について
 建設部門を除いては,残念ながら技術士は普及しているとはいい難い.
本来的には技術士は専門的技術者であることを認定する資格であるにもかかわらず,多くの場合技術コンサルティング業務を行うための資格として認知され,またそのように技術者の側から活用されている.
 技術士を普及させていくためには,このような偏った運用を正し,本来の姿に戻さなければならない.

 技術士を普及させる方策としては,専管業務を増やすとか企業内における技術士資格取得者の優遇制度を確立するなど,基本的には技術士になることへのインセンティブを付与することが必要である.

 とくに企業における技術者が職業人となる前に会社人間になってしまっている現状を改め,社会的に技術者を職業人として認めるようにしていかなければならない.

当委員会では,それに加えて,経営工学的な視点からつぎのような具体的方策についての意見が出されている.

 ・部門,試験科目の設定を見直し,とくに学際的な部門の新設を検討する,
 ・技術士レベルを複数にし,ステップアップの要素を入れる,
 ・大学教員のあいだで技術士が普及するよう方策を講ずる.
これらについても長期的視点にたって検討を開始すべきであろう.

(c) JABEEによるエンジニア教育プログラム認定の利用についてJABEEによる認定を受けた工学プログラムの卒業生は,第一次試験を免除される.
 これは技術士の部門とプログラム認定の分野の連携が取られることを意味するが,この連携が強すぎると,大学側のカリキュラム編成の自主性を損ねる可能性があり,ひいては新領域をつぶしてしまうようなことになりかねない.
 しかし,あまり関連しないのも問題である.
 つねに適当な強さの連携を模索していく努力が必要である.

 また,JABEEは唯一無二の認定機関であるわけではない.
 他に適当な認定機関があれば,当然それも制度として取り入れていくべきである.
 とくに理学系,農学系,文科系など工学系出身でない技術者が多数おり,工学系のエンジニア教育を受けていなくても技術者としての素養は十分保有していることが実態として証明されている.
 現在の修習技術者の案はその辺りのことについてある程度配慮しているが,今後,JABEEが軌道に乗ったときも,工学系以外の出身者が不利益を被らないよう,つねに注意していかなければならない.

(d) 経営工学部門の特殊性に対する配慮
 経営工学部門は,他の工学部門と比較して相対的に該当する範囲が広く,また学術としての経営工学もつねにその関連する領域を拡大させつつある.
 このような実務上かつ学術上の特徴が適切に反映されるような仕組みが制度に対して求められる.
とくに他の技術部門と異なり,経営工学部門では大学や大学院で経営工学を学んだ人だけが技術士になるわけではない.
経済学や経営学のような文科系学部・大学院の卒業生,理学系の卒業生,また電気工学,機械工学,応用化学など他の工学分野の卒業生が,企業に入ってからのキャリアパスの関係で経営工学部門に進むことも多い.
 このような多様なバックグラウンドの技術士が生まれることは,技術士制度の健全な発展のためにも良いことであり必要なことでもある.
 このような人たちの存在を明確に認識した上で,このような人たちが経営工学科・専攻出身者と差別を受けないよう,とくに理学系や文科系の出身者が実務経験の認定などにおいて大きな差別を受けないよう,特段の配慮を要する.
 たとえば大学や大学院時代に履修した講義科目,企業で経験した経営工学的実務,学協会における研修などを,積極的に評価する仕組みを工夫する必要があろう.

(e) 総合監理部門における認定について
 現在,総合監理部門の新設が検討されている.これは,技術業務の遂行において安全性確保,品質確保,信頼性確保等について総合的な視点からの監理能力が要求されることから,それに対応できる技術士を認定しようというものである.
 この分野は,制度上,他の19の部門と並立して置かれるが,事実上,技術士資格取得後に相当期間の実務経験および管理経験を経た者が就く,シニアレベルとして運営される見込みである.
 このような監理能力をターゲットにしたシニア資格的な部門を作ることは,技術士体系にステップアップの構造を導入することとなり,大変良いことであり大いに賛同したい.
 ただし,その認定については,倫理,環境,技術と社会の関係などに関する知識に加え,高度の判断力,指導力,コミュニケーション能力などが適正に判断できる仕組みを工夫することが肝要である.
 また,この分野でカバーし要求する技術範囲は大変広く,受験者が要求される能力のすべてを保持しているとは考えにくく,むしろごく一部分しか保持していないと考える方が自然である.
 さすれば単に試験によって資格認定をするよりは,むしろ認定の機会をとらえて研修をするなど,教育的要素を加味することがぜひ必要である.

(f) 総合監理部門と経営工学部門の区分け
 総合監理部門では,高度かつ十分な実務経験を通じて修得されるであろう照査・監査能力に加えて,業務全体を俯瞰して業務の効率性,安全確保,リスク低減,品質確保,外部環境への影響監理,組織管理等に関する総合的な分析・評価を行いこれに基づく最適な企画,計画,設計,実施,進捗管理,維持管理等を行う能力を要求している.
 さらに,万一事故等が発生した場合の拡大防止,迅速な処理を行う能力も必要とされる.
 ここで注意すべきは,たとえばリスク・マネジメントの専門家としての意味合いをこの総合監理部門に期待してはいけない,ということである.
 総合的な監理で求められるリスク・マネジメントに関する一般的な知識と,固有技術としてのリスク・マネジメントとは,分けて理解すべきである.
 技術者として持つべき一般的なリスク・マネジメントの基礎知識はすべての部門において必要な要件のひとつとして加えるべきであるし,総合監理部門の技術士には出身の専門分野における法律知識をも含んだ理解を要求すべきである.
 しかし固有技術としてのリスク・マネジメントの専門家という意味では,経営工学部門の技術士にゆだねるのが適当である.
 このことは,ひとりリスク・マネジメントばかりでなく,他の経営管理の固有技術についても同様である.
 この点を明確にすれば,経営工学部門のプロジェクト・エンジニアリング分野と総合監理部門の違いも明らかとなろう.


第2節 エンジニア教育認定制度の問題点と改善へ向けての提案

 JABEEによるエンジニア教育認定制度についてはまだ細部が固まっておらず,これからモデル教育機関において評価・認定作業の試行を行い,システムとしての確立を図ろうとしている段階である.
 したがってまだ問題点そのものもよく見えないが,「経営工学」分野を当委員会に参画している経営工学関連学会が担当するという仮定の下に,いくつか考慮すべき点についてコメントしておきたい.

(a) 共通基準における経営工学の役割
 経営工学は倫理や環境と同様,すべての工学分野の学生が知っていなければならない素養のひとつである.
その意味で,JABEE のプログラム認定に当たっては,共通基準としてきちんとその内容が書き込まれていなければならない.

 現在提示されている共通基準2 (教育成果)の案は次のようになっている.
(1) 人類の幸福・福祉とは何かについて考える能力と素養,
(2) 技術の社会および自然に及ぼす影響・効果に関する理解力や責任など,技術者として社会に対する責任を自覚する能力(技術者倫理),
(3) 日本語による論理的な記述力,口頭発表力,討議などのコミュニケーション能力および国際的に通用するコミュニケーション基礎能力,
(4) 数学,自然科学および技術(情報技術(IT)を含む)に関する基礎知識とそれらを応用できる能力,
(5) 変化に対応して継続的,自律的に学習できる生涯自己学習能力,
(6) 種々の科学・技術・情報を利用して社会の要求を解決するためのデザイン能力,
(7) 与えられた制約の下で計画的に仕事を進め,まとめる能力.

この案には日本品質管理学会が提案した修正意見がいくつか採り入れられており,経営工学の関連事項に関して配慮の跡がうかがえるが,なお,安全性などに関する記述が明示的でないなど,検討の余地が残っている.


(b) 認定分野について
 経営工学のみならずエンジニア教育全般にいえることであるが,各大学・学科が独自の特徴を出すよう工夫することと,プログラム評価・認定のために専門分野をいくつか定め認定基準を作るということとは相矛盾する.
したがって,エンジニア教育分野をあまり細分化することは好ましくない.
たとえば工学全体を2つか3つの専門分野に分ける程度でよいのではないかとも考えられる.
ただ残念なことに,現在のJABEEでの動きはそのような方向には進んでいない.


(c) 経営工学分野の設置
 前項で述べたように,本来は専門分野はあまり細分化すべきではないが,現在検討されている工学一般,化学,機械,材料,資源,情報,電気,土木などの分野をみると,経営工学に関連した学科が入りうる分野は工学一般を除いて他にはない.
しかし,経営工学科,工業経営学科,管理工学科,経営システム工学科,生産システム工学科など,経営工学に関連する学科が国公立大学,私立大学をあわせ全国に40学科以上存在する.
 その他,社会システム工学科といったような,純粋に経営工学ではないが経営工学的なプログラムをかなり取り入れている学科も多い.
このような状況をふまえると,エンジニア教育プログラムの認定作業のための分野として,「経営工学」を創設せざるを得ないと判断する.

 なお,米国では有名大学を含め約100の理工系大学が,ABETの経営工学(Industrial Engineering)技術者プログラムの認定を獲得している.


(d) 経営工学分野における認定作業について
 経営工学というのは幅が広く,関連する学科には種々のタイプのものがある.
また学科それぞれが独自の工夫をし,特徴を出すための努力をしている.
 その結果として,他専門分野と融合した形態の学科も多い.このような状況をふまえ,認定のための基準を作成する際には,とくに学科の特徴を評価できるよう配慮しなければならない.
 当委員会で検討した具体的な基準案は次章で提示するが,これは当面の処置として比較的狭い意味での経営工学関連学科を念頭に置いたものである.
 今後,より幅の広い学科へも対応できるよう,検討を加えていくことが重要である.
 また,分野の名称も,技術士の部門との兼ね合いなども考慮すると,当面は「経営工学」が適当であろうが,より幅の広い学科への対応を考える際にはそれをより適切なものへ変更することも必要であろう.


(e) 教育認定制度の積極的な利用
 米国では,教育プログラム認定制度を,受審側も自己変革のきっかけとして積極的に活用している.
日本でも外部の人間による審査・評価の重要性がようやく言われだしてきているが,まだ一般に広く受け入れられるまでには至っていない.
 日本の大学制度をよく勘案した上で,審査される側にとっても役に立つ審査というものを工夫・開発していくことが重要である.

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第3章 経営工学関連学会のエンジニア資格制度への対応

 エンジニア資格認定制度については制度的にまだ不透明なところがあり,実施上解決しなければならない問題点も多数残されている.
 しかし上でみてきたように世界の動きは急であり,経営工学関連学会としても積極的に対応していくことが社会からの要請に応える道であろう.

とくに
1) 技術士制度に対する協力
2) 日本技術者教育認定機構への参加
の2点については,速やかに行動に移すことが必要と思われる.


第1節 技術士制度に対する取り組み

 新技術士制度については,「経営工学部門」および新設が予定される「総合監理部門」において経営工学関連学会の協力が期待されており,また学会側としてもこれらの部門に対しては積極的に関与していくことが必要であると認識している.

 どのような協力を行うかは技術士制度運営側からの要請によるが,経営工学部門では

(1) 修習技術者の実務プログラムの認定(修習技術者に対する実務プログラムを,本人の申請に基づき認定する),

(2) 技術士ならびに修習技術者に対する継続教育の提供(学会における研究集会への参加実績などを,継続教育の一環として,また修習技術者の実務プログラムの一環として,活用する),

などがその内容になると予想される.

 また総合監理部門においては,研修プログラムおよび資格認定試験への協力などが要請される可能性がある.
経営工学関連学会としても,これらの要請に的確に応えられる組織を早急に整備する必要がある.
 また,学会ではなく個人としての学会員に対して何らかの協力要請が行われることもありうる.
 学会としてもそれをさまざまな面でサポートできる体制と雰囲気作りに努めなければならない.

 なお,経営工学は技術分野における総合科学という側面を持っており,技術の進歩や社会からの要請の変化などに機敏に対応していかなければならない.
 この意味からも,技術士試験における科目の変更や追加,場合によっては新しい部門の新設などに対して,今後とも積極的に発言していくことが必要である.


第2節 日本技術者教育認定機構への参加

 前章2節(c)で述べたように,当委員会では,種々の状況を勘案すると,JABEEの中に経営工学という分野を設け,それによって経営工学関連の各大学・学科のエンジニア教育の認定を行うべきであろうとの結論に至った.
 そしてそのような分野を設けるのならば,当面,当委員会に参加している7 つの学会が認定作業を担当するのが適当である.
 むろん,日本技術者教育認定機構(JABEE)は単なる任意団体であり,それが我が国の大学の教育プログラムを審査し認定するという重要なことを行ってよいのか,という根本的な疑問は残るが,現在,学界,官界および産業界においてある程度認知されているこの種の機関としては唯一のものであり,またそこへ参加しないことによって経営工学関連の学科が不利益を被る事態になることは避けなければならないからである.

 JABEEへの参加形態については,今後,当委員会などの場で参加各学会の合意を取りつつ決定していかなければならないが,JABEEへの参加主体が学協会であることから,経営工学関連学会がFMES(Japan Federation of Managerial Engineering Societies:経営工学関連学会協議会)(注1)のような連合組織を結成し,JABEEの活動の中核を担う正会員として参加する形態が望ましい,との結論に固まりつつある.

(注1 :当委員会へ参加しているほとんどの学会が参加して結成している連合組織.
科学研究費補助金「社会システム工学」分野の創設や当委員会主催シンポジウムのサポートなどの活動を行っている.)


第3節 「経営工学分野」エンジニア教育プログラム認定基準案

 認定機構に参加するとなれば,教育プログラム認定基準案を作成しなければならない.
 これは参加体制が決まり専門の委員会が発足してから正式に検討すべき課題ではあるが,多数の関係者の意見を反映するためにはそれなりの時間が必要であることから,ここでは当委員会で議論した結果を参考のために掲載する.
 これは前章の末尾で述べたように,とりあえずの案として比較的狭い意味での経営工学関連学科を念頭に置いて作成したものであり,今後,より幅の広い学科へも対応できるよう検討を加えていくことが必要である.

 なお認定基準案としては,すでに(社)日本品質管理学会から提案されたものがある(注2).
 当委員会ではこの品質管理学会案を出発点として議論をし,最終的に下の案に落ち着いた.
 この過程でもいくつかの案を作成したが,それらのうち代表的なものを品質管理学会案とともに報告書末尾の付録に載せておいた.
 今後の検討の参考にしていただきたい.
 ただしこれらの案は,主として表現の違いだけで,内容的にはあまり大きな差異はないものと認識している.

(注2:大滝厚,技術者教育認定制度と経営工学,日本学術会議シンポジウム「エンジニア資格制度と経営工学」, 1999年7月.)


「経営工学分野」エンジニア教育プログラム認定基準案

 学生が以下の内容を修得できるようなカリキュラムでなければならない.
ただし,経営工学という幅の広い分野であることに鑑み,独自の特徴を有し工夫されたカリキュラムは高く評価される.

(1) 経営管理に関する原則・手法に関する知識およびその活用能力
(2) 数理的な解析能力
(3) 情報技術を活用,応用する能力
(4) 関連分野(工学,経済学等)に関する基礎知識


[認定基準案の解説]
 上記(1)〜(4)の具体的内容は以下の通りである.
(1) 経営管理に関する原則・手法に関する知識およびその活用能力
 この項に該当するのは大きく分けて2つのものがある.
 一つめは,PDCA サイクルに代表されるようなマネジメントに焦点を当てた経営管理に関する基礎知識である.
 学生が,製品やサービスの開発・生産・提供を行う組織において品質,生産性,経済性,信頼性,安全性などに関する計画,実施,評価,改善を行うためのマネジメントの原則と手法に関する知識,およびその活用能力を身につけることを意図している.
 これには,たとえばTQM (総合的品質管理)のような組織全体のマネジメントに焦点を当てた手法や,製造工程における品質改善のような組織全体のマネジメントを構成する部分要素など,様々なレベルのものが含まれる.

 もう一つは,製品・サービスや生産プロセスなど,人間と情報を含めた統合システム,たとえば生産管理システム,品質保証システムなどを全体的な視点からデザイン・評価するための原則および手法などである.

(2) 数理的な解析能力
 これには,計画的にデータを収集するとともに確率的変動を考慮しデータを解析する能力や,現実の問題を数式を用いてモデル化し最適解を求める能力が含まれる.
 統計的方法,OR,信頼性手法など,多くの数理的技法がこの項に該当する.

(3) 情報技術を活用,応用する能力
 計算機などの情報技術を活用・応用する能力である.プログラミング,システム設計,ネットワーク技術など様々なレベルのものが考えられる.

(4) 関連分野(工学,経済学等)に関する基礎知識
 電気,機械,化学などの工学的専門技術や,経済学,会計学などの経営工学に関連する分野の基礎知識がこの項に含まれる.

 以下に,東京工業大学工学部経営システム工学科,成蹊大学工学部経営工学科,早稲田大学理工学部経営システム工学科の科目を,上記基準案で分類したものを示す.
 この対応表は,既存のカリキュラムでどの程度基準案をカバーすることができるかを分析するために当委員会で試験的に作成したもので,あくまでも参考例である.
 
 対応表を作成するにあたっては,専門科目のみを対象とし,必修,選択などの区別は考慮しなかった.
また,ある科目の一部でも当てはまれば対応するものとした.
 いわゆる一般教育科目で上記基準に該当するものもありうるが,一般教育科目は主に共通基準との対応を考慮すべきであり,今回の分析には含めなかった.

 多くの工学部系のカリキュラムでは,上記基準に該当するような講義,演習,実験以外に卒業研究を設置しているところが多い.
 卒業研究は,上記基準にある知識,能力を総合的に活用して進めていくものであり,経営工学分野の教育プログラムの一要素として評価の対象となりうるであろう.

 ここで取り上げた3校の例は,経営工学分野の専門科目を中心にカリキュラムが編成されているものである.
この他にも,たとえば情報工学分野の科目と融合した形でカリキュラムが編成されている場合があり,工夫されたカリキュラムとして評価されるべきであろう.

東京工業大学工学部経営システム工学科



成蹊大学工学部経営工学科



早稲田大学理工学部経営システム工学科

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資料:検討された他の認定基準案

[(社)日本品質管理学会案]

(1) 製品・サービスの開発・生産・提供を行う組織において,品質,生産性,経済性,信頼性,安全性などに関する計画,実施,評価,改善を行うためのマネジメントの原則及び手法.

(2) 製品・サービスや生産プロセスなど,人間と情報を含めた統合システムを全体的な視点からデザイン・評価するための原則及び手法.

(3) 確率論的変動を考慮し,データを解析する能力.

(4) 現実の問題を数式を用いてモデル化し,最適解を求める能力.

(5) 計画的にデータを収集するとともに,効果的・効率的な実験を計画する能力.

(6) 計算機などの情報技術を活用・応用する能力.

(7) 電気,機械,化学,ソフトウェア開発技法,ハードウェア加工技術に関する基礎的知識.

[案1]

(1) 製品・サービスの開発・生産・流通過程における,品質,生産性,信頼性,安全性などの指標の設計,実施,評価,改善の原則および手法.

(2) 製品・サービスや生産プロセスなど,人間,情報,技術を統合したシステムの設計,評価の原則および手法

(3) 組織における資金の調達,配分,運用とリスク管理の原則と手法

(4) 確率的に変動するデータを計画的に収集,解析する能力と,効率的な実験を計画する能力.

(5) 組織における現実問題を数理的にモデル化し,最適解を求め,その結果を実施,評価する能力.

(6) 情報技術を活用,応用する能力

(7) 組織経営と社会,経済との関係に関する知識.

(8) その他,数学および工学全般に関する基礎知識.

[案2]

(1) 経営管理システム
 経営管理に関する基礎知識.製品・サービスの開発・生産・提供を行う組織において,品質,生産性,経済性,信頼性,安全性などに関する計画,実施,評価,改善を行うためのマネジメントの原則と手法.

(2) 生産・サービスシステム
 製品・サービスや生産プロセスなど,人間と情報を含めた統合システムを全体的な視点からデザイン・評価するための原則および手法など.

(3) 数理工学
 計画的にデータを収集するとともに確率的変動を考慮しデータを解析する能力,現実の問題を数式を用いてモデル化し最適解を求める能力.

(4) 情報システム・情報工学
 計算機などの情報技術を活用・応用する能力.

(5) 工学基礎
 工学的専門技術に関する基礎知識.

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