初等中等教育における情報教育について


「基盤情報通信研究連絡委員会ソフトウェア工学専門委員会、情報工学研究連絡委員会報告」


平成12年3月27日
日本学術会議

基盤情報通信研究連絡委員会ソフトウェア工学専門委員会
情報工学研究連絡委員会


 この報告は、日本学術会議第17期基盤情報通信研究連絡委員会ソフトウェア工学専門委員会及び情報工学研究連絡委員会の審議結果を取りまとめ発表するものである。

[ソフトウェア工学専門委員会]

委員長 片山卓也(北陸先端科学技術大学院大学情報科学研究科教授)

幹事 玉井哲雄(東京大学大学院総合文化研究科教授)

委員 稲垣康善(名古屋大学大学院工学研究科長・工学部長)
岩野和生(日本アイ・ビー・エム株式会社東京基礎研究所長)
後藤滋樹(早稲田大学理工学部教授)
田中穂積(東京工業大学大学院情報理工学研究科教授)
富田眞治(京都大学大学院工学研究科教授)
鳥居宏次(奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科教授)
宮本衛市(北海道大学大学院工学研究科教授)


[情報工学研究連絡委員会]

委員長 甘利 俊一(第5部会員、理化学研究所脳科学総合研究センターディレクター)

幹事 牛島和夫(九州大学大学院システム情報科学研究科教授)

委員 土居範久(第4部会員、慶應義塾大学理工学部教授)



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目次

1 .はじめに

2 .現代社会を生き抜くための情報教育
2 .1 コンピュータの原理:高度情報化社会の社会常識
2 .2 情報活用能力と情報手段の活用能力
2 .3 道具としてのコンピュータの特徴
2 .4 変化の激しい情報技術
2 .5 科学としての情報科学

3 中学校学習指導要領「技術・家庭科」技術分野「B 情報とコンピュータ」
3 .1 担当教員の確保の体制
3 .2 教材の作成
3 .3 独立教科「情報」の確立に向けて

4 高等学校における情報科の新設と必修化
4 .1 担当教員の確保と養成の体制
4 .2 情報専門学会との連携

5 おわりに


1 .はじめに

 コンピュータと通信技術の飛躍的な発展につれて、社会生活に大きな変化が起こり、新しい情報文明とでも言うべきものが出現した。
 そのスピードには驚くべきものがあり、いまや、コンピュータとインターネットを通じて、個人が世界中と結ばれ始めている。
 この結果コンピュータを使いこなすことなしには、快適な社会生活を送れないようにさえなろうとしている。

 一方、これは社会に深刻な情報ギャップをもたらしつつあり、社会不安を引き起こす恐れすらある。
これを解消し、社会の構成員が快適な質の高い生活を過ごすことが出来るようになるためには、情報教育を急速にしかも大規模に進めていかなければいけない事態になっている。

 ことは急を要する。
 わが国の現状を考えるとき、我々はその遅れを憂慮している。

 折しも、平成10年(1998年)7月に、文部省教育課程審議会が初等中等教育の教育課程の基準の改定について答申を行った。

 それを承けて12月には文部省が小学校と中学校の学習指導要領の改訂を告示した。
 平成11年3月には高等学校指導要領が発表された。
 これによれば平成14年(2002年)から完全学校週5日制を実施し、中学校では技術・家庭科の一部に情報に関する内容を必修化し、平成15年より高等学校の普通科には情報科目を新設して2単位の必修としている。

 事態は急激に動こうとしている。

 我々はこの動きを歓迎するとともに、これをさらに効果のあるものとするために、緊急の提言をしたいと考えた。
 残念なことに情報教育に関しては、日本は欧米に大変な遅れを取っている。
 これを克服するために、とりあえず短期的に緊急に実施すべき事柄と、長期的に本格的に行っていかなければならない事柄の 二つを分けて考え、あるべき情報教育の姿を提言したい。
 我々の提言が、関係各位の今後の進め方に役立つことを切望するものである。

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2 .現代社会を生き抜くための情報教育

 今や情報は生活のすみずみにまで浸透し、情報を正しく取り扱うことなしには現代社会を生き抜くことは難しくさえある。
 情報教育は現代社会を生き抜く力を養う基本的素養の一つになっている。
 その特質を垣間見ることから始めよう。

2 .1 コンピュータの原理:高度情報化社会の社会常識

 家電を始め我々の身の回りにあるほとんどの工業製品では、その中枢部品にマイクロプロセッサが使われている。
 自動車も一皮むけば車内に光ファイバーを張り巡らし、マイクロプロセッサが大活躍している。
 座席予約システムや住民票の管理システム、コンビニエンスストアのチェーンや宅配便のシステムなど、我々を取り巻く生活に必要な様々な社会システムの中枢でコンピュータが重要な役割を演じている。
 21世紀にはこの傾向がますます強まるだろう。

 このように至る所で使われているコンピュータについて、その仕組みや動作原理について基本的な知識を社会常識として市民が持っていなければ、それは社会の健全な発展にとってきわめて危険と言わなければならない。
 どのような動作原理で、コンピュータは上のような仕事をこなすことができるのであろうか。
 コンピュータが遂行しているとてつもない仕事が、すべてコンピュータの仕組みや動作原理に基づいていることに思いをいたさせる場が、教育の中に必要である。

 動作原理が分かっていれば、新しい情報機器に出会ってもおおよそその仕組みと使い方を推測することができる。
もちろん細かい使い方は実際に手に取ってみたり説明を読んだり聞いたりしなければ分からないかもしれない。
 もしかすれば、それは無理な使い方を使用者に強要しているかもしれない。そんな場合には大いにもの申すことが必要である。
 社会システムに対しても同様である。
 窓口の向こうの担当者が、これはコンピュータで処理していますので、と強弁するようなシステムの存在を認めてはいけない。
コンピュータの都合で人間に不必要なことを強いるようでは、システムとして落第である。
 そのことを見抜いて、使用する立場から情報システムの構成に異議を申し立てたり、新しい提案をすることができるようになることが望ましい。

 これからの高度情報社会ではその中枢にコンピュータが位置し、コンピュータを通して様々な意志決定が行われ、社会システムの運用が図られる。
 こうなると、大多数の市民にとってコンピュータがブラックボックスのままであっては、社会の先行きは明るくない。
 そうならないために、コンピュータに関する知識を社会常識として保持し、皆が参加できる社会を築く方策を立てる必要がある。
 このような情報教育は、初等中等教育の場で行うのが適当である。


2 .2 情報活用能力と情報手段の活用能力

 情報技術の著しい進歩によって電子化された情報が大量に蓄積され、コンピュータや情報通信ネットワークを用いて、それらを教育環境で活用することが可能になってきた。
 そればかりでなく、教師や子供達が自ら情報を創造し、電子化し蓄積して発信し、学校内外の人たちの利用に供することも可能になってきた。
 自らの判断に基づいて情報を収集し、加工し、また新たに創造して蓄積、発信することは、人間の知的基本能力と位置づけられる。
 このような情報活用能力は「読み書きそろばん」と並んで、あらゆる教科にとって必要な基礎的な能力となる。
それだけではなく、それを身につけておくことは情報社会に生きるための重要な力となる。

 情報は物質やエネルギーと異なり、同じものを容易に複製し共有することが可能である。
 いくら使っても減らないばかりでなく、いろいろの情報を組み合わせ処理することによって新しい知識を生み出すことが出来る。
社会生活の中で情報や情報技術が果たしている役割や及ぼしている影響を理解する上でも、情報活用能力の持つ意味は重要である。

 情報活用能力を高めるためには、情報の特質を科学的に理解すると共に、それらを発生、加工、伝送、受信する道具としての情報手段の特質をも正しく理解し、適切に用いることが出来る必要がある。
 情報活用能力と情報手段の活用能力とは同じものではないが、情報手段を適切に用いることが出来なければ、情報活用能力も十分発揮することが出来ない。


2 .3 道具としてのコンピュータの特徴

 情報を利用することは重要である。
 しかし、情報教育が情報手段・コンピュータの単なる利用術の習得に終わることは望ましいことではない。
 情報手段の活用能力を身につけ、それを維持し続けることが重要である。

 我々が使う道具には、動作原理を知らなくても使えるもの、動作原理を知らなければ使えないもの、動作原理を知っていればより巧みな使い方ができるものがある。
 テレビは動作原理を知らなくても視ることができる。
 ヨットを風上に向けて帆走させるには力学の知識が必要である。釘抜きを使うのに、てこの原理を知っていたらより巧みに使うことができる。

 それではコンピュータはどのような道具であろうか。
 コンピュータはその機能の一部を使うのなら、その原理を知らなくても良いかもしれない。
 ソフトウェアのインストールは出荷時に終わっているとすると、先ずこのキーを押して、次にこのアイコンを指してと、コンピュータからの質問に答えて文字を入力するといった一連の動作を遂行しさえすれば、パソコンを使うことができる。
 このようにしてパソコンを使って絵を描いたり、インターネットを経由して未知の友達と手紙をやりとりしたり、学習に必要な情報を検索して取ってきたりすることがある程度の範囲ではできるようになる。
 しかし、道具としてのコンピュータの特徴は、機能の多様性と強力さにあり、原理を知らずに単に簡単な機能を使うだけではその能力の一部しか活用できない。
 コンピュータやソフトウェアの原理を知ることによって、コンピュータの活用能力を真に身につけることができ、コンピュータが自分と世界とを結ぶ基本的な装置となる。

 さらに、道具としてのコンピュータの原理を知ることの重要性には、次に指摘するようなもうひとつの側面がある。


2 .4 変化の激しい情報技術

 情報技術の進歩は著しく速い。
 プロセッサの性能は十年で百倍になっている。
 ネットワークの伝送容量もキロビットからメガビットに移り、最近では大量のマルチメディアデータを運ぶために、ギガビット網を 早急に整備する必要があると論じられている。
 しかしコンピュータの動作原理の基本は変わっていない。
 コンピュータを構成する要素の性能が向上したり小型化したりして、要素間のバランスが変わり、それにしたがって新しい応用を見つけると同時に、コンピュータの使い方も変化している。情報技術は今後とも進歩することを考えると、この傾向はさらに続くことが考えられる。
 したがって目前にある情報機器を操作できるようにするだけの教育では、数年経たないうちに使い物にならなくなってしまう可能性が高い。
 情報の本質を学ぶと共に情報手段の基本原理を学ぶことによって、情報技術が変化してもそれを当然と受け止め、新しい情報手段に適応することの出来る素養を身につけることができる。


2 .5 科学としての情報科学

 初等中等教育において情報を学ぶ目的は、ただ単に情報が来るべき情報化社会を生き抜くための手段だからだけではない。
それは、情報科学を科学として学ぶことによって、我々の世界や我々自身を情報という視点から理解でき、それによって我々の知識を豊富にすることが出来るからである。
 これは数学や物理学がそれ自体として科学的に意味のある対象として考えられていることと同じである。
物理学が自然現象の理解に有用であり、数学が数や抽象的思考に必要であるように、情報は人工的世界の記述と理解にとって必須なものである。
 このような考え方で、情報科学が基本的な科学のひとつであることを初等中等教育で教えることは、極めて自然であり、また、必要なことである。

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3 中学校学習指導要領「技術・家庭科」技術分野「B情報とコンピュータ」

 平成8年(1996年)7月に出された中央教育審議会第一次答申、次いで平成10年(1998年)7月に出された教育課程審議会の答申は、これからの高度情報通信社会において、子供たちにどのような教育が必要か、高度に発達したコンピュータや情報通信ネットワークをどのように教育に生かすか、という観点から考察をおこなっている。

 これにより、各学校段階を通じた系統的、体系的な情報教育の実施により、情報リテラシ(情報活用能力)の育成を図ること、情報機器や情報通信ネットワーク環境を整え、高機能化・高度化した「新しい学校」を創造すること、情報化の進展がもたらす「光と影」に適切に対応すること、などを提言している。

 平成10年(1998年)12月に告示された中学校学習指導要領(付録A参照)によれば、中学校段階では、技術・家庭科の中で「B情報とコンピュータ」が必修となり、生活や産業の中で情報手段の果たしている役割、コンピュータの基本的な構成と機能及び操作、コンピュータの利用(利用形態、ソフトウェアを用いた基本的な情報処理)、情報通信ネットワーク、コンピュータを利用したマルチメディアの活用、プログラムの計測・制御を、内容として挙げている。

 これらの内容はヨーロッパ諸国では前期中等教育において既に行われていることであり、我が国でも実行すべき内容である。
しかしながら、完全5日制の下では、中学校3年間の総授業時数2940時間の中で、技術・家庭科に割り当てられた時間数は175時間である。

 これだけ豊富の内容を、技術・家庭科に割り当てられた時間の一部で効果的に行うのは極めて難しい。
 したがって、実施のためには綿密な計画と準備が必要である。


3 .1 担当教員の確保の体制
 上記の内容を実行するには、担当教員の確保、教科書の整備、教材の開発が緊急の課題として特に重要である。
さらに、動作原理の教育を誰が担当するのかが問題となる。
現在の中学校にはコンピュータサイエンスの専門教育を受けた教員は皆無といってよい。
教員養成大学・学部の教員構成は現行の教科課程に拠っており、コンピュータサイエンスの専門家はそれらの大学・学部には居ない。
情報教育担当教員を養成する体制を早急に確立することが緊急の要請である。


3 .2 教材の作成
 次に、動作原理を易しく教える教材を作成することも重要である。論理回路レベルまで降りる必要はない。
2進数や16進数が分からなくてもよい。コンピュータがプログラムによって動くということを、強烈に体感させる教材を開発することが急務である。
 何かやりたいことがそこにあるとしよう。
 それにはコンピュータが使えるはずだという直観を上の体験を通して養うことである。

 やりたいことがあってそのための手段を後から考えるのが常道である。
 コンピュータや情報ネットワークではこんなことができる。
 コンピュータを導入した。
 ネットワークとも接続した。
 さあ、何かをやりなさいというのでは、手段が先にあり、その利用法を後から考えることになる。
 これでは順序が違うのである。

 応用する場面と無関係にコンピュータの原理を教えても、コンピュータに興味を持つ生徒以外には迷惑かもしれない。
現在多くの大学で行われているように、ワープロや表計算の使い方を教えるだけの教育も、変化の激しい情報技術に対しては早々に陳腐化が起こって教育的でない。
 応用の場面と動作原理の対応に気が付くような教育が望まれる。
新しい応用の場面に直面したときに、動作原理の理解によって正しい活用の道を発見することができるようになりたい。


3 .3 独立教科「情報」の確立に向けて

 現在では、主としてコンピュータサイエンスの素養を持った教員が中学校の教育現場にはいない。
このため、技術・家庭科の中で行う「情報とコンピュータ」に関しては、情報技術を利用することを、この科目の枠内で、現在の技術・家庭の教育担当者の判断で行ってもらう以外にない。
これは、やむを得ない措置である。

 ただし、動作原理の理解が重要であることを教育担当者が認識し、自らは理解が必ずしも十分でないことを自覚した上で、教育に当たることが重要である。

 学習指導要領で告示されている内容を確実に実施するのは望ましいが、それを担当する教員の背景を考えれば、次回の教育課程の改定をできるだけ早い機会に行い、独立教科としての「情報科」を確立し、それに向けた教員養成を並行して整備すべきであると考える。

 今回の指導要領の改訂では、技術・家庭科の中で、内容的にはその25%の内容として「情報とコンピュータ」が加えられている。
 これは上で述べたように現在の教員の構成を考えると仕方ないことであるかもしれないが、本来的には適当なものではない。
まず、教えるべき内容が多岐にわたっており、時間的に無理があること、また、内容が利用技術に偏っており、情報の原理的側面についての内容が希薄なことである。
 情報が物理や数学と同等の科学であることはすでに述べたが、このような立場を教育内容に反映すべきである。
それには、独立教科としての「情報科」を確立し、情報の原理や基礎をその応用とともに学習させるべきである。


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4 高等学校における情報科の新設と必修化

 高等学校については、情報科の設置が教育課程審議会で答申され、情報A、情報B、情報C3科目の中から1科目2単位を必修として課している。

平成11年3月に発表された高等学校指導要領(付録B参照)によれば、

● 情報Aでは、「コンピュータや情報通信ネットワークなどの活用を通して,情報を適切に収集・処理・発信するための基礎的な知識と技能を習得させるとともに,情報を主体的に活用しようとする態度を育てる。」としている。

● 情報Bでは、「コンピュータにおける情報の表し方や処理の仕組み,情報社会を支える情報技術の役割や影響を理解させ,問題解決においてコンピュータを効果的に活用するための科学的な考え方や方法を習得させる。」としている。

● 情報Cでは、「情報のディジタル化や情報通信ネットワークの特性を理解させ,表現やコミュニケーションにおいてコンピュータなどを効果的に活用する能力を養うとともに,情報化の進展が社会に及ぼす影響を理解させ,情報社会に参加する上での望ましい態度を育てる。」としている。


さらに詳しくこれらの教科の内容を見てみると、

●情報Aは、いわゆる情報リテラシのための科目であり、その内容は、
(1)情報を活用するための工夫と情報機器、
(2)情報の収集・発信と情報機器の活用、
(3)情報の統合的な処理とコンピュータの活用、
(4)情報機器の発達と生活の変化、となっている。
データベースやワープロ、表計算、インターネットなどの情報手段を利用し、情報の処理と活用を行うことを学習するための科目である。

● 情報Bは、主に情報の科学を学習するための科目と考えられ、
(1)問題解決とコンピュータの活用、
(2)コンピュータの仕組み、
(3)問題のモデル化とコンピュータを活用した解決、
(4)情報社会を支える情報技術、を内容としている。

● 情報Cは、情報社会に参加する態度を育てるための科目であり、
(1)情報のデジタル化、
(2)情報通信ネットワークとコミュニケーション、
(3)情報の収集・発信と個人の責任、
(4)情報化の進展と社会への影響、を内容としている。

 これらの3つの科目に共通していることは、情報の活用や情報機器の利用に力点が置かれ、その原理や情報科学的な視点が不充分なことである。

 情報Aと情報Cは、コンピュータやネットワークの利用やその社会的影響を学習の目的としているので、これはある程度仕方がない面がある。
 それでも既に述べてきたように、コンピュータの活用にはその原理の学習が効果的であり、また、情報機器やアプリケーションソフトウェアは変化しても、原理の学習を行っていれば、その変化に対応することが可能であることを考えると、情報の原理的側面の内容を増やす必要があろう。


 情報Bは、情報の科学のための科目であるが、情報科学的に見てその内容は必ずしも十分とはいいがたい。コンピュータの内部動作の基本的な考え方をまず理解し、後は実際にコンピュータで問題を解いてみようとする立場である。
実際にコンピュータを動かし、その面白さを実感することは大切である。
 それと同時に、その背後にある原理をきちんと理解させることもまた必要である。
 例えば、計算機言語の原理やアルゴリズム、データの構造の基礎といったことを情報科学的な立場から教える必要があろう。
 物理学や数学などと同様に情報科学は科学的基礎をもった学問領域である。
 将来情報科学や工学を目指す若者が知的に触発され、その基礎的訓練を受けるような科目であるべきである。

 情報Cは、いわゆる情報化社会への取り組みを内容とした科目である。
 内容的には整理されていると思われるが、これを高校生に対してどのように教えるかが大きな問題であろう。
 あるいは、現時点で高校生が面白いと思って学習するだけの内容がそろっているか疑問である。
 インターネットを始めとする情報通信ネットワークというメディアを人類が利用するようになって日が浅く、まだこれらをどこまで活用できるか、一方で影の部分がどれだけあるか分かっていないところがたくさんある。
 教育担当者がこのことを十分わきまえて、学習者と共に学ぶ姿勢を持たないと間違った教育をしてしまう可能性がある。


4 .1 担当教員の確保と養成の体制

 情報技術科等を有する専門高校を除いて,現在の高等学校にはコンピュータサイエンスの専門教育を受けた教員はほとんどいない。
 担当教員の確保について前節の中学校の情報教育について述べたことがここでもそのまま当てはまる。
したがって、答申では経過措置として「情報科は必修とするが、教員養成に関する条件整備が必要なことを考慮し、特別の事情がある場合には、当分の間、数学や理科等に関する科目において、情報科を設定した趣旨にふさわしい内容(2単位相当分)を履修することをもって、情報科の履修に替えることができることとする経過措置を設けることが適当である。」としている。

 経過措置が短期間で終わるように担当教員の養成確保にいっそうの努力が払われることが必須である。

(1)教員免許制度の制約で、現行では工学部出身者が高等学校の教員免許を取得しようとすると工業科(高一種)に限られる。
 理工系学部の情報系専門学科の卒業生には、高等学校普通科で正式に情報科目を教えることができないという壁がある。
 これらの学科の卒業生に対する産業界からの求人需要は高いから、教員志望者は実質的にわずかであるかもしれないが、最 初から道を閉ざしておくことは人材の活用にとって極めて不都合である。
 この制度の壁を克服しなければならない。

(2)長期的には情報科教員の養成計画によるところとするが、短期的には情報系研究科を持つ大学院大学や独立大学院に1年コースの修士課程を数年間の時限で設けることを提案する。
 そこでは情報手段の活用技術に長けてはいるが、コンピュータサイエンスの基本的な教育を受けていない教員に基本原理を学ばせるコースと、情報専門学科を出て産業界などで実務に従事してきた者に対して主として教職に関する課程を教育するコースとを設けることとする。


4 .2 情報専門学会との連携

 教科書の整備と教材の開発についても中学校の場合と同様である。
 教育課程審議会の答申は情報を手段とする立場がより強く出ていて、情報科学や情報技術の立場がおろそかになっている。
 学習指導要領の制定や教科書の執筆に当たっては我が国の情報科学・情報技術を代表する学会、例えば情報処理学会などとの連携を密にして、情報科の新設と情報教育の必修化に遺漏のないような配慮を求めるものである。
 また、既に述べたとおり情報技術の進歩は極めて速く、新しいメディアについてはその活用法等を見いだすことが、教育と同時進行するという特質がある。
 したがって、情報科の指導要領については次の改訂まで待たずに、暫定的な見直しをしばしば行うことが必要であることを指摘しておく。

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5 おわりに

 情報を受信し、変換し、また創出し、発信することは人間の知的基本能力であるべきだと述べた。
 さらにコンピュータの基本動作原理を理解し社会常識とすることは、これからの情報化社会においては大きな意義をもつ。
 この意味において今回の学習指導要領において、情報の学習が中学・高校に本格的に取り入れられた意義は大きい。
 情報に関する学習は社会的な意義のみならず、個人の論理的能力を高めるという点でも有効である。

 基本動作原理を理解し、特定の問題解決に適用可能なアルゴリズムという概念について体得し、またアルゴリズムを具体化したソフトウェア(コンピュータ・プログラム)について具体的な知識を得ることにより、論理的、抽象的な思考の訓練を行うことが出来からである。
 この論理性、抽象性は、数学のもつそれとは異なる性格も持ちながら、相補的な関係にある。

 また、簡単なコンピュータ・プログラムを自ら設計・作成し、実行するという体験を経ることにより、創造的にものを設計・開発し、その成果物が現実に動作するという経験を得る。
 これは他の人工物の設計や作成では、物理的な制約などで簡単には実現不可能なことも多く、貴重な経験となろう。
さらに、コンピュータ・プログラムの作成は、論理的な言語による記述によって行われる。これは国語や英語における言語能力の習得と類似する面を持ち、全体の構成と個々の表現に工夫を凝らしながら記述行為を行う経験となると同時に、自然言語にはない論理性をもった記述を行うという、異なる側面もあわせもった学習となる。

 一方、コンピュータの設計やプログラム作成の背景にはそれらを基礎から応用まで研究する学問分野が存在している。
情報技術の高度化と普及によって、情報の学問は単に情報や情報手段に関する学問ではなく、数学や物理学などのように広く科学方法論の基礎を与える基礎科学として必須の学問分野となりつつある。
 このことを、初等中等教育において情報科を担当する教員は認識する必要がある。
 中学生や高校生の中にはこの学問分野に興味を持ち、将来の自分の職業と結びつけようとするものもでるだろう。


最後に、本報告の要点を掲げる。

(1) 情報教育に関する今回の教育課程審議会の答申、およびそれに基づく学習指導要領の改訂を歓迎すると共に、これからの情報化社会の中で、人々が豊かで快適な生活を送れる効果的な情報教育が実現することを期待したい。

(2) 情報の学問は、数学や物理学などと同様に科学的方法論のための基礎科学である。
情報活用術のみに走ることなく、その背後にある考え方、情報と人類社会とのかかわりなど、基礎を重視することが必要である。早い機会に学習指導要領を改訂して、この点に十分な配慮を払うことが必要である。

(3) 情報は将来、理科、数学、国語、社会などと並ぶ基礎的な教養科目として確立すべきものである。

(4) 情報にかかわる教員の養成は緊急の課題である。このため、情報関連大学院における1年間の情報科目教員養成のためのコースの開設、情報専門およびその関連学部学科および大学院における「情報科」の教員免許取得を可能にするなど、教員の養成と教育に力をそそぐ必要がある。

(5) 情報の分野の進歩は早い。
予定された2010年を待たず、指導要領の改訂を頻繁に行う必要がある。
このさい、情報に関する代表的な学会、たとえば情報処理学会などと連携を密にすることが有効である。
教材の作成に関しても同様である。

(6) 計算機設備やネットワークを充実すると同時に、それを維持管理する要員の確保がきわめて重要である。これなしには設備は機能しない。

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参考資料A  中学校学習指導要領 第8節 技術・家庭
 (http://www.monbu.go.jp/news/00000298/t-mokuji.html)

参考資料B  高等学校学習指導要領 第2章第10節 情報
 (http://www.monbu.go.jp/news/00000313/km.html)

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