日本学術会議の位置付けに関する見解(声明)

平成11年10月27日

1.はじめに

 日本学術会議は,学術の進展にかかわる基本問題について独立に調査審議し,その結果を国の行政や社会に提供することを主要な役割とする点で,諸外国のアカデミーと類似する側面をもっている。諸外国のアカデミーには,国の機関のものと非政府団体のものとがあるが,前者の場合はもちろん,後者の場合でも,政府との関係は直接的・間接的に密である。日本学術会議は,国の特別の機関である点で,前者に属するが,学術の全分野,すなわち人文・社会及び自然科学を包括する点で,世界でも先駆的形態をとっている。

 ところが,国の機関としての日本学術会議は,行政改革の対象とされ,平成10(1998)年6月の中央省庁等改革基本法により,行政組織上は,平成13(2001)年1月を目途に,現在の総理府から,当面,総務省に所管替えとなり,その将来の在り方は内閣府に設置される総合科学技術会議で検討されることになった。しかし,日本学術会議の在り方が,どのような基準や論理に従って検討されるかは,現時点では未だ明らかではない。

 学術の発展を重視するわが国では,学術のもつ普遍的性格に照らして,学術がその視点から行政,産業,国民生活に寄与できる範囲は広範である。したがって,学術の全分野を網羅する組織である日本学術会議の取扱いは,日本の学術,そして日本国の現在及び将来にかかわる重要なことである。これこそ,日本学術会議の取扱いの最終的な決定に当たって,格別の調査と慎重な審議がなされることを期待する所以である。

 そこで,日本学術会議は,その基本的性格と存在意義,総合科学技術会議との関連,自己改革を踏まえた位置付けについての見解を取りまとめた。この自己改革は,日本学術会議が,学術の分野で行政や社会に対して責任を果たし得るように,自主的に進めた点検・評価に基くものである。総合科学技術会議が平成13年以降に日本学術会議の在り方を検討するに際しては,自己改革を基礎とした位置付けについての見解に,十分な配慮がなされることを要望する。

2.基本的性格と存在意義

 日本学術会議法の前文に掲げる使命を達成するために,日本学術会議には,いくつかの基本的性格が規定されている。その内で主要なものは次の5つである。

 第1は,日本学術会議が「わが国の科学者の内外に対する代表機関」であるということである。ここでいう科学者は,自然科学だけでなく人文科学・社会科学をも含む広義の科学,すなわち,学術一般にかかわる人々の総体であり,したがって日本学術会議は,科学の全分野について,国内的にも,国際的にも,わが国の科学者を代表して活動する機関である。

 第2は,日本学術会議が学術それ自体を向上発達させるとともに,学術を行政,産業及び国民生活へ反映させるために寄与することを目的とすることである。これは,日本学術会議の活動が,人類社会一般への寄与を基軸としながら,併せて日本の学術の進展と日本におけるその適切な活用を図ることに寄与することを意味している。

 第3は,日本学術会議が,政府の学術施策,特に専門科学者の検討を要する施策にかかわる事項についての諮問に対して答申を行い,また,政府に対してわが国の学術の進展,科学の行政への反映,そして科学の産業及び国民生活への浸透にかかわる事項について勧告を行うことができることである。これは,日本学術会議がその任務にふさわしい大きな権限と責任を付与されていることを意味する。

 第4は,日本学術会議が内閣総理大臣の所轄の下に,総理府に「特別の機関」として置かれ,また,日本学術会議会員は内閣総理大臣によって任命されていることである。これは,省庁を超えた広い立場に立って学識を統合できる日本学術会議の職務の特色とそれに対する期待を示すものである。

 第5は,日本学術会議が独立してその職務を遂行することである。職務の主要な内容は,(1)学術に関する重要事項の審議とその実現,(2)学術に関する研究の連絡とその能率の向上である。これは,日本学術会議の活動が国から与えられた特別な職務であるとともに,国民の負託にこたえる義務でもあることを示している。

 以上のように規定された基本的性格にのっとって,日本学術会議は,国の機関として,わが国の科学者の知性を個々の専門分野を超えて結集し,広い意味での学術政策に関する総合的な見解を取りまとめるカウンシル(審議会)の機能及びわが国の科学者を個別の学術領域だけでなく,それらを超えた総体についても,内外に対して代表して活動するアカデミーの機能を果たすべく努めてきた。

 日本学術会議に代わって,これらの機能を果たすことができる機関は,非政府組織にはもちろんのこと,国の組織にも存在しない。この意味で,日本学術会議は,国の機関の中で独特の機能を果たすために活動する機関である。

 21世紀の人類の「持続可能な発展」は,その解決の道を拓く学術研究に大きく依拠している。わが国が知識集約型の高度の知性国家を目指すとき,日本学術会議は今後特にカウンシル機能及びアカデミー機能(科学者の優遇機関としての機能を除く)を積極的に発揮することによって,学術を尊重する国の姿勢にこたえ,学術の役割に対する国民の特別な期待にこたえる責任をもっている。

3.総合科学技術会議との関連

 新たに設置が予定されている総合科学技術会議は,人文・社会科学を管轄外としている現行の科学技術会議を発展させ,人文・社会科学を管轄に含めるとしている点に特徴があるが,基本的には科学技術会議の延長線上にあると考えられる。

 まず,総合科学技術会議の人的構成は,内閣総理大臣が議長を務め,議員数の限度は14名以内で,学識経験者はそのうちの半数未満であってはならないと規定されている。これら少数の学識経験者は,科学技術会議の場合と同様,両議院の同意を得て内閣総理大臣が任命するものである。

 次に,その任務は,内閣総理大臣の諮問に応じて「科学技術の総合的かつ計画的な振興を図るための基本的な政策について審議すること」,総理大臣その他の大臣の諮問に応じて「科学技術に関する予算,人材その他の科学技術の振興に必要な資源の配分の方針その他科学技術の振興に関する重要事項について調査審議すること」,「科学技術に関する大規模な研究開発その他の国家的に重要な研究開発について評価を行うこと」などとされている。

 さらに,実際上,内閣総理大臣のイニシアティブの下に,トップダウン的に関係行政機関の研究・開発に関する施策の総合調整と推進を行う「科学技術政策決定機関」の性格をもっている。したがって,他の機関の助力なしには,長期的視野に立った科学技術政策の在り方を検討することは,実際上,困難であろう。

 これに対して,日本学術会議の人的構成は,70万人の科学者を基盤にもつ1,200余りの登録学術研究団体(学協会)を通じて選出された210人の会員を中心に,延べ2,370人の研究連絡委員会委員,そして研究連絡委員会やその中の専門委員会の下に設置された小委員会の延べ1,435人の委員からなっている。その上,会員も委員も人文・社会科学から自然科学部門に及ぶすべての専門分野をカバーしており,それだけに巨大な能力をもっている。

 次に,その職務は,(1)学術に関する重要事項の審議とその実現及び(2)学術に関する研究の連絡とその能率の向上を図ることである。審議は,科学の進歩に役立つ政策を助ける方向と,様々な政策の形成と実施に役立つ科学的知見を政府に提供する方向の両方を目指している。また,研究連絡委員会は,専門分野の向上・発展と,新たな学術領域の開拓に関して,研究の現場と直結した学術的な検討の場であるし,また国際学術団体に対する国内委員会として国際的対応の中核的組織である。

 そして,科学に関する重要事項を審議し,政府に勧告等を行うに当たっては,現場の科学者がもつ具体的な学術上の蓄積を基礎として,ボトムアップ式に全科学者の意見を集約できる特質をもっている。したがって,日本学術会議は,この特質を活かして俯瞰的な視点から学術の在り方を検討し,新たな学術領域を開拓できるだけでなく,長期的かつグローバルな視点からみて推進すべき重要な政策課題を指摘する能力をもっている。

 また,日本学術会議は,我が国を代表して国際科学会議(ICSU)等の国際学術団体に加入し,国際学術交流を積極的に行い,地球圏−生物圏国際協同研究計画(IGBP),地球環境変化の人間的次元の研究計画(IHDP)のような国際学術協力事業を推進する役割を果たしている。さらに,諸外国のアカデミーやカウンシルとの緊密かつ実質的な連携関係をもつわが国唯一の拠点となっている。

 このように,新たに設置される総合科学技術会議と日本学術会議とは,その人的構成,任務規定,そして実際上の目的に関して,根本的に異なる組織である。したがって,現在の科学技術会議が日本学術会議と全く性格を異にし,どちらの組織も他方の組織の機能を代替できないのと同様に,総合科学技術会議と日本学術会議は,いずれも他方の組織の機能を代替できない。

 現在,科学技術会議は,その課題の一つとして,「日本学術会議への諮問及び日本学術会議の答申又は勧告に関することのうち重要なもの」を挙げている。また,科学技術会議の法定議員に,日本学術会議会長が含まれている。そして同会議には日本学術会議との連携を図るための専門の連絡部会が設置され,日本学術会議の意見が政策に反映されるシステムがとられている。このような関係が総合科学技術会議と日本学術会議との間にも継続されることが,21世紀におけるわが国の発展に不可欠なことである。

4.所管

 日本学術会議は,国の学術重視の姿勢を反映して,「日本の科学者の内外に対する代表機関」にふさわしく,内閣総理大臣の所轄の下に,総理府に「特別の機関」として置かれている。

 昭和34年に科学技術会議が設置されたが,基本的性格が異なる科学技術会議と日本学術会議は,共に総理府に置かれてきた。このことは,日本学術会議が,自然科学のみならず人文・社会科学をもカバーする,すべての科学の振興にかかわっていることを反映している。事実,日本学術会議は,その学術的な審議の対象として広く科学の全分野を網羅する点で,特定の省庁の立場を超えた視点に立って職務を遂行できる機関である。

 また,新たに設置される総合科学技術会議と日本学術会議とは,性格や使命を異にしている。日本学術会議は,特に,総合科学技術会議がトップダウン的に科学技術政策を形成するのとは全く異なる機能をもっている。それは,全国70万人の科学者の意見を集約するボトムアップ的な機能と,諸外国のアカデミーやカウンシル及び国際科学会議(ICSU)のような国際学術団体に対して,わが国を代表する学術の国際的受発信の拠点としての機能である。

 日本学術会議は,これらの独自な機能を活用して,個々の科学の向上に役立つ政策の形成に寄与するだけではなく,様々な政策の形成に役立つ科学的知見を政府に提供し,さらには行動規範を求める国民のニーズに先見性をもってこたえることができる。しかも,日本学術会議は,俯瞰的な視点に立って,学術の在り方についての基礎的見解を提示できるわが国唯一の組織である。

 この意味で,科学技術会議を発展させた総合科学技術会議が平成13年1月を目途に内閣府に設置されてからも,日本学術会議が総合科学技術会議とは基本的に異なる立場から科学技術の在り方を独自に検討し,学術の進歩に寄与する「特別の機関」として内閣府に置かれることは,学術を重視する国の姿勢に変化がないことを内外に示すことであり,また総合科学技術会議のあるべき姿を実現するために不可欠なことである。

5.自己改革

 以上のような位置付けに関する見解を取りまとめるに先立って,日本学術会議は,様々な課題が待ち受ける21世紀を迎えるに当たり,その組織と活動について自主的に点検・評価を行った。その結果,明確にされた問題点を反省するとともに,それらを速やかに克服して新たな出発をするために,自己改革プランを作成した。

 これは,現行の日本学術会議法の下で実行可能な改革の具体策を提示することを目指したものである。それらの具体策は,創立50年の節目の年を迎えた日本学術会議が能動的な活動を積極的に展開するのに必要であるが,同時に,日本学術会議の位置付けに関する見解を支える役割をも果たしている。そこで,自己改革の主要内容をここで紹介したい。

 日本学術会議は,学術の向上発達を図り,学術の社会に対する責任を果たすことを目標とするが,今後特に力点を置くのは,俯瞰的視点から取りまとめる科学的知見を日本の行政,産業,国民に提供すること,及び国際学術団体への情報発信を通じて,世界の中で学術を先導することである。

 これを実現するのに必要な具体策には,(1)組織・運営,(2)説明責任と情報発信及び対外的連携,そして(3)会員・研究連絡委員会委員にかかわるものが含まれる。

(1)  組織・運営に関しては,学術の社会的責任を果たすための具体策を提示した。その中には,社会のニーズに役立つような審議の方向の見直し,新たな課題への積極的な対応,ボトムアップ機能の強化,審議体制の効率化,成果のタイムリーな公表,新たな学術領域の開拓などを提示した。

(2)  説明責任と情報発信及び対外的連携に関する改革の具体策には,政府・国会を始めとする機関・団体への審議結果の伝達,学協会・科学者一般・国民への活動状況についての情報公開,及び国の内外の機関・団体との情報交換の推進と連携の強化などを提示した。

(3)  会員・研究連絡委員会委員に関しては,日本学術会議が取り組む課題の審議に適した人材が選出・選任される仕組みを検討し,いくつかの具体策を提示した。その中には,男女共同参画社会に向けて第一歩を踏み出すための積極的改善措置が含まれる。

 日本学術会議は,これらの改革により,カウンシル機能及びアカデミー機能(科学者の優遇機関としての機能を除く)を積極的に発揮して,21世紀における知識集約型の知性国家としてのわが国の繁栄と人類の持続可能な発展に,学術の立場から寄与するように努める。

6.経過措置

 日本学術会議は,その在り方が平成13年1月以降,総合科学技術会議において検討される間も,与えられた職務を遂行し,進展の早い国内・国際の学術状況に科学者の代表機関として的確に対応する必要がある。そのために,在り方が検討される期間においても,日本学術会議の予算及び定員等は,確保される必要がある。

7.むすび

 わが国が,21世紀においても科学を基盤として発展するために,日本学術会議の位 置付けに関する問題について,真摯な検討がなされるよう,関係各方面と社会各層に強く訴えたい。