21世紀に向けた原子力の研究開発について


原子力工学研究連絡委員会、
核科学総合研究連絡委員会
エネルギー・資源工学研究連絡委員会核工学専門委員会
報 告

平成10年11月30日

日本学術会議
原子力工学研究連絡委員会
核科学総合研究連絡委員会
エネルギー・資源工学研究連絡委員会核工学専門委員会
 


 この報告は,第17期日本学術会議原子力工学研究連絡委員会,核科学総合研究連絡委員会,及びエネルギー・資源工学研究連絡委員会核工学専門委員会の審議結果を取りまとめ発表するものである。

 

原子力工学研究連絡委員会

 委員長 秋山 守  (日本学術会議第5部会員,財団法人エネルギー総合工学研究所理事長)

 幹 事 班目 春樹 (東京大学大学院工学系研究科付属原子力工学研究施設教授)

     山本 一良 (名古屋大学大学院工学研究科教授)

 

核科学総合研究連絡委員会

 委員長 柴田 徳思 (日本学術会議第4部会員,高エネルギー加速器研究機構放射線科学センター長・教授)

 幹 事 井戸 達雄 (東北大学サイクロトロンラジオアイソトープセンター教授)

     稲葉 次郎 (放射線医学総合研究所研究総務官)

     阿部 勝憲 (東北大学大学院工学研究科教授)

     岸本 浩  (日本原子力研究所那珂研究所所長)

     佐々木康人 (放射線医学総合研究所所長)

     西原 英晃 (京都大学名誉教授)

     籏野 嘉彦 (東京工業大学大学院理工学研究科化学専攻教授・理学部長)

     宮  健三 (東京大学大学院工学系研究科附属原子力工学研究施設教授)

 委 員 三井 恒夫 (日本学術会議第5部会員,東京電力株式会社最高顧問)

     秋山 守  (前出・原子力工学研究連絡委員会委員長)

     岩本 昭  (日本原子力研究所先端基礎研究センター主任研究員次長)

     大橋 弘士 (北海道大学大学院工学研究科教授)

     栗原 紀夫 (京都大学名誉教授)

     関本 博  (東京工業大学原子炉工学研究所教授)

     田川 精一 (大阪大学産業科学研究所教授)

     武部 雅汎 (東北大学大学院工学研究科教授)

     茅野 充男 (有機質資源化推進会議理事)

     中沢 正治 (東京大学大学院工学系研究科教授)

     松原 純子 (横浜市立大学看護短期大学部教授)

     的場 優  (九州大学大学院工学研究科教授)

     溝尾 宣辰 (核燃料サイクル開発機構敦賀本部国際技術センター技術主席)

     森嶋 彌重 (近畿大学原子力研究所教授)

     山根 義宏 (名古屋大学大学院工学研究科教授)

     吉川 栄和 (京都大学エネルギー科学研究科教授)

     大西 武雄 (奈良県立医科大学医学部教授)

     小野 哲也 (東北大学医学部放射線基礎医学教室教授)

     河内 清光 (放射線医学総合研究所特別研究官)

     草間 朋子 (大分県立看護科学大学学長)

     佐々木正夫 (京都大学放射線生物研究センター教授)

     巽  紘一 (放射線医学総合研究所部長)

     中村 尚司 (東北大学サイクロトロンラジオアイソトープセンター教授)

     野村 大成 (大阪大学医学部放射線基礎医学教室教授)

     母里 知之 (東海大学医学部放射線医学教室教授)

     伊藤 智之 (九州大学応用力学研究所附属炉心理工学研究センター教授)

     玉野 輝男 (筑波大学プラズマ研究センター教授)

     西川 雅弘 (大阪大学大学院工学研究科電磁エネルギー工学専攻教授)

     西川 正史 (九州大学大学院総合理工学研究科教授)

     日野 友明 (北海道大学大学院工学研究科量子エネルギー工学専攻教授)

     藤原 正巳 (核融合科学研究所総主幹・教授)

     三間 圀興 (大阪大学レーザー核融合研究センター長・教授)

 

エネルギー・資源工学研究連絡委員会核工学専門委員会

 委員長 秋山 守  (前出・原子力工学研究連絡委員会委員長)

 幹 事 阿部 勝憲 (前出・核科学総合研究連絡委員会幹事)

     木村 逸郎 (京都大学大学院工学研究科教授)

 委 員 関本 博  (前出・核科学総合研究連絡委員会委員)

     宮崎 慶次 (大阪大学大学院工学研究科教授)

     大木 新彦 (武蔵工業大学大学院工学研究科教授・原子力研究所所長)

     早田 邦久 (日本原子力研究所東海研究所副所長)

     平岡 徹  (財団法人電力中央研究所理事)

     平沼 博志 (社団法人日本電機工業会重電・原子力部長)

 

 

「21世紀に向けた原子力の研究開発について」
− 日本学術会議対外報告の概要 −

 

1.要旨:  急増する地球人口のもと、化石燃料の有限性や地球温暖化などの環境問題を解決しながら超長期にわたってエネルギーを供給し続けていくことは人類の生存を保証するための基本命題であり、原子力が引続き基幹エネルギーの一つとしての役割を果たすことが期待される。一方、省庁再編や「核燃料サイクル開発機構」の発足など原子力を取り巻く環境は今急激に変化しつつあり、今後とも原子力を着実に発展させるためには、激動する情勢に適切に対処しつつ原子力研究開発の新たな展開を企図しておくことが望まれる。

 本報告書では、原子力の先端分野を切り拓く国家的プロジェクトを支えるためには基礎から応用に至る系統的な研究が必要で、それを進めるために学術の体系化が不可欠であり、国家的プロジェクトと学術研究を有機的に結びつけるために研究炉の活用と効率的な研究実施体制の整備が必要であるとした。また教育と合意形成に係わる課題の解決は原子力開発一般に対する国民の理解を得るために重要である。
以下は得られた提言の主旨である。

  1. 原子力研究開発は性格の異なった複数の研究機関が連携を保ちつつ活発な研究開発を推進することが重要であり、学術研究から国家プロジェクトとしての大型研究開発までを有機的・総合的に推進していくべきである。
  2. 本来原子力の研究開発は、原子力開発を先導する国家プロジェクトとその実用化、並びにそれらの基礎となる学術研究の発展という三つの側面から展開されるのが理想的である。しかしながら、約40年にわたるこれまでの研究開発では学術の本質ともいえる体系化が種々の制約により不充分な状態にあった。21世紀に向けて学術の飛躍的な発展を指向するためには、これを実現する最適の組織体として存在する大学の潜在力を活用すべきである。そのために大学の原子力研究を充実させるため、抜本的な改革を実現することが強く望まれる。
  3. 研究炉がこれまでに果たしてきた役割の重要性と今後の更なる展開の可能性に鑑み、現在研究炉が直面している使用済燃料と放射性廃棄物の処理・処分等の問題を解決するため、国は基本方針を早急に策定すべきである。研究炉燃料等を管理することを目的とした組織体の設立が必要である。
  4. 原子力に関する科学的知識を国民の間に普及させるため国は学校教育等の場で適切な措置が取られるよう配慮する必要がある。その結果、異なった考えを持った各界各層が相互理解を深め原子力利用の合意形成を推進していくことが期待される。

2.検討の経緯:  日本学術会議の原子力工学研究連絡委員会、核科学総合研究連絡委員会およびエネルギー・資源工学研究連絡委員会核工学専門委員会は、原子力研究開発の重要課題について検討するため、原子力分野の研究推進検討小委員会を設置した。本小委員会は本年1月から8月までの間に7回開催され活発な議論が行なわれ、関係する研究連絡委員会及び専門委員会の議を経て報告書がまとめられた。なお小委員会は秋山守第5部会員を委員長とし関係する研連と専門委から推薦された委員17名で構成された。

 


要旨画面へ

 

内 容

 

I.はじめに

 

II.原子力研究開発の論点

 

III.論点の特徴

 

IV.提言

 

V.おわりに

 

 

I.はじめに

 人類が文明を維持・発展させていくためにはエネルギーを超長期にわたって安定して供給し続けることが必要である。原子力はその基幹エネルギーの一つを担うもので、その安定利用を推進していくためには、原子力固有の学術体系に係わる側面と政治・経済を通じて社会と係わる側面に視点を据えて問題の解決を図っていく必要がある。

 技術の歴史を巨視的に見ると、まず人間に替わるものとして、「叩く」「投げる」といった人間の単機能を実現する技術が発明され、次いで、科学の進展に依拠して工学体系が発展してきた。それは20世紀に開花し、いわゆる近代文明を創造して大きな便益を人類にもたらした。その反面、近代文明の弊害についても語られる昨今である。人類が発見してきたエネルギーの歴史を振り返ってみれば、人類が日常的に知覚可能なマクロの世界から通常では知覚困難なミクロの世界へと進展してきた科学の発展に対応している。例えば電気エネルギーに関しては、水力から原子力への流れがこれに当る。この観点からすると原子力は新しい科学的知見に立脚した最も新しいエネルギー源と言うこともできる。

 原子力発電をこの視点から見ると、その40年の研究開発の中で技術を集約し、その高度化に成功し、安定した電力供給源としての実績を誇ってはいるものの、未だに国民の理解が十分に得られているとは言い難い。他方、時代の推移を経てここに至り周辺を見てみれば、また新しい時代が始まろうとしている。それは、

  1. 気候変動枠組条約第3回締結国会議(地球温暖化防止京都会議,COP3,1997年12月)などを受けて原子力エネルギーの地球環境保全に係わる長期的役割を着実に実現していくための計画が提示され、実行されようとしていること、
  2. 原子力研究開発の推進に当たり、国や地元レベルの民意を一層反映するために情報の積極的開示に力が注がれつつあること、
  3. 動燃の解体と新法人の発足や数年後に予定されている省庁再編など、原子力研究開発の従来の枠組みが変わりつつあること、

 など、原子力研究開発の開発理念、取り組み方、枠組みの再検討、再構築という最近の動きに現れている。従って、時代の要請に的確に応え、よりよい将来を築くために適切に対処することが社会的要請と受けとめられる。

 そこで学術会議の原子力工学研究連絡委員会、核科学総合研究連絡委員会、エネルギー・資源工学研究連絡委員会核工学専門委員会は、これまでの原子力開発を広い視点から総括し、来るべき時代に対応すべく、原子力研究の新たなる展開を企り、原子力安全の学問を進め、科学技術の社会への還元と地球環境の保全に貢献するための方策を提案するものである。なお、原子力の研究には、放射線利用、放射線影響、ビーム利用など科学技術の上で21世紀に向けての重要な課題が山積しているが、ここでは原子力工学の抱える主な課題であるエネルギー利用に焦点を絞り検討した。


TOP


 

II.原子力研究開発の論点

II-1基本認識

 これまでの原子力の研究開発と実績に立脚して将来の研究開発を構想するにあたっては、次の認識が基本であると考える。

  1. 急激に増加する地球人口のもと、超長期にわたって人類の生存に不可欠なエネルギーを供給し続けていくためには、化石燃料の有限性と地球温暖化などの環境問題をも勘案すれば、原子力を基幹エネルギーの一つとして育成することは妥当な選択である。高レベル放射性廃棄物最終処分など解決途上の諸問題があるにも関わらず、原子力が人類にとって重要なエネルギー供給源であることは、現実的な選択肢として定着しつつある。
  2. これまでの原子力開発は、国民から見れば閉鎖的であり、技術の他分野から見れば原子力に特有な技術の枠内に収まっている。これは、極めて広範、かつ未踏の総合技術の集積である原子炉の設計、設置にあたり、極限環境下で想定される問題点の摘出、それに対処する技術開発に追われ、他分野で開発された先端技術の導入などに必ずしも適切に対処しなかったこと、原子力の特殊性を強調するあまり他分野の技術者との協力を十分しなかったことなどによる。原子力研究開発においても、開発に直結する現象についての知見はある程度得られたものの、学術としての一層の体系化は今後の課題となっている。体系化が進めば、現在見落としている形での利用分野が拓けることもありうる。これらの視点からみても、原子力平和利用の更なる発展の可能性は大きいといえる。
  3. 原子力の研究者集団は原子力平和利用のため物理学、化学、材料学、電気工学、機械工学など多くの既存分野出身の研究者が集まって形成された典型的な学術複合体であり、また、社会、政治との係わりが特に強いなどの特徴を有している。従って、研究開発を整合性を持って、かつ学術的に推進するためには、学術複合体の適切な組織並びに国民の合意の形成及びそのための情報公開が欠かすことのできない重要な要因となる。国や地元レベルの民意が、科学技術に対する理解を伴いながら原子力開発に反映されなければならない。

 

II-2検討すべき課題

 上に示した基本認識に基づけば、検討すべき課題は二つに大別される。一つは、原子力の研究開発に関する事項1)学術としての体系化 2)国家的プロジェクトの推進 3)研究炉の整備と展開 4)研究実施体制 であり、もう一つは民意の反映に関する事項 5)教育 6)合意形成 である。

 学術の体系化とプロジェクトの推進は車の両輪として相互に補完するものであり、研究実施体制と施設の活用が両者をつなぐ車軸の役割をなす。これらの施設のうち、とくに研究炉は原子力学の体系化にとって基本的なツールであるばかりでなく、国や産業界の原子力エネルギー利用に係わる基盤を維持していく上でもなくてはならない。また教育と合意形成の確保は、国民が国の将来、エネルギーの確保、原子力利用における諸課題、の相互関係を正しく理解する上で不可欠であり、科学者や技術者が安心して研究開発に専念できる精神的基盤を与えるものである。

 

TOP


III論点の特徴

 上に挙げた6項目の課題の解決方策について検討を重ねてきたが、それらは以下のように整理される。

III-1学術としての体系化の一層の推進

 原子力学が社会的要因までを含んだ学術複合体であることは共通の認識であるが、ここでいう原子力学の体系化とは、科学・工学に基盤を置いた自己組織化、すなわち原子力学の要素である知見や手法を有機的に整理しつながりを示し全体構成を明示することを目指すものである。ここで体系化を強調するとき、今まで原子力学の体系化がなされて来なかったとしているのではなく、今後更なる研究開発を推進しようとするとき、それが未だに不十分であることを意味している。

 例を挙げよう。応力腐食割れは原子力プラントにとって重要な問題であり、過去にたびたび発生し、そのつど個別対応で問題の解決が企られてきた。研究開発もたびたび実施され、膨大なデータが蓄積されている。それなのに、新材料に対して新しい条件下での挙動が問題となるとき、再度巨費を投じて類似の研究開発を実施しているのが現状である。特に確証試験・実証試験の意義は大きく、目的研究としては有効であったが、開発を急ぐあまり学術的な視点が不足していたきらいがあった。このような類似の研究開発の繰り返しには何か基本的なもの、即ち現象の普遍性を追求する、あるいは知見を共有するという学術的な視点が欠けていたといわざるを得ない。
 体系化とは、原子力工学を構成する原子炉工学、中性子工学、熱流体工学、構造工学、燃材料工学、システム工学、安全工学などの分野の中に横たわる連関性に着目し、普遍化することであり、普遍化された体系を使って新しい技術を構築することを可能とするものでなければならない。またこのように体系化されたものの力を借りれば、新しい効率的な原子炉を開発していくとき必要となる工学的・技術的知見をそこから十分に得ることができる。体系化は原子力学が広範な分野の学術複合体であることからも求められるものであり、人々に原子力の有用性を認識してもらう上でも有効である。

 原子力研究は核反応のエネルギーや放射線の利用などを目的とするがゆえに、目的志向型で、学問としては確立し得ないという見方もあるが、これは原子力研究の本質を見誤った考えである。核反応や放射線に関連した現象の解明とその利用を目的とする原子力研究にあっては、ミクロの世界の現象をマクロな日常スケールの世界での現象と結び付けることが必須である。空間的スケールばかりでなく、時間的スケールにおいても、1兆分の1あるいはそれ以上に異なるスケールでの現象間の関係を解明することがそこでは要求されている。

 このスケールの結合の究極目標の一つは、マクロな現象・挙動をミクロの世界の第一原理から出発して種々の階層構造を通じて完全に記述することである。様々な分野の全てのマクロ挙動についてこれを成し遂げるのは、計算機の進歩を期待するとしても必ずしも容易ではない。これに対処するための学術的アプローチとして、色々なスケールでのモデルを作成しそれを結合していくことが必要となる。実験による検証などを通じてこのモデルの結合化が進めば、あるスケールでの現象がそのスケールでの経験式だけで記述されるのではなく、一つ下位のスケールの現象を理論的に複合することによって記述されるようになる。異なる条件での挙動は下位スケールのパラメータを論理的に変えることで予測可能となる。階層構造の解明は現象の一般化、普遍化につながっていく。このようなスケールの結合を目指す学問は、原子力モデリング工学とも呼べるものであり、体系化研究の典型的な一事例である。これは様々な専門分野の多くの研究者が分担して取り組むべきものである。

 世界的にみても、軽水炉時代は当初の予定より長期化する見通しである。また軽水炉によるプルトニウム燃料の燃焼利用が進行してくると更に利用期間が長期化するものと予想される。従って、軽水炉発電を我が国の基幹エネルギーの一つとして長期にわたって維持していくことは重要と考えられる。維持の方向には二つあり、一つは現在の軽水炉技術の更なる高度化、もう一つは安全性と経済性が高い新型炉の開発である。両者の開発がこれまで以上に望まれており着実な研究開発が必要である。原子力学の体系化はこれらの研究開発を支える基盤ともなるものであり、この体系化は民間、国公立試験研究機関や大学における設計研究などと有機的に結び付くことによって初めて達成可能となるものである。核燃料サイクル技術が完成に向かうとき、学術の体系化の果たす役割には顕著なものがあり、研究開発並びに設計研究と学術の体系化とを切り離して考えることはできない。そして新しい提案がなされた場合には、必要に応じて行政の支援を受け、民間などとも連携・協力しつつ、その実用化へ向けて研究開発を展開していくことが望まれる。

 一方、現代の先端的科学技術は、量子レベルの現象や知見に大きく依存するようになってきた。原子力エネルギー利用の基になっている核分裂現象はその代表例であり、原子力分野における材料の中性子損傷についても、最近はミクロな原子・分子レベルの現象に基づいてそのメカニズムを解明しようとする努力が続けられている。

 このように、ミクロな構造や現象を基に、マクロな物質の性質や機能を理解しようとする手法は、従来X線回析手法や電子顕微鏡等により進められていたものであるが、最近は、レーザー、放射光、中性子、ミュオンなどの量子ビームを用いて、ミクロな構造や機能を調べる方法が一般化され、材料分野、生命科学分野に大きなインパクトを与えており、構造生物学という分野も方法論的に見直されているところである。 この手法を更に進めて、ミクロな構造や反応を制御あるいは利用することによってエネルギー的に、或いは工学的に有効な物を作っていこうという技術体系の可能性が生じており、これが量子工学と呼ばれる新しい学問分野の中核を成している。原子力工学は、量子工学の先例とでもいえる分野であり、今後、レーザー、放射光、中性子と引き続き開発されていくことが想定されている。

 原子力に伴って開発してきた学問分野自身の多くは、このような観点からみると、「ミクロからマクロへ」というような統一的な技術体系を構成しており、最近、国立大学の多くの原子力系学科、専攻の名称が、この量子工学的な名前に変更されているのは、以上のような学術の動向に依拠し、今後、更にこの方向を推し進めていこうとしていることの現われとみなすことができる。

 これまでの核エネルギーの開発はウラン−プルトニウムサイクルに重点を置いていたがこの他にもいくつかの可能性がある。例えば大型加速器による中性子源を用いることにより、新たな核エネルギーの可能性を追求することができる。なかでも加速器と原子炉を組み合わせたシステムは新たな核エネルギーの利用を拓く可能性があり、トリウムサイクルへの利用、消滅処理への利用、大強度中性子源への利用など適正な規模で早急に研究を進めることが望まれる。

 また、加速器の開発はこれまで高エネルギー、大強度という観点からの開発は成されてきたが、高効率、高安定性の面からの開発は実施されていない。原子力分野における利用を考えるとき、新しい観点からの加速器の開発が必要となる。
 なお、放射線科学、放射線影響、放射線防護等の問題については地球環境的な立場からみても重要であるが、本小委員会では今回は原子力工学研究の進め方に重点を置いたので除き、別途検討がなされる。

 原子力工学の体系化は単に重要性が主張されるだけで実現されるものではない。従来の国家プロジェクトやそれを遂行した国公立試験研究機関の使命は原子力の先端分野を先導することにあり、学術の体系化の構築に主眼があったわけではない。そのため原子力学の体系化は不十分な状態にあったといってよい。一方、大学は原子力学の学術的体系化を実行できる最も適切な組織体であり、多くの研究者群が存在しているにも拘わらず種々の制約のもとでそれらがこれまであまり体系化に積極的な貢献をなし得なかったことも事実である。このことについては、現在の法律(科学技術庁設置法)に明記されていることからも明白なように、矢内原原則を遵守するため原子力委員会が関与する予算の対象から大学を除いていることにも一因がある。文部省と科技庁の統合及び原子力長期計画の見直し作業の進む中、大学の原子力研究を充実させるため、抜本的な改革を実現することが強く望まれる。

III-2プロジェクトの推進

 原子力は巨視的には宇宙のエネルギーであると同時に微視的には原子の世界のエネルギーでもあり、その潜在力は無限である。そのため利用の形態も原子力発電所のように大規模にならざるを得ない。安全かつ効率的なエネルギー発生装置を追求していくことの重要性は増々大きくなっているが、そのためには一つは先に述べた原子力学の体系化が、もう一つは大型プロジェクトの推進が必要である。ここでは大型プロジェクトとして「核燃料サイクル事業の推進」と、研究開発が長期にわたらざるを得ない「核融合研究の推進」の二つについて言及する。

(1)核燃料サイクル事業の推進:
 この事業が新法人「核燃料サイクル開発機構」によって推進されることは、国会における法案成立によって決定された。このことについてここで繰り返す必要はないが、核燃料サイクルの完成によってもたらされる恩恵については正しく認識しておく必要がある。天然ウランに含まれる燃焼不可能な238U(99%)を燃焼可能にすることによって、人類が必要とするエネルギーを千年以上にわたって供給できるとされている。
この技術の完成は再処理技術、バックエンド技術などに依拠した核燃料サイクルの完成によってもたらされるものであり、大学や国公立試験研究機関等に存在する英知を集めて研究開発を成功させる必要がある。廃棄物処理処分は特に重要であり、多くの学問分野の知識を必要とするので、大学を含めた多くの機関の研究者を結集して問題解決に当たる必要がある。地層処分に関連しては深地下の研究、地層中の物質移行に関する研究、人工バリアーの研究、リスクを生じる種々のシナリオに関する研究等、消滅処理関連では消滅核反応の研究、高分離係数を得るための化学分離の研究、同位体分離の研究、消滅処理システムの研究等、更には廃棄物を生成しない将来の原子力エネルギーシステムの研究等、学術基礎研究を実施すべきテーマは数多い。

(2)核融合研究の推進:
 核融合の研究は、将来の恒久的なエネルギー供給に貢献することを目指して進められており、大型トカマク装置による臨界プラズマ条件の達成や10MWを超える核融合出力の発生に続いて、自己点火と長時間燃焼を実証する実験炉開発の段階を迎えている。そのために、国際熱核融合実験炉(ITER)計画に代表される国際協力を積極的に推進し、我が国の主導性を発揮して貢献することが、科学技術全般における我が国の研究開発の向上と我が国の将来を担う世代の科学技術への関心を高めるうえで重要である。このような国際的な共同事業を円滑に推進するためには、その成果を有効に還元するための国内研究基盤の充実と共同事業を可能にする社会基盤の整備が必須である。

 長期のエネルギー開発を指向したトカマク型の研究は日本原子力研究所を中心に大学等においても、展開され、また代替方式としてのヘリカル型、ミラー型、慣性核融合等の方式による核融合の基礎科学の研究は核融合科学研究所、大学等で進められている。これらの方式による先進的な炉心プラズマ研究とともに、広範な炉工学技術の開発や長期の開発課題である核融合材料や核融合炉概念の開発、あるいは核融合の安全向上に係わる諸課題の総合的推進が求められる。

 一方、プラズマ物理の学問体系を深めることは、よりよい閉じ込め方式の発展に不可欠である。更に、工学技術や材料開発においても、研究室レベルの革新的な着想を育て、かつ核融合炉工学としての体系化を進めることが、より合理的で経済的なエネルギーシステムの創成に本質的に重要である。これらの研究は、広く核融合の科学的基礎の確立とともに、核融合研究の担い手となる有為の人材の育成にも大きな役割を果たすものである。このように長期間を要する大規模研究を支えるためには特に大学の個々の研究室レベルにおける幅広い基礎研究の展開が重要であり、今後一層の充実が図られるべきである。第16期核融合研究連絡委員会においては、対外報告(「核融合炉工学における共同研究拠点の整備について」)をまとめ長期的かつ幅広い視点から、大学などにおいて先導的に実施されるべき革新技術につながる基礎研究を推進するために、核融合炉工学分野の研究推進方策についていくつかの重要な提言を行っている。これらは、未だに実現されるには至っておらず、核融合炉工学の推進のための予算的措置が強く求められている。

 核融合研究は活発な国際協力が行われている分野である。学問研究でのグローバルスタンダード化を積極的に進めるとともに、国際協力活動を日常的に支える社会基盤の整備充実が特に求められる。また、時代と研究の進展に合わせた柔軟な国内体制の構築は当然のこととして考慮されるべきである。

III-3研究炉の整備と展開

 原子力が多くの批判に耐えながらここまで発展し、我が国が必要とする電力の約35%を供給するまでに至った理由は色々挙げられるが、基礎研究により得た基礎データの活用とそれらに関連して育成された人材の供給はその重要なものの一つである。大学や国の研究機関に所属する研究炉がこのことに果たした役割は忘れてはなるまい。しかるに一部の研究炉、特に私大炉は存亡の危機を迎えている。

 中性子科学の研究においては加速器を用いる計画も立てられている。加速器を使用すれば原子炉以上の質の中性子ビームが得られるというのはある意味では正しい。しかしながら原子炉と加速器は相補的な関係にあり、原子力エネルギー利用の観点からは原子力工学の研究・教育、原子炉の運転訓練や直接的な原子炉核特性の研究を加速器で行うことができないことはいうまでもない。今後も原子炉を用いた研究と教育、及び運転訓練は不可欠であり、照射効果や同位体製造など原子炉中性子を利用する研究分野も更に広がっていく。

 原子炉の運転訓練ではシミュレータも大きな役割を果たしている。しかし研究者・技術者の教育においては実現象を理解させる原子炉自体を用いた実習が重要なのもいうまでもない。今後はアジアを始めとする各国で原子力利用が増大すると見込まれることから、研究炉を中心とする国際的研究ネットワークの充実が大きな意義を持ってくる。このようなとき、原子力利用の促進に向けた研究手段の整備において、研究炉が何らかの理由により忌避されることがあるとすれば、明らかに矛盾である。

 現在、原子炉の設置者は廃棄物処分を含む核燃料サイクル全体について基本的に全責任を負うこととなっている。発電炉の核燃料サイクルについては、原子力委員会等の指導を受けつつ、発電事業者等が技術開発を実施している。一方、研究炉についてはそのような国全体としての動きは緒についたところである。これまで研究炉の設置者は、明確な国の方針も示されないまま、使用済燃料や放射性廃棄物の処理処分について個別対応を迫られてきたのが実情である。設置者が国立大学や国の機関であれば、基本的には国が処理処分の最終責任を持つものとして地元等の理解も得られないでもないが、私立大学ではこれは許されない。研究炉の使用済燃料や廃棄物を設置者が個々に処理処分することは国全体としてみればきわめて非効率的である。個々の機関で使用済燃料の処理方策として可能なのは敷地内保管か国外処理しかない。研究炉利用に伴って生ずる放射性廃棄物は、当面敷地内に保管するしかなく、将来安全管理上問題となる可能性を否定できない。国として研究炉の使用済燃料や放射性廃棄物の処理処分の基本方針策定と法制度の確立を急がなければ、研究炉は忌避され、原子力研究に大きな障害となることは明らかである。

 研究炉の核燃料サイクル等を国全体として効率的に実施する方策の一つとして、廃棄物を含めて研究炉燃料等を保有管理する組織体(例えば「研究炉燃料管理機構(仮称)」)の設立がある。核燃料サイクル等について個別には責任を負うことが著しく困難と考える設置者に対してはそこから研究炉燃料等の管理をその組織体に移管し、このような組織体の責任において管理を実施することを目的とするものである。このような抜本的方策を実施することで、我が国の原子力研究分野での世界への貢献は拡大する。なお、このような組織体の設立に際しては、その設立によって大学本来の研究が損なわれないよう十分に配慮することが必要である。

III-4研究実施体制

 ある時間断面においては、基礎研究及びプロジェクト研究の推進体制には最適な組織形態が存在する。しかしながら、この最適形態は時代の推移と共に変化し、いつまでも最適なものであり続けることはできない。

 現状の研究開発体制は、複数の省庁にまたがっているが、その役割は明確に定義されており、原子力の平和利用に関する技術開発に対してはその機能を十分に活かしその役割を果たしてきたといえよう。省庁間の横のつながりや連携に不十分なものがあったとの指摘はあるものの、当該省庁が研究開発に責任を負う形で効率的に目標を達成することが要請されていたために有効に機能してきたといえる。しかしながら、将来の望ましい姿を追求するとき、初期の目標が達成されたそのこと自体によって現状の組織形態が現状のまま存続することが最適なものであるとの結論には必ずしも到達しない。このことは、現在及び将来の重要な諸課題が孤立して追求され続けるとすれば十分には解決されないという性質を持っていることから当然である。原子力学の体系化は大学に閉じた形で追求されても成功の確率は高くないし、核燃料サイクルの確立という困難な課題も新法人に閉じただけでは十分に解決されるべくもなく、関連する他機関の協力を得ながら必要最小限の基礎研究を展開することが必要である。核融合についても然りであり、各研究機関が各々の目標を独自に達成しようとする努力は第一義的に重要なものとしても、国として統一された研究開発戦略のもと研究機関間でお互いに連携し合い、面状の発展を遂げていく努力をすることが重要である。

 従って研究組織体間の整合性の確保を制約条件とした組織の有機的機能の実現は研究者の期待であるばかりでなく、国民の期待に応えるものであると認識したい。そして我が国の研究組織は、有機的な階層構造を持っており、学術的な基礎研究のレベルでは大学が、基盤研究及び戦略的研究のレベル更には大型研究や応用研究のレベルではそれぞれの役割に応じて直轄研究所、国立研究所、日本原子力研究所あるいは新法人の核燃料サイクル開発機構が主要な役割を果たしている。原子力開発に関連した複数の学会などの役割までも含めるとこれらの研究組織は役割に関する縦のピラミッド構造だけでなく横の有機的な関係も維持しており現状は概ね肯定できるものである。ここでは、我が国の原子力研究開発の推進上、大きな役割を負託されている日本原子力研究所と核燃料サイクル開発機構の2機関について、役割の認識と期待について記述する。

・日本原子力研究所:
 我が国における原子力研究の中核的な総合研究機関として今後も更に充実していくことが重要であり、我が国の原子力エネルギー政策に必要な研究を進める役割を果たし、原子力研究の基礎を支える共同利用施設などを有する研究所として位置付けるのが妥当である。主要な役割としては、安全研究、原子力全般を支える基礎研究及び基盤技術開発、原子力エネルギーの生産と原子力利用分野の拡大に関する研究開発、放射線利用研究、核融合研究等を推進するものとする。これらに加えて、研究者・技術者の養成、研究成果の積極的普及等を行い、我が国の原子力の中核的な総合研究機関としての役割を果たすものとする。そして高度研究施設の全国的な利用をより一層促進するため、予算・体制の整備を図っていき、これらの研究施設及び研究者等を教育に活用する制度を充実させることが望まれる。そのため研究者等の相互交流を進め、大学・国立試験研究機関等との間で人事の流動化を促進するよう法的整備を企るべきである。

・核燃料サイクル開発機構:
 今般の法改正により、「サイクル機構」の主要業務は、

  1. 高速増殖炉及び高速炉サイクル技術の研究開発
  2. 高レベル廃棄物処理処分技術の研究開発

の2点とされた。

 多分野の先端技術が集約されている高速炉技術の研究開発は、我が国原子力技術のポテンシャルを維持するだけでなく、また科学技術一般の振興を図っていく観点からもなお重要な意義をもつ。廃棄物処理処分は特に重要であり、多くの学問分野の知識を必要とするので、大学など多くの機関の研究者を結集して問題解決に当たる必要がある。

 「サイクル機構」には、この他にも実験炉「常陽」やホットラボをはじめとする重要な施設・設備があるほか、多数の研究者・技術者が存在している。これらを考え合わせれば、「サイクル機構」が今後とも我が国の核燃料サイクル開発において中核拠点として存在し続けることは疑いない。「サイクル機構」の研究資源・人材を大学や原研等の研究機関における資源・人材と有機的に連携させ、学術研究を行う大学から大型の研究開発を行う「サイクル機構」まで総ての原子力研究開発機関の業務を一体的・総合的に進めていくことは効率性・完結性のみならず、学術の体系化を追求する上からも重要である。「サイクル機構」の貴重な研究資源・人材が、省庁再編により大学・原研等他の研究機関から孤立し、今後その役割を十分果たせなくなってしまうことがないよう特別に留意されるべきである。

 固有なものとして賦与されている組織の使命が第一義的に果たされなければならないのは当然として、新しい時代に即応するものとして第二義的に追求されなければならないものに研究組織間の相互作用に基づいた体制の機能がある。大学や日本原子力研究所、核燃料サイクル開発機構、国公立試験研究機関などの間で今まで以上に活発な研究協力が推進されることとともに、それに対する行政上の規制緩和が強く望まれる。一定期間、大学の研究者が本務から離れて国家プロジェクトチームに、あるいは大学以外の研究所の研究員が大学の教育に、それぞれ参画するシステムなどを徐々に確立していくことが行政の柔軟性という観点から検討されてよい。

III-5教育

 第16期原子力工学研究連絡委員会においても対外報告(「原子力開発利用に係わる人材・学術基盤の充実について」)をまとめ、原子力分野での人材確保、教育・研究設備の更新、中・高等学校の教師や高度技術者に対する原子力教育・訓練の機会の提供などに関して、重要な提言を行っている。これらの提言はまだ国政等に反映されてはおらず、依然として提言の実現が望まれているという状況にある。

 今後、状況の急激な変化が予想される。現在、省庁再編を軸とした行政改革が進行中であり、原子力教育に関与する国の組織も大きく変更されようとしている。新しい状況に対応する教育像を追求していくことが望まれるが、その際考慮されなければならない視点が三つある。一つは日本原子力研究所、核燃料サイクル開発機構、科学技術庁傘下の国立研究所や放射線医学総合研究所等が大学と同一の省に所属するか否かに拘わらず、学生指導などこれらの機関の教育への貢献などの複合的な教育効果を追求する視点であり、もう一つは日本原子力研究所や核燃料サイクル開発機構などに属する各種の大型実験設備を学部学生や大学院生の教育へ開放する視点である。最後の視点は、原子力教育の多様化であり、教育対象を学部教育・大学院教育から小・中学校・高校へと拡大することに関係している。今後に予想される組織改編に当たって、これらのことが教育の一体性と統合性の確保の観点から配慮され実現されていくことが重要な措置であると考える。

 更に、動燃事業団法の一部改正に関する法案の中で学校教育等において原子力の適切な理解の推進が図られるよう付帯決議されている。これは、第16期の原子力工学研究連絡委員会の対外報告の提言ともあいまって、原子力研究開発の推進に大きな希望を与えるものであり、その実現が懇望されるものである。

III-6合意形成

 合意形成については原子力に限らず、今日生命科学をはじめとして多くの分野で問題となっている。これに対処するには科学技術について如何に分かりやすく説明するかが一つの要点である。科学技術の一般的理解を得ることは極めて難しい。特定の分野にのみ通用する言語で表現された情報の公開では説明を果たしたことにならず、科学技術者に対して、分かりやすい説明をする努力を最大限に払うこと、疑問に対しては誠意をもって答えること、知り得ていないことに対してはそれを率直に公開し、知りうるために必要な方法や手段を明らかにすること等が要求される。

 多くの科学技術が仮説の提案、実証、修正という長い期間を経て信頼性を高めてきた事実と対比すると、原子力学は誕生して日も浅く、技術の体系化はもとより、科学技術として十分成熟した段階に到達したとはいえず、合意形成のために必要な理解を得やすい情報の発信には困難さが伴う。

 更に原子力分野に特有の問題として、原子力の許容しえない利用を受苦した経験とその国際的再発に対する真摯な懸念、旧ソ連やアメリカにおける原子力発電所の大規模な事故が我が国でも発生しないのかという危惧、放射性物質の自然界並びに人類への影響に対する不安、原子力研究開発機関の事故によって露呈した研究開発の閉鎖性並びに独善性に対する不信等があり、これらが重畳して合意形成を更に複雑な問題としている。

 現実問題として、我が国における原子力の利用が平和目的に限定されており、この遵守を疑う者はいないこと、透明性を確保しつつ原子力開発を進めるために新たな研究開発機構が発足し、また合意形成のための新しい円卓会議が設置されたこと、原子力発電所の安全性の尺度の一つである計画外停止頻度は我が国では年間1基あたり0.2回とフランス、アメリカの十分の一以下で極めて信頼性は高く、しかもその内容は危険水準を上回ったことがないこと、電力の安定供給のためには原子力発電の代替手段の発見は容易ではなく、更に建設が必要なこと、医学等を含む原子力、放射線の平和利用には国際的に評価が高くその国際的貢献が望まれること等様々な原子力に関連した事実が理解されたとしても国民感情の中にはなお心理的葛藤が残ることを否定し去るのは難しい。

 このような問題の解決にどのような手がかりを求めるかは、科学技術者の領域を超える課題であり、広く人文・社会科学者との協力のもとに具体的方法を考えなければならず、重要な研究課題の一つである。

TOP 


IV提言

 以上に述べた諸課題の解決を企り、原子力研究開発の有効性を実証していき、更に原子力が人類の福祉の向上に有用であることを不断の行為の中で示していくため、以下の提言が実現されることを強く望むものである。

提言1:
 原子力研究機関は性格の異なった複数の研究機関が独自に活発な研究を進めるのみならず、密に協力し合うことが重要であり、大学の学術研究から国家プロジェクトとしての大型研究開発に至るまでを有機的・総合的に推進していくこと。

提言2:
 学問の自由のもと、時代の変化と社会的要請に基づき、原子力学の体系化を推進するため基礎研究の重要性と位置付けを明確にするとともに、大学の原子力研究を充実させるため、抜本的な改革を実現すること。

提言3:
 研究炉を研究、教育に有効に活用すること。その使用済燃料、放射性廃棄物の処理処分に関し、国としての基本方針を早急に策定すること。研究炉燃料等を管理するための組織体を国が設立し、設置者の過度な負担を軽減すること。

提言4:
 原子力に関する科学的知識を国民の間に普及させるため学校教育等の場で適切な措置がとられること。更に地元、国民、地方自治体、政府が相互に理解を深める手法について工学と自然科学、社会科学、人文科学の関係者が協力して研究を進めること。

 

TOP


Vおわりに

 学術会議の第17期の原子力工学研究連絡委員会、核科学総合研究連絡委員会、及びエネルギー・資源工学研究連絡委員会核工学専門委員会は、本報告書で取扱われている課題について検討するため、原子力分野の研究推進検討小委員会を第1常置委員会に諮り運営審議会の了承を得て設置した。本小委員会は7回開催され活発な議論が行なわれた。本報告書は、推進小委の検討結果に基づいて上記研連と専門委の議を経てまとめられたものである。なお本報告書の全体にわたり、第5部の大橋部長、松尾副部長、冨浦幹事、古田幹事、三井会員、川久保会員、久米会員、小島会員、関根会員、平田会員、笛木会員、第4部の和田部長、大瀧副部長、複合領域研究連絡委員会運営協議会の土居委員長など多くの方々のご指導ご助言をいただいた。今後の議論や施策の策定に際して本報告書が有効な指針となれば幸甚である。

 

TOP



[付記]

 

原子力分野の研究推進検討小委員会

委員長 秋山 守  (日本学術会議第5部会員・原子力工学研究連絡委員会委員長)

委 員 阿部 勝憲 (東北大学大学院工学研究科教授)

    大木 新彦 (武蔵工業大学大学院工学研究科教授・原子力研究所所長)

    岸本 浩  (日本原子力研究所那珂研究所所長)

    木村 逸郎 (京都大学大学院工学研究科教授)

    佐々木正夫 (京都大学放射線生物研究センター教授)

    柴田 徳思 (日本学術会議第4部会員,核科学総合研究連絡委員会委員長)

    関本 博  (東京工業大学原子炉工学研究所教授)

    早田 邦久 (日本原子力研究所東海研究所副所長)

    高橋 克郎 (核燃料サイクル開発機構技術展開部部長)

    巽  紘一 (放射線医学総合研究所部長)

    籏野 嘉彦 (東京工業大学大学院理工学研究科化学専攻教授・理学部長)

    中沢 正治 (東京大学大学院工学系研究科教授)

    西原 英晃 (京都大学名誉教授)

    班目 春樹 (東京大学大学院工学系研究科付属原子力工学研究施設教授)

    宮  健三 (東京大学大学院工学系研究科附属原子力工学研究施設教授)

    宮崎 慶次 (大阪大学大学院工学研究科教授)

    山本 一良 (名古屋大学大学院工学研究科教授)



Copyright 2001 SCIENCE COUNCIL OF JAPAN