我が国における鉱床学の研究・教育の推進について


「鉱物学研究連絡委員会鉱床学専門委員会報告」

平成11 年9 月20 日

日本学術会議
鉱物学研究連絡委員会
鉱床学専門委員会


 この報告は、第 17 期日本学術会議鉱物学研究連絡委員会及び鉱床学専門委員会の審議結果を取りまとめて発表するものである。

鉱物学研究連絡委員会
委員長
末野 重穂   筑波大学地球科学系教授

幹 事
青木謙一郎  日本学術会議第4 部会員・東北大学名誉教授
藤野 清志   北海道大学大学院理学研究科教授
河村 雄行   東京工業大学大学院理工学研究科教授

荒井 章司   金沢大学大学院自然科学研究科教授
金田 博彰   東京大学大学院工学系研究科教授
北村 雅夫   京都大学大学院理学研究科教授
高須 晃     島根大学総合理工学部教授
高橋 栄一   東京工業大学大学院理工学研究科教授
豊遙秋      工業技術院地質調査所地質標本館館長
山中 光   大阪大学大学院理学研究科教授
渡辺 隆     上越教育大学学校教育学部教授

鉱床学専門委員会
委員長
島崎 英彦    東京大学大学院理学系研究科教授

幹 事
松枝 大治   北海道大学総合博物館教授

石渡 明     金沢大学理学部助教授
上野 宏共    鹿児島大学理学部教授
千葉 仁     岡山大学固体地球研究センター教授
中嶋 悟     北海道大学大学院理学研究科教授
根建 心具    鹿児島大学理学部教授
溝田 忠人    山口大学工学部教授
渡辺 洵     広島大学理学部助教授3


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目 次

要 旨

1 .はじめに

2 .鉱床学の位置付けとその重要性
2 .1 鉱床とは
2 .2 鉱床学の位置付け
(1 )地球科学における鉱床学
(2 )我が国における鉱床学の発展
2 .3 鉱床学の社会的貢献と重要性

3 .鉱床学の研究・教育における問題点と改善への提言
3 .1 大学における研究・教育体制の問題点
3 .2 改善への提言4



要 旨

1 .背景

 来たる 21 世紀において人類が直面する最も困難な課題は「資源と環境」の問題であろう。我が国の経済は原材料を外国から輸入して加工し、付加価値を高めてこれを輸出することにより成り立っている。しかし国内の鉱山数が減少した結果、現在我が国の経済はほとんどの金属・非金属原料を外国に依存するというきわめて脆弱な構造をとらざるを得なくなっている。

 使用量の多さとともに外国依存度が高いという点で、我が国は世界最大の資源消費国である。ただ単に消費するという立場に終わらず、新しい鉱床の発見に最大限の寄与をし、資源確保に貢献する国際的な責任があることは明らかである。

 このためには国内の大学・研究機関に高度のレベルを維持する鉱床学の研究室を擁して鉱床探査に従事できる技術者を育成し、世界各国の鉱床探査において初期の段階から資本とともに技術を提供して、鉱山の共同開発に積極的に参加していく必要がある。

 このような姿勢を維持していかない限り、21 世紀に迫ってくる様々な資源の枯渇と分配の問題に、国としての対応を大きく誤ることになりかねない。

2 .鉱床学の将来に向けて

 鉱床学は地質学の一分野として、地球表層付近(通常地表下数キロメートル程度まで)の物質移動を取り扱う学問分野として発展してきたが、上述のように「資源と環境」問題に直接関わる学問として、我が国において今後ますます重要になると考えられる。しかしながら最近にいたってその研究・教育体制は憂慮すべき状態に陥りつつある。

 それは端的に大学における教員数の著しい減少に表われている。また、鉱床学を専攻する大学院生は発展途上国からの留学生の比率が高く、国内の後継者の育成や社会へ送り出す人材養成に問題がある。

 もし一般に「日本ではもはや稼行鉱山はないのだから鉱床学は必要がない」といった誤解があるとすれば、それは由々しい問題である。

 以下のような様々な方策をとって、我が国における鉱床学の研究・教育の推進に万全を期するよう提言する。

1 )鉱床学の重要性についての一般社会の認識を高める。「資源開発すなわち環境汚染」といった誤ったイメージを払拭し、国民が世界の資源開発に対して正しい理解をもつよう関係者の意識を高める。

2 )大学におけるポストの確保に努める。バランスのとれた地球科学の発展のためにも、大学・研究機関の中に一定数の鉱床学のポストが必要である。

3 )鉱床学研究者は、その得意とする手法を生かして関連分野への展開に努め、未開拓の地球科学の分野を切り拓く必要がある。

4 )国内の稼行鉱山を減らさないように努力し、また既存の鉱山施設を利用した実習・教育のための実習鉱山を設置する。

5 )鉱床学の研究フィールドを積極的に海外に求め、留学生などを通した国際貢献に努める。

6 )国内の公的な機関で実施されるボーリングのコア試料とデータ(柱状図など)、休廃止鉱山の坑内地質図などの貴重な情報を保全する手段を講じる。また各大学に保管されている岩石・鉱石試料を、研究・教育に役立てる大学博物館・地域博物館を設置する。

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1 .はじめに

 来る 21 世紀において人類が直面する最も困難な課題は「資源と環境」の問題であろう。鉱床学は後述のように地質学の一分野として、地球表層付近(通常地表下数キロメートル程度まで)の物質移動を取扱う学問分野として発展してきたが、「資源と環境」問題に直接関わる学問として、その重要性は今後ますます高まると考えられる。

 さきに制定された科学技術基本法に基づいて作成された科学技術計画 ((1996 年)においても、研究開発推進の基本的方向として「人間が地球・自然と共存しつつ持続的に発展することを可能とするため、----地球環境、食料、エネルギー・資源等の地球規模の諸問題の解決に資する科学技術の研究開発を推進する」とうたわれている。

 鉱床学専門委員会においては、第 15期に『日本における鉱床学の教育と研究 --大学院学生の教育研究交流の推進について --』と題する報告を行うとともに、第15 ・16 期に鉱床学関連研究者の名簿を作成・更新する作業を行い、我が国における鉱床学の研究・教育の推進を提案してきた。しかしながら現状は決して満足できる状態ではなく、事態は改善の方向にあるとは言い難い。

 本報告は鉱床学専門委員会で検討を重ねてきた我が国における鉱床学の研究・教育を推進するための方策案をもとに、鉱物学研究連絡委員会で審議した結果を公表するものである。

 本報告では、まず鉱床および鉱床学について簡潔に述べてその重要性を再認識し、我が国における鉱床学の研究・教育の現状に言及して、来るべき 21 世紀に向かってどのような方策をとる必要があるかを検討し提言する。

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2 .鉱床学の位置付けとその重要性

2 .1 鉱床とは

 鉱床の一般的な通念としては、石油・石炭などの化石エネルギー鉱床を含むこともある。

 本報告で述べる多くの事柄は、これら化石エネルギー鉱床をも含めて論じられるべき性格をもつ部分も多いが、問題の焦点を絞るために、本報告で論ずる鉱床はいわゆる金属・非金属鉱床に限ることとする。すなわち本報告における鉱床とは、天然において元素ないし鉱物が通常の変化範囲を超えて異常に濃集している岩石(場所)をさす。

 人類はこのような特殊な岩石から有用物質を得ることにより、高度な物質文明を持続発展させてきた。それらには鉄・アルミニウムのような構造材として用いられる金属から、金・銀・白金のような貴金属、銅・鉛・亜鉛のような卑金属、チタン・ビスマス・希土類元素などのハイテク材料用元素、核燃料としてのウラン、粘土鉱物・沸石・石灰石・珪石のような非金属物質など、多様なものが含まれる。

 もちろんこれらは地球がその 45 億年余におよぶ長い歴史のなかで形成・蓄積してきたものであり、化石エネルギー鉱床と同様に再生が不能な資源である。このような鉱床は火成・堆積・変成作用といった地球の営みのなかで形成されるもので、微生物などの生物活動や地殻の構造運動などとも密接に関係することがあり、ほとんどありとあらゆる地質過程にともなって鉱床が形成されうるといっても過言ではない。

2 .2 鉱床学の位置付け

(1 )地球科学における鉱床学

 鉱床学は主として地質学的手法によって金属・非金属鉱床の成因を考究し、地球史における元素の移動・濃集を支配する地球科学的法則を解明することをめざす学問である。鉱床とは上述のように、火成・堆積・変成作用といった様々な地球の営みによって形成される特殊な化学組成・鉱物組成の岩石として定義されるが、このような特殊な岩石は往々にして通常の火成岩岩石学や堆積岩岩石学などでは取り扱われないことが多い。このような特殊な岩石を取り扱う鉱床学が相補することによって、はじめて地球上のあらゆる岩石についての完全な理解が得られるのであり、この意味で鉱床学は地球科学・地質学における基礎分野の一つと位置付けられる。

1 )地球化学との関係・総合科学としての側面:地球表層付近における元素の挙動を扱うために、地球化学と重なる部分も多いが、鉱床が生成される場所や時代の地質学的な背景をもとに考察するという点に大きな違いがある。前述のように鉱床はほとんどあらゆる地質過程で形成されるが、その生成場所・生成時期はきわめて不均質で偏在性が強く、それぞれの場所・時期によって特徴的な鉱床が形成されることが、これまでの研究によってわかっている。これが鉱床生成区・鉱床生成期とよばれる概念であるが、それは元素や鉱物の濃集が単に地球化学的な法則に支配されるばかりではなく、マントル・地殻・大気・海洋などの進化による形成の場の支配を強く受けるためである。このように鉱床は広い意味での地球進化の指標としての情報をもっている。このため鉱床の研究は単にある地域の独立した一現象の解明にとどまらず、周辺の広い地域の地質過程、すなわちマグマ活動・堆積作用・構造運動・変成作用などとの関連を明らかにすることになり、その地域の地殻の進化の一断面を示すことを意味する。このため鉱床学は他の様々な分野の成果を取り入れつつ、それらをもとに考察を行うという総合科学としての側面をもつ。

2 )他分野への成果の発信:鉱床学自身もほかの分野に対して多くの成果を発信している。マグマの貫入にともなって発生する数百度の高温の水溶液は熱水とよばれるが、この熱水がさまざまな物質を運搬し沈殿させていわゆる熱水成鉱床を形成する。このため鉱床学の分野では、様々な物質の高温高圧下の水溶液への溶解に関する研究が盛んに行われており、高温の水溶液化学の進歩に対しても大きく貢献している。このような熱水は大規模な物質の移動をともなう交代作用も起こすため、物質の出入りをともなういわゆる開放系での相平衡の研究も鉱床学の分野で大きな進展をみせた。また一般の岩石とは異なり、鉱床を構成する鉱物は硫化鉱物・酸化鉱物などが主となっていることが多く、これに熱水が周囲の岩石を変質することによって生ずる粘土鉱物などをともなっている。これらの鉱物の研究を通して鉱床学は鉱物学の分野にも大きく貢献してきた。

3 )世界での位置付け:国際的に見ても鉱床に関連した分野の研究は、アメリカ合衆国・カナダ・オーストラリア・南アフリカ連邦・ロシア・中国などの鉱産国をはじめとして、世界の主要国において積極的に進められている。一時期より少なくなったといわれるものの、ヨーロッパ各国においても鉱床学の教授を擁する大学が相当数存在し、近年では以前より積極的に鉱物資源問題に取り組んでいる。たとえば 1998 年から European Science Foundation によって推進されヨーロッパ各国の研究者を巻き込んでいる大型プロジェクト、GEODE (Geodynamics and Ore Deposit Evolution)などがよい例であろう。また、最先端の科学者による充実した議論が行われることで定評のあるアメリカの Gordon Research Conference を例にとると、地球科学の分野には毎年一つの枠があり、無機地球化学と有機地球化学に関する会議が1 年交代で行われるが、いくつかある無機地球化学の主要テーマの一つが鉱床学関連であり、ほぼ10 年に1 度位の頻度で取り上げられている。たとえば最近の例では、1985 年には「熱水成鉱床の無機地球化学」、1997 年には「金属鉱化システムの無機地球化学」といったタイトルで開かれている。これなども鉱床学が地球科学の中の基本的な一分野として確立されていることを示すものであろう。

(2 )我が国における鉱床学の発展

 我が国における鉱床学は、今世紀に入ってから東北大学・東京大学・北海道大学などにあいついで鉱床学の講座がおかれ、鉱山開発という時代の要請とともに国内外の鉱床の記載などを通じて開始されたが、本格的な国際貢献が始まったのは 1950 年代以降である。大陸縁辺部に位置する島弧という複雑な地質を反映して、我が国には多様な鉱床が数多く胚胎しているが、そのなかでも黒鉱鉱床・別子型鉱床・変成マンガン鉱床という我が国を代表する各種鉱床が、海底火山活動にともなって発生した熱水から沈殿した同成鉱床(周囲の岩石とほぼ同時期に生成される鉱床)であることを、世界にさきがけて明らかにしたのが 1960 年代である。とくに黒鉱鉱床は世界の同種の鉱床のなかでは最もよくその初成的な様相が研究され、kuroko は tsunami とならんで日本語が専門用語となって世界で通用している例となった。

 日本列島には広い地域で花崗岩類の貫入がみられる。この花崗岩類を、そのなかに含まれる磁鉄鉱の有無によって分類し、鉱床生成区との対応を論じた研究が 1970 年初めにスタートしたが、これは花崗岩類の成因そのものの議論にまで発展し、世界の岩石学に大きく貢献した。近年では、我が国が現世の活発な火山帯のなかにある特徴を生かし、高硫黄型とよばれる地下浅所での熱水活動の実態を明らかにした研究や、深海底における熱水湧出フラックスの海洋化学・地表環境への影響について考察した研究などが世界をリードしている。また鉱床学の基礎として欠かすことのできない硫化鉱物の相平衡に関する実験的研究も、我が国で継続して行われてきた国際貢献の一つである。また我が国からも多くの新種鉱物が記載され、国際鉱物学連合により承認されているが、そのうちのかなりの数は本邦の各種鉱床の記載のなかで発見されたもので、鉱床学関係者の活躍に負うところが大きい。

2 .3 鉱床学の社会的貢献と重要性

 鉱床学は鉱山学と表裏一体の実学という側面ももっており、文明社会が必要とする資源の供給に大きく貢献してきた。近代の日本の鉱床学が確立した同成モデルをもとに探査を行って、多くの黒鉱鉱床を発見した事実などはその好例といえよう。以下に述べるように、鉱床学は地球科学における社会との重要な接点の一つであり、現代物質文明の持続的な発展のためには欠かせない学問の一つであるといえる。

1 )鉱床生成モデルの提唱:いかにリサイクルの技術が進展しても、物質文明追及の歩みを止めて原始生活へと逆戻りしない限り、人類が必要とする地下資源は今後ますます多量かつ多様となることは誰しも異論がないであろう。今日ではどのような探査活動も、ターゲットとする鉱床の成因モデルと無関係で行うことはありえない。地表の露頭によって容易に鉱床が発見できた時代はすでに遠く、これからの地下資源の獲得のためには地表下数百メートル程度までの範囲に存在する潜頭鉱床(地表に全く露出していない鉱床)を探査のターゲットとせざるを得ない時代がきている。地表のデータから得られる地下情報をもとにこのような鉱床を発見するためには、当然のことながら鉱床の生成モデル、すなわちどのような鉱床が存在可能なのか、どのような兆候が鉱床の存在を示すのか、などについての詳細な情報が必要であり、今以上に鉱床学の真価が問われる時代がくるであろう。

2 )資源消費と国際貢献への責任:前述のとおり我が国には多種多様な鉱床が賦存し、その数も国土の広さにたいして世界の平均以上の賦存度をもっている。しかしながら人件費・採掘費の高騰などさまざまな経済的要因によって、現在国内で鉱山を稼行して利潤をあげることは不可能に近い状況にある。このため、石灰石鉱山は別として、国内稼行鉱山数は減少の一途をたどり、現在では 1981 年に発見された東洋一の金の埋蔵量を誇る菱刈鉱山など、一部の好条件の金属鉱山を残すのみとなっている。一方我が国の経済は原材料を外国から輸入して加工し、付加価値を高めてこれを輸出することにより成り立っている。原料を生産する鉱山数が減少した結果、現在我が国の経済はほとんどの金属・非金属原料を外国に依存するというきわめて脆弱な構造をとらざるを得なくなっている。もちろんエネルギー資源についても全く同様のことが起っている。使用量の多さとともに外国依存度が高いという点で、我が国は世界最大の資源消費国であるといえよう。ただ単に消費するのではなく、鉱床の発見に最大限の寄与をし、資源確保に貢献するという、国際的な責任があることは明らかである。このためには国内の大学・研究機関に高度のレベルを維持する鉱床学の研究室を擁して鉱床探査に従事できる技術者を育成し、世界各国の鉱床探査において初期の段階から資本とともに技術を提供して、鉱山の共同開発に積極的に参加していく必要がある。このような姿勢を維持していかない限り、21 世紀に迫ってくる様々な資源の枯渇と分配の問題に、国としての対応を大きく誤ることになりかねない。鉱床学の役割はまさに一国の死命を制するといっても過言ではない。

3 )海洋への挑戦:日本は海洋国家であり、21 世紀における世界の海洋開発をリードすべく、大規模な深海底掘削船の建造などを進めている。2003 年から開始されるOD21 と呼ばれる海洋底掘削計画では、鉱床学者が海洋底の変質の解析などに直接貢献できるであろう。また海洋底は天然ガスや石油などのエネルギー資源とならんで、マンガン団塊・コバルトクラスト・海底熱水鉱床などといった未開発の金属資源の宝庫でもある。わが国の近海でも大量の金や銅を含む熱水からの沈殿物の報告が相次いでおり、これらはまさに資源開発に残されたフロンティアである。また、海水や海底に噴出する熱水から直接有用金属を取り出す技術の開発も、今後発展が見込まれる夢のある課題である。これまで付加体・オフィオライト・グリーンタフなどといった日本に多くみられる地質単位で、海底で形成された鉱床をよく研究してきた日本の鉱床学者は、これらの課題への取組みにおいて大きく貢献しなければならない立場にある。

4 )廃棄物・環境問題への貢献:また一方では消費文明の負の遺産として、巨大な量にのぼる廃棄物の処理と保管の問題があり、これに関しても鉱床学の役割が大きいと考えられる。自然界における物質の移動濃集は鉱床学が扱ってきた問題であり、これは廃棄物における移行拡散問題の裏返しであるからである。たとえば数万年にわたって保管するべき9放射性廃棄物の地層における安全な貯蔵方法の開発のためには、鉱床学の知識は不可欠である。

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3 .鉱床学の研究・教育における問題点と改善への提言

3 .1 大学における研究・教育体制の問題点

 我が国における鉱床学は、主として国公立大学や工業技術院地質調査所などにおいて担われてきた。初期には鉱床の記述や鉱物の記載が主であったが、次第に成因論を中心とした研究に発展し、前述の様に 1960 年代以降は世界をリードするレベルに達して、さまざまな学問的貢献を果たしている。

 また多くの卒業生を世に送り出し、大学や地質調査所などの研究機関、通産省などの行政機関、鉱業界・貿易関連の総合商社などの民間企業等で中枢を担う人材を供給している。しかしながら最近にいたってその研究・教育体制は憂慮すべき状態に陥りつつある。それは端的に大学における教員数の著しい減少である。

 かつて多くの大学の理学部の地質学教室や地球科学教室に存在していた鉱床学・応用地質学・資源地質学などの講座は、教室の再編や大講座制への移行とともに姿を消しつつあり、工学部や教育学部の教員を加えても、全国で鉱床学またはその関連分野を専攻する教員の数は 30 名前後にまで減っている。

 30 年ほど前には約 70 名の教員がいたことを考えると、この間におよそ半減以下となったことになる。また、本委員会が第 16 期に作成した鉱床学関連研究者・大学院生名簿によれば、1997 年 10 月現在で鉱床学を専攻する大学院生の数は全国で約 100 名程度であり、さほど少ないわけではないが、発展途上国などからの留学生の比率が 23 %で、ほかの地球科学の分野に比べて圧倒的に高いという特徴も指摘できる。そのこと自体は歓迎すべきことであろうが、国内の後継者の育成や社会へ送り出す人材養成の見地からは、問題がないわけではない。

 国内の大学における鉱床学分野の教員数の減少は、学問の発展と細分化によるポストの奪いあいの結果という一面があるものと思われ、これはどの分野にも共通する悩みであろう。また個々のケースでは鉱床学関係者の実力不足という反省すべき面もあるかもしれない。しかし、もし一般に「日本ではもはや稼行鉱山はないのだから鉱床学は必要がない」、あるいは「国内によいフィールドがないのだから鉱床学を学ぶことはできない」といった誤解があるとすれば、それは由々しい問題である。

 上に述べてきたように、稼行鉱山が少ないほど我が国の外国への依存度が高くなるのであって、国内の鉱床学を高いレベルに保ち、優れた探査技術者を養成して国際貢献する以外に生き延びる道はないことを考えれば、鉱床学は必要がないといった考えがいかに短絡的であるかは明白であろう。このような社会的な要請を別にしても、バランスのとれた地質学・地球科学の発展のためにも鉱床学は欠かすことはできないはずである。国内に先カンブリア時代のよいフィールドが無いからといって、先カンブリア時代の研究をなおざりにしては地球科学として成り立たないのと同じことである。

3 .2 改善への提言

1 )一般社会の認識:一般に地下資源開発は環境に負荷を与えるという考えがある。確かに環境に対しての認識が乏しかった時代に、鉱山開発が環境を汚染した例は多い。しかし、もちろんこれは許されることではなく、現在の我が国では鉱山開発の技術とともに、坑廃水処理などのような環境に負荷を与えないための技術も格段に飛躍し、世界にそのノウハウを輸出できるまでになっている。国民が「開発すなわち環境汚染」といった誤ったイメージを払拭し、世界の資源開発にたいして正しい理解をもつことがまず求められよう。そのためには、たとえば我々が日常使用している鉄・アルミニウムなどの資源が、どこでどのように採掘され加工されているか、鉱山の環境汚染対策はどうなっているかといった基本的な事柄についての小・中・高等学校教育、および放送メディアなどを通じての社会教育が重要な課題となるであろう。それと同時に前述のように国内において鉱床学のレベルを維持し、一般社会及び学界からの要請に応えられるよう、大学における鉱床学の振興について大学・行政・民間の関係者も意識を高めていく必要があろう。

2 )大学における教員の確保:大学における鉱床学分野の教員数の減少は、先ほども述べたように、ある程度は学問の発展・細分化のためにやむを得ない面もあろう。しかしあまりに減少しては学問集団としての活力を失い、学会の維持も難しくなる。研究者としてのよいポジションが無ければ後継者も育たない。一度このような悪循環に陥ってしまうともはや回復することは難しくなり、日本の大学から鉱床学が消えてしまう事態も十分に予想される。鉱床学の基礎をもたず、資源開発に何らの理解ももたない卒業生が、鉱業界や地質調査所などへ供給されようになり、やがて我が国の探査技術や鉱山開発技術のレベルは低下の一途をたどるようになろう。鉱山会社は海外で鉱山を共同開発する能力を失い、採掘済みの鉱石の輸入のみに頼らざるを得なくなる。これが 21 世紀の我が国にとっていかに危険な状態であるかは先に述べたとおりである。大学におけるポストの不足は学問全体の深刻な問題であり、単に鉱床学に限った問題ではないであろう。地球科学の発展のためには、乏しいポストを譲り合って、バランスのとれた研究・教育体制を敷く必要があることは十分に認識できる。しかし現在の大学における鉱床学の教員数はほぼ学問集団として最小のサイズまで下がっていると判断され、これ以上の減少は加速的な崩壊につながりかねない。この点を大学関係者・行政関係者がはっきりと認識することが必要である。

3 )鉱床学関連分野への展開:鉱床学研究者のサイドからの変革も必要である。鉱床学がこれまでに得意としてきた手法を発展させれば、岩石の熱水変質、地球表層における低温での水や大気と鉱物との相互作用、微生物や有機物による物質濃集、惑星物質 -特に水の関与した物質-のキャラクタリゼーションや惑星の資源探査など、さまざまな分野への展開も可能なはずである。先に「海洋への挑戦」でも述べたように、海洋関係一つをとってみても、鉱床学者が活躍できる場は 21 世紀においてますます発展すると考えられる。これからの鉱床学は単にこれまでのオーソドックスな分野にとどまらず、その得意な手法を生かして未開拓の地球科学の分野を切り拓くものでなければならないであろう。その上で鉱床という研究対象にも一定の興味と関心をもつ研究者が増えることが、現在の我が国において望ましい姿であるといえる。このような関連学問分野を活性化するために、大学において有能な外国人教授を採用するのも一策であろう。

4 )国内鉱山の確保と実習鉱山の設置:先に国内に稼行鉱山がなくても鉱床学を推進していかねばならないことを述べたが、確かによいフィールドが無いことは致命的である。通常の岩石とは異なり、鉱床の場合には地質体としての体積はさほど大きくないことが普通で、構成している鉱物も硫化鉱物や酸化鉱物などのように風化に弱いものが多い。このため我が国のような植生に覆われた地域で、露頭だけを用いて鉱床の詳細な研究を行うことは不可能であり、どうしても稼行鉱山のような全面露出に近い場所を必要とする。この困難を解決するには、まず国内の稼行鉱山をできるだけ減らさないように各企業や行政機関の努力を要請しなければならない。さらに大学や地質調査所・各企業の研修の場として、何らかの形で既存の鉱山を利用した実習や教育のための鉱山をもつことも強く望まれる。我が国は ODA の一環として海外から多数の鉱業関係の実習生を引き受けているが、彼等のトレーニングの場としても、そのような実習教育用鉱山は活用できよう。近年休廃止鉱山を利用した観光施設が数多く作られ、そのうちのかなりの数が安定して運営されている。そのような施設の中に実習教育用鉱山を設置することも考えられてよいであろう。

5 )海外調査と国際貢献:上のような方策が実行に移されたとしても、国内の鉱床学が高いレベルを維持するためには、研究フィールドとしてはまだ不十分であろう。この解決のためには、教員・大学院生が積極的に海外に出る必要がある。先に述べたように、発展途上国からの鉱床学関係の留学生はきわめて多い。彼等の研究フィールドを通して、また彼等を立派に教育して送り返すことにより、各国の地質関係者・鉱業関係者と友好的な交流関係を造りあげるとともに、教員自身の研究フィールドも積極的に海外に求める姿勢が大事なのではなかろうか。彼等がやがてその国の鉱業界や教育界の指導者になることを考えると、これはまた我が国の資源確保のためにも重要な意味がある。またこれに関連して、ODA により海外で鉱床探査を行う機会が多くなっているが、これに我が国の大学院生が参加して研究のフィールドとすることができる途を開くことも、大きな効果が期待できるであろう。

6 )様々な情報の保全など:我が国では毎年地方自治体や金属鉱業事業団などによって相当量のボーリング調査が実施されるが、その際に採取されるコアは初期の目的が達成されれば廃棄処分になる。このようなコアは貴重な地下情報を含んでいるので、鉱床学に限らず様々な分野で利用することが可能である。国内の公的な機関で実施されるボーリングのコア試料とデータ(柱状図など)を適当な場所にまとめて保管し、広く一般の利用に供するような施設の設置が強く望まれる。また休廃止鉱山の坑内地質図などの資料も時間と共に散逸することが多いが、これなども二度と手に入らない貴重な情報である場合が多い。是非とも散逸を防いで後の研究に役立てることができるよう有効な手段を講じる必要があろう。また各大学に保管されている岩石・鉱石試料を系統的に整理し、研究・教育に役立てる方策も考えられなければならない。世界各地では今日も莫大な量の各種の鉱石が、採掘され、砕かれて熔鉱炉へと運ばれている。その一つ一つに,組織・構造・鉱物共生・主成分化学組成・微量成分組成・同位体組成などとして、ぎっしりと書き込まれた地球の長い歴史に関する情報は、跡形もなく消し去られ続けている。人類が掘り尽くしてしまう各種鉱床の代表的な鉱石標本をきちんと保管し、将来の研究・教育に役立たせることは、地球の研究に携わる者に付せられた責務であろう。大学博物館・地域博物館などを設置・充実させてこのような目的に当てることは、単に鉱床学にとどまらず、地球科学全体にとってきわめて重要な課題であり、是非とも推進しなければならない。

日本語で書かれたよい教科書がないという悩みは、いろいろの分野で聞かれることである。鉱床学の場合にも、学部の高学年から大学院にかけて使用できるような、よい教科書に乏しいといわれる。今日では一つの学問のなかでも細分化が進み、なかなか一人の著者が体系的な教科書を書くことが困難になっている。また、学問の進歩が速く、一度書いてもすぐに時代遅れになってしまう悩みがある。関連の学会が主体となってよい教科書造りを心掛け、常に時代に合うように改訂しながら、長期にわたって安価で学生に提供することも、学問の維持のために必要であろう。

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