国立博物館(芸術系)・美術館の今後の在り方について
−独立行政法人化に際しての調査研究機能の重視、評価の適正化など−


「芸術学研究連絡委員会報告」


平成11 年7 月29 日

日 本 学 術 会 議
芸術学研究連絡委員会


 この報告は、第17 期日本学術会議芸術学研究連絡委員会で審議した結果をまとめ、発表するものである。
平成11 年7 月29 日

日本学術会議芸術学研究連絡委員会(第17 期)委員
(平成11 年7 月29 日現在)
委 員長 淺沼圭司 (第一部会員、成城大学教授)
委 員(幹事) 岩本憲児 (早稲田大学教授)
委 員(幹事) 勝 国興 (同志社大学教授)
委 員 角倉一朗 (東京芸術大学教授)
委 員 日野永一 (実践女子大学教授)
委 員 武藤三千夫 (広島市立大学教授)
委 員 藪 亨 (大阪芸術大学教授)
委 員 山口 修 (大阪大学教授)3


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目 次

要旨

1.はじめに

2.教育・研究機関としての位置づけ

3.調査・研究機能の重視

4.評価の適正化

5.予算と人員の確保

6.寄贈・寄付に関する税制上の措置

7. おわりに


要  旨

 今般、中央省庁改革の一環として、国立博物館・美術館等の独立法人への移行が決定された。これら諸機関が、その機能を十全にはたすためには、その運営にあたって、以下の各項目に関して、適切な措置をとることが望ましいと考える。

1 教育・研究機関としての位置づけ。これら諸機関が、社会教育的機能をはたすべきことはいうまでもないが、その機能は、必要な調査・研究にうらづけられて、はじめて可能となる。またこれら諸機関が、これまでにこの国の学術に、とくに諸芸術研究にはたしてきた役割から考えても、社会教育機関として位置づけるとともに、独自な研究機関として明確に位置づけることが望まれる。(p.1 )

2 調査・研究機能の重視。上記した社会教育機能は、主に展示によってはたされるが、そのために不可欠な、作品・資料の意義の明確化、展示方法の探求、目録の作成、文化財の収集・維持を行うためには、継続的な調査・研究がなされなければならない。したがってこれら諸機関においては、その調査・研究機関が重視される必要がある。(p.2 )

3 評価の適正化。これらの諸機関は、その業務のため、長期的な展望にたった調査・研究を行うことが不可欠であり、したがって中期的な、かつ数値的な目標にもとづいた評価は、かならずしもなじまない。学術的観点からする評価をも視野にいれた、適正な評価方法の確立が望まれる。(p.2 〜3 )

4 予算と人員の確保。これらの諸機関が、その業務を十全に行うために必要な予算および人員の確保、とくに学術的知見を有する人員の確保が必要である。(p .3 〜4 )

5 寄贈・寄付に関する税制上の措置。これら諸機関の運営・発展にとって、個人からの寄贈・寄付のはたす役割は大きい。現在行われていつ税制上の優遇措置を継続することはもちろん、諸外国のそれにならった、より充実した措置が望まれる。(p.4 )最後に、これら諸機関がはたすべき、過去の文化の記憶と未来に向けた文化の再創造という基本的な役割を認識し、運営上適切な措置を講じることが、この国の文化にとってきわめて大きな意義をもつことを述べておきたい。(p.4.1


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1 はじめに

 現 在文化庁の付属機関である東京国立博物館、京都国立博物館、奈良国立博物館、東京国立近代美術館、京都国立近代美術館、国立西洋美術館、国立国際美術館、東京国立文化財研究所、奈良国立文化財研究所の諸機関が、創立以来、この国の芸術諸学の研究の発展のために果たしてきた役割は、あらためていうまでもなく、きわめて大きい。

 また21 世紀にむけた安定した発展の道を模索する過程で、知的領域に偏向することのない、全精神領域の健全な育成が不可欠なことが、学術的に、かつ一般的に認識されつつあるいま、これらの諸機関がひとびとの知性と感性の涵養にはたす役割は、その重要性をさらに増しつつあるというべきだろう。

 今回中央省庁改革の一環として、これら諸機関の独立法人への移行が決定されたが、この移行にともなって、これら諸機関における学術研究の水準が低下し、一般研究者への便宜供与の度合が減ずることがあるとすれば、それはこの国の学術研究にとってきわめて大きな障害をもたらすだけでなく、この国の文化の維持・発展にとっても、ひいてはひとびとの精神の、バランスのとれた総体的な育成にとっても、憂慮すべき事態を招きかねない。したがって、これら諸機関の研究・教育機関としての重要性を明確に認識し、そのあるべきすがたを実現するために必要な運営上の方策を講じることが、独立法人化にあたってもっとも必要かつ緊急なことと考える。

 上記のような認識にもとづいて、芸術学研究連絡委員会は、独立法人に移行したこれら諸機関のあるべき運営について検討をおこなった。以下はこの検討結果を箇条ごとにまとめ、簡単な説明を付したものである。


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2 教育・研究機関としての位置づけ

 博物館・美術館は、小・中学校、高等学校の児童生徒、さらには高専・大学の学生にたいして、実際の作品に接しながら、国内外の文化を学習・理解する機会を提供するとともに、学術的な研究によって裏づけられた体系的な、かつ理解しやすい展示を通して、一般のひとびとの知的・感性的な能力を育成するための場でもある。このような教育的な役割を十分に果たすためには、その裏づけとして、これら諸機関における研究が十分に展開されることが必要である。これら諸機関が、諸芸術の実証的研究にとって、きわめて重要な場であることはいうまでもなく、また大学や研究機関の研究者にたいして、共同研究の場を提供して来たこともあきらかである。これらのことから、この国に関連する学術研究にとっては、これら諸機関を、前述の意味での教育機関として位置づけるとともに、高度な研究のための独自の機関として明確に規定し、位置づけることが望ましい。

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3 調査・研究機能の重視

 上で述べたことと関連するが、これらの諸機関はおもに展示を通して社会教育的な役割を果たしているが、その役割を十分に遂行するためには、それぞれが所有する作品や資料の意義を明確にするとともに、展示方法の探求、基本的資料としての目録の作成などが行われなければならない。またこれら諸機関が、すぐれた価値をもつ文化的財の収集・維持を重要な業務とすることも、その役割からみて、当然のことというべきである。そして上述の諸業務が、これら諸機関が実施する諸種の調査・研究なしにはありえないこともまたあきらかである。実施された調査・研究の成果は、業務の円滑な運営に貢献するとともに、これまでにも関連する学会において報告され、また刊行されるなどして、この国の諸芸術研究の進展に、大きな寄与を行って来た。

 かりに、独立法人化にともなって、展示による社会教育的役割のみが重視され、強調されることがあるとしたら、それはかえって社会教育的役割そのものを疎外することになるだろう。直接的な効用と結果のみを重視して、その根本的な役割――ゆたかでバランスのとれた精神の涵養――をおろそかにすることがあるとしたら、この国の文化にとって重大な損失を招くことは必定である。このことを考え、これら諸機関における調査・研究にたいして、可能なかぎりの自由を認めるとともに、財政・運営上の十分な配慮を行うべきと考える。諸外国においては、これら諸機関に相当する機関が、芸術諸学の研究において、この国以上に重要な役割をはたしていることも、付言しておく。

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4 評価の適正化

 独立行政法人は、所管大臣に3 年から5 年の中期目標・中期計画を提出することが義務づけられており、とくに中期目標は、業務運営の効率化やサーヴィスの質的向上、財務内容の改善などについて、できるかぎり数値化された目標を定めることが求められている。

 所管大臣は、それに対して、中期計画の認可権と変更命令権を有し、計画や目標の達成度は第三者による評価委員会によって点検される。このような計画と評価のシステムは、定期的な業務に関しては、たしかに国民にたいするサーヴィスの向上をもたらしうると考えられるし、また短期的に成果を実現しうるような種類の研究にとっては、きわめてふさわしいものといえるだろう。しかしながら、ここで検討している諸機関のそれのように、長期にわたる継続を条件とする業務にとっては、かならずしもふさわしいものとはいえず、場合によっては本来の業務に重大な支障をもたらしかねない。

 たとえば、数値目標として設定しやすいという理由だけで、展覧会の入場者数、いいかえれば収益に重点をおいた展覧会の評価がなされるなら、周知の(人気のある)名品を集め、宣伝に資金を投入するなどの措置が、こぞって講じられることになるだろうが、このことは、特定の作品(文化財)の度かさなる出品(展示)を結果としてもたらし、保存上憂慮すべき事態を招きかねないし、着実な調査・研究による未知の作品の発見、既知の作品のあらたな解釈と位置づけなどを結果としてもたらすであろう展示活動を、かえって衰退させることになりかねない。またいたずらなる入場者増は、会場の混在をもたらし、ひとびとの鑑賞条件を悪化させることになるだろう。

 これら諸機関は、長期的な展望にたった調査・研究の継続によって、はじめてその義務を十全に行いうるのであり、数値的、短絡的な評価は、基本的になじまない。諸関係学会との協力によって、学術的な観点からする有効な評価方法の確立こそが目指されるべきであり、芸術学研究連絡委員会はそのための協力を惜しまない。


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5 予算と人員の確保

 これら諸機関は、独立法人化以降も、国の所有する財産の保全、あるいは国宝や重要文化財をはじめとする貴重な文化財の管理・保全という、本来は国の行うべき業務を担当するものであり、そのために必要な財源上の処置がなされるのは当然である。しかも、これら諸機関の上述した役割からみて、調査・研究、展示活動、作品・資料の購入、作品の保護・修復、教育・普及活動、情報の公開などが不可欠の業務であることはあきらかであり、そのために必要な人員と予算の確保をはかる必要がある。

 とくに留意すべきは、これらの業務の多くが、長期的展望のもとになされるべきものであることである。その点を考慮して、とくに基礎的な調査・研究、収蔵する作品・資料の保護、学術的情報の発信などの業務のために必要な予算と、学術的知見を十分に所有する必要人員の確保がはかられなければならない。また、これら諸機関の業務が、かならずしも直接的な結果とは結びつかない面をもっていることはたしかであるが、そのために十分な予算上、人員上の措置が講じられないことがあるとしたら、その業務に重大な支障を来たし、結局はこの国の文化にとってはかりしれない損失をもたらすことになるだろう。

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6 寄贈・寄付に関する税制上の措置

 現在、個人が所有する重要文化財またはそれに準ずる作品を国に譲渡した場合、譲渡益にたいしては非課税とすることが、時限立法によって定められている(租税特別措置法第40 条の2 )。このことが、すぐれた文化財を国の管理下におき、一般に公開することに大きく寄与して来たことはいうまでもない。

 ただ非課税対象が、重要文化財またはそれに準ずるものにかぎられ、また実質的な受け皿も文化庁に限られるなど、かならずしも十全のものとはいいがたい。したがって、これら諸機関の独立法人への移行後も、同様の税制上の措置は不可欠のものとなる。

 周知のように、諸外国の博物館・美術館においては。作品の寄贈や運営費の寄付が、これら機関の質的向上と運営の改善にきわめて大きな役割を果たしている。このことを考えれば、この国における博物館・美術館全体の質的向上、ひいてはこの国の文化そのものの発展のためにも、作品・資料の贈与ないし遺贈、寄付金のすべてについて、さらなる優遇措置を講じることが望ましい。

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7 おわりに

 こ れら諸機関のもっとも基本的な役割は、過去の文化の記憶−−収集と保全−−、その現在への提示−−展示・教育−−、そして、それらを通しての未来に向けた文化の再創造にほかならず、したがってこの国の文化の維持・発展にとって必須不可欠のものというべきである。そして、これらの役割が、長期にわたる着実で永続的な学術研究に裏づけられて、はじめて十分に果たされうることを考え、これら諸機関の独立法人化にあたっては、その運営に関して、十分の配慮を行うべきと考える。この国の博物館・美術館の全般的な在り方が、諸外国のそれに比し、かならずしも十分のものとは考えられないこと、これら国立の諸機関が、この国の博物館・美術館にたいして、いわばモデルとしての役割を果たしていることなどを考えれば、独立法人としてのこれら諸機関が、その特質を十分に配慮した仕方で運営されることが、この国の文化の維持・発展にとって、きわめて有益であることを、最後に述べておく。

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