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ご挨拶

日本学術会議会長 金澤一郎

 持続可能な発展のための制度設計とその実現への行動に、学術研究の立場から貢献するチャンネルを模索して、人文・社会科学と自然科学を包摂する日本の科学者コミュニティの代表機関である日本学術会議は、従来から検討の努力を着実に重ねてまいりました。「持続可能な社会のための科学と技術に関する国際会議」はこの努力の重要な一環であり、2003年から現在に至るまで、毎年一度ずつ、議論の焦点を移動させて継続的に企画・実行してきた国際コンファレンスです。これまでに開催された5回の会議では、《エネルギー》、《アジアの巨大都市》、《アジアのダイナミズム》、《グローバル・イノベーション・エコシステム》、《国際開発協力》をそれぞれ議論の焦点に据え、持続可能な社会の制度と政策の在り方を巡って、国内外から招聘した専門科学者をまじえた真剣な検討を重ねてきました。その過程で蓄積された科学的な知見と情報は、この国際コンファレンスが機縁となって形成された貴重な知的資産でありまして、日本学術会議の社会的活動の堅実なバックボーンとして、重要な機能を果たしてきています。この経験を振り返るとき、持続可能な発展の推進者でもあり、実現された発展の受益者でもある人間の福祉を、第6回の「持続可能な社会のための科学と技術に関する国際会議」における議論の焦点に据えるべきだという機運が、次第に高まってまいりました。この会議では、ともすれば曖昧なままで語られがちだった《持続可能な福祉》の概念を再検討しつつ、この意味の目標を追求するために克服すべきさまざまな障害を確認して、人間の福祉の持続的な発展の制度設計とその実現への行動のための政策の在り方を探ることが、議論の中心になることを期待しています。

 この課題に有効に取り組むためには、2つの点に留意する必要があります。第1に、現在世代のひとびとは、過去世代が蓄積した有形・無形の資産を継承して社会的・経済的な活動を行いつつ、将来世代に新たな有形・無形の資産を引き渡して行く経過的な存在です。時間は一方向的に流れ、過去世代のひとびとの活動は不可逆的であります。かけがえのない地球環境への人間活動の爪痕はその典型的な一例でありまして、持続可能な福祉の概念にはこの事実が反映されるべきことはいうまでもありません。第2に、人間の活動を根底から揺るがす巨大な自然災害や、従来は満足に機能していた社会・経済メカニズムの制度疲労や機能不全など、事前には十分な予測が困難な自然的・社会的ハザードに対する的確な予防措置が社会に備わっているかという点は、人間の福祉を考えるうえでも十分に考慮に入れられるべきです。幸いにも、今回のプログラムにはまさにこの両面の考慮が、十分生かされていると伺っています。参加者各位の専門的な知見を背景とする異分野間のインタラクションによって、人間の福祉に対する豊かな理解が確立され、その増進のための制度設計と政策選択の指針が浮き彫りにされることを、期待をもって待ちたいと思います。