情報資源・マルチメディア社会の将来に向けて


「基盤情報通信研究連絡委員会情報資源・マルチメディア専門委員会報告」

平成12年2月28日

日本学術会議
基盤情報通信研究連絡委員会
情報資源・マルチメディア専門委員会


 この報告は、第17期日本学術会議基盤情報通信研究連絡委員会情報資源・マルチメディア専門委員会の審議結果を取りまとめ発表するものである。

[情報資源・マルチメディア専門委員会]

委員長 青木利晴(鰍mTTデータ代表取締役社長)

委員 酒井善則(東京工業大学教授)
所真理雄(SONY鰹辮ネ常務)
安田浩(東京大学先端科学技術研究センター教授)
柳町昭夫(鰍mHKアイテック主幹)


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目次

1 .はじめに 

2 .情報資源とは 

3 .背景 
3 .1 ボトルネックにならないハードウェア技術
3 .2 情報を資源化する難しさ
3 .3 これを扱う人間の能力の限界
3 .4 社会環境変化(人口統計)

4 .着眼点 

5 .提言 
5 .1 (提言1)情報を資源化するために
5 .2 (提言2)情報資源社会を旨く運営するために産業構造を規定する「競争ルール」
5 .3 (提言3)情報資源社会を旨く運営するために社会構造を規定する「情報資源分配ルール」

6 .まとめ 


1.はじめに

 基盤情報通信研究連絡委員会の情報資源・マルチメディア専門委員会では新体制の元、前期第16期の「研究開発空洞化対策」小委員会から引き継ぎ、現在急激に社会的な重みを増している「マルチメディア産業分野」、更にこれの源となっている「情報資源・知的活動」を含めた研究開発体制の強化等について、新たな視点を加え審議し、提言を行うこととした。

 検討は、日本工学アカデミーの情報専門部会と連携し、学術分野から産業分野、工学から社会学までの専門家で進めた。
審議範囲は、次世代の社会システムへの貢献、他の産業への影響や本産業領域での技術開発や倫理のあり方についてとした。

 検討の進め方は、まず各メンバから通信・放送・家電などの産業の視点や、工学・社会学・著作権などの社会・教育の視点からを順次問題提起と提言をいただき、これを元に共通的な課題・提言を纏めることとした。

 報告の骨子は、社会構造を規定する「分配ルール」、産業構造を規定する「競争ルール」を中心とした「情報資源・マルチメディア社会の将来に向けて」である。

 本報告はこの専門委員会での議論の結果をさらに第17期情報学研究連絡委員会で審議した上でまとめたものである。

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2.情報資源とは

 情報資源の定義は、「情報の中で、利用者やシステムが利用時に価値を認めた情報」とした。
この定義に至った背景は、石油などのエネルギー資源、土地などの不動産資源、家電製品などの物質資源と異なり、情報資源が
(1)コピーによりほとんど無限に量を増やすことができるため、排他的(所有権など)な資源化が難しい資源であり、
(2)利用者や、利用する時間・場所・場合によって、同じ情報でも資源価値が異なること、
などによる。

 情報資源の価値は、タイムリー性(手に入れるまでの時間)、粒度(要約〜個々の要素など必要なレベル)、質、などが考えられるが、今後検討が必要である。 
 因みに、この定義に合わせたマルチメディアの定義は、情報の生産から有効に利用するまでの「情報を資源化するための手段」で、発信,受信,処理,変換 などとなる。

 情報資源のタイプには、公共財的情報資源、生産財的情報資源、消費財的情報資源、履歴情報資源、属性型情報資源などがある。

 他の資源との比較すると、情報通信系ハードウェア資源、エネルギー資源、固定資産資源と比較し、排他性(所有権)、資源の作り方(でき方)、資源価値、流通速度、種類数などで大きく扱いがことなる。

 以上の特長を持つ情報資源には、その性質上、個人個人を認識して社会や産業の構築を可能とする能力をもつことから、以下の問題解決も期待できる。

(1)物質文明の負の遺産解消:環境破壊、エネルギー問題、CO

(2)安心・心の豊かさなどゆとりの生活の実現:ゆったりとした時間、自然との触れ合い

(3)よりチャレンジャブルな社会の支援:(例えば)複数回の人生、数桁多い交際範囲

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3.背景

3.1 ボトルネックにならないハードウェア技術

 ハードウェア技術は、半導体・ディバイス、通信・放送、情報処理、画像処理、ユーザインターフェースの分野とも発展が想定される。
 例えば、半導体分野では、1990年後半の10/チップ(本1冊)、2000年のの10/チップ(書棚)、2010年のの1012/チップ(図書館)が想定されている。
 携帯端末の3Dマルチメディア化も2003年に可能となる。
 また現在キャビネットサイズのディジタルテレビ受信機(DTV)は、セットトップボックス化、テレビ内蔵を経て2005年には1チップ化による携帯化も可能となる。

 これらは、今後10年はハードウェアがボトルネックにならず、またここ50年の情報通信分野の発展から類推しても数十年はこのまま推移すると予想される。


3.2 情報を資源化する難しさ

 情報の資源化は、使われて初めて可能となる。
 これを考えるとき、郵政省の通信白書で25年以上に渡って統計を取っている日本国内の情報流通センサスから分析すると以下となる。

 消費情報量は、人間の行動時間で制限され、10年で倍程度しか延びていかない。
また、原発信情報量、発信情報量も種々の情報発信ツールの導入により増加しているが、それでも3倍/10年である。
 しかし、最近のインターネット、Webの急激な普及は、2年まえから選択可能情報量を飛躍的に増加させ、2桁倍/10年となってきた。
これは情報の資源化を急激に難しくすることとなる。


3.3 これを扱う人間の能力の限界

 総務庁の「社会生活基本調査」によると、食事、睡眠などの第一次活動時間、仕事などの第二次活動時間、自由時間などの第三次活動時間は、42%対34%対24%と、ここ10年間でほとんど変化していない。
 特に個人情報の消費量の増減に関連が深い第三次活動時間では、テレビ、雑誌などに費やす時間の増加が最大で10年間に15分と少なく、その他はほとんど変化していない。

 人間の能力は、必ずしも活動時間だけで評価できないが、ハードウェア技術、情報量の増加の早さに比べあまりにも小さい。これは情報の資源化を産業、社会の糧とする社会を考える上で最も配慮すべき条件である。


3 .4 社会環境変化(人口統計)

 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」平成9年1月推計によると、55歳以上労働人口比率は、1950年の13%から着実に増加を続け、2010年の25%を越えると予想される。
 この数字が示す労働人口の高齢化だけでなく、教育、医療、交通運輸など全てに高齢者を中心とした社会が訪れることを示している。情報資源を活かし、この高齢化社会を支える社会構造や産業構造の構築が重要となる。

 国立社会保障・人口問題研究所による「日本の世帯数の将来推計(全国推計)」平成10年10月推計によると、単独世帯は、1980年の20%から着実に増加しており、2020年には30%に近づく
 これは、従来の家族を中心とした相互扶助の仕掛が大きく変わらざるを得ないことを意味する。情報資源を活かし、新たな人間関係の創出、それを支える産業、社会の構築が重要となる。

 総務庁「社会生活基本調査報告」昭和61年、平成3年、平成11年の統計に基づき、平成3年から平成8年までの3次活動時間の年平均成長率1 .94%を採用すると、3次活動時間(自由時間)は2030年には半日に近づく。情報資源を活かし、この増加する自由時間を充実させる産業、社会の構築が重要となる。


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4.着眼点

 以上の背景に基づき、考えるべき着眼点として纏めると以下となる。
 今後とも発展が期待される情報通信ハードウェア技術、急激に伸びる情報量を活かし、あまり変化しない人間の能力に配慮しつつ、物質文明社会が作り出した負の遺産の解消や、人口統計から推定できる社会環境への課題に対し、情報資源・マルチメディアを以下の着眼点でとらえる。

(1)2010年(労働人口の25%が55歳以上)
課題:高齢化
方向:移動や時間の制約無く豊かな暮らしができる
具体例:在宅勤務、生涯学習、在宅投票、在宅医療、健康24 時間モニタリング など

(2)2020年(単独世帯がおよそ30%)
課題:孤独
方向:場所、時間などの制約を乗り越え仲間作りができる
具体例:擬似家族、擬似自治体 、擬似国家 、ニューエコノミー、バーチャル競技 など

(3)2030年(3次活動時間が約半日)
課題:時間を持て余す
方向:物質資源を含む各種資源を無駄遣いすることなく人生を楽しめる
具体例:複数社参画、パラレル旅行、パラレルゲーム など4

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5 .提言

 審議の中で出てきた提言を以下の3つの分類として纏めた。

5.1(提言1)情報資源の創出、活用の仕掛の構築

 情報を資源化する生産、流通、保管の各工程毎に、どのような課題があるかを考察し、「情報資源化能力(生産、流通、保管)を高める仕掛の構築」についての提言。

5.1.1 情報を資源化するために(生産)

(1) 情報資源の生産環境整備

知的生産能力を増やす仕掛

−情報資源化能力を高める教育
初等教育(知識、思考方法、感性(絵画、音楽、文学))
生涯教育(最新技術・情報の獲得、スキル転換)
訓練教育(使いこなせる能力)

−新たな情報資源を発見し、発掘する研究開発
従来型の研究(数学、理学、工学、経済学、心理学などの公理、法則、モデル)
知識、意志、情緒の領域まで扱える研究開発
情報資源の経営学など資源精錬・運営などのための新たな研究領域

−各世代・個人の生産能力を高める多様なオーサリングツール
コンテンツ作成の大衆化施策

−新たな評価基準の導入
「生産性」=「出力」+「知的資産の内部留保」− 「入力」
従来は、「出力」 − 「入力」 入力、出力には情報資源の価値を含む


(2)生産工程の支援

−知的活動で協調できる仕掛(分散協調社会)
オブジェクト指向プログラミング ライフライクエージェント

−知的生産を支援する仕掛
NWを介した理解環境、感動環境、文殊の知恵環境

−顧客に近い人達を含めた意思決定の仕掛(フラットマネージメント)
データマイニング テキストマイニング


(3)日本人の特性を生かせる/補う情報資源の生産環境

−高齢化先進国の特性を生かせる環境整備(研究開発)
マルチメディア在宅老人の知恵
人口・消費比率が高いアジアの一員としての有利さを活かしたビジネス実験

−日本人に合ったパソコン操作法
表意文字文化を活かした操作法
手先の器用さを活かせるIF(マウス、ウィンドウの次のIF)
公共交通機関による通勤・通学時にも使えるモバイル操作環境

−農耕民族的国民性を生かせる環境整備(研究開発)
循環型発想(農耕型)や高い定着率、画一的で横並び的指向から一気にサービスが立ち上がる特徴を活かした展開
情緒と論理を合わせた思考法を活かした展開


(4)情報の資源化(情報資源の二次産業)

−位置情報の資源化(ITS)
情報のディジタル化(利用機会の拡大)

− 異分野連携
バイオインフォマティクス(生物学とコンピュータ)
ソシオインフォマティクス(社会科学とコンピュータ)
メディアインフォマティクス(人文科学、芸術とコンピュータ)


(5)情報資源を元に社会システムとして資源化

−シミュレーション:模擬リアル社会を資源化
従来資源を無駄に消費しないために
将来予測の精度を上げるために

−サイバー社会:パラレルワールド社会を資源化


(6)情報資源化システム
− 生産から消費までを連続させる業界形成など


5.1 .2 情報を資源化するために(流通)

(1)流通する資源が価値に見合ったお金になる仕掛

−情報流通プラットフォーム「利用後、良いコンテンツがたくさんお金をもらえる情報価値課金の仕掛」
コンテンツ流通:情報資源の内容を意識した流通機構
認証・公証、課金・決済:情報資源の取引保証
コンテナ配送(セキュア配送、権利流通):情報資源のパッキングと配送管理
情報配送:コンテナの安全確実な配信行為

(2)知的生産物の流通を促進する仕掛

−著作権などの不正使用を防ぐ
生産時、流通時、保管時
ミスへの対応/悪意への対応(アクセス権管理)
不正使用の判断基準作り
不正使用のパトロール

(3)情報を資源化する流通の仕掛

−問題情報と解決情報を紹介し、解決情報を情報資源化する流通
分散・ライフライク・知的エージェント:資源の需要と供給
情報資源を作ることにも通じる(One to One資源化・流通)


5 .1 .3 情報を資源化するために(保管)

(1)歴史資源として保管していく仕掛

歴史として変更を不可とする仕掛
情報化技術の進展に対応する仕掛(記憶媒体、符号化、管理DB)
不正アクセスなどにより品質劣化を招かない仕掛
(認証システム、アクセス権管理、ファイアオール、VPN)

(2)資源の状態を維持する仕掛

情報冷蔵庫
外部から自動的に情報が送られてくる。利用しなければすぐゴミになる.
検索・広告・仲介
NW 上の情報アクセスを常に可能とする仕掛
公証システム
内容の凍結時点の時刻、作成者などを第3 者から確認できる仕掛

(3)ゴミにならない仕掛

知っている人が増えても価値が下がらない仕掛
アクセスコントロール型情報カプセル化
多く集めて価値を高める仕掛
コンテンツ管理DB ポータルサイト


5.2(提言2)情報資源社会を旨く運営するために

産業構造を規定する「競争ルール」

5.2.1 産業構造変革に向けて個人財的情報資源により産業を活性化する競争ルール

(1)基本ルール

 社会の活性化・発展のためには、ビジネスでの競争が必要。このために、個人のインセンティブを高めるルールが重要。
発展・競争を阻害する資源運用に対しては、時代に応じてその都度、情報資源を公共財から個人財へ、個人財から公共財への変更を行う。

(2)競争ルールを考える視点

 社会の活性化、産業創出、個人のインセンティブ、競争、革新

(3)競争ルールの提言

 ・個人財の権利を保護するルール
 ・不正コピーを防止するルール
 ・優良な個人財に高価な対価が支払われるルール
 ・個人財の多様な評価を認めるルール

(4)競争ルールを維持する罰則規定

 ・著作権保護を後からでも容易とする保護法や運用法(履歴管理)、
 ・個人財の不正利用、不正コピー、不正アクセス等に対する罰則規定。


5.2.2 個人財的情報資源による社会環境の変化への貢献例

(1)2010年への対応(高齢化など)

生活スタイル・情報資源産業の例
コンテンツのディジタル化産業(高齢者の知識利用)
在宅勤務、生涯学習、在宅投票、在宅医療、健康24時間モニタリング

産業活性化の施策の例
 ・過去のコンテンツをディジタル化するため著作権(肖像権など)の軽減運用
 ・医療の対面診療制限などの緩和
 ・情報資源に対して対価を払う社会的なコンセンサス作り


(2)2020年への対応(単独世帯増加など)

生活スタイル・情報資源産業の例
 ・ニューファミリ(擬似家族)、ニューコミュニティ(擬似自治体)・ニューネイション(擬似国家)、
 ・ニューエコノミー(情報資源を中心とした企業)・ニューゲーム(バーチャル陸上競技)など

産業活性化の施策の例
 ・コミュニティ形成のため個人情報の利用範囲を拡大
 ・新たな起業を自由に開始できる環境
 ・必要によりプラットフォーム産業へのスムーズに移行可能な仕掛


5.3(提言3)情報資源社会を旨く運営するために社会構造を規定する「情報資源分配ルール」

5.3.1 社会構造変革に向けて、公共財的情報資源を公平に分配するための分配ルール

(1)基本ルール

 「知」の世界のインフラとなる公共財的情報資源を整備する。

(2)分配ルールを考える視点

 物質文明の負の遺産を解消 社会情報資源の蓄積
社会への再投資富 の再配分弱者救済

(3)提言すべきルール

公共財の認定ルール 公共財の使用ルール 公共財の対価決定ルールなど


5.3.2 情報資源分配ルールと社会コスト低減の例

(1)ITSの交通量情報の例
課題:位置情報、移動情報は個人に帰属する情報であり、交通ナビゲーション情報として自由に使えない。
ルール:プライバシーを落とし位置情報の公共利用を認める。
効果:自然環境の保護 CO2削減(107万トン),ガソリン消費量削減

(2)MPEG-2の特許ライセンス運用の例

課題:複数の特許を組合せないと動画像符号化として所定の機能を実現できない
ルール:特許を供託し共同運用する。排他運用をしない
効果:短期での有用技術の普及
ライセンス契約期間の短縮 高性能な技術の世界的規模での利用

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6 .まとめ

 継続可能な成長、高齢化社会に代表される21世紀では、今後も急激に成長する「情報通信・マルチメディア技術」と「溢れる情報」を、如何に活かしていくかが重要と認識している。
本専門委員会では、情報資源という概念を導入し、これを中心とした提言にまとめた。

情報資源とは
「情報資源」 = 利用者が利用時に価値をみとめた情報
所有権などの排他性が低い資源
TPOにより価値が異なる資源

(提言1)「情報資源化能力を高める仕掛の構築」が重要
− 生産− 流通− 保管

(提言2)情報資源社会を旨く運営していくために産業構造を規定する「競争ルール」が重要
・権利保護  ・高価な対価  ・多様な評価

(提言3)情報資源社会を旨く運営していくために社会構造を規定する「情報資源分配ルール」が重要
・認定ルール  ・使用ルール  ・対価決定ルール

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