社会安全への安全工学の役割


「人間と工学研究連絡委員会安全工学専門委員会報告」


平成12年3月27日

日本学術会議
人間と工学研究連絡委員会
安全工学専門委員会


 この報告は、第17期日本学術会議人間と工学研究連絡委員会安全工学専門委員会における審議結果を取りまとめ発表するものである。

[安全工学専門委員会]

委員長 田村昌三(東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻教授)
幹事 菅原進一(東京大学大学院工学系研究科建築学専攻教授)
幹事 小松原明哲(金沢工業大学工学部人間系教授)
委員 小川輝繁(横浜国立大学工学部物質工学科教授)
委員 小林英雄(東京工業大学工学部機械宇宙学科教授)
委員 花安繁郎(労働省産業安全研究所研究企画調整課長)
委員 松岡猛(運輸省船舶技術研究所システム技術部室長)
委員 向殿政男(明治大学理工学部情報科学科教授)


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目次

1.総論と提言
1)社会と安全
2)安全工学専門委員会の活動
3)社会安全への提言

2.各論
1)安全と安全工学
2)安全教育
3)安全制御とコンピュータ
4)交通事故調査のありかた
5)安全工学シンポジウム
6)安全工学ワークショップ
7)国際安全工学・科学研究連絡機構

3.結言


1.総論と提言

1)社会と安全

 最近、種々の事故や安全問題が起こっている。核燃料サイクル開発機構(旧動力炉・核燃料開発事業団)東海事業所再処理施設における火災爆発事故(1996 )、JCOウラン加工施設での原子力臨界事故(1999 )、宇宙開発用H2 ロケットの打ち上げ失敗(宇宙開発事業団1999 )、首都高速道路走行中のタンクローリーの爆発事故(日本電酸工業(株)1999 )、新幹線トンネルのコンクリート落下事故(JR 西日本1999 )、航空機ハイジャック事件(東京国際空港1999 )、また近年、話題となっているダイオキシンや環境ホルモン問題等、科学技術立国を目指す我が国の安全について、基本に立ち返って考える必要がある。

 これらの安全問題は、その原因として、安全意識や安全知識の不足、安全管理体制の不備、安全倫理に帰する問題等があげられるが、その背景に、近年の産業の高度化、多様化、国際化の進展により、科学技術自身が内包する潜在危険とそれを扱う人、社会の大きな変化による潜在危険との増大およびそれらの質的多様化、複雑化があるように思われる。

 家庭、学校、社会での安全教育の実態、安全な環境への慣れと危険経験をもたないことからくる危険意識の欠如、価値観の多様化、産業の高度化、多様化、複雑化による作業の細分化、専門化、コンピューター化により、全体像が把握できず、中身の詳細がわからないため、危険発現時に適切な安全措置がとれなくなってきているという問題もある。また、過当競争の激化による安全軽視、リストラ等により、中身がわかる人、経験のある人がいなくなってきたという問題もある。さらに、最近の傾向として、ゲーム感覚、すなわち、失敗しても容易にリセットができるという感覚でものごとを考え、行為を行うことが多くなってきており、その行為がどのような結果をもたらすかを十分に考えることなく実行してしまうという問題もある。

 日本の風土としては、これまでは絶対安全という考え方が支配的であった。確かに、これまでの日本はそのような考え方でなければならなかったし、潜在危険が存在しても、多くの場合、人の英知によりそれを克服し、安全の確保に努めてきた。

 しかし、最近の科学技術の急速な進展、人、社会の大きな変化を考えたとき、安全の確保のためには、まず、安全はわれわれの生活にとって基本要素であるという共通の認識を持ち、次に、従来の絶対安全の考え方からリスクを基準とする安全の評価へ意識を転換し、安全化意識をもち、安全知識を身につけ、安全行動をとれるようになるための安全教育を行うことである。
そして、重要なことは安全環境の整備である。安全環境の整備としては、安全教育を行うことができる人材の育成、安全化技術の確立、安全性評価体制の確立、安全情報提供体制の確立等が挙げられる。

 以上述べたように、安全問題の本質が社会的要因に帰するところが大きいため、第17期人間と工学研究連絡委員会・安全工学専門委員会は、社会安全のために安全工学としていかなる役割を果たすべきかをテーマに、種々の活動を行った。


2)安全工学専門委員会の活動

 第16期までは、安全工学研究連絡委員会として活動してきたが、第17期より、人間と工学研究連絡委員会の4つの専門委員会のひとつとして安全工学専門委員会が組織された。

 今期の安全工学専門委員会は、社会安全への安全工学の役割をテーマに、@安全工学の基本概念の構築、A安全工学の教育と普及、B安全工学の組織化等を行うことを目指して、安全工学専門委員会(既に9回開催し、今期10回開催予定)において活動の基本方針を策定するとともに、安全工学専門委員会ワーキンググループ(既に9回開催し、今期12回開催予定)において、具体的活動について検討した。

 今期の具体的活動としては、安全工学専門委員会および同ワーキンググループにおいて、安全を考える上で基本となる安全および安全工学の基本概念を構築するため、安全および安全工学の定義について検討するとともに、安全工学の社会安全に向けての果たすべき役割について議論を重ねた。

 安全制御小委員会では、安全制御の構造、コンピューターの安全確保への適用、規格のあり方や安全における責任のあり方について検討した。

 今期の課題である社会安全を確立するためには、安全教育が重要であることから、安全工学教育ワーキンググループを設置し、特に工学の視点から安全教育のあり方について検討を行った。

 また、今期は交通事故調査方法検討会を設置し、交通事故の再発防止のための事故調査のあり方について検討を行った。その成果を対外報告「交通事故調査のあり方−安全工学の視点から−」として発表した。

 さらに、各分野の安全問題について、情報交換と相互の理解を深め、総合的に安全問題を考えるため、今期は第28回(1998年)、第29回(1999年)および第30回(2000年)の3回の安全工学シンポジウムを開催する予定である。第28回は機械学会、第29回は電気学会が幹事学会を担当し、第30 回は建築学会が幹事学会を担当する。

 また、安全工学の普及に努めるとともに、市民との対話を通じて現場での安全問題についての理解を深めるため、今期は岡山(平成11年4月)および横浜(平成12年4月開催予定)において2回の安全工学ワークショップを開催する。

 安全工学・科学の国内外の組織化のため、国際安全科学工学研究連絡機構設立準備小委員会は国際フォーラム(IFSES ; International Forum for Safety Engineering and Science)を開催することにより、国際安全科学工学研究連絡機構の設立を目指して検討を進めており、また、構造工学専門委員会との共同で4年に1度開催してきた構造安全・信頼性コンファランス(JCOSSAR ; Japan Conference on Structural Safety and Reliability)も2000年開催に向けて準備を進めている。


3)社会安全への提言

 21世紀の科学技術は、性能、品質、経済性において優れているばかりではなく、人、社会、環境と調和した安全なものを創造しなければならない。

 そのためには、日本の風土を理解するとともに、科学技術の高度化、先端化と人、社会の変化に対応した以下に示す社会安全に向けての施策を検討すべきである。

@安全はわれわれの社会生活にとって基本要素であるという社会共通の認識を周知させる。

Aリスクの概念を理解し、安全化意識をもち、安全知識を身につけるための一般向け安全教育を行う。
 それにより一人一人がリスクの概念を理解し、潜在危険の存在についての意識をもち、危険性について調べ、必要により安全化のための努力をすることができる。最近では安全に関する情報はかなり整備されてきたし、また、安全性の評価技術や安全化の技術もかなり進展してきた。したがって、潜在危険の存在の意識があれば、その危険性やその危険の発現条件、発現した場合の被害の程度を知ることができるし、それにより、多くの場合、適切な危険予防対策をとることができる。やはり基本は一人一人が安全化意識をもつことである。
 安全の確保のために安全化意識をもち、安全行動をとることが重要であることを家庭から、学校、社会の各レベルで教育することが重要である。

B安全環境を整備する。
 安全環境の整備としては、安全教育を行うことができる人材の育成とそのための安全教育体制の整備、総合的な安全研究・評価機関の設立、安全情報提供機能をもった総合安全情報センターの設立等が挙げられる。

ア)安全教育を行うことができる人材の育成には、一般向けの安全教育を行うことができる人材の育成と高度な安全の教育・研究、安全化技術の進展および安全性評価に当たることができる専門家の育成が重要であり、また、そのための安全教育体制を整備する必要がある。

イ)安全研究の高度化、多角化、総合化と総合的評価が実施可能な安全研究・評価機関を設立する。
 各分野の専門家を集め、安全の高度化、多角化、総合化に対応した要素技術およびシステム技術に関する研究をさらに推進するとともに、総合的な安全性評価を行う体制をつくる必要がある。最近の事故や安全問題を考えたとき、多角的、総合的な視点からの安全性評価がいかに重要であるかがわかる。

ウ)各種安全性データベースの構築と提供サービス機能をもった総合安全情報センターを設立する。
 安全情報は、安全確保のための安全性調査や安全性評価を行う上で極めて重要である。
種々の分野の安全情報データベースを保有し、容易にアクセスできるシステムをもった総合安全情報センターが必要である。

 尚、安全研究・評価機関および総合安全情報センターについては、それらの組織、役割、安全の範囲等その性格付けに関する具体的な内容を引き続き専門委員会において検討する。

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2.各論

1)安全と安全工学

 「安全工学」は、一言でいうと安全を実現するための工学ということになるが、関係する領域は多方面に広がる。たとえば、対象領域別には「土木」、「建築」、「機械」「電気」「化学」などの各工学領域が関係し、方法論的には「信頼性工学」「統計学」などの各学問が関係する。安全問題は人間要因が関係することが多いことから、「人間工学」など人間挙動にかかわる工学領域も関係する。さらに、安全はそもそもわれわれの社会の安寧にかかわることであるから、人文社会領域との接点が出てくる。

「安全」の概念や、その実現に向けてのアプローチは、各専門領域によりわずかづつ異なることがある。そこで安全にかかわる各領域の相互理解を深めるために、今期の安全工学専門委員会ワーキーンググループでは、毎回の会議において、各委員がそれぞれの立場からの安全について話題提供を行った。さらに、安全、安全工学にかかわる最近の課題について、討議を行った。以下に、討議において取り上げられた主要な内容を示す。もとより「安全」、「安全工学」にはさまざまな立場があるので、以下のまとめは、統一見解を示すものではなく、今後、安全工学を構築していく上での一つの指針を与えるものである。


(1)安全に関係する用語の整理
 安全に関係する用語の論議の結果は以下のようにまとめられよう。

「安全」
 外的事由により心身の安寧が損なわれないでいる状態、および、有体無体を問わず、自己が所有する経済的価値をもつ物品の価値の減少や損失が発生しない状態を、「安全」という。

「安心」(または「安心感」)
 これは安全に関する主観的感情であり、二つの立場で用いられている。
 一つは安全が確保され、自分自身に人的経済的損害が発生しないと見込まれる状態、および、仮に損害が発生しても、医療や保険などにより、損害が発生する以前の状態に復帰できることが期待できる場合に、「安心」であるという。他の一つは、自分の過失により他者に損害を与えない、あるいは他者に損害を与えてもそれが、医療あるいは保険により損害補填されることが期待される場合である。
 安心はそれを感じる人の心理量であり、その評価には個人差がある。また、安全の程度が向上しても、安心の量は直線的に増加するというものでもない。

「信頼」(または「信頼感」)
 期待した機能が正しく果たされると信じられる時、「信頼」できるという表現が用いられる。「信頼」の度合は、数学的には信頼度と呼ばれ、過去の事例等から確率として数量的に表現することができる。機能が正しく果たされているならば、一般的に心身の安寧が損なわれたり、価値の減少や損失が発生することは少なくなるので、信頼度が高ければ高いほどより安全であると言える。しかし、期待した機能が果たされなくても安全である場合もあり得るので、安全と信頼とはお互いに深い関係にはあるものの、本質的には異なった概念である。


(2)確率論的安全と確定論的安全
 安全に対するアプローチとして、確定論的立場と、確率論的立場とがある。
 確定論的な立場とは、理論的に不安全がありえないことを立証できる場合のアプローチである。たとえば、二つの歯車が噛み合っている場合、一方が正転するのなら、他方が同時に正転することはありえない。一方、理論的に不安全がありえないことが立証できない場合は、確率論的安全の立場をとる。たとえば、前述の歯車の例でいえば、運転中に歯車自体が“絶対に”破損しないということは誰にも保証できない。そこでたとえば、過去の経験により歯車が破損するのは、作動100 万回に対して1 回の割である場合、1 千回程度の運用であれば問題が発生することは見込まれないと期待することになる。

 このいずれの立場をとるかということは、設計対象の性質によることとなる。
 確率論的な立場をとる場合には、不安全確率を下げることが、安全工学上、重要な課題となる。この場合、どこまで確率を下げるか(超過確率を小さくする)ということは、技術的実現可能性(技術的提案性能)の問題に加えて、そもそも、社会がどれほどまでの確率論的安全状態であれば受容するかという問題(社会の安全要求度:安全要求)との関係で決まる。ただし、技術的提案性能は、常に社会の安全要求を上回っていなくてはならない。

 安全要求は一般にリスクとして評価される。リスクは、事故の発生確率と、事故の被害度の積として評価される。社会が受容するリスクの大きさは定まったものではなく、設計対象物の性質はもとより、その社会の安全文化の程度などにより異なる。設計対象物の性質との関係でいうと、一般に、原子力発電所や航空機など、ひとたび事故が起こると広範囲に多大な損害をもたらす事象には、社会はより厳しい要求を求める傾向がある。また、
自動車のように個人で安全を制御できるシステムよりも、個人が制御できないシステムに
対しては、より厳しい評価がなされることが多い。


(3)安全に関する規制
 近年、わが国およびわが国を取り巻く、安全にかかわる規制、規格の考え方が大きく変化してきている。
 一つは仕様規制から、性能規制への変化である。たとえば、建築基準法では、従来、材料、構法を規定していたものが、安全水準を定める性能規定になり、その性能を充足することを説明できるのであれば、基本的にどのような構法であっても認めるというスタンスとなった。構法規制では技術進歩が阻害される場合があるが、これが避けられるようになった。

 いま一つが、安全を実現するためのプロセスISO 規格の出現である。たとえば、ISO12100(機械安全)、 BS8800 をベースにしたISO16000 (産業安全)制定の動きなどである。これは、機械製品の安全設計の方法論、企業の労働安全衛生の管理推進体制などを定めた規格である。企業の健全性を、企業は自ら説明する責任が課せられているとする考え方(説明責任)は、欧米の中心的な考え方と思われるが、これらの規格は、安全に関して、その説明手段として有効となる。日本では、行政の指導に頼り安全に取り組んでいた企業が多かったが、その姿勢はもはや通用しない(近年の大手都市銀行の経営破たんがそのよい例である)。日本の企業は、早急にこの説明責任、自己責任の考え方になじむ必要がある。

 この流れの中で、安全に関する規制緩和も大きな変化である。安全にかかわる行政からの指導は最小限にとどめられるが、万一事故を起こした場合の責任は、企業自らが負わなくてはならないとする考え方である。しかし、規制が緩和されたことで、安全要求が下がったと誤解する企業もまま見られるようであり、安全の質の低下が懸念される。また、行政においては、企業の自己責任に過度に頼り、必要な指導措置を講じない場合があってはならない。

 いずれにせよ、安全を取り巻く規制の考え方が転換しつつあり、その新しい考え方が日本に定着するまでの間は、より慎重な安全に対する取り組みが必要となる。

 なお、先のISOに戻ると、多くのISOは、欧州が主導し、意図されているかどうかは別にして、戦略的に制定される面もないとも言えず、必ずしも日本の実情にそぐわない場合もある。これは安全関係規格に限ったことではない。制定された規格に追従するのではなく、自社の規格戦略として、積極的に制定に関与していく姿勢が望まれる。


(4)人間要因
 安全(あるいは事故や災害)には、人間が関係する場合がほとんどである。関係の仕方は、いわゆる被害者として関係する場合と、事故の起因源に関係する場合とがある。ここでは、起因源に関係する場合に注目する。

 起因源に関係する場合とは、人間が果たすべきとされるシステム要求を人間が果たさなかったことであり、俗にいうヒューマンエラーということになる。これは装置の運転を誤ったという場合はもとより、システムの設計を誤った場合、不適切なシステムの運用を行った場合なども含まれる。さらにそのような行為を行った理由として、錯誤、過失のみならず、故意、怠慢、好意などによる場合も含まれる。

 安全工学において、ヒューマンエラーという用語を安易に用いるのは適当ではない。ヒューマンエラーという語を持ち出したとたん、事故の責任を最初から人間に求めるニュアンスが生じてしまうからである。人間に起因する多くの事故は、人間の特質や能力を超える要求を、システムが人間に課したがために、起こるべくして起こったことも少なくない。
システム要求と、人間特質や能力とのミスマッチがあれば、人間はシステム要求を果たすことはできないのである(ヒューマンエラーとなる)。故意、怠慢についてみても、“人間には危険を好む傾向がある”“同様の事を長期に続けると行為の省略を行う”という人間心理を考えることなく、漫然と作業に従事させれば、起こるべくして事故は起こる。

 無論、われわれは故意、怠慢を良しとするつもりは毛頭ない。しかし、安全工学において人間要因を扱う場合には、人間の特質や能力を考えた上での安全教育の実施、一方で、人間に過度の負担や期待を課すことのないシステム設計が重要となる。

 ところで近年、日本ではいわゆる職人芸的な人材が得にくく、若者を中心に価値観の変化が著しい。是非は別にして、マニュアル主義がよい例である。また、システムが大規模化し、その設計や運用に従事する人間の数が増加する一方、お互いの意思不疎通や自己保身的な態度、倫理観の欠如、安全や技術に対する過信頼により、システム全体が壊滅する例も散見する。たとえば、銀行や大手証券会社の倒産、ウラン加工施設の事故など、特定7個人のヒューマンエラーという枠組みでは捉えきれない事故が増えてきている。さらには、カルト集団の反社会的な行為により、われわれの安全が脅かされる例もある。ここまでくると果たして安全「工学」が扱うべき事柄かどうか疑問ともなるが、慎重に対応しなくてはならないことは事実である。


(5)環境安全問題
 従来、安全は、事故との表裏関係として考えられることが多かった。一瞬の出来事として起こる事故は、それまでのわれわれの暮らしを一変させる、きわめて衝撃的な出来事である。

 ところで近年、人間生活や産業活動の結果としての環境汚染(環境破壊)により、われわれの安全な生活が損なわれるケースが増えてきている。たとえば、環境ホルモン(内分泌攪乱物質)、母乳のダイオキシン汚染、オゾンホールなどである。AIDS 、O157 などの微生物汚染や、地球温暖化現象も含まれる。

 この問題は、かっての公害問題と類似している。しかし、従来の公害は、一般に危険事象の存在が目に見え、発生源も一箇所に特定しやすく、その除去が技術的には比較的容易であるのに対し、環境汚染では、危険事象の存在が目に見えにくく、危険事象の発生源も無数に及ぶことが一般的である。さらに、これらの物質がひとたび環境中に放出されると、きわめて低濃度(低レベル)で人体に作用し、環境からの除去は極めて困難となる。そして、人間という種の存在自体を脅かす。

 環境安全問題については、従来、安全工学は必ずしも十分な注意を払っていたとはいえなかったが、緊急の問題として取り組む必要がある。


2)安全教育

 日本学術会議安全工学専門委員会における安全教育に係る調査研究活動は、旧安全工学研究連絡委員会当時から継続的に行ってきた。
たとえば、関連学協会との協力のもとに、大学工学部における安全工学教育カリキュラムの調査(1977年)、大学実験室における安全の手引きの作成(1988年)、火災安全工学教育モデルカリキュラムの調査・作成(1998 年)などが挙げられる。

 第16期安全工学研究連絡委員会に至り、委員会内部に安全教育に関する活動を一層促進するためのワーキンググループが設けられ、それまでの調査活動成果を踏まえて検討が行われてきた結果、安全教育に関して、”個々人の安全から、群としての安全を得るためには、幼稚園・小学校レベルから研究者・社会人レベルに至るまでの組織的な個人教育・集団教育が必要である。(第16期日本学術会議安全工学研究連絡委員会報告、提言3 )"との提言がなされた。

 第17期安全工学専門委員会においても、安全教育に関する調査研究活動を継続し、その活動は、同委員会ワーキング・グループ委員並びに関係学会からの外部委員によって構成されるワーキンググループ(全10名)で行った。

 安全教育ないしは安全工学教育の必要性と重要性については誰もが認識するところであるが、当該問題に対して如何にアプローチするかについては様々な意見が提出された。
それらのうちの主なものは以下の通りである。

@安全教育といっても、学級崩壊、校内暴力、登校拒否、学力低下などに見られるように、そもそもの教育そのものが破たんに瀕している。まずそこに目を向けるべきである。

A実社会が求める安全教育と、現在学校が実施している安全教育および受け手側の学生の意識との間に乖離がある。この三者のズレを明らかにすれば次のステップにつながる。

B学際領域である安全は「横糸型」であり、従来の「縦糸型」の教育とは異なる。「縦糸型」の基礎学力が脆弱な学生に対して「横糸型」の教育を施しても成果を挙げることは困難である。

C安全技術開発とその普及に携わる人材育成のための専門教育と、社会全体のさまざまなリスクの調査を行い、一般人が社会で安全な行動を行うための一般教育とに分けて臨むべ きである。

D安全教育を行うに当たって、用語の意味の整理と、安全に対する共通的な概念、基本認識をまとめるべきである。

E小学校低学年の時期に「安全」というものの基本理念・哲学を教え、安全に対する倫理観を醸成する環境を作るべきである。

F実社会においては、「事故・災害は放っておくと必ず起こりうるものだ」ということを若い人に納得させる方策(教育)を考えるべきである。


これらの意見を基に、安全教育問題を以下の方針で検討することとした。

@安全教育に関して幅広い観点から、どこにどのような問題があるかを把握するとともに、それらを背景、原因も含めて整理する。

Aそれらの問題点を改善、解決するために、@)いつ、どこで、誰が、誰に安全教育をなすべきか、A)何を教育すべきか、B)どのように教育すべきか、について検討する。


現在、ワーキンググループの活動としては上記@問題点の洗い出しとその整理の段階であるが、「事故・災害・安全問題に対する基本認識」に関して、おおむね以下の考えでまとまりつつある。

@潜在的なリスク(危険)があるから、安全が問題になる。

A科学技術的、経済的制約から、潜在的なリスクをゼロにはできない。避けられないリスク に基づく事故・災害もある。

B潜在的なリスク(危険)が顕在化することを減らす努力をするとともに、顕在化した時の被害の拡大をできるだけ抑制する方策(潜在的なリスクが顕在化することの予知も含む)と、ハードとソフトの両面からの危機管理対応を予め考えておくことが極めて重要である。

C守るべき基本の無視に基づく事故・災害が存在する。

D一般に潜在的なリスクが顕在化する確率は極めて低い。そのために、かなり無理をしても事故・災害にはならないことが多く、慣れや気の緩みが生じ易い。また、ほとんどの人は事故・災害には遭遇しないので、組織が小さくなると安全への取り組みが疎かになり 、特に個々人の問題とは考えなくなる。

E人のエラーは許されないで済ますのではなく、人はエラーをするものであるという認識に立った対策が必要である。

F不幸にして被害に遭った場合の救済を社会の責任で行う方法を確立すべきである。


 一方、平成11年には、宇宙開発分野における宇宙開発用H2ロケットの打ち上げ失敗、鉄道トンネルにおけるコンクリート落下事故、医療現場における事故、そして歴史に刻まれる東海村ウラン加工施設における災害など、国民の安全や安心に深刻な影響をもたらす重大な事故・災害が続発した。

 政府はこのような深刻な事態に早急に対応するため、関係省庁で構成される「事故災害防止安全対策会議」(議長:内閣官房副長官(事務)、関係省庁の局長クラスで構成)を開催した。同会議においては、各種の事故災害等の総括において、特にヒューマンファクターに起因する事態に重点をおき、これらの事故災害の背景に存在する組織管理、検査点検、従事者の教育訓練等のさまざまな問題点を洗い出すとともに、問題点に対する共通的対応方策に関する検討を進め、その報告書を平成11年12月8日に発表した。

 報告書作成に当たっての基本認識として、我が国全体の問題として、「安全文化」の創造、すなわち、組織と個人が「安全」を最優先にする気風や気質を育てていくことが重要であり、このためには、学校教育や企業内教育における安全教育の充実等を通して、国、地方公共団体、事業者、労働者、国民一般がそれぞれにおいて安全を確保するための積極的な取り組みを行い、社会全体での安全意識(モラル)を高めることが重要であると述べられおり、安全教育の重要性が強く唱われている。

 このような認識の下で、政府は、法令に基づく安全規制によって、安全への取り組の基本的な方向性を示すとともに、安全教育に関して、学校教育、企業内教育等の場における安全教育を推進することが必要であるとして、具体的な施策として以下の項目とその内容を掲げている。

(1)学校教育全般を通じた安全教育の充実のための対策
@初等中等教育における安全教育の推進
A児童生徒の科学や技術に対する興味・関心を高めるための事業の展開
B高等教育における安全教育の充実

(2)事業者等における安全教育と安全意識の徹底を図る対策
@労働者・社会人に対する安全教育の充実
Aリスクマネジメントシステムの普及・促進等
B技術者の職業倫理の向上
C調査研究の推進
D安全に対する志気の向上等

 政府は今後、本報告書を踏まえて、各省庁における所管事業に係る具体的な安全対策についての取り組みを一層促進し、また、産業界をはじめ、関係各方面に対して、安全確保のための所要の呼びかけを行っていくことにより、事故災害の防止及び被害の低減を図り、安全に対する国民の信頼を回復していくことを目指すとしている。

 上記に掲げられた事柄は、ワーキンググループがこれまで討議してきた内容とほぼ同様なものであり、本ワーキンググループとしては、今後各方面の安全教育に対する取り組みと展開との情報交換を行い、有効な安全教育への提言を行うための調査研究活動の継続を考えている。


3)安全制御とコンピュータ

 列車、原子炉、石油コンビナート等はもちろんのこと、多くの機械やシステムは大量のエネルギーを有しているため、一度暴走して制御不可能になると、大きな惨事に至る可能性が極めて大きい。
機械やシステムを安全に制御することは、安全で安心な社会を構成する上で、至上命令と言ってよい。
したがって、機械やシステムを安全に制御するための技術、すなわち、安全制御技術の開発が最も大事なポイントとなる。

 複雑な判断に基づく高度な制御には、現代ではコンピュータを使って判断することが最も簡便で効率的な方法であろう。
しかし、コンピュータの誤りがかえって重大な事故を引き起こす可能性があり得るので、安全を確保することを目的に安易にコンピュータを導入することは、厳に慎まなければならない。

 しかし、高度な機能を有するコンピュータを安全確保のために使用しない手はない。安全制御小委員会では、安全を確保するためには、共通の基本的な構造と論理があるはずであるという信念から、確定論的立場から安全制御の構造を検討することから開始した。

 その中での確率論的な安全との関係を明確にすべく、また、コンピュータを安全確保に使うときの問題点等を明確にすべく検討してきた。続いて、現在の機械安全の国際規格を参考にして、規格の在り方と我が国の対応を検討するとともに、安全における責任のあり方についても検討を行ってきた。


(1)安全制御

 機械やシステムの制御には、その本来の機能を実現するための制御と、安全を確保するための制御との二つが存在することを認識することは極めて重要である。最近の国際安全規格では、システムは、本来の機能のための非安全関連部と、安全確保のための安全関連部とを分けることを要請していて、安全関連部に対して厳しい規格を決めている(分けられない場合には、すべてを安全関連部とみなさなければならいことになっている)。

 我が国から提案している安全確認型に基づく安全制御システムは、安全関連部として明確に分離出来る構造をなしていて、インターロックの形式を採用している。
 すなわち、安全が確認されない限り、危険な作業の実施を許可しないという構造になっている。
 したがって、作業の要請を出す本来の機能の部分(非安全関連部)には、誤りがあることを許す構造になっていて、ここには、人間やコンピュータが関与することができる。
 しかし、危険を伴う実際の行動は、安全関連部からの許可(安全確認信号)がない限り実施することができないし、また、危険を伴う作業を実施中でも、安全確認の信号が得られなくなったら、その作業を直ちに停止させる構造になっている。この場合には、止まれば安全(停止安全)の存在が大前提となる。

 ここで許されない唯一の誤りは、安全関連部の誤り、すなわち、危険であったり、安全が確認されないのに、誤って安全確認信号を出すことである。当然、安全関連部もまた故障からは免れられない。

 安全確認型制御システムでは、安全関連部が故障した場合には、安全確認信号が発生しない構造(非対称故障)に実現でき、それを保障できるところに特徴がある。
 すなわち、安全関連部に故障が生ずれば、停止安全に持っていくという構造である。
 このように、安全確認型制御システムは、確定論的に構造として安全を実現していて、安全制御における安全確保のための構造と論理を明確にしている。

 確かに、確定論的に安全を実現している構造になっているが、その非対称故障は絶対に保障されるかというと、現実には残念ながら絶対はあり得ない。ここに、安全関連部が危険側故障を起こす確率という信頼性、すなわち、確率論が係わってくる。しかし、最初から信頼性のみで安全を実現しようとする確率論的安全と、安全確認型のように確定論的に安全を構造的に実現し、その安全関連部の信頼性に関して確率論が係わってくる確定論的安全とは根本的に異っていることに注意しなければならない。


(2)コンピュータ制御

 停止安全が存在しないようなシステム、たとえば、飛んでいる飛行機やある種の石油コンビナートのように本来の機能を維持し続けることでしか安全を確保できないシステムでは、故障させないようにする以外に手は存在しない。
もちろん、事故が起きたときの被害を最小限にとどめるための安全対策はありうるが、事故そのものを発生させないようにするには、超高信頼にシステムを構成して、本来の機能を維持させることで安全を確保する、すなわち、信頼性に基づいた安全性の確保しかなくなる。

 この場合には、多重系または冗長系等を利用するフォールトトレラントシステム技術や、早めに不具時や危険を見い出して事故に至る前に手を打つ予防安全等の技術が重要になる。
 ここに、高度な機能を有するコンピュータを利用する価値は十分にある。ただし、信頼性を高めるために導入したコンピュータ自身の不具合が原因で、却って大きな事故に至る可能性があることも注意しなければならない。
コンピュータのソフトウエアにはバグ(欠陥)が付きものであり、与えられたソフトウエアにバグが存在しないという保障は永久に得られそうもないからである。

 また、ハードウエアを構成する半導体には、オープン、短絡どちらの故障も発生し得て、危険側故障を排除することは極めて困難である。したがって、停止安全が存在するシステムにコンピュータを安易に導入することは、厳に慎まなければならない。しかし、高信頼にシステムを組む場合には、コンピュータは大いに利用価値があると思われる。コンピュータの使用で注意すべきことは、ソフトウエアのバグとハードウエアの故障である。

 現在、コンピュータを高信頼化する一般的な方法は、次のようなものである。ハードウエア故障については主として独立2重系を用いている。

 最も厳密な2重系は、異なったメーカーのCPUを同期させてバスラインの段階でデータの照合チェックを行う密結合のもであり、最も疎な結合の2重系は、異なったメーカーのコンピュータで異なったソフトウエアを用いて同じ入力で実行させ、最終的な出力を照合させるものである。どちらの場合も、出力が異なった場合の後の処置は、そのシステムによりそれぞれ異なる。

 一方、ソフトウエアを高信頼化する方法は、一般的には、「枯れたソフトウエア」の使用を全体的に重視している。
 N−バージョンソフトウェア(多様性:Diversity。これは、プログラムに潜むバグの完全除去は困難と考え、異なる開発者による複数のプログラムにおいて、各演算結果を照合することにより、プログラムのバグによる事故を回避しようとする)については一部利用されているものの、ハードウエアにおけるランダム故障に対処するこれまでの信頼性向上の技術の概念はソフトウエアには当てはまらない。
 バグを前もって入らないように作成するような、また、前もってレヴューしてバグを取り除いておくようなソフトウエア工学の手法が主である。

 なお、システムと人間との間のヒューマン・マシーン・インターフェースを向上させることで、安全性を確保する場合にも、コンピュータは有効に利用可能である。
すなわち、システムの状況を人間に分かりやすく、かつ、直感や感性に訴える形で表示したり、人間の曖昧な指示や主観的な感情を認めたような指示をシステムが受け入れるように設計する場合、コンピュータは十分に利用可能である。
ヒューマン・マシーン・インターフェース安全の研究は、まだ発展途中であり、これからの課題である。


(3)国際規格における機械安全

 我が国ではこれまで、個別の危険な機械ごとの安全規格しか存在していなかった。
また、たとえば機械類の安全性(機械安全)についていえば、作業現場における労働安全の立ち場から、従業員の訓練や安全作業手順の整備・徹底等で安全が実現されてきた。
 どちらかというと、技術よりは効率やコストの面から作業者の熟練、技能に頼った安全の確保に重きが置かれてきた嫌いがあった。
一方、ヨーロッパでは、人間に頼る前に、まず最初に機械そのものを安全に実現するという技術に重きが置かれてきた。
安全の理念と技術とに関する長い間の議論と経験と実績を経て、安全とその実現方策に対する考え方(理念)をまず明確にしている。すなわち、安全の原則として、

@ 本質安全によるリスクの削減
A 安全防護によるリスクの削減
B 残ったリスクについては情報を公開
C 訓練、組織等で安全の確保

という手順を踏むことを要請していて、人間の注意や教育による方法は最後になっている。

 これに従って個別の機械の安全規格を策定していくという階層的な安全標準がヨーロッパの規定として策定され、これがISOやIECを経て世界標準になりつつある。
この流れが現在のグローバルスタンダードとなり、我が国も対応を迫られているのが現状である。

 我が国は、鉄道等の個別の分野では進んだ技術があったにもかかわらず、また、各分野の個々の現場では懸命な努力が払われていたにもかかわらず、理念的にも、技術的にも、また、規格の面からも安全に関しては遅れていることを認めざるを得ないのが現状である。このような現在、我が国で機械安全に関して最も早急に手を打つべきことは、

@現在の安全の国際規格の理念と技術とを一人でも多くの安全の技術者や管理者に理解してもらうようにその内容を紹介、普及、啓発させること

A機械安全に関するJIS規格を一刻も早く世界標準に整合化させること

B製造者、管理者、使用者等が安全に関しては規格、規則を遵守するよう、必要な法的整備と認定、認証等の組織的整備をすること

C安全規格に関する専門家を積極的に育成すること

D我が国から積極的にISOやIECの場において新しい安全の規格を提案し、不適切な所を改正させるとともに、安全の規格策定や安全技術の開発について、世界的にも貢献するよう努力することに尽きよう。


(4)安全の判断と責任の体系化

 前述したように、我が国においては現場の使用者(作業者)の訓練・注意等で主に安全が実現されてきた嫌いがあった。
したがって、一旦事故が起こると、原因のほとんどが使用者のエラーに帰され、ひいては、責任もその使用者がとらされる場合があった。

 人間はもともとエラーを起こすものである。不注意とはいえ、事故を起こすような危険な機械を作った製造メーカーには責任はないのであろうか。
PL法がまさにこのことを問題にして、メーカーの製造物責任を明らかにしようとしている。
 しかし、現在のところ、我が国ではその適用は数えるほどしかない。
 ところで、機械が安全であると誰が判断、保障するのであろうか。第1者(製造者)、第2者(使用者)、第3者(独立機関)が考えられるが、望ましい姿は、以下の場合であろう。

@第1者は安全規格に合うように機械を作り、それを検定して文書化する。

A独立の第3者が安全規格に則って、第2 者に代わって妥当性確認し、安全の認証を与えて 、市場に出すことを許す。

B第2者は与えられている残留リスクの情報に基づき、訓練をして安全確保をしつつ使用する。

 それでも実際には事故は起こる。絶対安全はあり得ないからである。安全の判定には常に残留リスクが存在して、事故の起こる可能性は常に残されているからである。

 そして、事故には、明らかに原因がある。その時、責任は、製造者、使用者、安全と判定した第3者認定機関、それとも安全規格そのものを制定した機関にあるのだろうか。
 責任を明らかにすることを重視すると、当事者は責任から逃れるために事故の原因を隠す傾向になり、かえって真の原因を明らかにすることを困難にする傾向にある。
 ひいては、安全技術の発展を阻害することになる。
 そして、同じ様な事故が再発し、悲劇が繰り返されることになる。

 同じ様な原因で再び事故を起こさないようにするためには、事故の真の原因を明らかにしてそれを公表し、それにより技術的にも、運用の面でも、また、規格の面でも改善でき、安全が学問として体系化でき、また、技術として蓄積可能なようにしなければならない。
 そのためには、そろそろ許される事故、仕方がない事故というもの、すなわち、誤解を招くことを恐れずに言うならば、免責と言うことについて、真面目に議論し、制度として確立していく必要があるのではないだろうか。

 たとえば、
@安全規格制定者は、安全規格としては、まず、基本的な安全要求事項を明確にし、現在分かって最善の技術により、それを実現する具体的な方法をいくつか明記する。
 ここでは、安全を定義し、残されているリスク(残存することを許される許容リスク)を明確にする。
新しい安全実現技術の開発や、新しい危険源の発見等がありうるので、3〜5年には必ず規格を見直す(The State of Artsの原則)。

A製造者は、安全規格の要求基準を満たすように機器を製造する。規格に記した手法に従わない場合には、使用した手法が要求事項を満たすことを証明する。

B第3者認定機関は、製造者の記していることが間違いがないかどうかチェックして、認証をする。

C使用者及び事業者は、取り扱い説明書に記される注意事項を守って認証を受けた機器を使用し、または使用させる。


 以上の条件を満たしている限り、そこに誤りや不適切さがない限り、事故が発生しても各当事者には事故の責任は問わないことを明確にし、原因解明のために全員が協力をする。
そして、事故に遭った被害者には、制度としてそれなりの手厚い保障をする。
そして、ここでの役割の分担の考え方は、公平の原則(公平な利便享受、公平な危険分担、公平な責任分担、公平なコスト分担等々)に基づく。という考え方が有り得るのではないだろうか。

 上記の様な考え方や制度は、今後、我が国の安全技術を発展させ、安全文化を育成するためには、必須なように思われる。


4)交通事故調査のありかた

 日本学術会議主催第28回安全工学シンポジウムにおいて、信楽高原鉄道事故(1991)の事故調査のあり方に関する報告があり、活発な質疑応答と安全確保についての貴重な議論がなされ、今後の交通事故調査方法についての問題提起があった。

 これを受けて、第17期人間と工学研究連絡委員会・安全工学専門委員会は、交通事故調査のあり方、調査結果の情報公開方法等について広く論議を行い、社会におけるこの問題の重要性を認識した。
そこで、安全工学専門委員会の下に事故調査方法検討会を設置し、安全工学の視点からの交通事故調査方法のあり方について検討を重ねてきた。
その間、第29回安全工学シンポジウムではオーガナイズド・セッション「安全工学の観点からの交通事故調査」を設けて広く一般からの意見も聴取し、交通事故調査のありかたを検討する上での参考とした。

 現代社会は航空機、鉄道、自動車、船舶等の交通機関が発達し、人間の利便性の向上や社会の繁栄・発展に重要な役割を果たしている。
しかし、その反面、個々の移動機構は高度化、複雑化し、システム規模も巨大化してきている。
そのため、ひとたび事故や障害が発生すると、多数の人命が失われ、社会経済活動を混乱させるなど、甚大な影響を及ぼすようになった。

 大量・高速移動という便益をもたらしたのが科学技術であるのなら、その負の側面である交通事故(安全問題)の対策を考えることも、また、科学技術の責務である。
交通機関における安全対策の基本としては、万一不幸にして起こってしまった事故を教訓として、再び同様の事故を発生させないための調査・分析が重要であることは議論の余地の無いところであろう。

 このような考え方のもとに、わが国および諸外国における事故調査の現状を調べ、交通事故調査を進める上での課題として@事故現場・証拠の保全、A調査機関の目的と中立性、B裁判による事故の解明の限界、C事故調査における人間要因の考え方、D職業人と非職業人、Eインシデント分析の必要性、F情報公開の原則、G継続的研究の必要性等について検討した。

 そして、その結果をもとに、安全工学の視点からの交通事故調査のあり方として、以下の9項目の提言を行った。
@調査機関の設置
A事故調査の性質
B責任追求のあり方
C刑事免責制度
D初動調査体制
E事故情報の公開
F交通事故対策研究費
G道路交通事故への対応
H非職業運転者対策

さらに、提言を補足するものとして、今後解決すべき以下の課題についてまとめた。
@調査機関の位置付け
A調査機関の権限
B捜査機関との関係
C免責制度
D被害者感情

 これらの詳細については、17期人間と工学研究連絡委員会・安全工学専門委員会からの学術会議への提言「交通事故調査のありかた−安全工学の視点から−」に記載されている。
 今後、本提言が我が国における交通事故調査のあり方について広い分野の関心を呼び起こし、その結果として交通機関の安全性が一層向上し、安全で安心な社会の構築に寄与できることを期待している。


5)安全工学シンポジウム

 安全工学シンポジウムは、安全に係わる学問分野の発展と情報交換を行うことを目的として、日本学術会議において、日本学術会議人間と工学研究連絡委員会・安全工学専門委員会が主催し、安全にかかわる約30の学協会が共催して、日本機械学会、日本化学会、電気学会、日本建築学会、土木学会、安全工学協会、日本人間工学会の7学協会が幹事となって、1970年の第1回開催以来、毎年1回、開催してきた。

 第17期には、既に第28回および 第29回の安全工学シンポジウムが開催され、本年、第30回の安全工学シンポジウムの開催が予定され、その準備が進められているが、その概要を以下に示す。

 これらから明らかなように、この安全工学シンポジウムでは、安全にかかわる時機を得たテーマを取りあげ、また、各幹事学会の特色をあらわしたテーマをもとに、種々の分野の視点から安全についての活発な議論が行われており、安全工学シンポジウムは安全について総合的に考え、安全についての情報を交換する貴重な場となっている。


(1)第28回安全工学シンポジウム

@テーマ:「安全な社会の構築を目指して」

A幹事学会:日本機械学会

B開催日:1998年7月2(木)・3日(金)

C会場:日本学術会議

D講演:
a)特別招待講演2件
東京大学名誉教授 柴田碧氏
「兵庫県南部地震のような希な事象と工学者の立場」
国際日本文化研究センター 河合隼雄氏
「安全の心理について」

b)パネルデイスカッション2件(パネリスト7名)
「機械工学の立場から安全係数について」
「高度科学技術の安全性とリスク」

c)オーガナイズドセッション10(基調講演2件、研究発表59件)
「自動車の安全性」
「安全性向上のためのコンピュータ活用技術」
「機器/構造/プラントの余寿命評価と安全性確保」
「機械災害防止技術の論理と応用事例]
「国際基本安全規格ISO/TR12100で示される安全について」
「マシンビジョンによる安全性・信頼性の向上」
「電子機器の信頼性・安全性」
「過酷な環境で使用される材料の創製と安全性評価」
「先端複合材構造の衝突・衝撃安全性」
「確率論的評価手法と安全解析」

d)一般講演31件
事故・災害、社会特性と安全、燃焼・火災・爆発に関する安全性、建設に関する安全性と信頼性、PL法と司法的処置、事故・破壊解析等の分野に関する講演

E参加者:358名


(2)第29回安全工学シンポジウム

@テーマ:「安心で安全な社会の構築を目指して」

A幹事学会:電気学会

B開催日:1999年7月1日(木)・2日(金)

C会場:日本学術会議

D講演:
a)特別招待講演2件
内閣危機管理監 安藤忠夫氏
「内閣における危機管理の状況」
大同工大前学長 堀井憲爾氏
「歴史的遺産における雷害対策」

b)パネルデイスカッション2件(パネリスト12名)
「機械安全の国際標準の理念と動向」
「パブリックサービスの安全」

c)オーガナイズドセッション7(研究発表40件)
「半導体材料ガスの安全」
「電気設備の安全施工」
「電気火災に関する安全性」
「安全工学の観点からの交通事故調査]
「大規模システムの安全管理支援の高度化」
「公共施設における安全管理」
「ユーザにとっての安全と安心」

d)一般講演38件
電気火災、燃焼・火災・爆発、リスク解析・システム・シュミレーション、破壊、人と安全・ヒューマンファクター、災害に対する安全等の分野に関する講演

E参加者:363名


(3)第30回安全工学シンポジウム(案)

@テーマ:「安全管理のための計画・技術」

A幹事学会:日本建築学会

B開催日:2000年7月13日(木)・14日(金)

C会場:建築会館ホール

D講演:
a)特別招待講演2件
「変革期にある社会の安全」
「防災の国際化に関する諸問題」

b)パネルデイスカッション2件
「都市施設の劣化と安全」
「災害弱者と安全」

c)オーガナイズドセッション7件
「燃焼と消火技術」
「地震と設備システム」
「構造物の信頼性設計」
「災害事故調査のあり方]
「各地の地震比較と技術移転」
「防災まちづくりの21 世紀」
「化学物質の安全」

d)一般講演
応募による


6)安全工学ワークショップ

 今期の安全工学専門委員会は社会安全の実現の方策を探ることを主要課題としており、社会安全を実現するための課題を討論する場として、安全工学ワークショップを2回開催した。

 1回目は、平成11年4月23日(金)13 :00〜17 :00に岡山大学で開催した。
 テーマは「日々の安全はいかに確保されているか」とし、岡山県や中国地方で関心の深い安全問題についての講演ならびに討論を行った。

プログラムは下記のとおりである。

開会挨拶 田村昌三 (日本学術会議「安全工学専門委員会」委員長)

講 演

(1)「装置産業におけるシステム安全工学の現状」
佐山 隼敏(岡山大学名誉教授、プロセスマネジメント研究所代表)

(2)「石油化学工場における設備管理への取り組み」
宮澤 正純(三菱化学叶島事業所設備技術部グループマネジャー)

(3)「瀬戸大橋を安全に守るために」
藤井 裕司(本州四国連絡橋公団第二管理局保全部部長)

(4)「山陽新幹線の安全を確保するために」
廣瀬 雄三(西日本旅客鉄道株式会社電気部主幹)

(5)「うっかりぼんやりエラーはなぜ起こる?」
小松原明哲(金沢工業大学教授)

総合討論 司会 松岡 猛 (運輸省船舶技術研究所室長)
閉会挨拶 鈴木和彦 (岡山大学教授)


 岡山県の水島地区には、石油コンビナートを中心とした大きな工業地帯がある。そこでは多量の危険物が取り扱われており、水島コンビナートの安全性確保は、岡山県の重要課題となっている。そこで、水島コンビナートの中核をなす装置産業について、そのシステム安全工学の現状の紹介と今後の展開と石油化学工場の設備管理の事例についての講演が行われた。また、中国地方の動脈である本州四国連絡橋と山陽新幹線の設備保全や運転・運用上の安全対策についての紹介された。さらに、事故要因として大きな比重を占めているヒューマンエラーについてその防止対策に関する講演が行われた。これらの講演の内容を中心として、日々の社会安全の確保に関して活発な討論が行われた。


 今期2回目のワークショップは平成12年4月21日(金)13 :00〜17 :00に横浜国立大学で実施する予定である。テーマは「有効な安全教育をめざして」とし、5件の講演と総合討論で構成され、

プログラムは下記のとおりである。

開会挨拶 田村昌三 (日本学術会議「安全工学専門委員会」委員長)
講 演

(1)「学術会議安全工学専門委員会の取り組み」
花安 繁郎(労働省産業安全研究所研究企画調整課長)

(2)「高等教育機関での安全教育」
西 村 誠介(横浜国立大学教授)

(3)「企業の安全教育」
平野 敦史(旭化成工業活タ全健康総括部部長)

(4)「事故調査からの教訓を活かすために」
松  猛 (運輸省船舶技術研究所研究室長)

(5)「防災対策としての安全教育」
廣井 脩 (東京大学教授、社会情報研究所長)

総合討論 司会 小川 輝繁 (横浜国立大学教授)

 社会安全の確保にとって安全教育は非常に重要であるが、社会システムや技術の高度化・複雑化が進むにつれてその重要性は一段と増している。安全工学専門委員会では安全教育ワーキンググループを発足し、安全教育の問題点の整理と効果的な安全教育のあり方について検討しており、その状況について報告され、また、大学等の高等教育機関や企業における安全教育の現状と課題の紹介、事故調査から得られる教訓は安全教育にとって有効な教材であるが、そのための事故調査のあり方や教訓の活かし方、現状の問題点などの講演、災害発生時の被害軽減には日頃の安全教育訓練が非常に有効であり、防災対策としての安全教育のあり方や留意点などについての講演を予定しており、これらの講演の内容を中心として、有効な安全教育に関して活発な討論を行う予定である。


7)国際安全工学・科学研究連絡機構

 国際的な安全工学・科学に関する重要事項の議論と情報交換を行うための安全工学・科学研究連絡機構の設立を目指して、そのための準備委員会とフォーラムについて、第1回会議を1994年東京において開催し、次いで、第2回会議を1997年ポルトガルのリスボンで開催し、現在、第3回会議を東京で開催すべく準備を進めている。

 安全工学・科学は多くの分野がかかわっており、各分野でのそれぞれの国際的な研究連絡機構は存在しているが、それらを統括した安全工学・科学研究連絡機構は存在しておらず、今後、種々の分野が関係する安全問題を総合的に考え、また、各分野間の安全にかかわる情報交換を進めていく上でも安全工学・科学研究連絡機構の設立が望まれている。
これまで、日本がその設立に向けて主導的な立場をとってきた経緯もあり、現在、日本が中心になってその開催準備を進めている。

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3 .結言

 最近の事故や安全問題を考えたとき、科学技術立国を目指す我が国にとって安全について、基本に立ち返って考える必要がある。

 これらの安全問題には、その原因として、安全意識や安全知識の不足、安全管理体制の不備、安全倫理に帰する問題等があげられるが、その背景に、近年の産業の高度化、多様化、国際化の進展により、科学技術自身が内包する潜在危険とそれを扱う人、社会の大きな変化による潜在危険との増大およびそれらの質的多様化、複雑化があるように思われる。

 第17期人間と工学研究連絡委員会・安全工学専門委員会としては、社会安全のために安全工学としていかなる役割を果たすべきかをテーマに、安全工学専門委員会を中心に、同ワーキンググループ、安全制御小委員会、安全工学教育ワーキンググループ、交通事故調査検討委員会、国際安全科学工学研究連絡機構設立準備小委員会、構造安全・信頼性コンファランス委員会での活動、安全工学シンポジムおよび安全工学ワークショップの開催により、安全工学の基本概念の構築、安全工学の教育と普及、安全工学の組織化等に努めてきた。このうち、交通事故調査検討委員会は、「交通事故調査のありかた−安全工学の視点から−」対外報告としてとりまとめた。

 21世紀の科学技術が、性能、品質、経済性において優れているばかりではなく、人、社会、環境と調和した安全なものを創造していくためには、日本の風土を理解し、科学技術の高度化、先端化と人、社会の変化に対応した安全化のあり方を確立するべきである。

 そのためには、まず、安全はわれわれの生活にとって基本要素であるという社会共通の認識を周知させ、安全の確保のためには安全化意識をもつことが重要であることを家庭から、学校、社会の各レベルで教育できる人材の育成と高度な安全の教育・研究、安全化技術の進展および安全性評価に当たることができる専門家の育成およびそのための安全教育体制の確立が必要である。
次いで、安全研究の高度化、多角化、総合化を推進するとともに、総合的評価を実施できる安全研究・評価機関の設立と各種安全性データベースの構築と情報提供サービス機能をもった総合安全情報センターの設立等が望まれる。

 これらは提言「社会安全への安全工学の役割」として、対外報告にまとめた。

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