脳科学研究の推進について(勧告)


平成8年4月17日

第123回総会

 

 近年、基礎諸科学の急速な発展に伴って脳の機能の自然科学的解明が進み、こころの働きの背後にある物質的過程が分子レベルで解明されるようになるとともに、神経画像技術の発達によって、人間のこころの働きの背後にある脳の活動状況を直接観察することが可能になってきている。また、情報工学の領域では人工知能などの開発の過程で、脳の仕組みとこころの働きとの関係に関する理論モデルの研究も進んでいる。このように今日脳科学は、人間の根源的な問題であるこころに関する学際的研究の重要な一領域として、脚光を浴びるに至っている。
 また脳科学は、脳の働きの仕組みの自然科学的研究を通して、脳とこころの働きに関係する様々な実践的な課題、例えば神経疾患・精神障害の治療、老化への対策、ストレスに関連する心身の障害への対処、育児や教育への寄与、あるいは人工知能や新しい情報機器の開発などの工学的応用等に大きく貢献するものと期待されている。

 このように脳科学は、現在では、国家的規模で推進すべき戦略研究の一つとしての重要な研究領域であると言ってよい。
 しかし、我が国の脳科学は、現在国際的にかなり高い水準にあるものの、研究費は国力に比べて著しく少なく、その研究は各省庁や諸研究施設で個々別々に推進される傾向にあるため、研究推進に必要な研究施設・研究費・研究者等に関する諸問題の抜本的な解決が容易ではない状況にある。欧米では、既に幾つかの国が脳科学の研究を国家的規模で強力に推進しており、我が国も早急にこうした研究体制を整えないと、脳科学の発展に対して、我が国の文化水準や経済力にふさわしい貢献をすることができなくなる恐れがある。

 以上の観点から、現在我が国において、脳科学とこれに関連する研究を総合的に推進するために、国としての常設的な「脳科学研究推進組織」を設けることが必要であると考える。この研究推進組織は、脳科学の各専門分野の代表者、こころの問題に関連をもつ人文・社会科学領域の代表者及び脳科学研究の推進に関係する各省庁の代表者等から構成され、関係諸機関の連絡・協議を促進しつつ、戦略的に重要な研究課題を時代に即応して選定し、その総合的な研究推進策を策定するものである。
 脳科学研究推進組織の任務と役割はおよそ以下のとおりである。

(1) 脳科学とこれに関連する重要な研究課題を、時代に即応して、全国的及び国際的規模で選定すること。
(2) 選定された重点研究課題に関する研究の推進に必要な研究基盤の整備、プロジェクト研究の編成、研究評価システムの確立を行うこと。
(3) 各省庁及び関係諸機関相互の連絡及び協議を促進すること。とりわけ脳科学の研究において、こころの問題に関する人文・社会科学的な研究が不断に参照され、必要に応じてそれらの諸分野から協力を得て、総合的な研究を進めることができるような施策を講じること。
(4) 脳科学発展のための国際交流を推進し、国際協力の窓口になること。
(5) こころの研究にとっての脳科学の重要性について、各省庁を含め、社会一般の理解を深める努力をすること。
(6) 研究の過程や成果の利用に際して起こりうる倫理的な問題に対応するための施策を講じること。

 上記組織が企画、立案と実施に当たる研究推進施策については、およそ以下のよう な内容が考えられる。

(1) 研究助成を拡充し、各省庁や関係諸機関の間の横の連絡を密にし、研究費を効率的に配分する。研究助成は重点課題に関するプロジェクト研究を中心に行う。
(2) 研究基盤の整備には、脳科学に関する研究のための研究設備、人員、方法論などを備えた研究施設に対して、卓越した研究拠点 (Center of Excellence, COE)としての重点的な助成を順次行い、基幹的な研究拠点を確立していく。同時に、各分野、領域の既存の研究施設の整備・拡充を促進し、COE を中心にして全国的なネットワ−クを構築し、緊密な連絡・協力のもとに研究を推進できるようにする。この際、特に脳科学研究者と脳科学に関連の深い人文・社会科学分野の研究者との連携に配慮する。
(3) 脳科学の研究には、広範な学際的共同研究が必要であるので、最新鋭の機器や設備を備えた共同利用の研究センタ−の設立、及び脳とこころに関する情報センタ−の設立が必要である。

 

(本信送付先)

内閣総理大臣
 

(本信写送付先)

法務大臣
大蔵大臣
文部大臣
厚生大臣
農林水産大臣
通商産業大臣
運輸大臣
郵政大臣
労働大臣
国家公安委員会委員長
科学技術庁長官
環境庁長官