データベースに関して新たに提案されている知的所有権について



「情報学研究連絡委員会報告」


平成10年3月31日

日本学術会議
情報学研究連絡委員会
 


 この報告は第17期日本学術会議情報学研究連絡委員会の審議結果をとりまとめて発表するものである。

 

情報学研究連絡委員会

  委員長 土居 範久 日本学術会議第4部会員,慶応義塾大学理工学部教授

 

 情報学基礎専門委員会

  委員長 土居 範久 日本学術会議第4部会員,慶応義塾大学理工学部教授

  幹 事 筧  捷彦 早稲田大学理工学部情報学科教授

      武市 正人 東京大学大学院工学系研究科教授

  委 員 浅野正一郎 学術情報センター教授

      上林 弥彦 京都大学大学院工学研究科情報工学専攻教授

      諏訪  基 通産省工業技術院電子技術総合研究所情報科学部長

      都倉 信樹 大阪大学大学院基礎工学研究科教授

      名和小太郎 関西大学総合情報学部教授

      寳来 正子 東京工業大学大学院情報理工学研究科教授

      米澤 明憲 東京大学大学院理学系研究科教授

 

 学術文献情報専門委員会

  委員長 松田 芳郎 一橋大学経済研究所教授

  幹 事 松井 幸子 図書館情報大学教授

      宮澤  彰 学術情報センター研究開発部教授

  委 員 土居 範久 日本学術会議第4部会員,慶応義塾大学理工学部教授

      有川 節夫 九州大学大学院システム情報学研究科教授

      小林 範夫 財団法人日本特許情報機構電子情報加工部

      斉藤 和男 日本科学技術振興事業団理事

      杉田 繁治 国立民族学博物館教授

      仲本秀四郎 IRIS情報研究所長

      中川  優 和歌山大学システム工学部情報通信システム学科教授

      広田 勇二 社団法人化学情報協会研究部長

      藤原  譲 神奈川大学理学部情報科学科教授

      正井 良知 国立国会図書館専門資料部科学技術資料課長

 

 学術データ情報専門委員会

  委員長 次田  晧 東京理科大学生命科学研究所教授

  幹 事 国沢  隆 東京理科大学理工学部講師

      杉浦 正久 東海大学総合科学技術研究所教授

  委 員 甘利 俊一 日本学術会議第5部会員,理化学研究所脳科学総合研究センター脳型情報システム研究グループディレクター

      市川 行和 文部省宇宙科学研究所教授

      浦野 鉱平 横浜国立大学工学部物質工学科環境安全工学研究室教授

      小野 欽司 学術情報センター国際情報流通システム研究部門教授

      小野寺夏生 科学技術振興事業団研究基盤情報部長

      志村 純子 理化学研究所培養生物部先任研究員

      田隅 三生 埼玉大学理学部基礎化学科教授

      田辺 和俊 物質工学工業技術研究所首席研究官

      原田 幸明 金属材料技術研究所エコマテリアル研究チームリーダー

      松本  元 理化学研究所国際フロンティア研究システム思考機能研究グループ副グループディレクター

 

 データベース構築・公開体制検討小委員会

  委員長 次田  晧 東京理科大学生命科学研究所教授

  委 員 甘利 俊一 日本学術会議第5部会員、理化学研究所脳科学総合研究センター脳型情報システム研究グループディレクター

      市川 行和 文部省宇宙科学研究所教授

      浦野 紘平 横浜国立大学工学部教授

      小野 欽司 学術情報センター教授

      小野寺夏生 科学技術振興事業団研究基盤情報部長

      国沢  隆 東京理科大学理工学部講師

      志村 純子 理化学研究所先任研究員

      杉浦 正久 東海大学総合科学技術研究所教授

      舘野 義男 国立遺伝学研究所教授

      田隅 三生 埼玉大学理学部教授

      田辺 和俊 物質工学工業技術研究所首席研究官

      土居 範久 日本学術会議第4部会員、慶應義塾大学理工学部教授

      苗村 憲司 慶應義塾大学環境情報学部教授

      名和小太郎 関西大学総合情報学部教授

      原田 幸明 金属材料技術研究所エコマテリアル研究チームリーダー

      藤原  譲 神奈川大学理学部教授

      松田 芳郎 一橋大学経済研究所教授

      松本  元 理化学研究所国際フロンティア研究システム思考機能研究グループ副グループディレクター

 

 

データベースに関して新たに提案されている知的所有権について

(要旨)

 

 情報学研究連絡委員会学術データ情報専門委員会では、わが国のデータベース作成と公開についての問題点と活性化のための方策を検討してきた。この議論の最中に、これまでに認められている著作権に加えて、データベースに関する新たな保護制度の国際的な立法化をめざした動向が生じてきた。学術データ情報専門委員会では、この新たに持ち上がった保護制度(法)を国際的にも国内的にも対応すべき緊急課題と認識し、「データベース構築・公開体制」検討小委員会を設けて、その必要性と問題点を科学の発展という観点から検討してきた。本報告はこの小委員会での議論の結果をさらに第17期情報学研究連絡委員会で審議した上でまとめたものである。

 各国の著作権法は、素材データの選択または配列などの体系的構成に創作性を持つデータベースを保護することを定めている。しかし、創作性の有無の判断基準は必ずしも自明ではなくそのため国によっても異なるので、国際的な規定が望まれる。また、データベース開発の促進のためには、創作性がなく著作権法の保護の対象外にあるデータベースでも何らかの保護が必要であるという意見もある。こうした背景のもとで、世界知的所有権機関WIPO(World Intellectual Property Organization)では、これまでの著作権に加えて、データベースの投資者に独自の(sui generis) 権利を与えることで投資者を保護するという国際条約草案が検討されている。わが国でも、WIPOでの国際条約の検討に対応するために通産省の産業構造審議会および文化庁の著作権審議会のもとでこの新たな保護制度について検討が開始された。

 科学の発展のためには、データが自由に利用できるように公開されていることが必須の条件である。近年の計算機・通信技術の進歩によって、データの利用をより簡単に、より高速に行うことが可能になり、また、国境を越えたより遠方との間でのデータ交換が容易となった現在、このことは以前にも増して、科学の発展のためのいっそう重要な要因となりつつある。このために、多くの分野で研究を進めるうえで基礎的なデータについての公開・共有システムを確立しようとする努力がなされている。公的資金(税金)を用いて実験や観測さらには調査から得られたデータは、一定期間、取得者の研究に使われた後は、原則として公開・共有されることが科学の発展にとって基本的に重要である。また、公的資金を用いて得られたデータや研究成果を公開することで社会に還元し、社会からの要請に応えることも研究者の義務であると考えられる。

 データベース作成に投資をした者に独自の (suigeneris)権利を与える制度の導入は学術データの自由な利用を制約し学術研究の発展を阻害する恐れがある。この問題に対する政策的方向決定には、公的資金によって得た学術データの公開・共有の原則を充分に尊重すべきである。

 


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目次

1 はじめに

 

2 提案されている新たな保護制度とこれまでの経緯

2.1 データベース産業界からの要望

2.2 欧米での動向

2.3 ICSUとCODATAの対応と米国内での反応

2.4 わが国における対応

 

3 学術データの公開と自由な利用の必要性

3.1 データの公開と科学の発展

3.2 データ公開の施策

 

4 新たな保護制度と学術データの公開・共有の原則

 

 


1 はじめに

 情報学研究連絡委員会学術データ情報専門委員会では、前期第16期より「科学技術データベース」小委員会を設置し、わが国のデータベース作成と公開についての問題点と活性化のための方策を検討してきた。この議論の最中に、これまでに認められている著作権に加えて、データベースに関する新たな保護制度の国際的な立法化をめざした動向が生じてきた。

学術データ情報専門委員会では、この新たに持ち上がった保護制度(法)を国際的にも国内的にも対応すべき緊急課題と認識し、専門委員会委員をおもな構成員とする「データベース構築・公開体制」検討小委員会を設けて、その必要性と問題点を科学の発展という観点から検討してきた。本報告はこの小委員会での議論の結果をさらに第17期情報学研究連絡委員会で審議した上でまとめたものである。

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2 提案されている新たな保護制度とこれまでの経緯

2.1 データベース産業界からの要望

 各国の著作権法は、素材データの選択または配列などの体系的構成に創作性を持つデータベースを保護することを定めている。しかし、創作性の有無の判断基準は必ずしも自明ではなくそのため国によっても異なるので、著作権法による保護の有効範囲が明確でない場合がある。また、著作権が認められたデータベースでも構成要素であるデータそれ自体は著作権法の保護の対象外にあり、利用者が部分的にデータを抽出して再構成したとき、もとのデータベース著作権者は新しい二次的データベースに対してその権利を主張できるかどうかは明確でない。このため、データベースに資金と時間をかけた投資者側には現在の著作権法とは別の保護制度の制定を望む意見がある。

2.2 欧米での動向

 欧州では、データベース開発の促進のために有効な権利保護制度が1990年代になってから検討されてきた。その結果、European Union (EU) は、データベース投資者の保護のために投資者に独自の (sui generis) 権利を与える制度を導入するという政策判断をした。ここでいう独自の (sui generis) 権利とは、データベースあるいはそれを構成するデータが著作権やその他の権利の対象となるか否かに拘らずにデータベースへの投資という行為自体が独自にもつ権利という意味であり、データの抽出や再利用を許諾するかしないかを決定する権利のことをいう。1996年3月にEU理事会が採択した「データベース指令 (Directive)」では、加盟各国がこの目的のための法制度を1998年1月1日までに制定することを求めているほか、外国で作成されたデータベースは当該国に相当する制度がある場合のみ保護対象とすること(いわゆる相互主義)を規定している。また、EUは世界知的所有権機関WIPO (World Intellectual Property Organization)に同趣旨の国際条約の採択を提案した。米国のデータベース業界は欧州における動き(特に相互主義)に敏感に反応し、米国でも同趣旨の法制度の導入の必要性を主張した。この結果、1996年5月に下院に法案(H.R.3531)が提出されたほか、 米国からもWIPOに対して条約化の提案が行われた。

2.3 ICSUとCODATAの対応と米国内での反応

 これらの動きに対して、 従来より、科学の分野での知的所有権とデータ公開・交換の国際的な問題を取り扱ってきたICSU (International Council of Scientific Unions)とその常設委員会CODATA (Committee on Data for Science and Technology) は、共同して新たに提案された保護制度について検討し、その導入が科学の発展のために必須条件である科学データの自由な交換に制限を加える恐れがあると警告した。米国科学アカデミー(National Academy of Sciences)、米国工学アカデミー(National Academy of Engineering)などの学会関係者および図書館関係者は学術・研究・教育などの活動についてのこの懸念に同調し様々な問題点を指摘したうえで、米国政府に対して慎重な対応を求めた。このようなこともあり、WIPOデータベース条約草案は1996年12月の外交会議では審議に入れなかった。なお、 EUの「データベース指令」に沿ってすでに法制化を済ませたドイツ、イギリスの両国では、学術研究・教育目的の利用については権利例外規定を設けている。

2.4 わが国における対応

 その後、1997年9月に開催されたWIPOの情報交換会合でこの保護制度についての検討が行われたが、条約化に向けての具体的な手段はとられなかった。各国、EU、国際機関、NGOは1998年4月までに検討状況や意見をWIPOに提出することになっている。わが国では、データベース産業の成熟度が低いこともあり、新たな権利保護制度の導入を求める声は高くない。しかしながら、WIPOでの国際条約の検討に対応するために通産省の産業構造審議会および文化庁の著作権審議会のもとでこの保護制度について検討されてきた。しかし、この新たな保護制度の導入が検討されていることをほとんどの学会関係者は知らない。したがって、この問題の存在を広く学会関係者に知らせるとともに、学術・研究・教育などにおよぼす影響を検討したうえで、政策決定機関(者)に対して緊急に意見・要望などを表明する必要がある。


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3.学術データの公開と自由な利用の必要性

3.1 データの公開と科学の発展

 科学の発展のためには、データが自由に利用できるように公開されていることが必須の条件である。近年の計算機・通信技術の進歩によって、データの利用をより簡単に、より高速に行うことが可能になり、また、国境を越えたより遠方との間でのデータ交換が容易となった現在、このことは以前にも増して、科学の発展のためのいっそう重要な要因となりつつある。

 近年注目を集めている環境問題を例にとると、地球環境や生態系の変動と維持には数多くの要素が関与し、それら要素間の相互作用は、極めて複雑多岐であるばかりでなく、空間的にも時間的にも広範囲であり多種多様である。このような多種多様な要素を総合的に取り扱う必要のある地球科学や生態学では、多くの量(物理量や個体数など)を様々な場所で長年にわたって観測し、データを蓄積しなければならないし、また場合によっては、リアルタイムでのデータ利用が要求される研究活動も増加してきた。このような広範な領域の研究には、研究者間における自由で迅速なデータアクセスを保証する高度に組織化されたデータベースと最先端通信技術を駆使した情報交換システムが必要である。このため、地球科学の分野では、学会が中心となり多くの研究者が参加し、データ公開・共有システムを確立する努力がなされている。

 分子生物学の分野でも、同様の国際的なデータ公開・共有システムの重要性が認識され運用されている。ある研究者が実験によりDNAの塩基配列を決定したとすると、その研究者は決定したデータを世界的なデータベースに計算機通信網を用いて登録すると同時に、データベースに蓄積されたデータと比較することにより、研究を進めることが可能となっている。また、公開されたデータベースからデータを抽出し、解析を行い、データ取得者がまったく意図しなかった新しい知見にたどりついた例も多数存在する。

 社会科学分野では、個々の研究者の行った実態調査の類は、二次的利用を想定した公開共有のためのデータアーカイヴにデータベース化され寄託するのが多くの国の研究者の間の共通慣習とし定着しつつある。さらには、公的資金を用いてなされた統計調査の結果も、プライバシーを侵害することのないように充分配慮したうえで、公開することが学問研究の活性化にとって望ましい。

 ここで挙げた分野以外でも、基礎的なデータの公開・共有システムが科学の発展のために本質的な役割を果たしていることには疑いがない。


3.2 データ公開の施策

 データは使われることに価値がある。データはデータベースにして公開されなければ、そのデータの取得に直接関与した少数の研究者によって部分的に使われるだけになる。データの内容を熟知した専門家によって吟味・評価されたデータがデータベース化されて公開されれば、そのデータの利用価値は何倍にも高まる。また、いかなるデータについても、現在存在するデータが将来にどのように科学の発展をもたらすかを予想することは、科学の本質からして不可能なことである。

 これらの事情は、米国では良く認識されていて、政府の資金を用いて得たデータは一定の研究期間の後に、原則として公開されることになっている。そのため、実験・観測計画の中にデータ処理・公開計画を明示し、それに対する予算措置を講じることが普通に行われている。米国以外の国でも、公的資金(税金)を用いて実験や観測さらには調査から得られたデータは、一定期間、取得者の研究に使われた後は、原則として公開・共有されることが科学の発展にとって基本的に重要である。また、公的資金を用いて得られた研究成果を公開することで社会に還元し、社会からの要請に応えることも研究者の義務であると考えられる。


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4 新たな保護制度と学術データの公開・共有の原則

学術研究分野の大多数のデータベースではそれらのデータの体系的配列に創作性が認められるので、これらのデータベースはわが国の現在の著作権法で保護されると考えられる。提案されている保護権利制度については、データの権利と他の公益とのバランスの必要性がWIPOの情報交換会合でも指摘されている。創作性が認められないために著作権のないデータベースであっても、その構築には多くの労力と資金が必要であり保護されなければならないが、それは不正競争防止法などの他の法律、契約、あるいはアクセスの制限などの技術的方法によって、投資者をデータの大量抽出・再利用などによる経済的不利益から守ることが可能であろう。

科学の発展の歴史や公的資金によって得たデータの公開・共有の原則から考えると、科学データに対して著作権やその他の権利を設定することによってその自由な利用が制約されることは好ましいことではなく避けるべきである。これまでの著作権法に加えて、データベース作成に投資をした者に独自の (sui generis) 権利を与える制度の導入に対する政策的方向決定には、公的資金によって得た学術データの公開・共有の原則を充分に尊重すべきである。


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