新たなわが国の森林情報システムの構築に向けて

「林学研究連絡委員会報告」

平成12年7月17日

日本学術会議
林学研究連絡委員会


 この報告は,第17期日本学術会議第6部林学研究連絡委員会で審議した結果を取りまとめて発表するものである。

林学研究連絡委員会

委員長  佐々木 惠彦(日本大学生物資源科学部長・教授)

幹事   井出 雄二(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)
     鈴木 和夫(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)

委員   相場 芳憲(ハイトカルチャ(株)技術顧問)
     淺川昭一郎(北海道大学大学院農学研究科教授)
     大貫 仁人((社)日本林業技術協会技術顧問)
     只木 良也((株)プレック研究所生態研究センター長)
     永田  信(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)
     古田 公人(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)


要  旨

(1)作成の背景
 21世紀における持続的社会の形成には,生物資源の存在及びその持続的な資源利用が不可欠であり,そのためには,自然の状態を常に的確に知る必要がある。このような観点から,わが国の森林情報システムは,極めて重要な役割を果たすものであり,新たな要請に対処すべく発展させてゆく必要がある。そこで,わが国の森林から得られる有用な資源と各種の公益的機能が,将来にわたって確保されるよう,森林を健全な状態に維持するために不可欠な情報を,効率的に収集・利用するためのシステムについて,日本学術会議林学研究連絡委員会は公開シンポジウム“未来に向かって森を測る”を開催するなどして総合的に審議検討した。

(2)現状及び問題点
 現行の森林情報システムは,森林所有者等の協力を得つつ,都道府県,森林管理局,研究機関等の森林計画に携わってきた多くの先人の努力によって整備されてきた貴重な財産であるが,近年の森林情報観測機器や情報関連技術の発展を受けて,より高度で使いやすいものへと改善すべき点も少なくない。そこで,このように分散している情報を集積整理し,ネットワーク化することに加えて,細分化し専門化している森林科学の諸データを総合化して基盤情報資源として提供可能な,広く国民に開かれた森林情報システムを構築する必要がある。

(3)改善策,提言等の内容
 わが国の新たな森林情報システムとして,持続可能な森林管理の重要性に鑑み,森林現況等の変化を確実に把握できる新たな森林情報システムを構築するため,1)森林生態系モニタリング調査の継続的な実施と調査内容の拡充,2)高度分解能衛星データの活用等による森林GISの早急な整備促進,3)既存情報及び継続的に得られる情報の管理システムの構築,4)各種森林情報の積極的な公開と信頼性の確保,について早急に取り組むことを提言するものである。


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目次

T 趣旨

U 提言の背景及び必要性

V 地球環境問題に対する対応

W 新たな森林情報システムの構築に向けて

X 提言内容


新たなわが国の森林情報システムの構築に向けて

T 趣旨

 20世紀は科学の世界といわれる。現代の科学は,重工業,化学工業,情報科学の各分野でめざましい発展を遂げて人々の生活を向上させ,一次産業においてもその発展に大きく寄与してきた。しかし,同時に,人工物質による環境汚染や健康被害,化石燃料の大量消費による温暖化促進など,地球規模で人類の将来に危険を及ぼす原因も生じさせた。2000年5月に東京で開催された世界科学アカデミー会議では,「21世紀における持続的発展への移行」をテーマに,エコノミーからエコロジーへ取り組みの重点を移すことで,世界の貧困と飢餓を克服し,次世代が生存する2050年までを見通して,地球上で人々が健康で安定した生活が可能な世界の構築を目指す科学の推進を提唱した。

 21世紀における持続的社会の形成には,生物資源の存在及びその持続的な資源利用が不可欠であり,そのためには,自然の状態を常に的確に知る必要がある。また,自然が変質していく事実をいち早く知ることが必要で,そのためには,継続した自然観測システムが不可欠である。このような観点からみて,わが国の森林情報システムは,極めて重要な役割を果たすものであり,新たな要請に対処すべく発展させてゆく必要がある。

 本提言は,わが国の森林から得られる有用な資源と各種の公益的機能が,将来にわたって確保されるよう,森林を健全な状態に維持するために不可欠な情報を,効率的に収集・利用するためのシステムを構築しようとするものである。

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U 提言の背景及び必要性

1 現行の森林情報システムの概要

 我が国の森林情報は,森林計画の作成及び実施のための図面,及び資源内容等を取りまとめた冊子(簿冊)として整備されてきた。具体的には,@国土面積の3分の2に及ぶ森林すべてについて,現地測量又は空中写真測量の結果から5千分の1の地形図を作成した上で,A森林の所有や樹種構成・林齢等により区分した林分ごとに「小班」を設けて,その区域界を地形図に表示して図面を作成するとともに,B「小班」ごとに,地況,林況,及び保安林等の法令に基づく地域指定の状況等を「森林簿」として記録し,それらを現地と結びつく形で参照することのできるシステムが構築されている。これらの情報は,森林の立木の成長,森林施業の実施状況,土地開発等による変化を反映させるため,5年ごとに更新されている。なお,森林簿のデータは既に電算化されているが,図面情報の多くは図面に表示されたアナログデータである。

 このようにして整備された情報は,個々の森林所有者に対する指導に際して基礎資料として活用されるとともに,地域及び全国レベルの木材の生産量,造林面積,林道開設量等の森林計画におけるマクロの目標数値の算定に用いられる。また,各種統計として行政及び研究等に提供されている。

 これに加えて,平成11年度からは,国際的な課題となっている「持続可能な森林経営」を実現するための「基準・指標」を念頭に置き,全国1万5千点余りの固定点を対象として,樹木や下層植生等の森林植生の実態を継続的に調査する「森林資源モニタリング調査」が新たに行われている。

2 現行の森林情報システムの課題

 現行の森林情報システムは,森林所有者等の協力を得つつ,都道府県,森林管理局,研究機関等の森林計画に携わってきた多くの先人の努力によって整備されてきた貴重な財産である。しかし,近年の森林を巡る状況の変化や森林情報観測機器,情報関連技術の発展を受けて,より高度で使いやすいものへと改善すべき点も少なくない。

 現状の問題点:現行の「森林簿」に関するシステム及びその運用には,次のような問題点がある。

 @記録する対象が,主として森林の有する木材生産機能に着目したものとなっており,生物多様性の保全等の新たなニーズに応えるために必要な情報が不足していて,今後の具体的施策に結びつきにくいこと。

 Aわが国の森林は,複雑な地形や変異に富む立地に成立していることに加えて,所有規模が極めて零細かつ多数であるという特徴をもつことから,「小班」の数が膨大であるため,「図面」と「森林簿」の照合に多大の労力を必要とすること。

 B森林簿に記載されている立木材積等は,現地での定期的な調査に代えて一定のモデルによって機械的に推計されている場合が多く,森林施業の実施や気象災害等による推移が記録に反映されていない場合があること。

 C一部においては,検索・集計等が定型的なものに限定されがちとなり,近年求められるようになった多様なニーズに応えにくいこと。

 今後の展望:情報技術の急速な進展や,高分解能衛星データが入手可能となってきていることを踏まえ,これらを森林情報システムの改善のために積極的に利用していくことが重要である。とくに,森林GIS(地理情報システム)は,森林GPS(汎地球測位システム)や高分解能衛星データとの組み合わせによって効率的な情報整備の基盤となる。また,図面と森林の現況等に関する情報を有機的に連動させた各種の検索・集計・作図によって,森林計画や治山,林道整備等の多様な用途に利用することが可能となる。これらのことから,森林GISを中心とした森林情報システムの早急な整備が望まれる。

 一方,「図面」と「森林簿」という現在の情報に加えて,「森林資源モニタリング調査」等によってさらに多様な調査項目を加えたより精度の高い,統計学的処理に用い得る数値を今後整備していくことが必要である。

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V 地球環境問題に対する対応

1 地球環境問題と森林,林業,木材産業などとの関わり

 地球規模での環境問題は,ここ数十年ほどの間に意識されてきた比較的新しい課題であり,1992年6月には地球サミットが開催され,これを契機に「気候変動枠組条約」,「生物多様性条約」,「砂漠化防止条約」,「森林原則声明」といった国際取り決めが策定された。現在では,このような国際取り決めのフォローアップを行う具体的な取り組みが国際協力の下で行われている。我が国は,先進国の一員として応分の貢献が期待されており,これまで資金的,技術的,人的資源の提供や,各種会議の招致等を行ってきた。地球環境問題は,陸域生態系の主要なものの一つである森林及び森林やその生産物を前提とする林業・木材産業と密接な関連があることから,上記の国際取り決めにおいても,森林,林業,木材産業は重要な要素の一つとして位置づけられている。

 地球温暖化,生物多様性,砂漠化のいずれも,生態系やそれが受ける影響,その結果や対処法,といった科学的・技術的に高度な内容を取り扱うものであり,国際交渉にあっても科学的・技術的な知見・経験を踏まえた議論が行われている。地球温暖化問題を例にとれば,気候変動枠組条約の策定に先だって設立された「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)による気候変動のメカニズム,影響,対処法等についての検討結果を踏まえて国際交渉が行われているところであり,「京都議定書」に規定された温室効果ガス吸収源の取り扱いについても,本年5月に策定されたIPCC吸収源特別報告書を踏まえた検討を行うこととなっている。

 わが国は,森林,林業,林産業関連研究部門として,地球環境問題との関運で今後どのような科学的・技術的な貢献・支援が可能であるのか,また,行っていくべきかについて,その国際交渉等の動向を踏まえつつ検討していく必要がある。具体的には,地球規模での炭素循環メカニズムの解明,地域・林分レベルでの炭素吸収・排出量の計測手法の開発,関連データの蓄積等が,検討すべき課題である。また,このような取り組みにあたっては,関連する国際研究機関や各国研究機関との連携・協力についても,その可能性を探っていくべきである。

2 気候変動枠組条約COP6及び排出削減目標の達成に向けた対応

 地球温暖化問題について具体的な取り組みを規定するため,先進国の温室効果ガス排出削減目標(約束期間は2008〜2012年)を定めた「京都議定書」が策定された。一方,排出削減目標達成に森林の炭素吸収量を加味することや,諸国間で実施する関連プロジェクト等についての「京都メカニズム」が検討されている。わが国を含めて多数の国が,2002年までに京都議定書を発効させるべきとの立場を表明しているが,これはCOP6を踏まえた各国の早期批准を前提としたものである。

 このように,京都議定書の具体的実施や発効に向けて,国際的な取り組みが進められているが,京都議定書で定められた約束を実現するためには,信頼性の高い計測報告を行っていく義務が生じる。このため,わが国では排出削減及び吸収の計測等についての国内体制を構築することが急務である。

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W 新たな森林情報システムの構築に向けて

 新しい技術の発達により,分子レベルから衛星レベルに至るまでの多様なデータを用いた観測が可能となっている。一方,これらの細分化した広範囲な情報を統合する取り組みの必要性が論じられている。このような認識の下に,専門化が進んでいる科学の成果を統合し,地域レベルを対象とした持続的管理技術の開発に関する研究を総合的かつ効率的に行うという研究方向を,日本学術会議第6部は平成9年に「フィールドサイエンス」として提言した。

 森林科学の分野においても専門分化が進行しているが,深刻化する地球環境問題を背景にして,国際規模で持続的な森林管理のための基準・指標策定が進んでおり,わが国においても森林に関する知見の総合化が必要となっている。このような実際の森林に関する情報は,わが国の森林の持続可能な管理を実現するための総合的研究の基盤となるものである。

 現行では,森林情報システムとして,「図面」と「森林簿」の整備や,「森林資源モニタリング調査」などが実施されているが,この他に,国公立研究機関,大学,民間などが擁している収穫試験地や長期継続調査地などの時系列的情報など様々な森林情報がある。これらの情報はそれぞれの団体や個人の下に分散していて,これらには引き続き新しいデータが付け加えられているものがある。

 このように多様で大量の情報を収集し管理・利用するための森林情報システム,あるいは,異なる分野・組織の間で相互に情報の利用を可能とするネットワークを構築することは,今後の森林情報の基盤的な構築のために不可欠である。

 気候変動枠組み条約の第3回締約国会議(COP3)で採択された京都議定書では,1990年以降の森林への人為的働きかけによって新たに確保されたCO2固定量は,その国のCO2削減量としカウントできることとなっている。そのため,国際的に認定される森林の成長量の科学的な測定が求められている。持続可能な森林管理が行われているかどうかに対する判定基準にも,科学的な測定データの具備が必要である。欧米では一定の水準を満たした国土森林資源情報の継続観測が実行されており,わが国においても同様の観測が必要である。このためには,人的資源や資金の投入を拡充する必要がある。

 一方,昨年から始まった「森林資源モニタリング調査」は,測点が粗いことや観測項目が限られているという問題点があり,これらの問題を克服するために,今後さらに,規模の拡大及び内容の拡充を図る必要がある。

 従来のモニタリングシステムは,それぞれのシステム毎に目的が異なり,観測内容も一様ではない。しかし,資源変動や環境変動の指標となる森林情報としては共通する観測データが多く含まれる。とくに,立地環境情報,生育植物種とそのサイズ,密度,被度等は共通しており,立地環境毎の単位面積当たりのこれらの情報は利用上の共通性が高い。これらの共通する情報を共有できるように整備するに当たっては,その仕組みを明確化する必要がある。このようなシステムとしては,専門家が基礎情報として使える生のデータから,行政や一般国民が利用することができる加工資料までが必要になる。また,多様なレベルの情報にアクセスすることができるよう,その内容を概観できる目次が整備される必要がある。そして,データの公開性と信頼性を高めていく必要がある。

 このようにして,分散している情報を集積整理し,ネットワーク化することに加えて,細分化し専門化している森林科学の諸データを総合化して基盤情報資源として提供可能な,広く国民に開かれた森林情報システムを構築することを,ここに提案する。

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X 提言内容

 持続可能な森林管理の重要性に鑑み,森林現況等の変化を確実に把握できる新たな森林情報システムを構築するため,以下の事項について早急に取り組むこと。

(1)森林生態系モニタリング調査の継続的な実施と調査内容の拡充
(2)高度分解能衛星データの活用等による森林GISの早急な整備促進
(3)既存情報及び継続的に得られる情報の管理システムの構築
(4)各種森林情報の積極的な公開と信頼性の確保

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