移動通信の国際化に向けた研究開発のあり方


「基盤情報通信研究連絡委員会モバイル・グローバル通信専門委員会」

平成12 年6 月26 日
日本学術会議


 この報告は、第17 期日本学術会議基盤情報通信研究連絡委員会モバイル・グローバル通信専門委員会の審議結果を取りまとめ発表するものである。

〔モバイル・グローバル通信専門委員会〕
委員長
 羽鳥 光俊(国立情報学研究所教授)

幹事
 服部 武(上智大学理工学部教授)

委員
 堀内 和夫(第5 部会員、早稲田大学理工学総合研究センター顧問研究員)
 中川 正雄(慶應義塾大学理工学部教授)
 吉田 進(京都大学大学院情報学研究科教授)


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目 次


1 .現状認識と課題取り組みに向けた基本的考え方

2 .グローバル化に向けた問題認識
2 .1 研究開発の在り方
(1 )コンセプト提言を醸成する環境作り
(2 )システムインテグレーション力の強化
(3 )ベンダーの標準化活動における役割
(4 )研究開発の進展に合わせた標準化の仕組み
(5 )情報の公開とアクセス性
2 .2 新技術開発と知的財産権の調和
2 .3 人材流動性の促進
2 .4 大学における教育と研究の活性化
2 .5 研究開発拠点の役割と活かし方

3 .今後の検討事項

付録:モバイル・グローバル通信専門員会活動状況一覧



1 .現状認識と課題取り組みに向けた基本的考え方

 社会生活の高度化と多様化により、「いつでも」、「どこでも」、「だれとでも」の通 信のニーズが急速に高まり、携帯・自動車電話をはじめとする移動通信は急速な展開を示 している。わが国の携帯・自動車電話の加入数は2000 年3 月には5114 万加入を超 え、PHS と合わせた加入数は5685 万加入を突破し、永らくわが国の電気通信の基盤であ った一般加入電話の加入数5552 万を超え、なおかつ伸び続けている。世界の加入数も 同様に急速な伸びを示しており、99 年に5 億加入、2003 年には10 億加入を超えると 予測されている。提供サービスはアナログ電話からディジタル電話とデータ通信に移行し、

 移動環境においても電子メールやインターネットの利用が急進展している。 移 動通信の世界の研究開発を振り返ると1970 年当初が第一世代の研究開発のスター トであり、アナログシステムの構築をねらいとして日、米、欧州とも各国で研究開発競争 が行われた。それぞれの国の状況にあわせたシステム開発が進められ、システムの導入が 行われてきた。わが国においては、米国のベル研究所と競争しつつNTT により自動車電話の 開発が進められ、世界に先駆け1979 年に東京で導入された。サービスの主体はアナロ グの電話と付加的にFAX などが用いられた。1985 年から小型部品や実装技術の進展によ り端末の小型化の進展が急速に進み、市場のニーズは自動車電話から携帯電話へと大きく 変化し、端末開発競争も一段と激化した。一方、1987 年の通信の自由化により新規事 業者が参入し新たなサービス競争が開始された。

 第二世代の研究開発はこれより先に1980 年頃にスタートし、全ディジタルシステム の構築に向け開発が進められた。日・米・欧間で開発競争は激化し、それぞれ異なった立 場でシステム開発が進められた。開発の着手は欧州が最も早く、欧州市場統合に向けて国 際間にまたがり使用が可能な国際ローミング機能を有する欧州統一システム(GSM :Global System for Mobile Communications )の開発が進められた。わが国では日本統一方式の標 準化をねらいとして研究開発が進められ、米国ではアナログを補完するシステムとしてベ ンダー中心のデファクトスタンダードにより複数システムの開発と提案が進められた。デ ィジタルシステムの導入は欧州では1991 年、わが国では1992 年、米国では199 5 年である。

 わが国ではディジタルシステムの導入に併せ、新たに事業者と周波数が追加 され、また、端末の開放と売切り制度が認可され、以降飛躍的な発展を示すこととなった。 また、加入数の増加に伴い、米国で提案されたCDMA (Code Division Multiple Access :符 号分割多元接続)ディジタル方式の導入も行われた。その後、市場構造は国際的なサービ スに変化し、発展途上国へも積極的な売り込み競争が行われ、欧州システムであるGSM が市 場を急拡大させてきた。わが国のシステムは方式的には優れたものとの評価を得ていたが 国際ローミングサービス機能を有していなかったこと、国際展開の遅れなどの理由により 諸外国での採用には至らなかった。国内的には人口加入普及率は42 %を超え、ディジタ ル化率もほぼ100 %を達成し、世界的に見てもトップレベルである。更に携帯電話から インターネットへアクセスが可能となり、i-mode サービスやEZaccess などが急展開をして いる。

 これまでの移動通信は米国、日本および欧州において1 国内あるいは1 つの地域におけ るサービスが中心であるが、今後は、1 つの端末が国にまたがって使用できる国際ローミ ング機能を有することが必要となっている。国際ローミング機能を前提としつつ、固定網 と同等な高品質性、動画を含めたマルチメディアサービスの提供が期待されている。これ らの背景を踏まえ、1995 年ごろから国際的な仕様の統一化を前提としつつ競争と協調 の関係で第三世代の移動通信の研究開発が進められた。第三世代の方式はIMT-2000 (2000 MHz 帯を用いて2000 年代に導入を目指すInternational Mobile Telecommunications ) と呼ばれ、関係研究開発機関の多大な努力により、サービスと方式のコンセンサスが確立 されつつある。このようにサービスやシステムのグローバル化が進み、さらに事業者の合 従連衡、ベンダー間のコンソーシウムが進み、従来の研究開発から大きく枠組みを変えて 国際的な観点にたったサービス開発・技術開発のイニシャティブをとることがますます重 要となりつつある。

 本研究専門委員会ではこれらの基本認識を踏まえつつ移動通信の現状と課題を把握する ため、移動通信産業界のキーパーソンへのヒアリング及び専門委員会における招待講演を 行い研究開発の在り方等の議論を行った。また、内外のベンダーとキャリアを招き移動通 信の研究開発をテーマにシンポジウムの開催を行った。さらに、国内外有力企業・大学等 へのアンケートを実施し課題の抽出を行った。また、システム開発動向を正しく把握する ため、関連情報の収集体系化を図った。これらの活動をベースとしつつ、モバイル・グロ ーバル通信に関係する研究開発の戦略、研究情報の流通、研究施設の整備、研究者の育成 などの研究開発についての現状と改善策の検討を行った。

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2 .グローバル化に向けた問題認識

2 .1 研究開発の在り方

(1 )コンセプト提言を醸成する環境作り
 国際的な競争環境においてグローバル化を踏まえた移動通信の新システム、新サービス の開発のためには、その「あるべき姿」を議論したコンセプトの提言を醸成する環境作り が重要である。

 欧州のGSM は、「国際ローミング」「ショートメッセージ」および「SIM (Subscriber Identity Module )カード」を基本コンセプトとして、欧州各国が一体となった研究開発を 行い、サービス展開を強力に進めた。それをベースに世界展開を行い、世界的にも大きな 市場を確保するに至ったのはその好例といえる。その他にも、欧米では数m 程度の近距離 の端末間を接続する無線リンクシステムのコンセプトを作り(Bluetooth 名称)、その標準 化では本来、競合関係にあるベンダー同士が強固な連合(コンソーシウム等)を組み、お 互いの技術を出し合うことによって「Give and Take 」の関係を発展させ、自分の強みと 相手の強みを組合せることによって世界をリードする戦略が成功を収めている。

 わが国においては、移動通信の研究開発について世界的な連携を視野にいれた長期的か つ共通のコンセプトの議論は必ずしも充分行われていなかった。これは国内での開発競争 が熾烈であり、また、国内市場も巨大であることも要因となっている。しかし、そのため、 技術的には優れていても国際的には受け入れられないいくつかの状況に直面した。そのた めこれまでの反省を踏まえ、IMT-2000 (2000 年代の導入を目指すInternational Mobile Telecommunications :第三世代移動通信とも称される)の開発では、欧米と当初から協調 し長期的かつ共通のコンセプトを中心に据え、標準化を実現するに至り、今後の研究開発・ 標準化の進め方の方向付けを行ったと評価できる。将来の新システムの研究開発・標準化 においては、各企業、機関が競争原理の中で長期的コンセプトを共有し、情報を持ち寄り 互いに「Give and Take 」の関係の中で国際的競争力のあるシステム・サービス開発を進 めることが重要である。

(2 )システムインテグレーション力の強化
 わが国における移動通信の技術開発において、小型かつ高性能な部品開発力や端末の小 型化・軽量化および電池の長寿命化に関しては世界のトップレベルである。しかし、国際 的に競争力あるシステム全体を組み上げるインテグレーション力は必ずしも十分ではない。 携帯電話のインフラストラクチャ設備の諸外国の市場では、エリクソン、ノキア、ルーセ ント、ノーテル、アルカテルおよびモトローラなどが主要ベンダーとなっており、わが国 のベンダーは殆ど獲得出来ていないのが現状である。これは従来はわが国のシステムがキ ャリア主導で行われたことおよび日本独自の仕様で国際的な共通性がなかったことも1 つ の要因と考えられる。インフラ設備を制するものがシステムを制することとなり、今後、 国際的なシステム構築を行う上で、システムインテグレーション力を有する人材の育成と 研究開発力の強化が必要である。

(3 )ベンダーの研究開発と標準化活動における役割
 研究開発と標準化は車の両輪であり、諸外国における標準化は主要ベンダーが研究開発 をベースに強力に進めている。通信のグローバル化、マルチメディア化に伴い、標準化の 対象は非常に広い範囲の技術分野を含むようになり、また、手順や手法も多岐にわたるよ うになってきた。特に、はじめはデファクト的に検討が進み、それが世界に認められて国 際標準化されるケースが目立ってきたように思われる。この場合には先見性とスピードの 勝る提案が勝ついわゆる競争社会である。関係機関全体で組織的かつ計画的に標準を作り 上げるこれまでの伝統的手法とは異なっている。
 IMT-2000 標準化では、各社の提案が取り上げられて検討された経緯があり、これを更に 進め、より開かれた環境で優れた提案が活かされるような風土と仕組みが形成されて行く ことが望ましい。

(4 )研究開発の進展に合わせた標準化の仕組み
 技術標準化が通信サービスを拡大・発展させるための必須要件となってきている現状に おいて、標準化を成功させるため、技術の進展と標準化との調和を図ることが重要となる。 研究開発では、優れた方法や効率の高い手法を求め、常に進歩を目指している。一方で標 準化においては、ある時点で技術を固定しそれを標準方式として確定することが必要とな る。そのため、確定以後の新規技術を、その後の標準化に採用出来る仕組みが必要である。 その仕組みが約束されることにより技術開発のインセンティブが高まると考えられる。大 学等の研究機関における研究開発を推進する上では特にこの点が重要と思われる。
 ディジタル携帯電話の音声符号化では、導入当初の方式を新しい符号化方式に置き換え る試みが行われており、技術進歩に対応した仕組みの例といえる。その他の例として、現 在ほぼ終結した第三世代移動通信(IMT-2000 )の標準化においても将来技術(アダプ ティブアレイアンテナや等化器)との組み合わせに配慮した標準化が行われ、モデムの標 準化においても将来の伝送速度の向上に対応することが必須の要件となっている。将来の システムにおいては、システムそのものが一層複雑で高度となり、標準化と技術進展の調 和がより一層重要となると考えられる。

(5 )情報の公開とアクセス性
 ユーザから見たときに世界共通の通信方式の標準化が、グローバル化の時代を迎えて 益々重要となってきている。このことは、今回の活動の中で実施したアンケート調査にお いて「移動通信の方式は世界統一仕様であるべきとの回答が84 %であった」ことからも、 裏付けられている。世界で共通の仕様を策定するためには、できるだけ多くの国や地域が 標準化作業に参画することが必要となるが、参加者が多くなるほど要望も多様性を増し、 共通の結論への到達が難しくなる。一方で、標準化は遅滞無く進めることが必要である。 これらの相反する要素を含む標準化を成功に結びつけるポイントとして、情報公開を促進 することが必要である。情報公開とは、標準化に参加する組織が積極的に自らの提案する 技術の詳細(ノウハウも含め)を公開し、参加者の理解を高め誰でもその技術を正確に実 現できるように十分な知識を提供することである。

 情報公開に特に力を入れた標準化として、GSM とIMT −2000 が挙げられる。GSM におい ては、交換機間のインターフェースを詳細に規定(情報開示)することで相互接続性とい う難しい課題を克服し、共通方式として承認される基準を満たした(交換機の仕様は複雑 で多様なためインターフェースを詳細に示すためには大きな努力が必要)。また、IMT −2000 の標準化においても、提案技術に関する十分な情報公開が行われることにより、共通方式 決定への道が開かれたという経緯がある。標準技術策定の要点は、技術の基礎があれば誰 でも理解でき、かつ製造可能な仕様を参加者による公開の議論を経て決定する点にある。

2 .2 新技術開発と知的財産権の調和

 新技術開発のインセンティブは特許による技術独占とそのロイヤルティーによる収入で ある。一方、標準化として採用する場合は技術の開示が前提となる。わが国において第二 世代までの移動通信開発において標準化の必須特許は無条件かつ無償を条件として来た。 しかし、開発のインセンティブから世界における標準化では適正な対価をとることが常識 であり、今後はむしろ有償化の施策が必要となる。技術開示の代償としてどの程度のロイ ヤルティーを認めるべきか、また他の技術との排他性をどうするか種々の課題が発生する。

 欧州における第二世代移動通信システムであるGSM の開発では特許をプールする方式が とられた。しかし、実際には開発当初から参画していたか、またどの程度貢献していたか の基準によりロイヤルティーが決められ、わが国のベンダーはかなりの高額な費用の負担 を強いられた。その意味でも研究開発時点から標準化に貢献をすることが必要である。  また、IMT-2000 では、基本特許を有しているベンダーが標準化仕様に使用することを拒 否するブロッキング問題が生じた。幸い当事者間で解決を見たものの、今後同様な問題が 発生することは大いに考えられる。IMT-2000 では、その問題を解決する方策が議論されて おり、例えば特許をプールするなどの案がある。

 一方、典型的なデファクト標準の例として、端末間無線方式のBluetooth では、ロイヤル ティーフリーの扱いがなされており、これもひとつの方向である。  いずれにしろ優れた標準規格を実現するには、各機関から優れた技術が提供されること が重要であり、研究開発のインセンティブと調和を保ちつつ、適切なルール作りが緊急の 課題である。

2 .3 人材流動性の促進

 移動通信の黎明期においては組織的な枠組みを中心とした研究・開発が効率的であった。 それは1 つの国で1 つのシステムを開発し、それを国際的な標準機関において勧告とする ことが行われたためである。大規模な移動通信システムの開発として組織力の重要性は今 後も継続するが、インターネットなどのマルチメディアサービスを移動通信環境において 実現するには、新しい自由な発想によるサービス開発や技術開発力を高めることが必須で ある。その意味で個人の能力を発揮する環境をより整備することが重要である。わが国に おいてはその環境の整備や個人の意識は必ずしも十分でない。人材が流動化することは組 織の活性化や情報の流通性にも結び付き、競争や開発テンポを加速する上では極めて重要 である。

 米国のベンチャー企業の成功は人材の流動性が高いことが1 つの要因となってい るといわれている。移動通信の最近の例ではCDMA の基本技術の提案、インターネットアク セスの移動端末用の記述言語であるHDML (Handheld Device Markup Language )の提案、移 動端末の新しいOS (Operating system )であるEPOC の提案などはベンチャー企業を中心と した技術の提案が元となっている。わが国においてもi-mode の提案は流動性人材の貢献に よるところが大と評価されている。多様化するサービスとより高度な技術開発において人 材の流動性をもたらす環境の整備と個人や組織の意識を高めることは極めて重要である。

2 .4 大学における教育と研究の活性化

 最近の標準化は、地域での標準化に先だって、フォーラムをベースとしたアドホックな 委員会を項目ごとに設立して運営し、そこで実質的な提案を行い詳細な仕様を決定するこ とが一般的である。それらを受けて国際電気通信連盟(ITU )において勧告が行われる。移 動通信ではIMT ‐2000 の標準化を行う3GPP (Third Generation Partnership Party )、移動 通信インターネットアクセスの標準化を行うWAP (Wireless Application Protocol )、CDMA システムの標準化を行うCDG (CDMA Development Group )などがそれらの例である。このよ うな状況においては参加者は技術力のみでなく、折衝力、表現力が大きく問われる。特に わが国ではそのための人材とそれをバックアップする体制を強化することが必要である。

 人材の育成は企業における役割と大学における役割がある。研究開発のテンポが加速さ れている状況を踏まえると、より早い段階での人材の育成が望まれる。その意味で移動通 信に関して大学での研究開発と人材育成の一層の強化が必要である。 人材教育の体制は徐々に整いつつあるが、一般的には、わが国の大学の社会への貢献度 が必ずしも高くないことが指摘されている。一方、インターネットなどのグローバルな情 報通信技術が、経済、教育、社会制度を変化させ、世界市民としての日本人であることが 重要視されている。今後、わが国において、外国人の受け入れと社会人の人材流動化は避 けて通ることのできない大きな課題であり、これらの人的ダイナミズムに対するインター フェースの機能には特に大学の役割が大きい。

 具体的な大学での役割としては、外国人の受け入れ及び社会人の受け入れが挙げられる。 外国人から見ればわが国固有の文化や制度を学ぶ機会が増え、また、日本の社会の活性化 にもつながることとなる。大学の社会人の受け入れに関しては、現在の情報通信関係の技 術者は修士の学位の持ち主が多いが、さらに専門を深めるためには社会人課程博士が有効 である。また、大学から見ると社会人の参加は他の社会を経験しない学生の刺激になり、 企業での経験は大学にとって大きな助けであり、彼等は企業と社会を結ぶ貴重な人材であ る。

 大学から見て欧米に比べて大きなハンディとなるのが、日本人博士課程進学希望者が少 ないことである。上述の海外からの留学生および社会人学生により何とかある程度の数を 確保しているのがわが国の電気・電子・情報・通信関連の大学院の現状であろう。博士課 程進学者が少ない理由として、博士学位を取得したことに対する社会からの評価が他の国 に比べて圧倒的に低いことと博士課程在学中の資金援助体制の弱さが挙げられる。これに 対して北米では、受け入れ教官が研究費用から博士課程学生の授業料や生活費にいたる費 用まで補助することになっており、学生はその教官の研究をサポートすることで新たな役 割分担が生まれつつある。

 わが国の博士学位制度と欧米のそれの大きな違いが旧制の大学の制度を残した乙種博 士学位(論文博士)である。これは、企業での研究結果で学位が取れるメリットがある反 面、大学と企業の健全な関係を損ねる一因となり大学の弱体化を招いた。大学の国際競争 の激化は大学のみならず、人材流動化の今日、わが国においても大問題であり、この制度 はわが国の大学にとっての大きな足かせになる。大学に人材が還流し、研究開発の拠点と なることが国際競争の面でも極めて重要である。

2 .5 研究開発拠点の役割と活かし方

 IT関連の技術革新は、シリコンバレーのような関連企業が集積した開発拠点から生まれ るケースが多くなってきた。移動通信においても、サンディエゴのワイヤレスバレー、わ が国の横須賀リサーチパーク(YRP :Yokosuka Research Park )等が挙げられる。特に YRP は、NTT ドコモを中心として移動通信関係のベンダーが40 社集まり、大規模な研究開 発拠点を作っている。
 YRP では、IMT ‐2000 のシステム開発をはじめ、MMAC (Multimedia Mobile Access Communications Systems )やITS (Intelligent Transport System )の研究が精力的に 進められている。

 YRP のこれまでの成功は、IMT-2000 の研究開発にフェーズを合わせて設立されたことが 大きな要因として挙げられる。IMT ‐2000 の主要な目標が達成された今後、さらに研究開 発のシナジー効果を生み出すことが望まれ、大学との連携や人材の流動性およびベンチャ ーの育成等の施策が必要である。

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3 .今後の検討事項

 今後、課題の絞り込みを行い具体的な提言に向けた検討を進めることが必要であり、そ のための検討課題案を以下に示す。

(1 )グローバル化を前提とした移動通信技術の研究開発のため、研究開発拠点の一層の 活性化と拡充化を図ることが必要で、その施策の検討を進める。

(2 )大学における移動通信の教育及び研究について一層の役割が望まれ、その施策を明 らかにする。

(3 )移動通信のグローバル化およびマルチメディア化を踏まえた研究開発の推進のため 技術系と文系の学問の融合を確立することに向けた検討を行う。

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付 録

モバイル・グローバル通信専門員会活動状況一覧


1 .ヒアリングの実施

対象者:
 横山清兵衛(NEC 副社長)
 川田隆資(松下通信工業社長)
 倉本實(NTT ドコモ常務取締役)
 戸田巌(富士通取締役)
 青木利晴(NTT 副社長)

主な意見:
(問題点)わが国の企業は、業績は高いが国際的地位は低い。
日本はマーケットが大きく、それだけで成り立ってしまうため、外国向けの努力が足りな い。米国はOpenSky で外国企業にも魅力があり、ヨーロッパは世界への影響力が強い。日 本は技術的には非常に高いが、世界普及力がなく、これからはそれが致命的になる。 米国は国が明確な方針を打ち出し、産官学が一挙にそれを進める。わが国は開発は速いが コンセプトは弱く、例えばインターネットのようなコンセプトが生まれない。 日本メーカは質的には負けていないが、宣伝力が弱く損をしている。 通信で産学協同がわが国ではあまり進んでいない。国際化の遅れと関係があるかも知れない。

(今後の課題)このような世界に伍して行くには、人材育成と言語の壁の克服が大事。
家電での国際的デファクト競争に打ち勝った経験を、NTT 中心だった通信業界は参考にしていくべき。
YRP がうまく行くためには、各社のインセンティブが損なわれない方法論が必要。
IMT-2000 のように旗振りをすれば、世界がついてくるといった例もあるので、それを強め ていくことが重要である。


2 .シンポジウムの実施

 有識者の意見を聞き、かつ関係者への問題提起を図る目的で、以下の要領でシンポジウ ムを開催した。
テーマ:「モバイル・グローバル通信研究のあり方」
日時:1999 年6 月4 日(金)13 :30 〜18 :00 、場所: YRP 壱番館講堂
主催: 日本学術会議、協賛: 電子情報通信学会、YRP 研究開発協議会

内容
将来に向けた移動通信システムの展望と課題 立 川敬二社長(NTT 移動通信網(株))
移動通信研究開発における日本の役割と課題 横 山清次郎副社長(日本電気(株))
米国における移動通信グローバル化に向けた取り組み Dr.G.I.Zysman (Lucent
Technologies )

休憩

欧州における移動通信グローバル化に向けた取り組み Dr.J.Uddenfeldt (Ericsson )
移動通信研究開発の現状と提言 森永規彦教授(大阪大学)
パネル討論「モバイル・グローバル通信研究開発のあり方」
司会: 羽鳥光俊教授
パネリスト:講演者及び、森寺章夫常務取締役(富士通(株))、倉本 實理事(松下通信工業(株))

概要
サービス:
・今後のサービスは、マルチメディア、ユニバーサル、グローバル化、人、動物、 物全てが対象。
・10 年周期で新しいサービスが始まる。
・第4 、5 世代を考えて欲しい。
・ワイヤレスはますます好まれ、固定を抜くインフラになる。機能もほぼ同一になる。
・需要の急激な変化はいつ起きても不思議でない(i モードがよい例)。

日本の現状:
・日本の研究開発力は世界で16 位(IMD の調査)。
・通信分野の輸出は輸入に比べどんどん低下、理由は垂直統合からオープンアーキテクチャ に変わった産業構造に対応できていないため。
・まだIPR でリーダシップがとれていない。
・縦割り構造(NTT 対メーカ、年功序列)もマイナス。
・米国の大学はハットハウスを作り学生のビジネス感覚を助成している。奨学金も充実しド クターに進みやすい環境は、日本と大きく異なっている。一方、日本ではテレコム分野で どうやって良い学生を確保していくか悩んでいる。

今後の課題:
・まずコンセプトをしっかり作るべき。
・需要を喚起する(鳴かせてみようホトトギス)ことも必要産官学のオープンな交流。
・各システム(有線、各種無線、光)、ハード/ソフト、通信/放送の融合が重要。
・標準化の進め方も(これまでのデジュール的なものから)デファクト的なものに変えて行 く。
・バーチャル化の進歩に伴い、教育や研究は必ずしも集約する必要がない。
・産官学、国内外のオープンで広い範囲の知識交流が重要。

3 .アンケートの実施

 急速に発展している移動通信の最新動向を的確かつグローバルな視点から把握するた めに、国内および海外の企業・大学の最先端で活躍しているトップレベル技術者に対して アンケート調査を行いその結果をまとめた。本アンケートの質問は、8 つの大項目および 33 の小項目から構成しており、率直な回答を得るために個々の回答については非公開を条 件とした。合計で38 の企業・大学から回答が得られ、標準化活動を含む研究開発戦略、研 究環境の整備、研究者育成などについていくつかの特徴が浮かび上がって来た。

 研究開発戦略として、移動通信の研究開発に対するリソースの増加が、1992 年から1998 年の僅か6 年間で、要員で3 割増し、開発費で4 割増となっていることが明らかになった。 同じ期間における研究開発全体の要員および開発費が減少または横ばいの中で、移動通信 の研究開発が企業の非常に重要な戦略ポイントとなっていることが分かった。また、移動 通信技術の総合性および標準化が必須となる状況から、全社の回答の中に共同研究やアラ イアンスが不可欠であることが主張されていた。

 さらに、特許問題と標準化はたいへん難 しい課題でありかつ最重要テーマとなっていることも分かった。 アンケートの結果からさらに、研究環境整備の方策として横須賀リサーチパークなどの 拠点作りの効果および重要性が浮き彫りとなった。また、日本における大学教育のあり方 も含めた研究者育成の課題についても、グローバル化に対応するためには、博士課程制度・ 内容の充実が企業および大学の重要テーマとなることが見えてきた。

4 .専門委員会における招待講演

WIDEBAND CDMA 中嶋信生(NTT ドコモ)
ワイヤレスATM の主要技術と標準化動向梅平良正弘(NTT )
高速無線LAN の標準化動向 守倉正博(NTT )
次世代方式世界標準化動向 古谷之綱(NEC )
Wireless Home Network の動向 中川正雄(慶応大)、有田武美(TAO )

5 .分科会によるモバイル・グローバル通信の現状に関する調査報告の作成

専門委員会オブザーバ
・ 末松安晴 高知工科大学 学長
・ 中嶋信生NTT ドコモ取締役 ワイヤレス研究所長

専門委員会分科会委員
・ 服部武(主査) 上智大学教授
・ 中嶋信生(副主査)NTT ドコモ取締役 ワイヤレス研究所長
・ 大森慎吾 郵政省通信総合研究所 横須賀無線通信研究センタ所長
(現郵政省通信総合研究所 通信システム部長)
・ 佐々木秋穂 ARIB 常務理事
・ 渡辺文夫 KDD 研究所 取締役
・ 古谷之綱 日本電気C&C 基盤開発研究所 所長代理
・ 正木勝 日本電気 モバイルコミュニケーション事業部 担当部長
・ 本間光一 松下通信工業 テレコム研究所長
・ 流田俊一郎 松下通信工業 テレコム研究所 標準化推進担当
・ 吉川憲昭 日立製作所 情報通信事業部 主管技師長
・ 広瀬敏之 沖電気工業 無線開発センタYRP センタ長
・ 児山淳弥 三菱電機 通信システム開発センター 主管技師長
・ 大庭良平 東芝 デジタルメディア機器社 参事
・ 小林忠雄 NTT ネットワークシステム研究所 担当部長
・ 川崎良治 NTT サービスインテグレーション基盤研究所 主幹研究員
・ 関口英生 NTT ソフトウエア モバイルネットワーク事業部 担当部長
・ 宮下洋子 情報通信総合研究所 リサーチャー
・ 須田博人(幹事)NTT ドコモ ワイヤレス研究所 主幹研究員
(現NTT 未来ねっと研究所 主幹研究員)
・ 久保田周治(幹事)NTT 未来ねっと研究所 主幹研究員

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